「いつから…」 アンジェリークは呆然と、銀の髪の青年を見上げた。 「俺を侮っては困るぜ? これでもFBIにマークされてる"マフィア”とやらだからな」 魅力的に微笑まれて、彼女は憎らしいほど素敵だと思う。 アンジェリーク… 何でこんな『たらし』にときめくの…。 彼女はそんな自分がいやで、車のドアを強引に閉めようとした。 「待てよ!」 あっさりと長い足をドアの間に入れられて、ドアを閉めることが出来ない。 「あの…」 その行為に戸惑いを覚え、彼女は大きな瞳をさらに見開いた。 それと同時だった。 「うん…っ!!」 突然手首を掴まれたと思うと、次の瞬間には唇を深く奪われていた。 冷徹な雰囲気とは裏腹に、彼の唇はしなやかで温かい。 まるで熱いアルコールのよう。 彼女はその感覚に溺れながら、応えてゆく自分が癪に触ってしまう。 どうしてだろう…。 こんなことはいけないって判っているのに…。 彼にこうされるのが、心地いい…。 だが、彼女は何とか理性をかき集める。 ダメ…、こんなことは許されないもの…。 彼は私の敵なのよ!? 巧みに入り込んできたアリオスの舌に翻弄されながらも、必死になって、抵抗の証に彼の唇を噛んだ。 「・・・っ!」 彼は眉根を寄せると、すぐさま彼女から唇を離した。 彼の形のいい唇に、うっすらと血が滲み、それは官能的に彼女に映る。 また、少し痛みに顔をしかめる彼が、どうしようもなく魅力的に感じるのはなぜだろか。 だがそんな彼に、彼女はほんの少しだけ罪悪感を感じてしまう。 「あ・・・、ごめんなさい…」 自分が噛まれたわけでもないのに、彼女は唇に手を当てる。 そのしぐさが、また彼を魅了してしまう。 「いいぜ? 少しくらい気の強い女のほうが、調教するのは楽しいからな?」 ニヤリと、良くない微笑を浮かべられて、彼女は耳たぶまで赤くする。 「もう! そんなことは止めてください」 むきになってきっと彼を見つめる眼差しは、おあつらえ向きだ。 おかしそうに笑うアリオスの姿が、彼女を増す増す怒らせてしまう。 「もう! 笑いごとじゃありません。そんな、マフィアのボスとキスしたって知れたら…」 その言葉に彼は口角を上げて微笑むと、アンジェリークの顔に自分に顔を近づけた。 「な…」 「おまえ知らねえのかよ? FBIにいて」 「なにをですか?」 「マフィアとFBIの癒着は今に始まったことじゃねえよ? フーバーの時代からな?」 不適に微笑むと、彼はそっと身体を車から遠ざける。 「じゃあ、またな? 新人さん。せいぜい俺の後を追いかけてくれよ?」 「あ…」 彼は彼女の頬に口付けると、そのまま立ち去る。 すっかりアンジェリークは自分の職務を忘れて、アリオスの精悍な背中を見つめていた。 ------------------------------- この衝撃的な出会いから、アンジェリークの生活は一変してしまった。 アリオスを尾行するも、頭の中は、彼と交わした立った一度の口付けの甘さで一杯になってしまう。 彼の微笑み、洗練された仕草を、彼女は目で追わずにはいられない。 全くミイラ取りがミイラになってしまった格好だ。 彼が情婦のところに行くたびに、彼女はいいようのない嫉妬すら感じていた。 私…、絶対にどうかしてる… そう思いながらも、彼女はその”想い”が何なのかがわからなかった。 そして終末が訪れた。 彼はやはり、先週と同じ場所、アンジェリークの出身場所である孤児院に来ていた。 どうした毎週ここに…!? 彼女が車から様子をうかがっていると、突然、柄の大きな余り品がよろしくない男がやってきて、彼女の車を強く蹴飛ばし始めた。 「おい、出て来いよ! 俺といいことしようぜ?」 突然のことに、彼女は身体を震わせ、唇をかみ締める。 最近このあたりも柄が悪くなったって聞いたけれど… 「おい! こら開けろよ」 何度も車を激しく叩かれて、彼女がもうダメだと思った瞬間---- 「やめねえか…。俺の女に何しやがる…」 低く研ぎ澄まされたような鋭い声。 誰もが旋律に震え上がるような声だ。 アリオスさん!! 大の男が旋律を覚える悪魔のような声も、今の彼女にとっては、天使の声にしか聞こえない。 彼は細身なのに、大男の腕を軽々と持ち、締め上げる。 男の形相は見る見るうちに変わってゆく。 「----おい、骨を一本折れたって、俺は知らないぜ?」 不適に笑う声。 彼をこんなに愛しく感じたことはない。 ひょっとして、私… 彼女は自分の心に芽生えつつある何かを自覚し始めた。 「ク…」 苦しそうな響きが男の口から漏れる。 「こいつは”アリオス”の女だからな? それを覚えておけ?」 損の途端男はすくみあがった。 「す、すみませんっ! アリオス兄さんとは露知らず…!!」 皮肉げに彼は口角を僅かに上げると、男から手を離す。 「判ったらいけ…」 氷のような眼差しに睨みつけられると、男は大きな身体をびくりとさせる。 「すみませんでした!!」 そのまま男は言われるがままに、一目散に逃げていってしまった。 「ったく…、最近このあたりも物騒だな…」 男が行くのを見届けると、アリオスはそっと車のドアを叩いた。 「おい、大丈夫か?」 彼の異色の深い眼差しを見つめると、彼女は途端に涙を流す。 「おい、どうした!? ん? ドアを開けろ」 最初のときとは違って、彼女はゆっくりとドアを開ける。 「アリオスさん…」 「しかしし、見事に傷をつけられたな…」 彼女の社用の車はすっかり傷だらけになってしまっていた。 「出ろ・・・。車は俺の部下に何とかしてもらうから、カイン!」 そばにいた秘書を彼はすぐさま呼ぶと、物静かな青年が駆け寄ってくる。 彼は全くマフィアの一員に見えない。 「アリオス様」 「ああ。車の傷を何とかしてやってくれ。その間、俺は別宅でこいつを落ち着かせるから…」 「別宅!?」 その響きを怪しげに感じ、彼女はそっと身を固くする。 「バーカ、俺のおふくろの家だ」 「そう…」 からかうように言われて、彼女は、安堵とも残念とも着かないため息をつく。 実際には彼女の気持ちもそうだった。 「クッ、何だ残念だって思ってねえか?」 「もう! バカ!!」 彼女はいつもと同じ勢いで彼に食って掛かった。 「それだけ元気だったら、安心だ」 「え!?」 深く見守るような眼差し。 その暖かさを感じながら、彼女は彼の本当の優しさ、気配りに気が付く。 「・…有難う…」 「どういたしまして」 そっと手を差し出されて、彼女はその手を取る。 「少し、落ち着くといい…。な?」 彼女は僅かに頷く。 この先には、甘くて、激しい"罠"が待ち受けていることを彼女はまだ気が付かない---- |
コメント
500番のキリ番を踏まれたユーリ様のリクエストで、、「マフィアのボスのアリオスと、彼を追う新米女刑事アンジェ」です。
まだまだ、長くなるうえに、全くあちらのシーンが出てきません(笑)
ユーリ様も皆様もよろしくお願いします!!
次回は…(笑)