尻の軽い女だと思われるのは嫌だと思いながらも、レウ゛ィアスの魅力をあらがえなくて、つい彼の車に乗ってしまった。 してしまったことは、消せないのは判っている。 だが、妙に心地が悪かった。 「こちらには、お仕事でお見えになっているんですか?」 ようやくアンジェリークは口を開いたが、何だかつきなみなことしか言えずに、歯がゆい。 「”仕事”か・・・。確かにそうかもしれぬな・・・」 左眉を器用にも皮肉げに上げると、レウ゛ィアスは僅かに唇を歪ませて笑った。 その横顔に、アンジェリークはほんの一瞬、孤独を感じずにはいられない。 車は心地好い揺れで、目的地に向かう。 「そのカフェはどんな感じだ?」 「とても心地好いです。特にこの時間帯からは、気持ち良い風が吹いて、過ごしやすくて、その上落ち着いています」 「そうか」 レウ゛ィアスは不意にちらりとバックミラーを見た。 「-------アンジェリーク、地元の者しか判らない判りにくい道はないか?」 「え、じゃあ、次の信号を左に曲がって下さい」 レウ゛ィアスは冷静にバックミラーを気にしながら、正確にハンドルを切る。 「この路地を左に曲がって次に見える路地を右に曲がって下さい」 「ああ」 アンジェリークのナビゲーション通りに、レウ゛ィアスは隙なく運転をした。 「次は左に曲がって直進して右に曲がる」 「ああ」 ハンドルを巧みに操り、レウ゛ィアスは路地から路地へと入っていく。 「随分と入り込んだ道だな」 「あなたが望んだんでしょ?」 涼しげに答えるアンジェリークに、レウ゛ィアスはなぜか笑みが零れた。 「------そうだな」 一瞬、鋭い眼差しでバックミラーを見ると、そこにはもう追跡してきた車は映ってはいない。 したり顔で、レウ゛ィアスは満足げな微笑みを浮かべた。 「ここを抜ければもう少しです。あの店です」 レウ゛ィアスは頷き、車をその近くの駐車場に入れる。 カフェは繁華街から離れた川べりにあり、レウ゛ィアスには都合がよかった。 車から降り、カフェまでの僅かな距離をゆっくりと歩く。 川べりを歩くというのは、何て心地が良いものなのだろうか。 「気持ちいいな」 「地元の自慢の場所ですよ?」 「だな」 すぐにアンジェリークが言っていたカフェに着いた。 込み合っていないので、丁度良い感じだ。 「ここが凄く良い席なんですよ?」 アンジェリークに連れられるままに、レウ゛ィアスはそこに向かった。 本当にそのテーブルは理想的だ。 喧騒から隔離されていて、ぼんやりとするにはうってつけだ。 その上、目立ちにくい。 これ以上の場所はあるだろうかと、レウ゛ィアスは思わずにはいられなかった。 「ここでのお勧めとかはあるのか?」 「シチューセットが美味しいわ。おなかが空いたとき、それを食べるようにしているの」 「じゃあ、それを食べよう」 ふたりは同じシチューセットを頼み、それに舌鼓を打つ。 「懐かしいな、こんな味。ずっと忘れていた・・・」 懐かしそうにレウ゛ィアスは笑うと、味わうようにシチューを楽しんだ。 「ここのシチューは最高なんです。お気に召しましたか?」 「ああ。とっても」 レウ゛ィアスの甘さが含んだ微笑みは憎らしいほど素敵で、悔しいが見惚れる。 きっと50人の女性が歩いていたら、50人とも振り向く。 そんなことを思いながら、アンジェリークはレウ゛ィアスの整った顔立ちを見つめずにはいられなかった。 「こんな美味いもの、久々に食ったな・・・」 しみじみと言うレウ゛ィアスに、アンジェリークも穏やかな微笑みを浮かべずにはいられない。 「ここのは家庭的ですから・・・」 「素朴な料理が、やっぱり一番優しいな・・・。シェフの料理は暖かみが感じられない」 いつもの料理は味なんか感じず、ただの空腹を満たすだけの道具でしかない。 こんなにゆったりとした気持ちで、しかも楽しく食事が出来るのは、本当に久方振りのことだった。 「良いところに連れていってくれて、有り難う」 「はい」レ ウ゛ィアスに礼を言って貰えて、至極嬉しく思える。 アンジェリークは心の奥に温かな炎を感じた。 それが恋心だとは今はまだ気がつかない。 不意にレウ゛ィアスは時計をみて表情を曇らせる。 もっと彼女のそばにいたいが、それも叶わない。 公務がまっている。 溜め息を深く吐くと、レウ゛ィアスは眉を寄せて立ち上がった。 「すまない・・・。もっと話したいがタイムリミットだ」 至極残念そうに言うと、レウ゛ィアスは立ち上がり、さりげなく請求書を持ってレジに向かう。 アンジェリークが制する前に、彼はもう払い終えていた。 「こんなに中途半端で申し訳ない」 「こちらこそ、ごちそうさまでした」 アンジェリークは丁寧に礼を言い、おじぎををした。 レウ゛ィアスが足早に駐車場に行き、アンジェリークも近くまで行く。 「ホテルまでは帰れますか?」 「カーナビがある。心配するな」 アンジェリークはなるほどとばかりにしっかりと頷いた。 「あの・・・、ピアスは・・・」 サヨナラをする前に、アンジェリークはおずおずと訊く。 「すまない・・・。まだ見つかっていないのだ・・・。大切なものなのか?」 すまなさそうに言うレウ゛ィアスが忠犬のように見えてしまい、妙に可愛く感じた。 「いえ、特に大事なものではないんですが、落としたものを踏まれると、怪我をしてしまうのではないかと思うので・・・」 「大丈夫だ。そんなに不注意ではないから」 「だったらいいのですが・・・」 ひどくアンジェリークは恐縮し、心配そうにしていた。 「ちゃんと見つかったら連絡をする。心配しなくて良い」 「はい、有り難うございました」 「またな」 レウ゛ィアスはふと感情のない表情をすると車に乗り込んだ。 車を見送りながら、アンジェリークは何だか寂しい気持ちになる。 「帰ろうかな」 ゆっくりと川べりを歩き、アンジェリークは夕日に切なさを滲ませていた。 レウ゛ィアスは車を運転しながら、スーツのポケットを探る。 そこにはティッシュに包まれた、アンジェリークのピアスが出てきた。 まだ・・・、渡すわけにはいかない。 俺のお守りだから・・・。 レウ゛ィアスはカーナビをチェックしながら、宿泊先である”クィーンズ・カールトン”に向かって車を走らせた。 家に帰る前、いつものように、アンジェリークはスタンドで新聞を買い求める。 家でじっくりと読むためだ。 今日は夕食は済ませているので、朝食用の食材を少しだけ買い求める。 明日も早いので、家にすぐ帰って、シャワーを浴び、寝る支度をした。 「さてと、新聞を読むかな〜!」 アンジェリークは、ベッドに寝転びながら、うだうだと新聞を読み始める。 「へ〜、アルウ゛ィース国皇太子殿下、王立派遣軍を視察か・・・」 いつもなら読み飛ばすような記事だが、アンジェリークは読むなり飛び起きた。 「嘘・・・」 写真を見ると確かに彼-------レウ゛ィアスだった。 「アルウ゛ィース国皇太子レウ゛ィアス・ラグナ殿下・・・」 アンジェリークは新聞を持ったまま呆然とするだけ。 「そんな・・・、皇太子殿下だったなんて・・・」 そう言えば、誰かが皇太子が泊まると言って騒いでいたのを思い出す。 それが、まさかレウ゛ィアスだったとは、到底思い付かなかった。 やっぱり、住む世界が違う男性(ひと)だったんだ・・・。 レウ゛ィアスの写真を指でそっとなぞる。なぜだか切なくなって、アンジェリークは涙してしまった。 その頃、レウ゛ィアスは退屈なレセプションに出席し、何度も生あくびをかみ殺していた。 様々な女が声をかけ、話しかけてくる度に、アンジェリークと比べずにはいられない。 あいつと話した時、あんなに楽しかったのにな・・・。 レウ゛ィアスはしみじみと思いながら、まずい酒を飲み干す。 あと一週間しかここにはいられない・・・。それまでには・・・。 もうレウ゛ィアスの視界にはアンジェリークしか映らなかった。 翌日、やはりアンジェリークはエンペラーズ・スウィートのベッドメイキング担当になっていた。 その名に相応しい相手が宿泊相手のベッドメイクだ。 切なさを噛み殺してアンジェリークは部屋に入った。 「待っていた」 心に染み入る声に、彼女は振り向く。 そこにはレウ゛ィアスが堂々と立っていた。 「アンジェリーク、行くぞ!」 「えっ、仕事中です!」 必死になって仕事にしがみつこうとする彼女に構わず、レウ゛ィアスは小さな手を握り締めて部屋の外に出ていく。 いったい、どうなっているの!? アンジェリークはメイド服のまま、外に連れ出されてしまった。 |
| コメント 春らしい新しい甘い物語です。 シンデレラっぽい、そんな物語を目指します。 宜しくお願いします。 2回目です。 あと2回ぐらいかな〜。 また嘘か(笑) |