Someday My Prince Will Come


「おまえさんがレイチェルが言ってたのは」
「え、はい・・・」
 アリオスはほんの少し眉を動かすだけだったが、アンジェリークは明らかに驚いている風だった。
「あら、アンジェ、アリオスのこと知ってるの!?」
「あ、あの、ちょっと」
 オスカーに振られた後に、まさかぶつかったとは言えない。
 アンジェリークは言葉を濁しながら、もじもじとしてしまっている。
「一度だけ、俺がこの子の生徒手帳を拾って渡した。それだけだ」
 本当はぶつかられたうえに、泣き顔まで見たのだが。
 アリオスはそのことを言わないでくれた。
 アンジェリークはそれだけでアリオスに好感を持ってしまう。
「まあ、じゃあ改めて自己紹介ね。彼はワタシの従兄殿でアリオス、この子はアンジェリーク」
「アンジェリークです。よろしくお願いします」
 頭を深々と下げると、アンジェリークはアリオスにしっかりと挨拶をする。
「アリオスだ。よろしくな、アンジェリーク」
 手を差し延べられて握手をする。
 その手の熱さと力強さに、彼女は胸を締め付けさせる。
「じゃあ、後はよろしくね! アリオス」
 二人の姿に満足そうににんまりとすると、レイチェルは部屋から出ていこうとする。
「あ、レイチェル! 行っちゃうの!?」
「後はアリオスと話をしてね。ワタシはこの後エルンストとデートだからね〜」
 手をひらひらと振りながら、レイチェルは行ってしまった。

 アリオス、これでよかったでしょ?

「あ・・・」
「さて、おまえはどうしてレディになりてえ?」
 煙草は口に押し込みながら、アリオスは一瞬艶やかな不思議な眼差しをアンジェリークに向ける。
「あ、あの・・・、私、ある人に振られてしまって・・・、どうしてもその人の目を私に向けたいんです」
 アリオスの眼差しの前では、上手く言葉を繋ぐことが出来なくて、しどろもどろになってしまう。
「それでレディになって平たく言えば相手を見返したい、だろ?」
 淡々と煙草を吸いながら彼は言い、彼女もそれをコクリと頷いた。
「判った。これから毎日ここに通え。おまえを最高のレディにしてやる。
 目標は一月後に開かれる、アルカディアダンスパーティだ」
「ダンスパーティ・・・」
 噛み締めるかのように、アンジェリークは頷く。
 アルカディアダンスパーティは、年に一回開かれ伝統があるとともに、格式のあるものである。
「よろしくお願いします!」
「ああ」
 アリオスは僅かに憎らしいほど素敵な笑顔を向ける。
 アンジェリークの”レディ”への一歩がこの日から始まった--------

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「にわかレディになるには、”作法”が大事だ」
「”にわか”は余計です!」
「言葉遣い」
 アリオスの間発入れない突っ込みに、彼女は口を尖らせて怒った。
「レディはそんなことしねえぜ」
 膨らませた頬をきゅっと強く捻られる。
「いひゃい〜!」
「おまえ赤ん坊みてえな頬をしてるな」
 頬を離された後、そこが赤くなり、アンジェリークはそこを押さえた。
「ほら行くぜ? 今日はディナー作法講座だ」
「えっ!? 何も準備してないです」
「準備はいらねえ、行くぞ」
 すたすたと歩いていくアリオスの後を、アンジェリークはおたおたとついて行く。
 そのまま車に乗せられて、どこかに連れていかれる。
「総帥自ら運転するんですか?」
「俺は運転が好きなんでな。それに公私混同はしない」
 きっぱりと言い、彼が厳しい企業人である姿をアンジェリークは垣間見た。
「どこに行くんですか?」
「俺の知り合いのところ」
 暫くは楽しげな”じゃれあい”のドライブが続く。


 車が止まったのは、瀟洒な家だった。
「ここは?」
「完全予約制のレストランだ。雰囲気は申し分ない」
 完全予約制と聞いて、アンジェリークは躰を少し固くし、緊張してしまう。
「こんな格好で恥ずかしい」
 制服姿の自分がとてもちっぽけな存在のように思えてならなかった。
「制服は正装だぜ?」
「アリオスさん」
 アリオスがぴしりと一言言ってくれたおかげで、アンジェリークの気分は随分楽になる。
「有り難う」
「ほら、行くぜ?」
「はい」
 さり気なく彼にエスコートをされて、彼女は本当の”レディ”になったような良い気分になった。

 中に入っての雰囲気が直ぐに彼女は気にいる。
 レストランと言っても、マナーハウスを改装したとても趣のあるものだった。
「リラックスしてくれて構わねえからな」
「マナーはちゃんとしないと行けないでしょう? でも私、マナーが良く判らないんです・・・」
 恥ずかしそうに俯く彼女を、アリオスはほんの一瞬、優しそうにアンジェリークを見つめる。
「マナーなんてのはな、不快じゃなきゃかまわねえんだぜ?
 綺麗な女が気取ってメシ食う姿より、一生懸命美味しそうに食べる姿のほうが俺は好きだけどな」
「ホントですか?」
 意外なアリオスの言葉に、アンジェリークの心は癒され、知らずのうちに、アリオスへと心は傾いていくのだった。
 まだ気がつかぬままに・・・。

 出てきた食事は、作法に捕らわれることがないように、作られていた。
 どれもとてもおいしそうで食欲をそそる。
「だいたいな、ナイフやフォークはテーブルに順番に並んでる。外から内に対照に並んでるから、それを取っていけばいい。問題は食べる態度だ」
 食事を美味しく頂きながら、アンジェリークはアりオスの言うことは最もだと頷いた。
「フォークやナイフの使い方なんて、何度かすればすぐに覚えちまう。
 だが心はなかなか育たない。”気品”てのは、心が滲み出るものだからな」
「はい」
 素直にうなずいてくれる彼女を、彼は微笑みながら見つめた。
「まあこれぐらいにして、食うぞ? おまえも好きなだけ食え」
 お許しが出たのが嬉しくて、彼女は本当に美味しそうに食べ始める。
 ”美味しい顔”。
 それは誰もを幸せな気分にさせるのをアンジェリークは知らない。
「おまえ、良い顔するな?」
「え、あ」
 真顔でアリオスに言われると、途端に彼女は真っ赤になって躰を小さくさせた。

 結局、マナーなどそっちのけで、食事を美味しく頂いてしまった。
「ごちそうさまでした! 美味しかったです」
「口が肥えるのも”レディ”の一歩だぜ?」
「はい」
 本当にこんな楽しいレッスンでいいのかと思う。
 それを察したのか、アリオスは彼女の額をツンと指で軽く突く。
「楽しいのは心のおやつだ。
 心が充実していれば、”レディ”になれる…」
「心が充実していれば…」
 アンジェリークはアリオスの言葉を反芻してみる。
「今日のレッスンはおしまい。
 送るぜ?」
「はい!!」

 ”憧れ”と”本気の恋”は全く違う-------
 まだそれすらも判らないアンジェリークの”レディ”へのレッスンは、まだまだ始まったばかり。

 心を精一杯磨くことが”レディ”への近道-------
 それが今日のレシピ…。

〜TO BE CONTINUED・・・〜
 

コメント

アリアンの「MY FAIR LADY」です。
また? という声が聞こえてきそうだ(笑)
書きたかったんだもん〜

心を磨くレッスンって難しいですよね?
これからアンジェリークは、最高の先生について頑張っていきます

 マエ  モドル ツギ