「アリオスさんっ!」 姿を見るなり堪らなくなって、アンジェリークは駆け出していく。 頬を真っ赤にして、息を弾ませる様は何とも言えずに、愛らしかった。 子犬みてえだな、まったく・・・。 アリオスはぱたぱたと走ってくる彼女が愛らしくて仕方がなく、愛しげに目を細めて見つめる。 「アリ、きゃっ!」 やはりお約束にも、アンジェリークは何もないところで躓いてしまった。 お約束過ぎると思いながら、アリオスはアンジェリークを受け止める。 「すみません・・・」 抱き留められる腕が余りにも逞しくて、彼女はほんの少し息を乱す。 「クッ、あんたは本当に”お約束”で、楽しいな?」 アリオスの魅力的な笑みに、アンジェリークは少しくらくらとしてしまう。 素敵だな・・・。 「そこに車を止めている。行こうぜ?」 「はい」 手をさりげなくひかれて、アンジェリークは甘さの余りに俯いた。 「おまえ、手がすげえ冷てえな。温めてやるよ?」 「有り難うございます…」 しっかりと手を引かれる様は、どこか犬の散歩に似ている。 デパートの奥にある立体駐車場に、アリオスの車は止められていた。 高級車だというのはすぐに判ったが、スポーツカータイプで彼らしかった。 助手席を勧められて、ぎこちなくもアンジェリークは乗り込む。 「有り難うございます・・・」 「堅くなるなよ。今日は、一日”デート”するんだからな?」 「はい」 ”デート”という表現が、何だかくすぐったい。 アンジェリークはちらりとアリオスを見ては、小さくなるのだった。 デートかあ…。 今度はどんなマジックを見せてくれるんだろう・・・。 アリオスさんは、マジシャンの”ゼンジー・チャーリー”より素敵だわ・・。 「アンジェリーク、今日は楽しもうぜ?」 この先にもきっと魔法のようなことが待っているのだろう。 アンジェリークはうっとりとしながら、期待共に頷くのであった。 車はゆったりとしたスピードで、強く揺れることもなく、快適なドライブとなった。 「どこに連れていって下さるんですか?」 「敬語は止めてくれ。アンジェリーク。海だ。少し寒いかもしれねえが、その近くに良いレストランがある。なかなか旨いシーフードを食べさせてくれる」 「楽しみ!」 冬の海には、アンジェリークは行ったことがなかったので、とても楽しみだ。 車の中で、他愛のないことを話すのにつれて、ふたりの距離はどんどん縮まっていった。 車は、とても美しい海岸のあるリゾートホテルの駐車場に止まる。 「ほら、支度しろ? 行くぜ?」 「うん!」 もたもたと準備をする彼女が、とても愛らしくて可愛く感じ、いつもはまるのが嫌な彼も、楽しい気分で待つことが出来た。 車から出た瞬間から、アリオスに手を引かれて海岸を目指す。 直に触れ合う手はとても温かかった。 冬の海は寒い。 だが、それなりにロマンティックなところが、また良いのだ。 風は冷たいが、なぜだか心地好く感じる。 「潮のかおり・・・。わくわくしちゃう!!」 笑いながら、アンジェリークは夢中になって、走っていく。 アリオスも微笑ましく思いながら、着いていく。 波がくる度に楽しそうによける姿は、じゃれつく子犬のようだ。 「きゃっ!」 砂に足を取られてしまう彼女を、腕でぐっと引き寄せた。 「俺がこうやって、おまえを繋いでおかねえとな? 怪我をする」 「アリオスさん」 心を甘くときめかせて、アンジェリークは小さく頷く。 「敬称は禁止」 アリオスに抱き締めながら囁かれて、アンジェリークは腕の中で固まった。 その様子がまた、アリオスのツボになる。 「ホント、おまえは可愛いな? 小動物みてえで」 「かっ、からかわないでくださいっ!」 彼は良くない笑みを浮かべると、ぎゅっと抱き締める。 「飯食いに行こうか?」 「はい」 そのまま手を繋いで、ふたり仲良くレストランに向かった。 アリオスに連れていって貰ったところは、海が見渡せるとても幸せな場所。 そこで頂いた伊勢えびのシーフードサラダは、本当に”超”がつくほど美味しかった。 造りになった新鮮な伊勢海老に、美味しいドレッシングがかかっていて、これぞほっぺが落ちると感じた。 「美味しい〜!」 瞳を爛々と輝かせて食べる姿は、餌を食べる子犬そのもので、アリオスには可愛くてしょうがなかった。 「ほら、もっと食え!」 「うん!」 アンジェリークの頭には犬の耳がついてぴんとたち、尻尾を興奮して振っているように、彼には見える。 本当、犬っコロみてえだな。 そんな姿を見せるアンジェリークを眺めるのが、アリオスには最高の幸せのひとつのように思えた。 注文したカニのクリームパスタもかなり美味でそれも食べ尽くして、レストランを出る頃は、すっかりご満悦なアンジェリークである。 「じゃあ次に行こうぜ? まだまだだからな」 「何だか手品みたいに、素敵な驚きばっかり!! アリオスは、”ゼンジーチャーリー”より素敵!」 「サンキュ」 比較される対象が、駄洒落だらけのあのお笑い手品師”ゼンジー・チャーリー”なのは癪に大いに障るが、愛らしく笑う彼女は、それだけでアリオスの心を癒してくれる。 「もっと驚かせてやるよ…。”ゼンジー・チャーリー”よりもな?」 「うん、楽しみ!」 すっかり砕けた気分になり、ふたりは車の中でも笑いあっていた。 ドライブの後、車は元の場所に戻り、アリオスは再び駐車場に車を止める。 「ほら、行くぜ? こっちだ」 「うん」 アリオスに引っ張られて、今度はデパートに連れていかれる。 ここはアリオスが持っているところであり、ふたりが出会った場所だ。 「おまえを着せかえだ」 「私を!」 驚いている暇などなく、アリオスはどんどんマジックを見せてくれる。 まずは、フォーマルでかつ可愛いラインで知られている”シビラン”の店舗に行った。 サーモンピンクのパーティドレス、パールアクセサリ、ピンクのヒールをアリオスが選んで、アンジェリークの前に置く。 「フィッティングしてみろ。きっと似合うはずだ」 「・・・うん」 確かに可愛いセットだが、どこか気が引けてしまう。 「ほら、さっさと着てこい」 「う、うん」 言われるままにフィッティングルームに行き、ドレスを着た。 似合うのかな・・・。これ。 不安を抱いたまま、アンジェリークはひょっこりと顔だけ出した。 「おい、見せてみろ?」 「う・・・ん」 仕方なくアリオスの前に姿を出すと、彼はわずかに微笑む。 思った通りだな・・・。 「よし、元の服に着替えろ」 「あ、うん」 気にいらなかったのかな・・・。 しょんぼりとしなながら、アンジェリークはもとの服に着替えた。 「着替えました」 ドレスを持って出ると、すぐに店員がそれを受け取ってくれる。 「次は、隣のホテルに行く」 ”ホテル”と聞いて、乏しいアンジェリークの想像力では、きらきら光る”ラブホテル”を想像して、少し引いてしまう。 「おまえが考えるようなところじゃねえよ。うちの系列だ」 「…はい」 直ぐに貧相な想像力を見破られてしまい、彼女は小さく躰をさせた。 アルヴィースホテルに行く間も、アリオスはずっと手を握り締めたままだ。 その温かさがとても心地よいのは、なぜだろうか。 そのまま連れられるままに来た場所は、アリオスのホテルのビューティーコーナーだった。 エステや美容室といった、美しくなる場所が集まっている。 そこの中で、簡単なエステと髪、更にはメイクをしてくれるラボがあり、アンジェリークはそこに無常にもほうりこまれてしまう。 「アリオス!!」 「ディナーに向けて、綺麗にしてもらえ? これも福袋の中の景品だ」 「あ…」 戸惑いつつも、アンジェリークはそのまま担当の女性にラボの中に引きずられて、入っていくことになった。 エステ、ヘアメイクのセットは、悪くない。 とても心地よくて、本当にお姫様にでもなった気分になる。 これはシンデレラの魔法だわ・・・ そんなことを思いつつ、心地よい、アリオスからの魔法を受け取った。 総てが終わると、5時過ぎでとてもよい時間になった。 「アリオス…」 「綺麗だぜ? 最高に似合っている…」 「うん…」 迎えに来てくれたアリオスは、やはりくらくらするほど素敵で堪らない。 スーツ姿の彼は、無敵のかっこよさだ。 アンジェリークはアリオスの賛辞に白い肌を薔薇色に染め上げながら、上目遣いで彼を見つめる。 「行こうぜ? アンジェリーク」 「うん」 今度は腕をそっと差し出してくれたので、そこに自らの腕を絡める。 「本当に…おまえ綺麗だぜ?」 「有り難う…」 アリオスの情熱的な眼差しが、肌を甘く染め上げる。 このまま、甘い時間をずっと過ごしたいと、そんなことを彼女はぼんやりと考えていた。 シースルーのエレベーターに乗って、上階のレストランに連れて行かれる。 丁度、夕日が沈む頃で、その美しい光景を、見るにはうってつけの場所に案内された。 そこからは、今日、ふたりで遊びに行った海が見渡せるようになっている。 「すごい…綺麗…」 「ここからの眺めは最高だろ? アルカディアの街が一望できるからな?」 「うん…」 アンジェリークは夕日を見ながら、だんだんと寂しい気分になっていくのを感じた。 夕日が沈めは、もうすぐ”今日”という日は終わってしまう。 福袋の魔法もなくなってしまう…。 それが切なくて苦しくて泣きたくなった。 運ばれてきた料理は、どれも美味しかったかもしれない。 だが、この瞬間が終わるのが嫌なアンジェリークは、切なくてしょうがない。 味もろくに感じなくて、胸がいっぱいの余り、だんだん食べられなくなっていく。 「どうした? 口には合わなかったか?」 アリオスが心配そうに訊いてきたので、アンジェリークは素直に首を振った。 「そうじゃないの…。ただ、胸が…」 アリオスの艶やかな瞳の前では素直に自分の気持ちを話すことが出来る。 彼は、アンジェリークの艶やかな仕草にフッと微笑むと、その頬に手を伸ばした。 「------少し、踊ろうか? お姫様」 「ダンスはわからないわ…」 「いいから、踊ろう。俺がいるから心配するな」 アリオスに力強くそういわれれば、アンジェリークも素直に頷くことが出来る。 彼女は、彼に導かれるようにして、レストランのダンスフロアに向かった。 丁度時間的にはロマンティックな演出にはぴったりで、月が美しく出ている。 BGMにはピアノで、Stingのムーンライトが奏でられる中、アンジェリークはアリオスにリードされて踊る。 シンデレラはこんな気分だったんだろうか・・・。 魔法が解けてしまうことへの恐れと、王子を愛していることへの切なさと・・・。 そんな気分の鬩ぎあいだったんじゃないだろうか・・・。 「どうした?」 「------魔法が解けるわびしさを、少し感じていただけ」 アンジェリークは何とか作り笑いをアリオスに浮かべる。 その瞬間、アリオスはアンジェリークをぐっと抱き寄せ、甘く唇を奪った。 蕩けるような甘いキスに、アンジェリークはぼんやりとしてくる。 「あ…」 唇を話されたあとも何もいえなくて、ただ、潤んだ瞳をアリオスに向けた。 「------福袋のチケットをちゃんと見なかったのか? 1日は、24時間あるんだ。まだ12時間も経っちゃいねえ。そうだろう? それに一回限りって書かれていねえだろ?」 「あ…」 そう言われれば、確かにそうだ。 「お楽しみはこれからだ、アンジェ。本当の福袋を感じさせてやるよ?」 「アリオス…」 この先に何が待っているか、判らないアンジェリークではない。 だがこの夢から覚めたくなくて、彼女はそっと頷いた。 熱い、熱い、夜が始まろうとしていた------ TO BE CONTINUED… |
コメント 福袋ネタです。 甘いデートの先にあるのはご想像通りです(笑) あと少しだけお付き合いを宜しくお願いします。 しかし・・・。 ”ゼンジー・チャーリー” 怪しいことこの上ないですな(笑)私は、本物を、パン屋で見たことがあります。 もちろん北●さんですが(笑) |