Anything For You

7

 リムジンに揺られ、窓の外に写る自分が、いつもと同一人物にはとうてい見えない。
 アンジェリークは肌に緊張感を覚えながら、背筋をぴんと延ばした。
 きっと数時間後には、魔法は解けてしまうだろう。
 そのことを思うと、躰の先まで切なさが滲んだ。
 迎賓館に近付くと、いやがおうでも身の端々に震えが起こる。
 こういった機会は初めてなせいか、アンジェリークは喉がからからになるほどの圧迫感を感じていた。
 リムジンが車寄せにスピードを落として近付いていく。
 止まった瞬間、アンジェリークはきりりとした感覚を覚えた。
「着きましたよ。入り口でこの招待状をお出し下さるようにと、言付かっております」
「有り難うございます」
 アンジェリークは招待状を受け取り丁重に礼を述べると、慎重にリムジンから品よく降り立った。
 誰もが、アンジェリークの艶やかな美しさに目を奪われずにはいられない。
 だが、アンジェリークにとっては、少し痛くて堪らない視線になった。
 アンジェリークですらも知っているセレブの面々。
 この中では更に肩身が狭い思いがする。
 しがないホテルの客室係だと思われてしまうかもしれない。誰もがあざ笑っているかもしれないと、思わずにはいられなかった。
 小さくなって余り目立たないようにしてレセプションルームに入ることにする。
「恐れ入りますが、アンジェリーク様。少々こちらでお待ち頂いてよろしいでしょうか」
 差し出したアンジェリークの招待状を見るなり、受付係が畏まるように言った。
 アンジェリークは不安な気分に襲われる。
 不安過ぎて、逃げ出したくなった、そんな時。
「お待たせ致しました。控え室の準備も出来ておりますので、ご気分がお悪くなったらそちらをお使い下さいませ。ご案内致します」
「はい」
 控え室まで用意をしてくれていたレウ゛ィアスに感謝をしながら、アンジェリークは係員の誘導に従った。
「舞踏会はもうすぐ始まりますから。それまではここにゆっくりして下さい」
「はい」
 ドアを開けられた瞬間、アンジェリークは言葉を失った。
「レウ゛ィアス・・・」
 目の前のレウ゛ィアスは皇太子らしく、正装をしており、それがあまりにも良く似合う。
「失礼致します」
「ああ、有り難う」
 係員にドアを閉められてしまい、部屋にふたりきりとなってしまった。
「・・・綺麗だな」
 艶やかな異色の瞳に見つめられてしまうと、アンジェリークは動けない。

 やっぱり、わたしはこの瞳に弱いんだ・・・。

 しみじみと感じながら、アンジェリークはうっとりとレウ゛ィアスの艶影のある瞳を見つめた。
「有り難う」
「こちらこそ、来てくれて有り難う」
 レウ゛ィアスはアンジェリークをいきなり背後から抱き締める。
「あ・・・」
「あんな形でおまえを失いたくはなかったから・・・」
 久し振りと言うには、時間が短すぎて、だが恋しすぎる温もりに涙が出そうになる。
「愛している、愛している、愛している!」
 魂の奥底から絞り出される声に、アンジェリークは喉から熱を飲み込み、切なくなる。
 レウ゛ィアスの思いが言葉でぬくもりで伝わってきて、アンジェリークは感情の高まりに涙を流した。
「レウ゛ィアス・・・」
「アンジェ、あのことだが誤解だからな。おまえにそれを伝えたかった。あいつは俺の義理の妹だ。親父の愛人の子供でな。こっちで今は暮らしているが、プリンセスの称号を持っている。今日も夫と来ているから、後で紹介してやる」
 今なら素直に彼の言うことを聞ける。
 レウ゛ィアスの躰に痺れるような低い声が、誤解と言う名の心の氷をとかしてくれる。
「うん・・・」
「時間だ」
 舌打ちをするとレウ゛ィアスは名残りおしそうに離れた。
「後でな? レセプションでおまえと踊りたいから」
「はい」
 頬にキスをしてくれた後、レウ゛ィアスは颯爽と控え室から出ていく。
 こうして見送るのも最後だと、アンジェリークは切なく感じていた-----

 舞踏会を兼ねた、レウ゛ィアス皇太子のフェアウェルパーティが始まった。
 アンジェリークは、周りの状況に少し気後れしながら、会場の隅っこで、小さくなっている。
 レウ゛ィアスは主役のせいか、堂々と貴賓席に座っている。

 私には、縁のない場所だわ・・・。
 永遠にね・・・。

 まるで遠い世界を客観視している気分だ。
 レウ゛ィアスはすぐにアンジェリークに気付き、ホールの端にいる彼女と視線を合わせる。
 ダンスを傍観していたレウ゛ィアスが立ち上がると、アンジェリークに向かって歩き始めた。
 誰にも目をくれず、ただアンジェリークに向かって歩みを進める。
「お相手願いたい」
「喜んで」
 レウ゛ィアスに手を取られて、アンジェリークもダンスを始める。
 レウ゛ィアスのリードはとても素晴らしく、正式な形にはまったダンスに不慣れなアンジェリークも優雅に踊ることが出来た。
「今日は本当に最高に綺麗だ」
「有り難う。あなたもとっても素敵です」
 やはり正装のレウ゛ィアスは、完璧で美しい。
 だが、アンジェリークにとっては、ラフなレウ゛ィアスこそ素晴らしい存在に思えるのだった。
 曲が終わり、次の曲に移行しても、レウ゛ィアスはアンジェリークの手を離そうとはしなかった。
 アンジェリークもこのまま一晩中踊り明かしたくすらなる。
 だがこの場は公式な場所であり、公人であるレウ゛ィアスはそうするわけには行かない。
 お相手を申し出てきた令嬢たちを無下に出来なかった。
「レウ゛ィアス、私、少し休憩するから、他の方と踊ってあげて?」
 アンジェリークは気遣いを見せつつはかなげに微笑んだ。
 ずっとこうしていたいが、そういう理由にはいかないのは、ふたりともよく判っていたから。
「すまないな。だが、ラストダンスはおまえと決めている」
 アンジェリークはコクリと頷いて、レウ゛ィアスと令嬢が踊りに行くのを見送る。
 ふたりこそ、同じ世界の住人に思える。
 決して自分には届かない存在の・・・。
 何人かの女性と踊るレウ゛ィアスをしっかりと見つめ、アンジェリークはこの胸に刻み込んだ。
 彼の姿を心の中にとどめておきたいから。
 ラストダンスが近付くと、アンジェリークはその場を静かに辞した。
「やっぱりな」
 聞き慣れた声に振り返ると、そこにはレウ゛ィアスがいる。
 アンジェリークは切なさと驚きに息が出来ない。
「ラストダンスの約束だろう? 行こう」
 腕を力強く引っ張られ、半ば強引にパーティ会場に戻される。
「レウ゛ィアス・・・、もうラストダンスは・・・」
 切なさと苦しさで泣きたくなる。
「いいから着いてこい」
 手を引っ張られたまま着いていくと、レウ゛ィアスはいきなり設けられた演台に上がっていく。
 これにはアンジェリークも驚いてしまった。
 ライトの元、粋なる主役の場所に上げられてしまい、アンジェリークはどうして良いのか判らない。
「レヴィ…」
「ここにいろ」
 小さな声で囁かれて、アンジェリークはふあんげに彼を見つめるが、レヴィアスは深き微笑みを浮かべるだけ。
 ライトが眩しすぎて落ち着かなくて、アンジェリークは不安の極地だった。
「-----皆様、今夜はこのようなお席をご用意頂きまして、誠に有り難うございます。この国で過ごした日々は特に素晴らしく、最高の日々を過ごすことが出来、また、最高のプレゼントを頂きました」
 レヴィアスはちらりとアンジェリークを見た後、真っ直ぐと会場を見つめる。
「私、レヴィアス・ラグナ・アルヴィースは、こちらにいる、アルカディア女性、アンジェリーク・コレットさんと結婚します!」
 いきなりの告白に会場は驚きを隠せずにどよめく。
 だが、一番驚いたのは、告白をされたアンジェリークである。
「------レヴィアス…!?」
 上手く呼吸をすることすら出来なくて、彼女はぱくぱくと酸欠の鯉のようにして、愛する男性を見つめている。
「アンジェ、おまえを連れて帰る。一緒に来い!」
 レヴィアスの声が事実となって心に届いてくる。
 もう返事は決まっているから、アンジェリークは深呼吸をしてからレヴィアスに抱き付いた。
「-----はいっ!!!」
 アンジェリークが抱き付いた瞬間、カメラのフラッシュが数多くたかれた------


「…ホントびっくりしちゃった・…」
「最初からああするつもりだったから、おまえを呼んだんだ」
「うん」
 翌日、アルカディアからレヴィアスの国へ向かう飛行機の中で、ふたりは、新聞を見ながら甘い談笑をしていた。
 アルカディアポストの一面には、アンジェリークとレヴィアスが抱き合っている写真が掲載されており、それを見ながら幸せに浸っている。
 アンジェリークが誤解をした金髪の女性も、夫と一緒に生まれ故郷に向かうため、ふたりの後ろに座っている。
 誤解もすっかりと溶け、アンジェリークは晴れやかな気分だった。
「レヴィアス、これからずっとよろしくね?」
「ああ」
 幸せに溢れる皇太子と未来の皇太子妃は、とても美しかった-----

 その後、ふたりは半年後に結婚した。
 早速、皇太子妃のお腹には世継ぎがおり、国は幸せに沸いている。
 レヴィアスとアンジェリークの恋の「シンデレラ物語」は、多くの人々に語り継がれることとなった-------
コメント

春らしい新しい甘い物語です。
シンデレラっぽい、そんな物語を目指します。
宜しくお願いします。

ラストです。
少し、昔の映画「会議は踊る」を思い出しつつ書きました。
あれは結ばれない話なんですけどね。
第二次世界大戦前のドイツ映画です。
アンジェとレヴィアスはきっと幸せでしょう!



マエ モドル