放課後はクラブの代わりに、アリオスのオフィスに行く------- 彼女にとっては最高に楽しい放課後の過ごし方になりつつあった。 「ねえ、お仕事の邪魔にならないの?」 「一時間ぐらいならな?」 アリオスはいつも悪態をついて”先生”になると厳しかったが、基本的には優しかった。 「もっと姿勢よく椅子には座れないのか?」 「はいっ」 アンジェリークは背筋をピンと伸ばして座るが、直ぐにもじもじとしてしまう。 背筋を伸ばして座るというのは、意外に腰に来ることを知った。 「アリオスさん〜、腰痛い〜」 「人から”美しい”と呼ばれる姿は、自分は”辛い”姿なんだぜ?」 彼は煙草を片手にアンジェリークをじっと監視している。 「ま、まだですか?」 「俺が煙草を吸い終わるまで」 「そんな〜」 きっぱりといわれて、アンジェリークは二の句が告げないのであった。 「さて煙草は吸い終わったから、今度は立ってみろ?」 「はい」 ようやくこの姿勢から解放されると思うと、アンジェリークはほっとする。 アリオスはアンジェリークに真っ直ぐと近づいてくるなり、じっと背中を見つめる。 彼の切れるような眼差しで見るめられると、アンジェリークは真っ赤になってしまう。 「あ、あの…」 「猫背」 「…!!!」 目を丸くして少し怒ったかのように彼女は彼を見つめる。 「失礼じゃないですか」 「猫背だとドレスを着てもかっこ悪いぜ?」 「あっ…」 アリオスはいきなり背バカに手を当てる度、ぐいっと力を入れ、彼女の姿勢を直した。 その力強さと温かさが背中を刺激して、彼女は甘い痺れを感じる。 「ほら胸を張って、真っ直ぐ立ってみろ? 姿勢が良かったら、ダンスも綺麗だし、服を着ても綺麗に見えるぜ?」 「はい」 ぐっと胸を張ると、背中がぴんとと伸びてくるから不思議だ。 「後、腹に力を入れるといい」 「はいっ」 腹部に力を入れると、更に、胸が張って、真っ直ぐと立てた。 「足は真っ直ぐ…。優雅に立つには、足をくっつけるのではなく、どちらかの足を引いてみる」 「こう?」 彼に言われたとおりにやってみると、頷いてくれた。 「こうすると、足が綺麗に見えるんだ」 「そうなんだ〜」 喜びながら、アンジェリークは鏡に映った自分を見てみる。 確かに少し細いような気がしないではない。 「じゃあその状態で歩いてみろ」 コクリと頷いて彼女は歩いてみた。 が------- 「ダメだ」 直ぐに彼は低い声で止め、厳しい眼差しをアンジェリークに向ける。 「真っ直ぐ歩けといったはずだぜ?」 「歩いてるわ」 「出来てねえ」 彼はきっぱりというと、机の上の手ごろな厚さの本を手にして、そのまま彼女の頭の上に乗せた。 「え!?」 「古典的だがな? これを落とさないように歩いてみろ」 「あ、うん…」 バランスを気にしながら、もちろん姿勢も気にしなければならない。 アンジェリークはアリオスに言われるまで、一生懸命部屋の中を歩いた。 5週したところでようやく彼が止めていいといってくれる。 「ご苦労さん」 「ホントレディになるのは大変だわ」 大きな溜息を吐くと、アンジェリークはソファに腰掛けた。 「まあな。でも努力は必ず報われるぜ?」 「うん…」 アリオスに言われるとその通りになるような気がする。 彼女が真剣に頷く姿が愛らしかった。 「明日は、飴の日だからな? メイクの練習と、ダンスの基礎だな?」 「じゃあ楽しい?」 「まあな」 答えてやると、アンジェリークは本当に嬉しそうに笑う。 その笑顔がアリオスには可愛くて仕方なかった。 ったく…。 あの頃からちっとも変わってねえな… ------------------------------------ 翌日、アリオスのところに行くと、直ぐに顔を洗うように指示された。 さっぱりするのは心地よかったので、ご機嫌に顔を洗ったあと部屋に戻ると、そこにはメイクアップアーティストがいた。 「そこに座ってメイクしてもらえ?」 「あ、うん」 アリオスに言われたとおりに恐縮しながら椅子に座ると、メイクの女性が膚に触れてくる。 「やっぱり若いのね? 綺麗な肌してるわ」 彼女は笑いながら言うと、先ず基礎化粧品から手に取った。 「基礎化粧品は置いていくから使ってね? トーニングローションをたっぷりとつけた後に、しっかりと保湿クリームを塗ってね? 目元は更に潤いを与えるための美容液を塗って、仕上げはホワイトニングローションよ」 「はい」 基礎化粧を手早くしてもらった後、こんどはベースメイク。 日焼け止めと薄いファンデーションを塗った後、粉ではたかれる。 ここまでくると眉を整えてもらい、目の化粧、増すから、顔色を良く見せるチークまでを塗ってもらった 「ここからは仕上げをしてもらってね?」 それだけ言うと、メイクアップアーティストの女性は、アンジェリークの前の化粧品を手早く片付けて、メイクボックスに入れると、それを丸ごと置いて離れた。 「後は宜しくお願いしますね」 「ああ」 アリオスに軽く挨拶をすると、女性は直ぐに帰ってしまった。 「さて後はルージュだな? 子供はこれでいい」 「もう!」 頬をぷうっと膨らませる彼女がアリオスは可愛くてしょうがない。 だがこれでは口紅を塗ってやることは出来ない。 「ほらアンジェ、そんな顔は止めて、唇を少し開けろ?」 「あ…」 言われたように彼女は唇を開けると、アリオスはそこに愛らしいピンクのルージュを塗ってくれた。 「完成だな?」 鏡の前を見てびっくりする。 まるで自分とは思えないほど美しく艶やかだ。 「凄い…、魔法みたい…」 大きな眼差しを丸くして、彼女は鏡をしっかりと見入っていた。 「ほらいつまでも鏡を見てねえで、奥の部屋で、これに着替えて来い?」 「あ…」 アリオスが持ってきてくれたのは、黄色いとても可愛い膝丈のドレスだった。 「これを着てきたら、ダンスの練習に行くぞ?」 「どこに!?」 「まあ、楽しみにしとけ?」 銀の髪をかき上げながら、笑う彼に、彼女は、素敵過ぎて少し癪だと感じていた。 ----------------------------------- アリオスに大きなホテルに連れて行かれた。 「今日、ここでパーティがある。少し予行演習な?」 イキナリ〜!!!! いきなり言われてアンジェリークは驚いてアリオスを見た。 だが彼は笑うだけで何も言わない。 「行くぞ?」 「あっ…」 そっと腰を抱かれ、その熱さと甘さにアンジェリークの胸は激しく高まる。 こんなに胸が苦しいのは初めてだった------ アンジェリークは、アリオスに隠れるようにしてパーティに参加する。 どの顔もエリートのようで彼女はそこにいるのが場違いなような気がして、少し萎縮していた。 音楽が鳴り始めた。 「アンジェ、レッスンだ」 「レッスン?」 小首を傾げると、アリオスは知らなかったのかとばかりに眉根を寄せる。 「言ったじゃねえか。ダンスの練習だって」 「あ…」 彼女は思い出して、頷く。 彼の力強い手に握られて、ダンスの輪に連れて行かれた。 アリオスの躰が近くにあるのに妙に反応してしまう。 胸がどきりとして、ほのかな彼の香りが益々彼女を落ち着かなくさせた。 「俺のリードに任せろ?」 「うん…」 緊張が躰に漲り、少し震えてしまう。 優しくアンジェリークの手を取って、アリオスは上手くリードしてくれた。 だが緊張は中々ほぐれない。 「痛っ!」 「え?」 「おまえ、足踏んでる」 不機嫌そうなアリオスの声に、アンジェリークは慌てて足を引っ込ませる。 「ごめんなさい…」 しゅんと肩を小さくする彼女が、やけに愛らしかった。 音が変わり、今度はチークタイムに入る。 「あっ…!」 急に抱き寄せられて、アンジェリークは甘い声を上げてしまう。 「俺に預けろ」 「はい…」 アリオスの精悍な胸に躰預け、彼女は甘えるようにしてリードを任せた------ ずっとこのままだったら良いのに… だが時間は無常にも過ぎていく。 局が振った他に先ほどのものから変わり、チークタイムは終了する。 残念な気持ちが心を支配し、アンジェリークはほんの少しがっかりとした。 「アリオス」 振り返ると、アンジェリークとは正反対の艶やかな女性が立っていた。 「一曲踊ってくださる?」 「ああ」 アリオスはちらりとアンジェリークを見ると、彼女は少しだけ切ない表情を彼に向けた。 「うん、あっちで待ってる」 ベランダを指差すと、アリオスはうなずいてくれる。 「サンキュ」 「じゃあ、アリオス」 女が積極的にアリオスの手を取り、二人は踊り始めた。 つまらないな… 切なく思うと、彼女は壁にもたれかかってアリオスの様子を眺めた。 女と踊ってる彼は、とても素敵に見える。 相手をしている女も、アンジェリークが持っているものを持っているような気がして、切ない。 どうして、こんなに胸が痛いの…? あの女の人、凄く綺麗で女王様みたい… アリオスさんとお似合い そう考えるだけで涙がどうしようもなく溢れてしまう。 胸の奥が苦しくてどうぢようもなくて、彼女は横のベランダに出た。 これ以上アリオスと女を見ていたくはなかったから。 ベランダにでるととても心地よくて、夜風が心を癒してくれる。 泣きたいほど空が美しくて、彼女は切なげに溜息をひとつ吐いた。 どうしてこんなに辛いの? 私が好きなのは、アリオスさんじゃなくって、オスカーさんのはずなのに… 「おい」 聴き慣れた声が聴こえ、振り返るとそこにはアリオスがいた。 「空がね、凄く綺麗」 「そうだな…」 今夜のアンジェリークは凄く綺麗だった。 アリオスは一瞬アンジェリークを艶やかな瞳で見つめ、唇を近づけようとする。 だが、途中で思いとどまり、彼は深い微笑を浮かべる。 「帰るぞ、もう遅いから」 「はい…」 アリオスの手を引かれてアンジェリークは会場を退出する。 「おまえのキスは、愛する男性にとっておかなきゃな?」 アンジェリークは答えられなかった。 だって・・・、私・・・。 アリオスさんにキスしてもらいたかったもの------- 二人の恋が始まろうとしていた。 〜TO BE CONTINUED・・・〜 |
コメント アリアンの「MY FAIR LADY」です。 また? という声が聞こえてきそうだ(笑) 書きたかったんだもん〜 今日はボリューム! 最後のシーンをどうしても書きたかったので〜 |