その日、アンジェリークは急に元気をなくし、見ているレイチェルも痛々しく思えた。 「アンジェ・・・」 「本屋さんに寄って帰るね、ばいばい」 ひょろひょろと歩いていく彼女が、切ない。 「ばいばい」 見送りながら、こちらが苦しくなって来るよいな気がレイチェルにはしていた。 本屋に入ると、アンジェリークは”アート”のコーナーに向かい、そこでアリオスの写真集を探した。 「あった・・・」 とてもシンプルな装丁で、白いカバーに銀の文字で”LEECA”と書かれている。 アンジェリークはそれを手に取ってレジへと向かっていた。 高校生の彼女には痛い値段であったが、それでも買わずにはいられなかった。 大事そうに持って帰り、それを見る。夕食を忘れて、それに見入っていた。 モノクロームのものは細部のディテエールにまで拘って写し込まれ、そこには見惚れるほどの”光と影”があった。 「綺麗」 モノクロームの部分は、人物もとてもシックに見える。 アンジェリークも知っている女優やモデルの広告写真も、多数掲載されている。 だが、そこでふと目に止まるものがあった。 「あの人の・・・」 それは紛れもなく、リンダのそれだった。 同じ女の立場から見ても美しいそれに、アンジェリークは益々自信を無くす。 それほどリンダの裸身は素晴らしく、写真にも愛情が籠っているような気がした。 やっぱり、私なんかには叶わない・・・。 急に心に冷水を浴びさせられたような気がして、アンジェリークは本を堪らなくなってばたんと閉じた。 涙が込み上げてきてどうしようもない。 その日アンジェリークは、初めて、”恋の切なさ”を感じた---- ------------------------------- 翌日の放課後、アンジェリークの様子が気になって、アリオスは、仕事の合間を縫って、スモルニィ女学院にやってきた。 校門に向かってやって来たアンジェリークはひとりで、面持ちも暗い。 それがアリオスには痛かった。 彼女が校門を潜ったところで、彼は声を掛ける。 「アンジェリーク!」 心地好い声にはっとして、彼女は顔を上げた。 「アリオス先生・・・」 「昨日はすまなかった。急に仕事が入っちまって・・・」 心がかたくなになっている彼女には、伝わらなくて。 「昨日の埋め合わせをさせてくれねえか?」 アンジェリークは答えない。 「・・・私なんかに、気を遣わなくたっていいですよ」 「アンジェ!?」 アンジェリークは俯いたまま、小さな声で呟いている。 「あの、みんな、見てるから・・・」 目を見ない彼女が、いかに傷ついたかが判る。 冷たい彼女を、慰めたいのは山々だったが、時計を見て、タイムリミットだと判る。 益々苛立つ。 「俺も時間がねえから、これで帰るが、これ、良かったら来てくれ。何時までも、そんなことをしてたら”幸せ”は来ないぜ」 アリオスはきっぱりと言うと、強引にチケットを渡し、そのまま足早に立ち去る。 手のひらに残されたチケットを見つめながら、アンジェリークは心の中でアリオスの言葉を反芻する。 だけど・・・、”恋人のいる”あなたに本気で付き合って欲しいのは私のワガママ・・・。好き・・・。どうしょうもないほど、好き・・・。 アンジェリークはチケットを見つめながら、涙を一筋流した。 それには、”アリオス個展”と書かれてあり、一週間後から有名デパートのギャラリーで、10日間行われると書かれていた。 見たら、きっと哀しくなるような気がする・・・。 恋をする余り、天使は周りが見えなくなっている。 初恋ゆえのことであった。 ----------------------------- 個展が始まっても、アンジェリークは行かなかった。 意固地になっていたのである。 その様子を見ていたレイチェルは、心配そうに見つめる。 彼女もエルンストとペアでチケットを貰っており、明日が最終日を迎えるのもあり、思い切って、アンジェリークを誘ってみることにした。 「アンジェ、今日、一緒に行こうよ!」 一瞬、アンジェリークは笑うが、力なく首を振る。 「いい・・・。レイチェルはエルンストさんと行くんでしょ?」 「うん、そうだけど、アンジェも一緒にどう?」 アンジェリークは本当に嬉しそうに笑って、首を横に振った。 「いいから、行ってきてね? エルンストさんと一緒に」 「アンジェ・・・」 かたくなな彼女に、レイチェルは心配げな瞳を浮かべた。 「いいの?」 「うん」 あと一日。 そうすれば、アリオスとは完全に糸が切れてしまうのは判っている。 本当は、心から行きたい。だが、なかなか出来ない。 「判った。アナタが決めたんならね」 レイチェルは笑ってそう答えると、教室から出ていった。 ごめんね、レイチェル・・・。 レイチェルは夕方、エルンストと共に、アリオスの個展に出掛けた。 「エルンスト・・・」 「いい写真です」 「よう、来てくれてサンキュ」 後ろを振り返ると、そこにはアリオスがいた。 「アリオスさん・・・」 写真を見て、レイチェルは言葉を詰まらせる。 「まったくアンジェったら、バカなんだから・・・」 レイチェルの言葉に、アリオスは優しく微笑んだ。 「明日来なかったら、実力行使に出るぜ。俺も待ち疲れたからな?」 ---------------------------- 翌日、結局、アンジェリークはデパートまで来ていた。ギャラリー近くでうろうろして、煮え切らない。 どうしよう、今更・・・。レイチェルには行かないと後悔すると言われたし 「あら、あなた!」 トンと背中を叩かれて、アンジェリークはビクリとした。 「あっ!」 そこにいたのはリンダ。 しかも優しそうな男性と子供と一緒にいる。 にこやかな彼女に、アンジェリークは目を丸くするばかり。 「そんなとこで突っ立ってないで、一緒に中に入りましょう!」 「あ…あの…」 戸惑う彼女に、リンダはぴんときてさらに優しい微笑を浮かべる。 「この間はごめんね、急にカメラマンが事故になって大変だったの…」 「いえ…」 すまなそうに言うリンダに、アンジェリークは罰の悪そうに離し、俯いたままだ。 それで総てを把握してしまう。 「あ、これ、うちのダンナと子供よ? コレで安心したでしょ?」 頭を下げる二人に、アンジェリークは頬まで真っ赤にし、また自分が何と愚かであったのだろうと、臍を噛みそうになった。 そう思うと今度は涙が出てきてしまう。 取り返しのつかないことをしちゃったの…? 「ほら、泣かないの、中に入ってアレを見ればあなたも判るわ」 優しく髪を撫でられて、アンジェリークは何度も頷いた。 目を腫らせて、アンジェリークはそのままギャラリーの中に足を進める。 そこにはきらびやかな写真がたくさんあり、目を奪われる。 ふと、一枚の写真を見つけ、彼女は息を飲んだ。 タイトルは"ガラスの天使”----- それはアンジェリークが木漏れ日に輝いているショットであった。 私…!? その写真にこそ、愛が詰まっていることを、アンジェリークは始めて気付く。 わたしったら… 「気に入ってもらえたか?」 誰よりも心を震わせる声。 その艶やかな調べに、アンジェリークは振り返った。 そこにいるのは銀の髪の大好きな人。 涙に煙って視界すらよく見えない。 「うん…とっても…」 アンジェリークはそう言うと、アリオスにしっかりと抱きつき、泣き始めた。 素直に、声を出して。 「ごめんなさい〜!」 「いいから、な? もう…」 しっかりとアリオスに抱き止められて、アンジェリークは初めて男性の腕の中で安心感を感じえた。 ------------------------------ 一年後----- 「やっぱり、アンジェ可愛いよ!!」 「ふふ、有難う!!」 アンジェリークは白いウエディングドレス姿になって、ブライズメイドであるレイチェルに艶やかに笑いかけている 「これだったら、ひだも多いし、おなかに赤ちゃんいるって目立たない!」 「もう・…」 アンジェリークは現在妊娠6ヶ月。 アリオスとは"出来ちゃった結婚"だが、二人とも早く一緒になりたくて、密かに計画してのことだった。 「アンジェ? 行くぜ?」 「うん!」 アリオスがカメラ片手に予備にきてくれ、彼女は嬉しそうに夫となるアリオスに駆け寄っていく。 二人の姿を見送りながら、レイチェルはフッと幸せそうな微笑を浮かべる。 アナタが"男嫌い"だったなんて本当に信じられないわね! アンジェ、アナタはアリオスさんに勝ち撮られたのかしらね〜! |