Anything For You

2

 尻の軽い女だと思われるのは嫌だと思いながらも、レウ゛ィアスの魅力をあらがえなくて、つい彼の車に乗ってしまった。
 してしまったことは、消せないのは判っている。
 だが、妙に心地が悪かった。
「こちらには、お仕事でお見えになっているんですか?」
 ようやくアンジェリークは口を開いたが、何だかつきなみなことしか言えずに、歯がゆい。
「”仕事”か・・・。確かにそうかもしれぬな・・・」
 左眉を器用にも皮肉げに上げると、レウ゛ィアスは僅かに唇を歪ませて笑った。
 その横顔に、アンジェリークはほんの一瞬、孤独を感じずにはいられない。
 車は心地好い揺れで、目的地に向かう。
「そのカフェはどんな感じだ?」
「とても心地好いです。特にこの時間帯からは、気持ち良い風が吹いて、過ごしやすくて、その上落ち着いています」
「そうか」
 レウ゛ィアスは不意にちらりとバックミラーを見た。
「-------アンジェリーク、地元の者しか判らない判りにくい道はないか?」
「え、じゃあ、次の信号を左に曲がって下さい」
 レウ゛ィアスは冷静にバックミラーを気にしながら、正確にハンドルを切る。
「この路地を左に曲がって次に見える路地を右に曲がって下さい」
「ああ」
 アンジェリークのナビゲーション通りに、レウ゛ィアスは隙なく運転をした。
「次は左に曲がって直進して右に曲がる」
「ああ」
 ハンドルを巧みに操り、レウ゛ィアスは路地から路地へと入っていく。
「随分と入り込んだ道だな」
「あなたが望んだんでしょ?」
 涼しげに答えるアンジェリークに、レウ゛ィアスはなぜか笑みが零れた。
「------そうだな」
 一瞬、鋭い眼差しでバックミラーを見ると、そこにはもう追跡してきた車は映ってはいない。
 したり顔で、レウ゛ィアスは満足げな微笑みを浮かべた。
「ここを抜ければもう少しです。あの店です」
 レウ゛ィアスは頷き、車をその近くの駐車場に入れる。
 カフェは繁華街から離れた川べりにあり、レウ゛ィアスには都合がよかった。
 車から降り、カフェまでの僅かな距離をゆっくりと歩く。
 川べりを歩くというのは、何て心地が良いものなのだろうか。
「気持ちいいな」
「地元の自慢の場所ですよ?」
「だな」
 すぐにアンジェリークが言っていたカフェに着いた。
 込み合っていないので、丁度良い感じだ。
「ここが凄く良い席なんですよ?」
 アンジェリークに連れられるままに、レウ゛ィアスはそこに向かった。
 本当にそのテーブルは理想的だ。
 喧騒から隔離されていて、ぼんやりとするにはうってつけだ。
 その上、目立ちにくい。
 これ以上の場所はあるだろうかと、レウ゛ィアスは思わずにはいられなかった。
「ここでのお勧めとかはあるのか?」
「シチューセットが美味しいわ。おなかが空いたとき、それを食べるようにしているの」
「じゃあ、それを食べよう」
 ふたりは同じシチューセットを頼み、それに舌鼓を打つ。
「懐かしいな、こんな味。ずっと忘れていた・・・」
 懐かしそうにレウ゛ィアスは笑うと、味わうようにシチューを楽しんだ。
「ここのシチューは最高なんです。お気に召しましたか?」
「ああ。とっても」
 レウ゛ィアスの甘さが含んだ微笑みは憎らしいほど素敵で、悔しいが見惚れる。
 きっと50人の女性が歩いていたら、50人とも振り向く。
 そんなことを思いながら、アンジェリークはレウ゛ィアスの整った顔立ちを見つめずにはいられなかった。
「こんな美味いもの、久々に食ったな・・・」
 しみじみと言うレウ゛ィアスに、アンジェリークも穏やかな微笑みを浮かべずにはいられない。
「ここのは家庭的ですから・・・」
「素朴な料理が、やっぱり一番優しいな・・・。シェフの料理は暖かみが感じられない」
 いつもの料理は味なんか感じず、ただの空腹を満たすだけの道具でしかない。
 こんなにゆったりとした気持ちで、しかも楽しく食事が出来るのは、本当に久方振りのことだった。
「良いところに連れていってくれて、有り難う」
「はい」レ
 ウ゛ィアスに礼を言って貰えて、至極嬉しく思える。
 アンジェリークは心の奥に温かな炎を感じた。
 それが恋心だとは今はまだ気がつかない。
 不意にレウ゛ィアスは時計をみて表情を曇らせる。
 もっと彼女のそばにいたいが、それも叶わない。
 公務がまっている。
 溜め息を深く吐くと、レウ゛ィアスは眉を寄せて立ち上がった。
「すまない・・・。もっと話したいがタイムリミットだ」
 至極残念そうに言うと、レウ゛ィアスは立ち上がり、さりげなく請求書を持ってレジに向かう。
 アンジェリークが制する前に、彼はもう払い終えていた。
「こんなに中途半端で申し訳ない」
「こちらこそ、ごちそうさまでした」
 アンジェリークは丁寧に礼を言い、おじぎををした。
 レウ゛ィアスが足早に駐車場に行き、アンジェリークも近くまで行く。
「ホテルまでは帰れますか?」
「カーナビがある。心配するな」
 アンジェリークはなるほどとばかりにしっかりと頷いた。
「あの・・・、ピアスは・・・」
 サヨナラをする前に、アンジェリークはおずおずと訊く。
「すまない・・・。まだ見つかっていないのだ・・・。大切なものなのか?」
 すまなさそうに言うレウ゛ィアスが忠犬のように見えてしまい、妙に可愛く感じた。
「いえ、特に大事なものではないんですが、落としたものを踏まれると、怪我をしてしまうのではないかと思うので・・・」
「大丈夫だ。そんなに不注意ではないから」
「だったらいいのですが・・・」
 ひどくアンジェリークは恐縮し、心配そうにしていた。
「ちゃんと見つかったら連絡をする。心配しなくて良い」
「はい、有り難うございました」
「またな」
 レウ゛ィアスはふと感情のない表情をすると車に乗り込んだ。
 車を見送りながら、アンジェリークは何だか寂しい気持ちになる。
「帰ろうかな」
 ゆっくりと川べりを歩き、アンジェリークは夕日に切なさを滲ませていた。

 レウ゛ィアスは車を運転しながら、スーツのポケットを探る。
 そこにはティッシュに包まれた、アンジェリークのピアスが出てきた。

 まだ・・・、渡すわけにはいかない。
 俺のお守りだから・・・。

 レウ゛ィアスはカーナビをチェックしながら、宿泊先である”クィーンズ・カールトン”に向かって車を走らせた。

 家に帰る前、いつものように、アンジェリークはスタンドで新聞を買い求める。
 家でじっくりと読むためだ。
 今日は夕食は済ませているので、朝食用の食材を少しだけ買い求める。
 明日も早いので、家にすぐ帰って、シャワーを浴び、寝る支度をした。
「さてと、新聞を読むかな〜!」
 アンジェリークは、ベッドに寝転びながら、うだうだと新聞を読み始める。
「へ〜、アルウ゛ィース国皇太子殿下、王立派遣軍を視察か・・・」
 いつもなら読み飛ばすような記事だが、アンジェリークは読むなり飛び起きた。
「嘘・・・」
 写真を見ると確かに彼-------レウ゛ィアスだった。
「アルウ゛ィース国皇太子レウ゛ィアス・ラグナ殿下・・・」
 アンジェリークは新聞を持ったまま呆然とするだけ。
「そんな・・・、皇太子殿下だったなんて・・・」
 そう言えば、誰かが皇太子が泊まると言って騒いでいたのを思い出す。
 それが、まさかレウ゛ィアスだったとは、到底思い付かなかった。

 やっぱり、住む世界が違う男性(ひと)だったんだ・・・。

 レウ゛ィアスの写真を指でそっとなぞる。なぜだか切なくなって、アンジェリークは涙してしまった。

 その頃、レウ゛ィアスは退屈なレセプションに出席し、何度も生あくびをかみ殺していた。
 様々な女が声をかけ、話しかけてくる度に、アンジェリークと比べずにはいられない。

 あいつと話した時、あんなに楽しかったのにな・・・。

 レウ゛ィアスはしみじみと思いながら、まずい酒を飲み干す。

 あと一週間しかここにはいられない・・・。それまでには・・・。

 もうレウ゛ィアスの視界にはアンジェリークしか映らなかった。

 翌日、やはりアンジェリークはエンペラーズ・スウィートのベッドメイキング担当になっていた。
 その名に相応しい相手が宿泊相手のベッドメイクだ。
 切なさを噛み殺してアンジェリークは部屋に入った。
「待っていた」
 心に染み入る声に、彼女は振り向く。
 そこにはレウ゛ィアスが堂々と立っていた。
「アンジェリーク、行くぞ!」
「えっ、仕事中です!」
 必死になって仕事にしがみつこうとする彼女に構わず、レウ゛ィアスは小さな手を握り締めて部屋の外に出ていく。

 いったい、どうなっているの!?

  アンジェリークはメイド服のまま、外に連れ出されてしまった。
コメント

春らしい新しい甘い物語です。
シンデレラっぽい、そんな物語を目指します。
宜しくお願いします。

2回目です。
あと2回ぐらいかな〜。
また嘘か(笑)



マエ モドル ツギ