翌朝学校に行くと、アリオスとスタッフたちがもう来ていた。 今日は土曜日だが、午後から一部の生徒と一緒に、願書につけるパンフレットの学校生活部分を撮るのだ。 「お・・・、おはようございます」 アンジェリーク自ら挨拶をしてくれるのが、アリオスは嬉しくて、直ぐに彼女に駆け寄っていった。 「よう、おはよう」 ニコリと笑って軽く会釈をする。 二人の距離がどんどんと縮まる。 「朝早いんですね?」 「ああ。午前中は下見しなくちゃなんねえからな」 アリオスは視線を、彼女の視線の高さにあわせてやって、二人は見つめ合う。 どこか、甘い雰囲気が漂う。 アリオスさんみたいに話しやすい男の人は初めてだわ…。 アンジェリークはそれが"鯉”だとは、鈍感な彼女は気がつかない。 「昨日は…、楽しかったです…」 「そうか、そりゃあよかった」 ニコリと笑う彼につられて、彼女は僅かながらニコリと笑った。 「じゃあ、放課後に。徐業の準備をしなくちゃいけませんから・・」 「ああ、後でな?」 もう一度会釈をして、アンジェリークは走ってゆく。 その後姿を優しい眼差しで見つめるアリオスに、オスカーはニヤリと笑う。 「そんな目で見るなんて、さては先輩惚れたな?」 「ああ」 きっぱりといわれてしまい、オスカーですらたじろいでしまう。 「あんた・・・」 「あんなに可愛いやるはいねえぜ?」 余裕たっぷりに言われてしまって、オスカーは二の句を告げない。 「おまえだって、いつも、ここの理事長のアンジェリークとやらの惚気を俺に言ってるだろ!? これぐらいがまんしろ」 「まあ…」 オスカーは、そんなことより、遊び人のアリオスをここまで惚れさせたアンジェリークの威力に感心せずにはいられない。 「俺はおまえのと区別するために"アンジェ”とでも呼ぶか」 「はあ」 「さてと、行くぜ? 俺のアンジェを綺麗に撮らないとな? -----いや、綺麗に撮ると他の男が寄ってきたら困るしな…、おまえみたいなの」 オスカーはアリオスのラブラブぶりに、もう何も言うことは出来ない。 「行きましょう、先輩」 呆れた溜息を小さく吐いて、オスカーはアリオスの後を着いて行った。 --------------------------- アンジェリークは授業の間も、ずっと校庭を見ていた。 今日ほど、自分の席が窓際であったことを感謝したことは無い。 校庭を見ている理由はただ一つ。 アリオスが撮影の準備をしているからである。 うっとりと見つめる彼女の横顔を、レイチェルは微笑ましげに見つめている。 アンジェ、ようやくアナタにも"春”が来たのかな? 午前中最後の授業は美術だった。 校庭に出て、今日はスケッチをするのだ。 「アンジェ〜、誰かさんをスケッチしないようにね〜♪」 「しないわよ! そんなこと…」 向きになって怒るのが、何よりもの証拠であることを彼女は知らない。 その少し照れくさく起こった姿が、可愛くて堪らない。 「どうかな〜♪」 「もう…、レイチェルのバカ…」 アンジェリークは少し拗ねたような顔をしたが、その眼差しは笑っていた。 遠くに、アリオスが作業しているのがわかる。 木の下にいる彼は、とても素敵で"えになる"とはこういう事なのではないかと、アンジェリークは感心してしまう 私なんかを撮るより、アリオスさんのほうがよほどモデルに向いてるな…。 しみじみ思いながら、アンジェリークは、いつのまにか、木の下にいるアリオスをスケッチし始めていた。 それを横目で見ながら、レイチェルは目を丸くする。 セイラン先生だから・・・、まあ、大目に見てくれるか…。 その絵は、レイチェルから見てと、とても温かいもののように思えた---- ------------------------- 授業も終わり、昼食も済んで、いよいよ撮影となった。 相変わらずオスカーはレフ板係りである。 俺も早く一人前になりたいな 「今日はもう思いっきり自然に行ってくれ!」 「はい!」 アリオスの言葉に、今日は二人とも本当に元気に返事をする。 とくにアンジェリークは、昨日とは全く違って輝いてさえいる。 本当に楽しそうに、レイチェルは級友と過ごしている彼女に、アリオスは強い魅力を感じる。 アンジェリークだけを先に撮って・…、後は全体ショットだな…。 アンジェリークの、花のような万物を照らしてしまうような笑顔をどうしても残しておきたくて、彼女をアップで撮った後、 その後には全体ショットを撮る。 最高の被写体とはこういうことを言うんだな…。 アリオスはアンジェリークに何度も何度もシャッターを切っていた---- その真摯な横顔をアンジェリークもまた何度も盗み見する。 アリオスさん…、写真を撮っているときのあなたは、厳しいけれど、とても素敵に見えますね…? アンジェリークの濃いご頃は最早手のつけられないほど盛り上がっていた。 「オッケ! ご苦労さん! とてもいい写真が出来たぜ!」 アリオスが唸ったのと同時に、生徒からは歓声が沸きあがった。 「よかった〜! ね、アンジェ!!」 「うん!!!」 アンジェリークとレイチェルは手を取り合って、何度もジャンプして喜び合う。 「ホントおまえたちががんばったからだぜ? 有難う」 アリオスが近づいてきてくれて、二人に微笑んで、握手をする。 その笑顔を見ていると、アンジェリークは切なくなってしまって、大きな瞳から大粒の涙を流す。 「先生〜」 「おい、泣くなよ?」 苦笑しながら、アリオスはアンジェリークを慰め、誰もがその光景を羨ましく、そして、微笑ましく見ていた。 「帰りは一緒に帰ろう」----- アリオスにそう言われて、アンジェリークは校門おまえでそわそわとまっていた。 先生、まだかな… その時------ 真っ赤なスポーツカーが目の前に止まり、中から金髪の美女が降りてくる。 彼女は降りるなり、サングラスを取って、焦っているかのようにアンジェリークを見つめた。 あ・・この女性どこかで… 「アリオスはどこ!?」 「アリオス先生ですか…」 アンジェリークが言葉を濁したとき、後ろからアリオスの気配がした。 「待たせた…、リンダ!」 アリオスはその目の前の美女の名を呼び、アンジェリークは合点が行く。 スーパーモデルの人だ… 「お願い、直ぐに来て!カメラマンの病欠がでちゃって!」 その言葉に、アリオスは苦しげな表情でアンジェリークを見る。 …そうよね・・・、この人のが、大事よね… アンジェリークは心が崩れていくような痛みを感じる。 泣きたくなるのを何とか押さえて、彼女は精一杯笑った。 「先生行ってあげて?」 その一言に、アリオスは安心したような表情をする。 「サンキュ、恩に着る! この埋め合わせは必ずするから!」 アリオスはそう言うと、慌てて女の車に乗り込む。 それを見送りながら、アンジェリークは大きな瞳から涙を零していた。 平気だもん・…。 先生がいなくたって… |