握り締めれた手が余りにも力強くてアンジェリークは喘いだ。 「アルウ゛ィース様、仕事が!」 「仕事なんてどうでもいい!!」 深い声できっぱりと言われ、アンジェリークは唖然とする。 「今日一日遊ぶぞ」 「こんな格好で?」 まだメイド服のままのアンジェリークは泣きそうな声で言う。 「だったら服をどこかで買えば良い」 あまりにもの絶対君主ぶりにアンジェリークは何も言えなかった。 手を引っ張られて階段を駆けおり、裏口を通って駐車場に出る。 途中誰にも見つからなかったので、レヴィアスが確信犯だとすぐに判った。 とても手が温かい・・・。 包みこんでくれて、守ってくれそうな気がする。 けれども、彼はアルウ゛ィース国の皇太子・・・。 私とは余りにも差がありすぎる・・・。 力強いぬくもりに、心を甘く切ない痛みが襲う。 息苦しくて、アンジェリークはどうにかなりそうだった。 昨日のBMWに乗せられ、アンジェリークは息を乱す。 「苦しいのか?」 「いいえ」 心だけと、心の中で呟いた後、アンジェリークは大きく息を吸い込んだ。 「先に服だな」 「高価なブランド物は嫌です」 きっぱりとアンジェリークが言ったので、レウ゛ィアスは僅かに眉を上げる。 「判った。ブティックを適当に教えてくれ」 「・・・はい」 車はゆっくりと駐車場を出て、目抜き通りを走り始める。 アンジェリークは妙にかしこまり、その身を堅くした。 「昨日よりも緊張しているな」 「だって、仕事をさぼってしまったし・・・」 生真面目な彼女の側面を見つけて、レヴィアスは嬉しく思う。うなだれているアンジェリークの姿は好ましかった。 「ちゃんと言ってあるから平気だ。仕事のことは気にするな」 アンジェリークは一瞬、レウ゛ィアスを見た後、不意に切なそうに俯く。 「・・・皇太子殿下だって知りませんでした・・・」 「今はそんなことは関係ない。この瞬間を楽しむんだ。俺はこの瞬間は、アルウ゛ィース国の皇太子じゃない。ただのレウ゛ィアスだ」 レウ゛ィアスの低い声が、心深くに染み込んでくる。 本当にそうであったらどんなに良いだろうか・・・。 アンジェリークはそんな願いを込めて、深く一度だけ頷いた。 「ついでに俺の服も一緒に買うからな。おまえが見立ててくれ。このスーツだと雰囲気が窮屈で仕方がないからな」 くすりとアンジェリークも笑いながら同意をする。 「まずはお互いに服探しね」 「そうだな」 アンジェリークは、この一瞬、一瞬を大切にしようと心に決め、微笑んだ。 車を、様々なブランドのテナントが入ったファッションビルに止め、ここで服を物色することにする。 まずは、レウ゛ィアスのファッションショーから始まる。 彼はやはり余り安いブランドにするわけにはいかず、このビルでは高価な部類に属する店に入った。 少しカジュアルテイストのスーツをここで買うことにする。 「どうだ?」 「こっちのほうが似合うわ」 アンジェリークは一生懸命コーディネイトをし、とても幸せな気分になった。 何着も彼にスーツを合わせるのは楽しい。 「これは?」 やはりカジュアル感覚の入ったスーツを選ぶと、レウ゛ィアスから堅苦しい雰囲気は抜け落ち、より素敵になっていった。 「サングラスもいいかもな」 「そうね、似合うわ、きっと」 アンジェリークはディスプレイされているサングラスを持ってきて、背伸びをしてレウ゛ィアスにかける。 「どうだ?」 サングラスをかけると、とてもよく似合っていて、うっとりするほどレウ゛ィアスは素敵だった。 思わず見とれてアンジェリークは真っ赤になる。 「似合ってます・・・」 スーツ、シャツ一式と、サングラスを買い求めて、レウ゛ィアスのコーディネートは完璧に揃った。 フィッティングルームで着替えて、着ていたスーツは、すべて紙袋に押し込める。 本当にカジュアルスーツを着たレウ゛ィアスは素敵で、危険な魅力が溢れ、アンジェリークは胸を激しく高まらせる。 「次はおまえの番だ。俺が選んで構わないか?」 「はい。でも高いのは嫌ですよ?」 目の前のレウ゛ィアスが余りにも素敵で、アンジェリークははにかみながら頷くことしか出来ない。 「行くぞ」 「はい」 しっかりと頷いて、アンジェリークはレウ゛ィアスの後に着いていった。 彼がイメージだけで選んだ店は、そこそこのカジュアルさがあり、アンジェリークは正直ほっとする。 「おまえはシンプルなのが似合うんだ」 「はい」 周りの女性たちの視線がひどく気になった。 これも、服装で更に魅力的になったレウ゛ィアスが更に女性の視線を集めていたから。 「モデルかしら?」 そんな声もちらほらと聞こえる。 そのせいか、地味なグレーのメイド服のままの自分に痛い視線を感じた。 「おまえはこれなんかが似合うな?」 「あ・・・」 レウ゛ィアスが選んでくれたのは、品の良い白のブラウス、紺のスカーフ、ベージュのスカートという、大変清楚なものだ。 「サンダルもいるな・・・。これはどうだ?」 レウ゛ィアスが手に取ったものは、非常にシンプルかつ品のあるものだった。 「これを全部試着してこい」 「はい」 やっぱり説得力があるな。 そうせずにはいられなくなる何かがあるものね・・・。 アンジェリークは服を受け取ると、それを丁寧に袖を通す。 上等なもののせいか、とても着心地が良かった。 「レウ゛ィアスさん」 恐る恐るフィッティングルームから出ていくと、レウ゛ィアスがじっと凝視してくる。 とても恥ずかしくて、頬を思わず染め上げてしまう。 「似合ってる、これを着ていこう」 「はい・・・」 アンジェリークは、レウ゛ィアスの視線に躰を熱くさせながら、フィッティングルームに戻り、値札だけを取ってもらった。 「行こう。今日は色々案内してもらうからな」 「はい」 袋にメイド服という名の現実を入れ、夢の世界に飛び込んでいく。 「まずはここの観光地を案内してくれ」 「はい。では、古い遺跡とか?」 「面白いのか? そんなところ」 レウ゛ィアスの少し不満げな言葉に、アンジェリークは苦笑する。 「有名な賢者ルウ゛ァの”感情の天秤”があるわ。嘘を吐いているか判るって言われているの」 「おもしろいな。そこに行こう。ナビ出来るな?」 「はい」 アンジェリークは明るい声で返事をし、あれこれとナビゲーションを始めた。 洋服を変えると、今までの自分とは別人のようで、ふわふわとした気分になれる。 これはレウ゛ィアスも同じで、しがらみを脱ぎ捨てた気分だった。 このひと時だけでもいいから、夢を見させて下さい・・・。 お願いします・・・。 夢の世界の出来事だと判っていながらも、そう思わずにはいられなかった。 ナビゲーションをしながら、ちらちらとレウ゛ィアスを見つめる。 その姿がとても素敵過ぎて、アンジェリークはうっとりとせずにはいられなかった。 「いつも友達には何と呼ばれている?」 「アンジェです」 「じゃあ、アンジェと呼ばせてもらっていいな? 俺のこともレウ゛ィアスと呼んでもらって構わないから」 彼に名前を親しげに呼んでもらうのは、なんて幸せなことなんだろうか。 アンジェリークは心からそう思いながら、しっかりと頷いた。 「そこの奥に駐車場がありますから、止めて下さい」 「ああ」 皇太子で、普段は運転手が付いているだろうと想像出来る、レウ゛ィアスの運転は巧みで、完璧に駐車場に車を止める。 「さあ、”感情の天秤とやらに行くぞ?」 「はい」 レウ゛ィアスに手を繋がれて、アンジェリークは心がふわふわと心地好い。 幸せな気分に浸りながら、”感情の天秤”に入った。 「ここは相手に設問をして、相手の答えが嘘を吐いていなければ天秤は揺れず、嘘を吐いていれば天秤は揺れます」 アンジェリークはもっともらしく話し、レウ゛ィアスもそれに頷く。 「アンジェ、おまえがやってみろ?」 「私が?」 彼女は目を丸くして、指で自分自身を指す。 「そうだ。俺が質問するから、答えてみろよ?」 「子供の頃に良くやったから・・・」 しどろもどろに答えるアンジェリークを、レウ゛ィアスは眉を上げて楽しげに見つめている。 「やれよ?」 サングラスから僅かに覗く異色の瞳に、アンジェリークは抵抗できなかった。 どんな設問がくるか、胸をどきどきとさせながら、アンジェリークは生唾を飲み、天秤に手を置く。 「じゃあいくぜ?」 「はい・・・」 緊張で手のひらに汗がじっとりと滲んでいる。 「アンジェリークは、レウ゛ィアス・ラグナ・アルウ゛ィースを愛している」 染み入るような深い声が、アンジェリークの胸を突いた。 真実は悟られてはならない。 彼女は必死になって冷静を保ちながら、深呼吸をした。 「------いいえ」 声が震える。 同時に天秤が僅かに震える。 レウ゛ィアスは器用に眉を上げると、アンジェリークにぎりぎりのところまで近付いた。 「嘘つきだな?」 「・・・嘘なんてついていません・・・」 震える声が何よりもの証拠。 アンジェリークは強情にも唇を噛み締めながら否定した。 「アンジェ・・・」 いきなり、天秤の上についていた手を握られたかと思うと、そのまま彼の腕の中に引き寄せられる。 「嘘つきには、お仕置だ・・・」 レウ゛ィアスの低くくぐもった艶やかな声が聞こえた瞬間、唇が鮮やかに重なっていた。 |
| コメント 春らしい新しい甘い物語です。 シンデレラっぽい、そんな物語を目指します。 宜しくお願いします。 3回目です。 あと2回ぐらいかな〜。 また嘘か(笑) アンジェの衣装は、「ローマの休日」を意識しました。 |