リムジンに揺られ、窓の外に写る自分が、いつもと同一人物にはとうてい見えない。 アンジェリークは肌に緊張感を覚えながら、背筋をぴんと延ばした。 きっと数時間後には、魔法は解けてしまうだろう。 そのことを思うと、躰の先まで切なさが滲んだ。 迎賓館に近付くと、いやがおうでも身の端々に震えが起こる。 こういった機会は初めてなせいか、アンジェリークは喉がからからになるほどの圧迫感を感じていた。 リムジンが車寄せにスピードを落として近付いていく。 止まった瞬間、アンジェリークはきりりとした感覚を覚えた。 「着きましたよ。入り口でこの招待状をお出し下さるようにと、言付かっております」 「有り難うございます」 アンジェリークは招待状を受け取り丁重に礼を述べると、慎重にリムジンから品よく降り立った。 誰もが、アンジェリークの艶やかな美しさに目を奪われずにはいられない。 だが、アンジェリークにとっては、少し痛くて堪らない視線になった。 アンジェリークですらも知っているセレブの面々。 この中では更に肩身が狭い思いがする。 しがないホテルの客室係だと思われてしまうかもしれない。誰もがあざ笑っているかもしれないと、思わずにはいられなかった。 小さくなって余り目立たないようにしてレセプションルームに入ることにする。 「恐れ入りますが、アンジェリーク様。少々こちらでお待ち頂いてよろしいでしょうか」 差し出したアンジェリークの招待状を見るなり、受付係が畏まるように言った。 アンジェリークは不安な気分に襲われる。 不安過ぎて、逃げ出したくなった、そんな時。 「お待たせ致しました。控え室の準備も出来ておりますので、ご気分がお悪くなったらそちらをお使い下さいませ。ご案内致します」 「はい」 控え室まで用意をしてくれていたレウ゛ィアスに感謝をしながら、アンジェリークは係員の誘導に従った。 「舞踏会はもうすぐ始まりますから。それまではここにゆっくりして下さい」 「はい」 ドアを開けられた瞬間、アンジェリークは言葉を失った。 「レウ゛ィアス・・・」 目の前のレウ゛ィアスは皇太子らしく、正装をしており、それがあまりにも良く似合う。 「失礼致します」 「ああ、有り難う」 係員にドアを閉められてしまい、部屋にふたりきりとなってしまった。 「・・・綺麗だな」 艶やかな異色の瞳に見つめられてしまうと、アンジェリークは動けない。 やっぱり、わたしはこの瞳に弱いんだ・・・。 しみじみと感じながら、アンジェリークはうっとりとレウ゛ィアスの艶影のある瞳を見つめた。 「有り難う」 「こちらこそ、来てくれて有り難う」 レウ゛ィアスはアンジェリークをいきなり背後から抱き締める。 「あ・・・」 「あんな形でおまえを失いたくはなかったから・・・」 久し振りと言うには、時間が短すぎて、だが恋しすぎる温もりに涙が出そうになる。 「愛している、愛している、愛している!」 魂の奥底から絞り出される声に、アンジェリークは喉から熱を飲み込み、切なくなる。 レウ゛ィアスの思いが言葉でぬくもりで伝わってきて、アンジェリークは感情の高まりに涙を流した。 「レウ゛ィアス・・・」 「アンジェ、あのことだが誤解だからな。おまえにそれを伝えたかった。あいつは俺の義理の妹だ。親父の愛人の子供でな。こっちで今は暮らしているが、プリンセスの称号を持っている。今日も夫と来ているから、後で紹介してやる」 今なら素直に彼の言うことを聞ける。 レウ゛ィアスの躰に痺れるような低い声が、誤解と言う名の心の氷をとかしてくれる。 「うん・・・」 「時間だ」 舌打ちをするとレウ゛ィアスは名残りおしそうに離れた。 「後でな? レセプションでおまえと踊りたいから」 「はい」 頬にキスをしてくれた後、レウ゛ィアスは颯爽と控え室から出ていく。 こうして見送るのも最後だと、アンジェリークは切なく感じていた----- 舞踏会を兼ねた、レウ゛ィアス皇太子のフェアウェルパーティが始まった。 アンジェリークは、周りの状況に少し気後れしながら、会場の隅っこで、小さくなっている。 レウ゛ィアスは主役のせいか、堂々と貴賓席に座っている。 私には、縁のない場所だわ・・・。 永遠にね・・・。 まるで遠い世界を客観視している気分だ。 レウ゛ィアスはすぐにアンジェリークに気付き、ホールの端にいる彼女と視線を合わせる。 ダンスを傍観していたレウ゛ィアスが立ち上がると、アンジェリークに向かって歩き始めた。 誰にも目をくれず、ただアンジェリークに向かって歩みを進める。 「お相手願いたい」 「喜んで」 レウ゛ィアスに手を取られて、アンジェリークもダンスを始める。 レウ゛ィアスのリードはとても素晴らしく、正式な形にはまったダンスに不慣れなアンジェリークも優雅に踊ることが出来た。 「今日は本当に最高に綺麗だ」 「有り難う。あなたもとっても素敵です」 やはり正装のレウ゛ィアスは、完璧で美しい。 だが、アンジェリークにとっては、ラフなレウ゛ィアスこそ素晴らしい存在に思えるのだった。 曲が終わり、次の曲に移行しても、レウ゛ィアスはアンジェリークの手を離そうとはしなかった。 アンジェリークもこのまま一晩中踊り明かしたくすらなる。 だがこの場は公式な場所であり、公人であるレウ゛ィアスはそうするわけには行かない。 お相手を申し出てきた令嬢たちを無下に出来なかった。 「レウ゛ィアス、私、少し休憩するから、他の方と踊ってあげて?」 アンジェリークは気遣いを見せつつはかなげに微笑んだ。 ずっとこうしていたいが、そういう理由にはいかないのは、ふたりともよく判っていたから。 「すまないな。だが、ラストダンスはおまえと決めている」 アンジェリークはコクリと頷いて、レウ゛ィアスと令嬢が踊りに行くのを見送る。 ふたりこそ、同じ世界の住人に思える。 決して自分には届かない存在の・・・。 何人かの女性と踊るレウ゛ィアスをしっかりと見つめ、アンジェリークはこの胸に刻み込んだ。 彼の姿を心の中にとどめておきたいから。 ラストダンスが近付くと、アンジェリークはその場を静かに辞した。 「やっぱりな」 聞き慣れた声に振り返ると、そこにはレウ゛ィアスがいる。 アンジェリークは切なさと驚きに息が出来ない。 「ラストダンスの約束だろう? 行こう」 腕を力強く引っ張られ、半ば強引にパーティ会場に戻される。 「レウ゛ィアス・・・、もうラストダンスは・・・」 切なさと苦しさで泣きたくなる。 「いいから着いてこい」 手を引っ張られたまま着いていくと、レウ゛ィアスはいきなり設けられた演台に上がっていく。 これにはアンジェリークも驚いてしまった。 ライトの元、粋なる主役の場所に上げられてしまい、アンジェリークはどうして良いのか判らない。 「レヴィ…」 「ここにいろ」 小さな声で囁かれて、アンジェリークはふあんげに彼を見つめるが、レヴィアスは深き微笑みを浮かべるだけ。 ライトが眩しすぎて落ち着かなくて、アンジェリークは不安の極地だった。 「-----皆様、今夜はこのようなお席をご用意頂きまして、誠に有り難うございます。この国で過ごした日々は特に素晴らしく、最高の日々を過ごすことが出来、また、最高のプレゼントを頂きました」 レヴィアスはちらりとアンジェリークを見た後、真っ直ぐと会場を見つめる。 「私、レヴィアス・ラグナ・アルヴィースは、こちらにいる、アルカディア女性、アンジェリーク・コレットさんと結婚します!」 いきなりの告白に会場は驚きを隠せずにどよめく。 だが、一番驚いたのは、告白をされたアンジェリークである。 「------レヴィアス…!?」 上手く呼吸をすることすら出来なくて、彼女はぱくぱくと酸欠の鯉のようにして、愛する男性を見つめている。 「アンジェ、おまえを連れて帰る。一緒に来い!」 レヴィアスの声が事実となって心に届いてくる。 もう返事は決まっているから、アンジェリークは深呼吸をしてからレヴィアスに抱き付いた。 「-----はいっ!!!」 アンジェリークが抱き付いた瞬間、カメラのフラッシュが数多くたかれた------ 「…ホントびっくりしちゃった・…」 「最初からああするつもりだったから、おまえを呼んだんだ」 「うん」 翌日、アルカディアからレヴィアスの国へ向かう飛行機の中で、ふたりは、新聞を見ながら甘い談笑をしていた。 アルカディアポストの一面には、アンジェリークとレヴィアスが抱き合っている写真が掲載されており、それを見ながら幸せに浸っている。 アンジェリークが誤解をした金髪の女性も、夫と一緒に生まれ故郷に向かうため、ふたりの後ろに座っている。 誤解もすっかりと溶け、アンジェリークは晴れやかな気分だった。 「レヴィアス、これからずっとよろしくね?」 「ああ」 幸せに溢れる皇太子と未来の皇太子妃は、とても美しかった----- その後、ふたりは半年後に結婚した。 早速、皇太子妃のお腹には世継ぎがおり、国は幸せに沸いている。 レヴィアスとアンジェリークの恋の「シンデレラ物語」は、多くの人々に語り継がれることとなった------- |
| コメント 春らしい新しい甘い物語です。 シンデレラっぽい、そんな物語を目指します。 宜しくお願いします。 ラストです。 少し、昔の映画「会議は踊る」を思い出しつつ書きました。 あれは結ばれない話なんですけどね。 第二次世界大戦前のドイツ映画です。 アンジェとレヴィアスはきっと幸せでしょう! |