レウ゛ィアスを振り切った後、まだ、心臓が激しく鼓動する。 アンジェリークは、更衣室に戻って、誰にも知られないように忍び泣いた。 胸が動揺してたまらない。 最初から、住む世界が違うって判っていたはずなのに・・・。 私は何を期待していたんだろう・・・。 こんなに哀しくなる前に、どうして引き返せなかったんだろう・・・。 もうどうしようもない程、愛してしまっているのに・・・。 アンジェリークは華奢な躰を抱き締めながら、涙が溢れるのを回避することが出来なかった。 泣きはらした顔で大学に行き授業を受けるが、全くと言っていいほど身にはいらない。 どんよりとした気分で学校から出ると、そこにはお約束にもレウ゛ィアスがいた。 サングラスをかけ、漆黒の髪をかきあげる姿は、なんて素敵なんだろうと思う。 だが、もう関わらないほうがいい。 胸がこれ以上潰れるようなことがあれば、生きていくことなど出来やしないから。 心臓が口から出そうなほど緊張する。 何とか通り過ぎようと、アンジェリークは勇気をかき集めた。 「アンジェ!!」 艶やかな声に名前を呼ばれても、アンジェリークは自制心をなんとかき集めて、応えないようにした。 レウ゛ィアスの整った容貌が僅かに歪む。 冷静さが消え去っていく。 ここで掴まえなければならない。 アンジェリークが逃げるのならば追いかけるまで。 レウ゛ィアスは断固とした意思の元、アンジェリークを追いかけて行った。 「待ってくれ!」 華奢な彼女の腕などすぐに取れるとばかりに、レウ゛ィアスはぎゅっとその腕を掴む。 「あっ・・・」 アンジェリークが甘くも苦しい声を上げたせいか、レウ゛ィアスはその腕に閉じ込めたくなった。 「止めてください。人が見ています・・・」 「人の目なんか関係ない!」 レウ゛ィアスはきっぱりとした口調で言うと、アンジェリークの腕を更に強く持った。 熱が、あの親密な時間を思い出させる。 「いや・・・っ!」 切ない声で嫌がるアンジェリークは、半分泣きそうになっていた。 その姿は、とても心もとなくて、レウ゛ィアスの心をかき乱す。 「アンジェリーク・・・。一度だけ話を訊いてもらえないか?」 だがアンジェリークは答えない。 切ない表情で、レウ゛ィアスと目を合わせないようにしている。 埒があかない。 レウ゛ィアスは、いきなりアンジェリークを抱き上げ、とうとう実力を行使した。 「いやっ!」 ばたばたと足を揺らして嫌がる彼女にも、レウ゛ィアスは怯みはしない。 「聞いてもらえないなら、聞かせるまでだ」 鋭い声に、アンジェリークは身を縮ませた。 「レウ゛ィアス・・・」 心の氷が溶けそうになる。だが、所詮は身分違いな恋だ。 どう転んだとしても、良くて愛人だろう。 誰かとレウ゛ィアスを共有するなんてことは、アンジェリークには我慢ならなかった。 「お話を聞くことはございません。レウ゛ィアス様もお気遣いなく。あなた様の大切な方と誤解を生みますから」 慇懃無礼なアンジェリークの態度に、レウ゛ィアスは鋭く目を細める。 「俺の大切な者・・・? それが誰か言ってもらいたいものだな」 明らかにレウ゛ィアスは怒っていた。 それもかなりなもので、アンジェリークは恐怖すら感じる。 視線を合わせたくなくて、アンジェリークは顔を横にずらす。 だが、レウ゛ィアスは許してはくれない。 「誰だ? 言わないとおしおきだ」 答える間もなく、レウ゛ィアスの唇が下りてくる。 激しく唇を重ね、野獣のようなキスに、息が出来なくなった。 キスをした後、息が荒くなる。 どうしてこの男性がこんなに好きなんだろうか。 潤んだ瞳で見つめながら、アンジェリークはしみじみと思った。 「言ってみろ? 誰なんだ・・・」 「・・・金髪の人・・・」 すぐに誰かが判り、レウ゛ィアスは表情を曇らせる。 「あいつとは何でもない」 「”あいつ”だなんて、やっぱり大切な人なんじゃない!!」 アンジェリークは涙目で抗議しながら、彼の腕から逃れようとした。 だがレウ゛ィアスの力が強くてあらがえない。 「離して!」 「誤解を受けたまま離すわけにはいかない!!」 「いや・・・」 本当に苦しげな表情をするアンジェリークに、レウ゛ィアスははっとさせられる。 虚をつく彼女の美しさは透明感に溢れ、この世のものとは思えないほどだ。 それが一瞬の隙で、アンジェリークが腕から逃げていく。 「アンジェ!」 誤解を解いてくれても、あなたは永遠に手に入らないもの・・・。 そんなの、哀し過ぎるから・・・。 レウ゛ィアスがその名を呼ぶのも、アンジェリークは振り切りながら走った。 アンジェ、おまえは俺にチャンスしらくれないのか・・・? レウ゛ィアスは、走り去る影を今は見送る。 心が麻痺するような感覚が襲った。 明日でレウ゛ィアスはは国に帰っちゃうんだ・・・。 自分とは住む世界が違う男性だと言い聞かせたにも関わらず、心が宙吊りになっている気分だ。 忘れようとしても、忘れることがどうして出来るのだろうか。 「そう言えば、今日はレウ゛ィアス様のお別れレセプションが、迎賓館であるらしいんだって!!」 誰もが噂をしているが、アンジェリークは聞かないふりを決め込んでいる。 私とは、本当に住む世界が違うんだから。 言い聞かせようとしても、心が上手く聞いてくれなかった。仕事を済ませて、控え室に戻ると、ドレス、アクセサリー、シューズの一式が置いてあり、しかもホテルの敏腕メイクアップアーティストオリヴィエが待ち構えていた。 「待ってたよアンジェリーク」 「え!?」 「アンジェリーク、今からこちらに着いてきてください」 「でも、私、学校が!」 「いいから」 顔見知りのメイクアップアーティストおりヴィ絵に半ば強引に連れていかれ、アンジェリークは困惑至極だった。 メイク室に入ると、そこどいきなり顔のマッサージが施される。 「最近ちゃんと寝ている? 肌の状態良くないよ。ちゃんとお見通しなんだからさ。あ、でも土台がしっかりとしているから、大丈夫だけれどね」 化粧けのない肌に、栄養クリームをたっぷりと与えて、くすみのない瑞々しい肌にしてくれる。 アンジェリークは、気持ちいいが、何が起こっているか不安で、何度もメイクアップアーティストを見つめた。 何も応えてはくれなかったが、ただ笑顔だけを返してくれる。 上半身エステの後は、髪を美しく結い上げられ、最後にドレスだった。 鏡に写る自分は、自分ではなく、立派な誰かのような気がする。 「お姫様みたいだよ〜」 「格好だけは」 苦笑しながらアンジェリークは言うと、信じられないような気分で何度も鏡を見る。 「ここまでしたら、後は皇子様のところに行くだけだよね」 皇子様。 ここまで準備をしてくれたのは、レウ゛ィアスだ。 メイクアップアーティストは、アンジェリークに優しく微笑みかける。 「あの堅物の皇子様がさ、あんたのために用意したんだから、ここは甘えてみてもいいんじゃないかな? チャンスはこれっきりかもしれないんだよ?」 チャンスはこれっきり------ 確かにオリヴィエの言う通りだ。 アンジェリークはしっかりと頷くと、勇気をかき集めて立ち上がる。 一番愛してる男(ひと)と、このままで別れるのはいやだった。 「迎賓館までの迎えのリムジンが待っているよ?」 アンジェリークはオリヴィエにしっかりと頷き、笑顔で応える。 「有り難う。あなたのメイクで勇気が出たみたいです。本当に有り難うございます」 「よかったね。さいこうにきれいだよ。我ながら凄い技術〜」 オリヴィエの言葉に薬とアンジェリークは笑いながら頷く。 「行っておいで? 皇子様はきっとしびれを切らせて待っているよ?」 「はい」 オリヴィエはアンジェリークをエスコートして、リムジンの待つタクシー乗り場まで連れて行ってくれた。 「愉しんでおいで? シンデレラ?」 「はい」 オリヴィエに見送られて、アンジェリークはリムジンに乗り込む。 本当にオリヴィエが魔法使いのおばあさんのように見えてしまう。 そして、このリムジンはカボチャの馬車。 明日には魔法が解けてしまうのだから、シンデレラのように、刹那の魔法に身を任せたい------- リムジンは一路迎賓館に向かう。 栗色の髪のシンデレラを乗せて------ |
| コメント 春らしい新しい甘い物語です。 シンデレラっぽい、そんな物語を目指します。 宜しくお願いします。 6回目です。 あと1回ぐらい また嘘か(笑)でした。 新連載の前の、軽い企画です(笑) これが終われば、新連載に突入予定! おたのしみに(笑) |