Anything For You

3

 握り締めれた手が余りにも力強くてアンジェリークは喘いだ。
「アルウ゛ィース様、仕事が!」
「仕事なんてどうでもいい!!」
 深い声できっぱりと言われ、アンジェリークは唖然とする。
「今日一日遊ぶぞ」
「こんな格好で?」
 まだメイド服のままのアンジェリークは泣きそうな声で言う。
「だったら服をどこかで買えば良い」
 あまりにもの絶対君主ぶりにアンジェリークは何も言えなかった。
 手を引っ張られて階段を駆けおり、裏口を通って駐車場に出る。
 途中誰にも見つからなかったので、レヴィアスが確信犯だとすぐに判った。

 とても手が温かい・・・。
 包みこんでくれて、守ってくれそうな気がする。
 けれども、彼はアルウ゛ィース国の皇太子・・・。
 私とは余りにも差がありすぎる・・・。

 力強いぬくもりに、心を甘く切ない痛みが襲う。
 息苦しくて、アンジェリークはどうにかなりそうだった。
 昨日のBMWに乗せられ、アンジェリークは息を乱す。
「苦しいのか?」
「いいえ」
 心だけと、心の中で呟いた後、アンジェリークは大きく息を吸い込んだ。
「先に服だな」
「高価なブランド物は嫌です」
 きっぱりとアンジェリークが言ったので、レウ゛ィアスは僅かに眉を上げる。
「判った。ブティックを適当に教えてくれ」
「・・・はい」
 車はゆっくりと駐車場を出て、目抜き通りを走り始める。
 アンジェリークは妙にかしこまり、その身を堅くした。
「昨日よりも緊張しているな」
「だって、仕事をさぼってしまったし・・・」
 生真面目な彼女の側面を見つけて、レヴィアスは嬉しく思う。うなだれているアンジェリークの姿は好ましかった。
「ちゃんと言ってあるから平気だ。仕事のことは気にするな」
 アンジェリークは一瞬、レウ゛ィアスを見た後、不意に切なそうに俯く。
「・・・皇太子殿下だって知りませんでした・・・」
「今はそんなことは関係ない。この瞬間を楽しむんだ。俺はこの瞬間は、アルウ゛ィース国の皇太子じゃない。ただのレウ゛ィアスだ」
 レウ゛ィアスの低い声が、心深くに染み込んでくる。
 本当にそうであったらどんなに良いだろうか・・・。
 アンジェリークはそんな願いを込めて、深く一度だけ頷いた。
「ついでに俺の服も一緒に買うからな。おまえが見立ててくれ。このスーツだと雰囲気が窮屈で仕方がないからな」
 くすりとアンジェリークも笑いながら同意をする。
「まずはお互いに服探しね」
「そうだな」
 アンジェリークは、この一瞬、一瞬を大切にしようと心に決め、微笑んだ。

 車を、様々なブランドのテナントが入ったファッションビルに止め、ここで服を物色することにする。
 まずは、レウ゛ィアスのファッションショーから始まる。
 彼はやはり余り安いブランドにするわけにはいかず、このビルでは高価な部類に属する店に入った。
 少しカジュアルテイストのスーツをここで買うことにする。
「どうだ?」
「こっちのほうが似合うわ」
 アンジェリークは一生懸命コーディネイトをし、とても幸せな気分になった。
 何着も彼にスーツを合わせるのは楽しい。
「これは?」
 やはりカジュアル感覚の入ったスーツを選ぶと、レウ゛ィアスから堅苦しい雰囲気は抜け落ち、より素敵になっていった。
「サングラスもいいかもな」
「そうね、似合うわ、きっと」
 アンジェリークはディスプレイされているサングラスを持ってきて、背伸びをしてレウ゛ィアスにかける。
「どうだ?」
 サングラスをかけると、とてもよく似合っていて、うっとりするほどレウ゛ィアスは素敵だった。
 思わず見とれてアンジェリークは真っ赤になる。
「似合ってます・・・」
 スーツ、シャツ一式と、サングラスを買い求めて、レウ゛ィアスのコーディネートは完璧に揃った。
 フィッティングルームで着替えて、着ていたスーツは、すべて紙袋に押し込める。
 本当にカジュアルスーツを着たレウ゛ィアスは素敵で、危険な魅力が溢れ、アンジェリークは胸を激しく高まらせる。
「次はおまえの番だ。俺が選んで構わないか?」
「はい。でも高いのは嫌ですよ?」
 目の前のレウ゛ィアスが余りにも素敵で、アンジェリークははにかみながら頷くことしか出来ない。
「行くぞ」
「はい」
 しっかりと頷いて、アンジェリークはレウ゛ィアスの後に着いていった。
 彼がイメージだけで選んだ店は、そこそこのカジュアルさがあり、アンジェリークは正直ほっとする。
「おまえはシンプルなのが似合うんだ」
「はい」
 周りの女性たちの視線がひどく気になった。
 これも、服装で更に魅力的になったレウ゛ィアスが更に女性の視線を集めていたから。
「モデルかしら?」
 そんな声もちらほらと聞こえる。
 そのせいか、地味なグレーのメイド服のままの自分に痛い視線を感じた。
「おまえはこれなんかが似合うな?」
「あ・・・」
 レウ゛ィアスが選んでくれたのは、品の良い白のブラウス、紺のスカーフ、ベージュのスカートという、大変清楚なものだ。
「サンダルもいるな・・・。これはどうだ?」
 レウ゛ィアスが手に取ったものは、非常にシンプルかつ品のあるものだった。
「これを全部試着してこい」
「はい」

 やっぱり説得力があるな。
 そうせずにはいられなくなる何かがあるものね・・・。

 アンジェリークは服を受け取ると、それを丁寧に袖を通す。
 上等なもののせいか、とても着心地が良かった。
「レウ゛ィアスさん」
 恐る恐るフィッティングルームから出ていくと、レウ゛ィアスがじっと凝視してくる。
 とても恥ずかしくて、頬を思わず染め上げてしまう。
「似合ってる、これを着ていこう」
「はい・・・」
 アンジェリークは、レウ゛ィアスの視線に躰を熱くさせながら、フィッティングルームに戻り、値札だけを取ってもらった。
「行こう。今日は色々案内してもらうからな」
「はい」
 袋にメイド服という名の現実を入れ、夢の世界に飛び込んでいく。
「まずはここの観光地を案内してくれ」
「はい。では、古い遺跡とか?」
「面白いのか? そんなところ」
 レウ゛ィアスの少し不満げな言葉に、アンジェリークは苦笑する。
「有名な賢者ルウ゛ァの”感情の天秤”があるわ。嘘を吐いているか判るって言われているの」
「おもしろいな。そこに行こう。ナビ出来るな?」
「はい」
 アンジェリークは明るい声で返事をし、あれこれとナビゲーションを始めた。
 洋服を変えると、今までの自分とは別人のようで、ふわふわとした気分になれる。
 これはレウ゛ィアスも同じで、しがらみを脱ぎ捨てた気分だった。

 このひと時だけでもいいから、夢を見させて下さい・・・。
 お願いします・・・。

 夢の世界の出来事だと判っていながらも、そう思わずにはいられなかった。
 ナビゲーションをしながら、ちらちらとレウ゛ィアスを見つめる。
 その姿がとても素敵過ぎて、アンジェリークはうっとりとせずにはいられなかった。
「いつも友達には何と呼ばれている?」
「アンジェです」
「じゃあ、アンジェと呼ばせてもらっていいな? 俺のこともレウ゛ィアスと呼んでもらって構わないから」
 彼に名前を親しげに呼んでもらうのは、なんて幸せなことなんだろうか。
 アンジェリークは心からそう思いながら、しっかりと頷いた。
「そこの奥に駐車場がありますから、止めて下さい」
「ああ」
 皇太子で、普段は運転手が付いているだろうと想像出来る、レウ゛ィアスの運転は巧みで、完璧に駐車場に車を止める。
「さあ、”感情の天秤とやらに行くぞ?」
「はい」
 レウ゛ィアスに手を繋がれて、アンジェリークは心がふわふわと心地好い。
 幸せな気分に浸りながら、”感情の天秤”に入った。

「ここは相手に設問をして、相手の答えが嘘を吐いていなければ天秤は揺れず、嘘を吐いていれば天秤は揺れます」
 アンジェリークはもっともらしく話し、レウ゛ィアスもそれに頷く。
「アンジェ、おまえがやってみろ?」
「私が?」
 彼女は目を丸くして、指で自分自身を指す。
「そうだ。俺が質問するから、答えてみろよ?」
「子供の頃に良くやったから・・・」
 しどろもどろに答えるアンジェリークを、レウ゛ィアスは眉を上げて楽しげに見つめている。
「やれよ?」
 サングラスから僅かに覗く異色の瞳に、アンジェリークは抵抗できなかった。
 どんな設問がくるか、胸をどきどきとさせながら、アンジェリークは生唾を飲み、天秤に手を置く。
「じゃあいくぜ?」
「はい・・・」
 緊張で手のひらに汗がじっとりと滲んでいる。
「アンジェリークは、レウ゛ィアス・ラグナ・アルウ゛ィースを愛している」
 染み入るような深い声が、アンジェリークの胸を突いた。
 真実は悟られてはならない。
 彼女は必死になって冷静を保ちながら、深呼吸をした。
「------いいえ」
 声が震える。
 同時に天秤が僅かに震える。
 レウ゛ィアスは器用に眉を上げると、アンジェリークにぎりぎりのところまで近付いた。
「嘘つきだな?」
「・・・嘘なんてついていません・・・」
 震える声が何よりもの証拠。
 アンジェリークは強情にも唇を噛み締めながら否定した。
「アンジェ・・・」
 いきなり、天秤の上についていた手を握られたかと思うと、そのまま彼の腕の中に引き寄せられる。
「嘘つきには、お仕置だ・・・」
 レウ゛ィアスの低くくぐもった艶やかな声が聞こえた瞬間、唇が鮮やかに重なっていた。
コメント

春らしい新しい甘い物語です。
シンデレラっぽい、そんな物語を目指します。
宜しくお願いします。

3回目です。
あと2回ぐらいかな〜。
また嘘か(笑)
アンジェの衣装は、「ローマの休日」を意識しました。



マエ モドル ツギ