Anything For You

6

 レウ゛ィアスを振り切った後、まだ、心臓が激しく鼓動する。
 アンジェリークは、更衣室に戻って、誰にも知られないように忍び泣いた。
 胸が動揺してたまらない。

 最初から、住む世界が違うって判っていたはずなのに・・・。
 私は何を期待していたんだろう・・・。
 こんなに哀しくなる前に、どうして引き返せなかったんだろう・・・。
 もうどうしようもない程、愛してしまっているのに・・・。

 アンジェリークは華奢な躰を抱き締めながら、涙が溢れるのを回避することが出来なかった。
 泣きはらした顔で大学に行き授業を受けるが、全くと言っていいほど身にはいらない。
 どんよりとした気分で学校から出ると、そこにはお約束にもレウ゛ィアスがいた。
 サングラスをかけ、漆黒の髪をかきあげる姿は、なんて素敵なんだろうと思う。
 だが、もう関わらないほうがいい。
 胸がこれ以上潰れるようなことがあれば、生きていくことなど出来やしないから。
 心臓が口から出そうなほど緊張する。
 何とか通り過ぎようと、アンジェリークは勇気をかき集めた。
「アンジェ!!」
 艶やかな声に名前を呼ばれても、アンジェリークは自制心をなんとかき集めて、応えないようにした。
 レウ゛ィアスの整った容貌が僅かに歪む。
 冷静さが消え去っていく。
 ここで掴まえなければならない。
 アンジェリークが逃げるのならば追いかけるまで。
 レウ゛ィアスは断固とした意思の元、アンジェリークを追いかけて行った。
「待ってくれ!」
 華奢な彼女の腕などすぐに取れるとばかりに、レウ゛ィアスはぎゅっとその腕を掴む。
「あっ・・・」
 アンジェリークが甘くも苦しい声を上げたせいか、レウ゛ィアスはその腕に閉じ込めたくなった。
「止めてください。人が見ています・・・」
「人の目なんか関係ない!」
 レウ゛ィアスはきっぱりとした口調で言うと、アンジェリークの腕を更に強く持った。
 熱が、あの親密な時間を思い出させる。
「いや・・・っ!」
 切ない声で嫌がるアンジェリークは、半分泣きそうになっていた。
 その姿は、とても心もとなくて、レウ゛ィアスの心をかき乱す。
「アンジェリーク・・・。一度だけ話を訊いてもらえないか?」
 だがアンジェリークは答えない。
 切ない表情で、レウ゛ィアスと目を合わせないようにしている。
 埒があかない。
 レウ゛ィアスは、いきなりアンジェリークを抱き上げ、とうとう実力を行使した。
「いやっ!」
 ばたばたと足を揺らして嫌がる彼女にも、レウ゛ィアスは怯みはしない。
「聞いてもらえないなら、聞かせるまでだ」
 鋭い声に、アンジェリークは身を縮ませた。
「レウ゛ィアス・・・」
 心の氷が溶けそうになる。だが、所詮は身分違いな恋だ。
 どう転んだとしても、良くて愛人だろう。
 誰かとレウ゛ィアスを共有するなんてことは、アンジェリークには我慢ならなかった。
「お話を聞くことはございません。レウ゛ィアス様もお気遣いなく。あなた様の大切な方と誤解を生みますから」
 慇懃無礼なアンジェリークの態度に、レウ゛ィアスは鋭く目を細める。
「俺の大切な者・・・? それが誰か言ってもらいたいものだな」
 明らかにレウ゛ィアスは怒っていた。
 それもかなりなもので、アンジェリークは恐怖すら感じる。
 視線を合わせたくなくて、アンジェリークは顔を横にずらす。
 だが、レウ゛ィアスは許してはくれない。
「誰だ? 言わないとおしおきだ」
 答える間もなく、レウ゛ィアスの唇が下りてくる。
 激しく唇を重ね、野獣のようなキスに、息が出来なくなった。
 キスをした後、息が荒くなる。
 どうしてこの男性がこんなに好きなんだろうか。
 潤んだ瞳で見つめながら、アンジェリークはしみじみと思った。
「言ってみろ? 誰なんだ・・・」
「・・・金髪の人・・・」
 すぐに誰かが判り、レウ゛ィアスは表情を曇らせる。
「あいつとは何でもない」
「”あいつ”だなんて、やっぱり大切な人なんじゃない!!」
 アンジェリークは涙目で抗議しながら、彼の腕から逃れようとした。
 だがレウ゛ィアスの力が強くてあらがえない。
「離して!」
「誤解を受けたまま離すわけにはいかない!!」
「いや・・・」
 本当に苦しげな表情をするアンジェリークに、レウ゛ィアスははっとさせられる。
 虚をつく彼女の美しさは透明感に溢れ、この世のものとは思えないほどだ。
 それが一瞬の隙で、アンジェリークが腕から逃げていく。
「アンジェ!」

 誤解を解いてくれても、あなたは永遠に手に入らないもの・・・。
 そんなの、哀し過ぎるから・・・。

 レウ゛ィアスがその名を呼ぶのも、アンジェリークは振り切りながら走った。

 アンジェ、おまえは俺にチャンスしらくれないのか・・・?

 レウ゛ィアスは、走り去る影を今は見送る。
 心が麻痺するような感覚が襲った。


 明日でレウ゛ィアスはは国に帰っちゃうんだ・・・。

 自分とは住む世界が違う男性だと言い聞かせたにも関わらず、心が宙吊りになっている気分だ。
 忘れようとしても、忘れることがどうして出来るのだろうか。
「そう言えば、今日はレウ゛ィアス様のお別れレセプションが、迎賓館であるらしいんだって!!」
 誰もが噂をしているが、アンジェリークは聞かないふりを決め込んでいる。

 私とは、本当に住む世界が違うんだから。

 言い聞かせようとしても、心が上手く聞いてくれなかった。仕事を済ませて、控え室に戻ると、ドレス、アクセサリー、シューズの一式が置いてあり、しかもホテルの敏腕メイクアップアーティストオリヴィエが待ち構えていた。
「待ってたよアンジェリーク」
「え!?」
「アンジェリーク、今からこちらに着いてきてください」
「でも、私、学校が!」
「いいから」
 顔見知りのメイクアップアーティストおりヴィ絵に半ば強引に連れていかれ、アンジェリークは困惑至極だった。
 メイク室に入ると、そこどいきなり顔のマッサージが施される。
「最近ちゃんと寝ている? 肌の状態良くないよ。ちゃんとお見通しなんだからさ。あ、でも土台がしっかりとしているから、大丈夫だけれどね」
 化粧けのない肌に、栄養クリームをたっぷりと与えて、くすみのない瑞々しい肌にしてくれる。
 アンジェリークは、気持ちいいが、何が起こっているか不安で、何度もメイクアップアーティストを見つめた。
 何も応えてはくれなかったが、ただ笑顔だけを返してくれる。
 上半身エステの後は、髪を美しく結い上げられ、最後にドレスだった。
 鏡に写る自分は、自分ではなく、立派な誰かのような気がする。
「お姫様みたいだよ〜」
「格好だけは」
 苦笑しながらアンジェリークは言うと、信じられないような気分で何度も鏡を見る。
「ここまでしたら、後は皇子様のところに行くだけだよね」
 皇子様。
 ここまで準備をしてくれたのは、レウ゛ィアスだ。
 メイクアップアーティストは、アンジェリークに優しく微笑みかける。
「あの堅物の皇子様がさ、あんたのために用意したんだから、ここは甘えてみてもいいんじゃないかな? チャンスはこれっきりかもしれないんだよ?」

 チャンスはこれっきり------

 確かにオリヴィエの言う通りだ。
 アンジェリークはしっかりと頷くと、勇気をかき集めて立ち上がる。
 一番愛してる男(ひと)と、このままで別れるのはいやだった。
「迎賓館までの迎えのリムジンが待っているよ?」
 アンジェリークはオリヴィエにしっかりと頷き、笑顔で応える。
「有り難う。あなたのメイクで勇気が出たみたいです。本当に有り難うございます」
「よかったね。さいこうにきれいだよ。我ながら凄い技術〜」
 オリヴィエの言葉に薬とアンジェリークは笑いながら頷く。
「行っておいで? 皇子様はきっとしびれを切らせて待っているよ?」
「はい」
 オリヴィエはアンジェリークをエスコートして、リムジンの待つタクシー乗り場まで連れて行ってくれた。
「愉しんでおいで? シンデレラ?」
「はい」
 オリヴィエに見送られて、アンジェリークはリムジンに乗り込む。
 本当にオリヴィエが魔法使いのおばあさんのように見えてしまう。
 そして、このリムジンはカボチャの馬車。

 明日には魔法が解けてしまうのだから、シンデレラのように、刹那の魔法に身を任せたい-------

 リムジンは一路迎賓館に向かう。
 栗色の髪のシンデレラを乗せて------
コメント

春らしい新しい甘い物語です。
シンデレラっぽい、そんな物語を目指します。
宜しくお願いします。

6回目です。
あと1回ぐらい
また嘘か(笑)でした。
新連載の前の、軽い企画です(笑)
これが終われば、新連載に突入予定!
おたのしみに(笑)



マエ モドル ツギ