OVERTURE

後編


 その日の練習は熱が籠ったものになった。
 オペラパートの者も加わっての練習である。
 セイランの指導にも力が籠る。
 主役はアンジェリーク・リモージュ。ロザリアやレイチェルも出るとても豪華なものである。

 やっぱり私は・・・。

 共演者の豪華なメンバーに、アンジェリークは少し気後れしていた。
 だが及第点のレベルではあったのだが。
「アンジェ、頑張ってるね? これから旦那と練習?」
「うん」
 音楽学校の同期のレイチェルは、気の置けない友人でもある。
「私も楽しみにしてますわ」
 艶やかな歌姫として知られているロザリアが声を掛けてくれる。
「私もあなたの声は大好きよ? 特に練習をしている時は伸びやかで・・・」
「リモージュさん!」
 アンジェリークと同じ名前を持ち、憧れの存在であるリモージュが微笑みながら立っている。
「頑張ってね!」
 素晴らしい歌姫たちに囲まれて、アンジェリークはがぜん元気が沸いてくる。
「はい! 頑張ります」
 アンジェリークは笑顔で答えると、頭を下げてぱたぱたと練習場所に駆けていった。
 舞台に向かうと、既にアリオスが来ていて、音さを使ってピアノの調律をしていた。
「お待たせ!」
「ああ」
 少し不機嫌気味に話す彼に、アンジェリークは小首を傾げる。
「アリオス?」
「何でもねえよ、心配すんな」
「うん・・・」
 栗色の髪を優しく撫で付けて、アリオスは軽く妻を宥めた。
「始めよう」
「はい」
 滑るように鍵盤に指が滑る。その音色に乗せて、アンジェリークは歌を紡ぐ。
 温かく誰もを包み込むような声で。

 今日は一段と素晴らしいな。

 やはり、アリオスのピアノとアンジェリークの声は最高のコンビネーションである。

 あのシーンはこの二人以外に考えられない・・・。

 渾身の力を込めて歌われたそれは、誰もを感動させる。
 歌い終わった瞬間、ホールに幾つかの拍手の音が響き渡った。
「素晴らしいね! 君達のコンビネーションは!」
 セイランの賛辞の声を聞いた瞬間、アリオスはあからさまに不機嫌となった。
「何だ・・・、まだ懲りないのか?」
「僕はしつこい男でね」
 フッと笑って、彼は近付いた。
「君のピアノも素晴らしいが、アンジェリークの声によって暖かみが増して、さらに良くなっているよ。またアンジェリークの声もしかりだね」
 アリオスはむすっとして答えない。
「・・・アリオスが、愛する人が弾いてくれているからです」
 はにかみながら話す彼女は、とても艶やかだ。
「ご馳走様、アンジェリーク」
「そんな…」
「このシーンは、愛する心を歌い上げる重要なシーンだ。君達の演奏と歌はそれを観客に訴えることが出来るんだよ! 是非お願いしたい」
 クールなセイランがしっかりと説得するも、アリオスは無表情のままだ。
「悪いが、断る」
「アリオス・・・」
 アンジェリークは少し哀しげな表情を浮かべる。
「行くぞ!」
「いやっ!」
 アリオスはアンジェリークの手を強引に引っ張ろうとすると、彼女は振りほどく。
「アンジェ!」
「アリオス! お願いピアノを弾いて!!」
 いつもは反抗などしない妻が、苦しげにするのがショックで、彼は固まる。
「駄目だ」
「どうして! 私はあなたがピアノを弾いているのが一番好きなのに! どうして弾かないの!」
 アンジェリークの強い言葉に、アリオスは苛立ってしまう。
「勝手にしろ!」
「アリオス!」
 そのままアリオスは彼女を振り切ると、ステージから降りてしまう。
「アリオス」
「セイラン先生、私やっぱりアリオスのピアノ以外上手く歌えないかもしれません・・・。私を外して下さい」
 肩を落として、アンジェリークは深々と頭を垂れると、そのまま舞台を降りて、アリオスを追いかけつく。
「待って! 僕も行く!!」
 セイランもアンジェリークの後を付いて行く。
「アリオス!」
 切羽詰まった彼女の声に、アリオスははっとして振り返った。
「アンジェ」
 一瞬、アリオスの表情が柔らかくなるが、後ろからセイランがやって来るのを見るなり、再び険しくなる。
「何だよ!? あの男と説得に来たのかよ。俺は絶対に弾かねえし、その意志を変える気なんてねえ」
 低いアリオスの声は説得力がある。
「-----判った、だったら私もコーラスを辞めるわ」
「アンジェ!!」
 アリオスは思わずその華奢な肩を掴む。
「オペラでソロを歌うのはおまえの夢だろう!」
 アンジェリークは優しい微笑を浮かべると、アリオスを見つめた。
「あなたのピアノで歌うのが夢よ…」
 その一言に、アリオスは胸を突かれる思いがする。
「ねえ、アリオス…」
 セイランは静かに彼に近づくと穏やかに微笑む。
「アンジェリークは、君以外のピアノでは上手く歌えないかもしれないといって、先ほどソロを断ってきたんだ…。
 これは僕にとっても痛い…。彼女は本当に良い歌い手だ。
 それを君は自分の想いだけでつぶしてしまうのかい?」
 アリオスはその言葉を飲み込むようにして、はっとする。

 俺はアンジェリークを自分の思いの為に束縛していたのか…?

 フッと自嘲気味の微笑を浮かべると、アリオスは一瞬だけセイランを見つめた。
 そして----
 ぎゅっとアリオスはアンジェリークの手を握って、ステージへと戻ってゆく。
「アリオス?」
「今回だけだぜ? アンジェリークに免じてだ」
 アリオスの言葉に、セイランはフッと甘い微笑を浮かべた。

 妻思いの良い男だね…。
 アリオス…

 セイランは満足げに微笑むと、そのまま二人の後を着いていった----
「流石は、セイランといった所だな…」
 影から様子を見ていた、トロンボンのヴィクトールとトランペットのカティスが微笑みながら、満足そうに頷きあっていた----

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 オペラの初日---
 楽団員たちと歌姫たちの出演者が、最高の舞台を作り上げる。
 ハイライトはアリオスのピアノとアンジェリークのソロ。
 そのコーラスをするのは、メルとティムカの将来有望な少年たち----
 誰もが、セイランだくのオペラに感動し、スタンディングオベーションが鳴り止まない。
 この感動の歓声を聴きながら、セイランは万感迫るものを感じる。

 ここまでこれたのは君たちのお陰だよ…。
 みんな…、有難う…。

 歓声に満足することはなく、セイランは先へと想いを馳せる。

 このメンバーだと、もっと素晴らしいものが作れるね…

 満足げにセイランは笑った----

コメント

帰蝶様へのプレゼント創作で、「オーケストラものでオールキャラ、セイランが活躍!」です。
なんとか殆どのキャラを出すことが出来ました。
総勢21人(笑)
書いてて楽しかったです。
帰蝶様〜、ごめんなさいです。
リクエスト通り行かなくて…。