レイチェルに着いてきてもらって、何とか屋敷にたどり着いたものの、アンジェリークの表情には暗さが増す。 「大丈夫だって! アリオスは社長だもの、きっと取引先の誰かだから!」 「うん・・・」 泣きそうになりながら、小さく頷くものの、何か釈然としないものがある。 あんなに親しそうにしていたもの・・・。 ぜったいに何かあるのに違いないわ・・・。 そう思うと、またまた胸を引きつらせて泣いてしまう。 「・・・もう離婚するもの・・・、アリオスなんか、もう知らないんだから・・・! だって、私のことをきっと”子作りマシーン”ぐらいにしか思ってないんだから・・・!!!」 思い詰めてしまっているアンジェリークは、もう何を言っても無駄な感がある。 「アリオスはそんな男じゃないよ、アンジェ・・・。アナタを毎晩ああやって愛してるのも、アナタを大事に慈しんでいるんだからね」 「でも浮気したもの。あんなに綺麗な女性がいるんだったら、私なんかいらないのよ!」 泣きじゃくる彼女を見て、益々、レイチェルは溜め息を吐く。 確かに一緒にいたのは、アリオスの愛人。 しかも一番長い女である。 ”夫婦”と見まがう雰囲気があり、まだアンジェリークには、出せないものだ。 どんなにアリオスが好きなのが、痛いほど判るよ・・・。 ったく、従兄殿は何を考えているのかしら・・・。 「荷物まとめないと・・・」 力なく言うと、スーツケースを取り出して、アンジェリークは衣類を詰め込み始めた。 その行動力に、レイチェルが慌ててしまう。 「アンジェ、まだ早いよ。アリオスにちゃんと確認を取らなきゃ」 「いいの・・・。あんな雰囲気出されたら、私はもう太刀打ち出来ないもの・・・」 「アンジェ・・・」 俯いた彼女には、どこか悲壮感が漂っていることを、レイチェルは見逃さない。 「ちゃんと挨拶してから出ていくから・・・」 「アンジェ・・・」 ったく、結婚前にどうして愛人ときちんと手を切っていなかったのかしら!? あれほど言っておいたのに・・・。 まあ、四人もいたからねえ、愛人・・・。 「子供が出来てたらどうするの?」 準備をしていたアンジェリークの手が、ぴたりと止まる。 当然毎晩のように愛し合っているのだ。しかも生本番。 身に覚えがありすぎるというものである。 「産むわ・・・。だけど、自分一人で育てるわよ。アリオスの手なんか借りないもん・・・」 「アンジェ・・・」 何とかしなければと、レイチェルは思った。 「そんなに思いつめないで、ちゃんとアリオスに訊きなよ?」 「…大好きだから、嫌なの。アリオスが私よりあの人が好きなら、仕方がないじゃない…。どんなに好きって思っても、報われないんじゃ・・・、一緒にいるだけで辛すぎるもの・・・」 肩を落とすと、アンジェリークは唇を噛み締める。 絶対それはないと思うけどね。 多分、アリオスはアンジェのために、あの女と手を切ろうとしてただろうし・・・。 「とにかくさ、早まらない方がいいよ?」 アンジェリークは何も答えなかった。 暫く二人の間に重苦しい沈黙が続く。 その間に、アンジェリークの手だけは黙々と動き、荷造りはすぐに済ませた。 スーツケースをベッドの横に置き、もういつでも出て行ける状態になう。 「アンジェ・・・」 「ちゃんとアリオスには出ていくことを言うつもりだから」 頑固なアンジェリークには、レイチェルとて取り付くしまがない。 アンジェリークは不意に時計を見た。 すでに六時を回っており、レイチェルもそろそろ帰らなければならない時間である。 エルンストとの約束が7時からなのだ。 「------もう大丈夫だから。レイチェル、どうも有り難う」 気を使って礼を言うと、アンジェリークは落ち着いた笑みを向けた。 ここからは夫であり当事者であるアリオスに任せるのが無難だろう。 イタズラにここにいても何も解決しないと判断したレイチェルは、頷いて、立ち上がった。 「判った。じゃあ、行くね?」 「うん、今日はどうも有り難う」 レイチェルは屋敷を出た後アリオスにすぐに連絡をした。 「アリオス、レイチェルだよ」 「何だ? 何か用か?」 「アンジェが大変なの!」 「何だって!?」 電話の前のアリオスの声は直ぐに硬いものになる。 「アンジェがさ、アリオスとアナタのあの一番古い女性と一緒なのを見ちゃってね。もう、離婚するとか、出て行くとか、かなり真剣に言ってる」 「アンジェが…」 アリオスは一瞬言葉に詰まる。 「-----ねえ、今日であの女と別れてきたのよね?」 「どうしてそれを知ってる」 硬さを増した声で、アリオスは呟く。 それで、レイチェルは少しは安心した。 「あのコがどうして、こんなに怒っているか、その気持ち、判るわよね?」 受話器を持ったアリオスは、優しげな微笑を浮かべると、そっと返事をする。 「-------ああ」 「そう、ヨカッタ。後はアナタに頼んで構わないわよね? アンジェのこと」 「ああ」 アリオスの返事に、レイチェルは満足そうに頷いた。 「オッケー、じゃああとはよろしく」 「サンキュ、レイチェル」 電話を切ると、アリオスは素早く片付けて、自宅へと向かう。 アンジェ、俺は絶対におまえを離すつもりはない・・。 一生、おまえを離さない・・。 ----------------------- 階段を駆け上り、廊下を素早く歩く音が聞こえる。 アンジェリークには直ぐ誰かが判る。 アリオスだ。 スーツケースをもって、アンジェリークはドアの前で待ち構えた。 「ただいま、アンジェ」 声と共にドアが開き、アリオスが部屋に入ってくる。 スーツケースを持ったアンジェリークの姿は、レイチェルから聴いていたとはいえ、少なからず、アリオスにとってはショックだった。 彼の思考の中で何かがぷつりと弾ける。 「・・・何の真似だ・・・」 硬い声で彼は言うと、厳しい眼差しで見据えてくる。 アンジェリークは、それに怯むことなく、彼に深々と頭を下げた。 「・・・お世話になりました・・・」 深呼吸をして、アンジェリークはアリオスの横を通り過ぎようとする。 「待て」 ぎゅっと強く細い腕を握り締められて、アンジェリークは痛みに少し顔を顰めた。 「…!!」 「どこにも行かせねえ!」 「アリオスっ!!!」 アリオスの理性のたがは外れた。 そのまま腕に華奢な躰を抱き寄せると、抱き上げる。 「私は出て行くの!!! だって!!! アリオスなんか浮気者だもん!!!」 「俺が浮気してるかしてねえか、その躰に刻み付けてやる…」 「や…っ!!」 アンジェリークはそのままベッドの上に投げられる。 体勢を整えた瞬間、彼女の躰にアリオスが覆い被さってきた------ |