OVERTURE

中編


「ねえ、オスカー、君が言っていた”ピアニスト”は、調光室のアリオスじゃないのかい?」
 バーで飲みながら、セイランはぽつりと呟いた。
「どうしてそれを!?」オスカーは不思議そうに呟き、セイランを見つめる。
「今日偶然、練習をするアンジェリーク・コレットに付き合ってピアノを弾く彼を見て、ピアノソロは彼以外にはいないと思ってね」
「流石は耳が鋭い」
 ジュリアスはフッと微笑み、グラスを傾ける。
「ご存じなんですか!? ジュリアスさん」
「ああ。やつは音楽界の名門アルウ゛ィース家の直系だからな?」
 その名前をセイランは知り、驚きを隠し切れない。
「アルウ゛ィースのような名門の出身なのに・・・、何故・・・表に出ないんだ・・・」
「詳しく話してやれ、オリウ゛ィエ」
 明るい酒を飲んでいたウ゛ィオラ担当のオリウ゛ィエが、眉を僅かに上げて、セイランを見た。
「確かに私は、アリオスとは旧知の仲だけど、これは声楽トレーナーのルウ゛ァのが詳しいよ」
「そうだな・・・、コレットの師だ・・・」
 ぽつりと静かにクラウ゛ィスは言うが、そのはしから寝ている。
「あ〜、ゼフェル、余り飲み過ぎてはいけません〜」
「うるせい!」チェロ担当のゼフェルが飲んでいるのを、おろおろしながらルウ゛ァは見ている。
 それを囲むように見ているのは、第二バイオリンのランディとフルートのマルセルである。
「ゼフェル! 余り飲むと明日に響くよ」
「うるせい! ランディ野郎!」
「もう〜、二人とも止めてよ〜!!」
 あいかわらずのやりとりである。
「ルウ゛ァ、ちょっといいかな?」
「あ〜、何でしょうか〜。あ、ふたりともゼフェルを頼みますよ〜」
「はいっ」
 心配なゼフェルを置いていくのは忍びないが、ルウ゛ァは取りあえず、セイランに付いていった。
「大変だね、素直じゃないお弟子を持つと」
「いいえ〜」
 セイランは、オスカーたちがいるテーブルに彼を案内した。
「どうぞ」
「すみませんね〜」
 ゆったりと腰掛けたルウ゛ァに、セイランは早速質問をぶつける。
「アリオスが表舞台に出ないのはわけがあるのかい? 是非、今度のオペラでピアノを弾いて欲しいと思ってね」
「そうですか〜」
 急にルウ゛ァは切なげな表情をすると、溜め息を吐いた。
「大変かもしれないですよ、説得は〜」
「何故?」
 ルウ゛ァは大きな溜め息を吐く。
「アリオスとコーラスのアンジェリークが夫婦だということはご存じですか?」
「ああ。本人たちから聞いたよ」
 穏やかなまなざしをしながら、ルウ゛ァは頷く。
「アリオスの本名はレウ゛ィアスといいましてね」
「何だって!? あの伝説のピアニストの!!」
 セイランはその名を聞いて納得する。
 レウ゛ィアスは近年まれに見る、天才ピアニストとして、セイランも知っていた。
「突然表舞台から消えたけど、何かあったのかい?」
「・・・ええ。何でもアリオスには、親が決めた婚約者がいたんですが、彼はご存じのようにアンジェリークと恋に落ちましてね、反対されて駆け落ちしたんです・・・」
「反対?」
 セイランは僅かに眉根を寄せる。
「アンジェリークが若すぎるのと、彼女が孤児院出身であることに難色を示したんですよ。音楽の資質的には、彼女はスモルニィの特待奨学生だったので、申し分がなかったんですけどね。で、一度アンジェリークは身を引こうとしたんですが、アリオスがそうはさせなかったんですよ。彼女のお腹には赤ちゃんもいましたしね〜。それでアリオスは、彼女のためにピアノを捨てて、家との関係を断絶したんですよ」
 ルウ゛ァは優しいまなざしで何度も頷いてみせた。
「アンジェリークの可能性を捨てさせないように、こうやってコーラスの仕事をさせて、そのレッスンは必ずピアノを弾いてやっています。劇場側も優しく見守っています」
「良い男だぜ。愛だぜ愛」
 この話を聞いて、セイランは益々アリオスに興味を持つ。
「素晴らしい舞台にするためにも、アリオスには是非ピアノを弾いてもらう。その部分の独唱はアンジェリーク・コレットにする!」
 決意に満ちた声に、ジュリアスはその決意の深さを感じる。
「・・・骨だぞ?」
 ジュリアスはあくまで冷静である。
「判っています。ですが大事な柿落とし公演です。素晴らしいものにしなければいけませんから。皆さんも協力してくれますね」
 セイランの作品への意気込みを、そこにいる誰もが感じずにはいられなかった。

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 翌日、セイランはアリオスのいる調光室に尋ねていった。入るなり、彼には露骨に嫌な顔をされる。
「話があるんだけど」
「照明の話か?」
 言葉一つ取ってみても、彼の声には刺がある。
「いや・・・」
 セイランが頭を振れば、さらりと艶やかな髪が揺れる。
「だったらないぜ」

 これは取り付くしまがなさそうだ・・・。

 仕事を黙々とこなしてアリオスはセイランを完璧に無視している。
「ねえ、どうしても君の力が必要なんだよ!?」
「あんたの実力だったら、喜んで仕事をする腕の良いビアニストはごまんといるぜ?」
 アリオスはあくまで譲らない。
「君の音色があのシーンには必要なんだよ!」
 セイランも負けずに食い下がった。
「悪ぃが、セイラン先生とやら、仕事の邪魔だ。俺は女房子供を養なわなきゃならないんでね」
 冷たく言うと、以降、何を言ってもアリオスは反応しなかった。

 やれやれ、本当に骨だよ・・・。

 セイランが溜め息を吐いた時、ためらいがちのノックの音が聞こえた。
「アリオス? お弁当持ってきたわ」
 覗き込むかのようにひょいとアンジェリークが姿を現した。
 部屋に入るなり、彼女はセイランに頭を下げ、そのまま夫に向かってゆく。
「アリオス、お弁当よ」
「サンキュ。そこに置いておいてくれ」
「うん」
机の上にいつものようにお弁当を置き、アンジェリークはアリオスを見る。
 その眼差しの深い優しさに、セイランは心奪われる。
 見つめ合う二人に愛を感じずにはいられない。

 創作意欲が沸くね…。
 この二人は…。

 フっとかれ葉優しい微笑を浮かべると、野暮なことは止めるために、そっと部屋から出た。
「あ、セイランやんか!」
 ばったり会ったのは、この劇場のオーナーであり、ウォン財閥の総帥チャーリーである。
 彼は、セイランの友人でもある。
「新しいオペラは前評判がええで〜。チケットも完売や〜!!」
 上機嫌のチャーリーに、セイランは内心プレッシャーを感じながら笑う。
「任せておいてくれよ?」
「さすがやな〜! やっぱり宇宙一の芸術家は違うで〜」
 思い切り背中を叩かれて、席wVおするセイランであった。
「じゃあな、期待してるで〜」
 チャーリーはそのまま笑いながらオーナー室へと入ってゆく。
「ふ〜疲れる」
 セイランがさらに廊下を歩いていくと、堅物の楽団のマネージャーエルンストに遭遇した。
「あ、エルンスト!」
「何でしょうか、セイランさん」
 ぴたりと止まった機械的な彼の動きに、セイランは思わず苦笑する。
「オペラの後半のまだ決まっていなかったピアノソロの部分だけれど、アンジェリーク・コレットに歌ってもらうからその心づもりを伝えておいてくれる?」
「はい、畏まりました」
「話はそれだけだよ」
「では失礼します」
 かっちりと歩くエルンストを見送りながら、セイランは背筋を正す。

 さあ----
 最高のオペラにするために精一杯頑張らないとね?

 今日もまたセイランはステージへと向った。


 その日、アンジェリークはエルンストに呼ばれ、あまりにもの大抜擢に驚いていた。
「え・・・私がソロを・・・」
「あなただったら当然です。実力があるんですから…」
「…はい…」

 アンジェリークはどっと表情を暗くする。

 アリオスの伴奏以外で、私は歌えるんだろうか…!?


 プロジェクトは、今動き出す----

コメント

帰蝶様へのプレゼント創作で、「オーケストラものでオールキャラ、セイランが活躍!」です。
ヴィクトールとメル以外は弾性人は全員でました。
後一回がんばります!
しかし、アリ・アンのエピソードだけで違った物語が出来そうですね!
また頑張ります〜。