Anything For You

4

 暗闇に一瞬、フラッシュが光ったようだった。
 唇を放したすきに、レウ゛ィアスはアンジェリークの手を握り締める。
「行くぞ!」
「えっ、あ、ちょっと待って! レッ!」
 名前を言いそうになったところで、彼に唇を塞がれた。
 甘く軽く。
 キス攻撃の余韻が治まらぬなか、強引に腕を引っ張られた。
 そのまま、天秤のある洞窟を抜け、アンジェリークは外に連れ出される。
 その間、レウ゛ィアスは終始無言だった。
「走るぞ!」
「え、うん」
 外に出た眩しさなど感じる間などなく、レウ゛ィアスに引きずられるように走る。
 少し汗ばみながら駐車場まで走りきると、ふたりは大きく息をした。
 なんだかむしょうにおかしくて、顔を見合うなり笑いあう。
「次、行こう」
「はいっ!」
 車に素早く乗り込んで、そのまま発車する。
「腹も減ったし、どこかでランチだな。カジュアルなところはないか?」
「だったら、いいところがあるわ。オープンカフェだけど、食堂の感覚で楽しめるの」
「そこに行こう」
 アンジェリークも楽しそうに笑うと、レウ゛ィアスに丁寧なナビゲーションを始めた。

 ふたりを乗せた車は、今度は緑の覆い茂る森のカフェに着いた。。
 そこでゆったりとしたランチタイムとなる。
 注文したのは野菜たっぷりのベーグルサンドで、スープも付いてお得だ。
 いただきますをして、ふたりは同じものを同じ空の下で食べる。
「・・・美味いな。こんなに美味いもんを食うのは、久し振りだ・・・」
 しみじみと言うレウ゛ィアスにアンジェリークは嬉しそうに笑った。
「自然の美味しい空気がそうさせてくれるのよ?」
「そうだな・・・」
 もちろん、隣の少女によるものも大きいことを、レウ゛ィアスにはよく判っている。
 会話を楽しみ、食事を楽しむ。
 こんなシンプルなことで幸せになれるのが、レウ゛ィアスには初めてのことであった。
 食事の後腹拵えとばかりに、カフェの近くを散歩する。
 しっかりとお互いの手を握りあって、ふたりは温かなひとときを楽しんだ。

 昼食後、川べりに出てそこをぶらぶらと歩く。
「あれは、何だ!?」
 レウ゛ィアスは、川の桟橋に停泊している手頃な船を指差した。
「あれは、今夜あの船を使って”ダンスパーティ”が行われるの」
「楽しそうだな」
「生のバンドが演奏してくれるの。楽しくてロマンティックよ」
 アンジェリークのガイドを訊いていると、レウ゛ィアスは憧れて止まなくなる。
「本当に楽しそうだな。・・・その、誰かと行ったのか?」
 語尾は少し強張った響きになった。
「ええ。何人かホテルのメイド仲間と遊びに」
 ”メイド仲間”と聞いて、レウ゛ィアスは少しほっとする。
「俺たちも行かないか?」
 途端に、アンジェリークの表情が目に見えて明るくなった。
「いいんですか? お時間とか」
「ああ。構わない」
 レウ゛ィアスはしっかりと頷き、握り締める手に力を込める。
「だったら、夕方になったら、あの船に行きましょう」
「有り難う」
 ふたりは船を見つめながら、幸せな今夜のダンスパーティに、思いを寄せていた。

 散歩した後、アンジェリークのお勧めで、丘の上の遊園地に行くことにする。
 遊園地と言っても、その地域は多くの芸術家が集まる、有名な公園でもある。
「見晴らしが最高なの。特に夕焼けと夜景が綺麗なの・・・。レウ゛ィアスさんにも見せてあげたい」
「ああ。楽しみにしている」
 アンジェリークと共にみる夕日はどれほど美しいだろうか。
 レウ゛ィアスはそれが楽しみで仕方がなかった。
 車で公園近くまで行き、駐車場に止めてから、徒歩で丘を上がっていく。
「こうやって歩くのもいいな」
「運動になりますから」
 息を切らせながら、アンジェリークは楽しそうに笑った。
 白い鳩が沢山羽ばたく公園に向かい、そこのスタンドで餌を買い求める。
「餌をやりましょうよ。凄く楽しいと思います」
「微妙だな・・・」
 レウ゛ィアスは、えさをやって鳩にたかられている観光客を見て、複雑な顔をしている。
「やりましょう! 楽しいから!!」
「お、おいっ!!」
 アンジェリークは、レウ゛ィアスの手をしっかりと取り、鳩の群れに飛び込んでいく。
 楽しそうに笑うアンジェリークにレウ゛ィアスも心が優しい気分になる。
 袋から取り出した餌を、彼女は嬉しそうに撒いた。
「きゃああっ!」
 餌を撒いたアンジェリークの周りに、鳩が群れをなしてやってくる。
 それに驚いたのか、大きな悲鳴を上げた。
 鳩に囲まれたアンジェリークの戸惑う姿が余りにも可愛くて、レウ゛ィアスはおかしそうに笑った。
「た、助けてよ〜!」
 しょうがないとばかりに、彼は笑いながら鳩を追い払い、アンジェリークを助けてやる。
「有り難う・・・」
 頬をうっすらと染め上げながら、アンジェリークは拗ねるようにして礼を言った。
「アンジェ、お礼はキスでいいぞ」
「あ・・・」
 はにかむように俯くと、レウ゛ィアスの頬にそっとキスを送った。

 しばらく公園でぶらぶらと遊んだ後、夕焼けの美しい時間帯がやってくる。
「レウ゛ィアス、夕焼け・・・」
「ああ」
 丘の上から見渡すアルカディアの街は、美しい紅色に染まっていた。
「きれい・・・」
 街が夕日に染まる様子よりも、アンジェリークが夕日に染まるほうが、レウ゛ィアスには、より美しく思えた。
 彼女の無垢な横顔をじっと見つめる。

 この横顔が、いつまでも俺のそばにいればいいのに・・・。

 レヴィアスは心から思わずにはいられない。
 夕焼けは紅から、やかで薄紫に変化し、しなやかに闇を迎えた。
「船のパーティに行こう」
「うん」
 ふたりは手を繋いで、仲良くゆっくりと丘を下っていった。

 ふたりは丁度良い時間に、桟橋につき、チケットを買った後、早速船に乗り込む。
 当然のごとく、レヴィアスは、アンジェリークの手を引いて、板の橋を渡る。
 この辺りの徹底的なレディファーストぶりが、彼が皇太子であることを思い出させた。
 ふたりはどこから見ても恋人同士で、誰もが羨ましそうに見ずにはいられない。
 生演奏------といっても、昔懐かしい、アコーディオンやギターと言った少し趣向が凝らされたもので、これがレヴィアスには好ましく映った。
「踊りましょう」
「ああ」
 ふたりは手に手を取り合って、楽しく踊り出す。
 舞踏会などに、良く出席をしていたが、これほど楽しいダンスは初めてだった。
 船のライトが急に川縁に向けられ、レヴィアスは不思議そうに見る。
「あれは?」
「川縁にいる恋人たちをライトでてらしちゃうの」
「趣味が悪いな」
 レヴィアスは苦笑するが、アンジェリークは楽しそうに笑っている。
「みんな知っていて、川縁にいるのよ」
 アンジェリークはレヴィアスの手を引いてデッキの端まで来ると、笑いながら川縁を見ている。
「ほら?」
 ライトがてらされると、それをタイミングに恋人たちはキスをしている。
「本当だな…」
 それが雰囲気のせいで、ロマンティックに見えてしまうのが不思議だ。
「アンジェ…」
 甘くて低い声でレヴィアスに囁かれると、アンジェリークは真っ赤になる。
「レヴィアス…」
 顎を持ち上げられて、セクシーで不思議な瞳にじっと見つめられると、心と体が同時に熱くなる。
「------夢の女だ…。おまえは」
 低い声と共に、レヴィアスの唇が重なっていく。
 この瞬間は、身分違いの恋なんかじゃない。
 ふたりの男と女の純粋な気持ちが、合わさった瞬間であった。
 皮膚の一番薄い部分が、絡んで重なり合う。
 フラッシュがそっとたかれたことなんて関係ない。
 今コの瞬間が、ふたりにとって総てであった-------
コメント

春らしい新しい甘い物語です。
シンデレラっぽい、そんな物語を目指します。
宜しくお願いします。

4回目です。
あと2回ぐらいかな〜。
また嘘か(笑)かも。
新連載の前の、軽い企画です(笑)
これが終われば、新連載に突入予定!
おたのしみに(笑)



マエ モドル ツギ