OVERTURE

前編


 スモルニィ歌劇場では、今、一週間後に控えた、作曲家セイランの超大作「Angel Wings」のオーケストラ稽古が行われている。
 このオペラは彼にとっても重要で、この大きく立派な歌劇場の柿落とし公演でもあった。
 セイランは、絶対音感を持つせいか、楽器の音を一つずつちゃんと聞き分けている。

 ピアノが弱いかな…。
 僕は当日指揮をするから弾くわけには行かないし…。
 次はシンバルか…。

 セイランはシンバルに耳を集中させる。
 だが----
 シンバルは聞こえてこない。
 ピクリとセイランのこめかみはひくつく。
「クラヴィス!」
 その声で他の者も演奏を止めた。
「ぐ〜」
「クラヴィスさまっ!」
 横にいたハープ担当のリュミエールが、小さな声で何度も囁き、身体を揺らす。
「ワンフレーズだけだからって、居眠りかい?」
 呆れたようにセイランは溜息を吐くと、腕組みをする。
「しかしこの大音響に居眠りだといい度胸だよ…。君だから許されるんだよ…、クラヴィス」
 苦笑いをしながら、セイランは譜面台の前に立つ。
「さあ、クラヴィス起きてくれ。またその前のフレーズから再開だよ!」
 再び、音楽が奏で初め、セイランは耳に集中する。
 起き上がったクラヴィスのシンバルンは中々いい響きである。

 コレだから彼を離せないんだよ…。
 だけどやっぱり、ピアノが問題だな…。

 結局、 セイランが満足を得ることが出来ないまま、今日の練習は幕を閉じた----
「お疲れ様!」
 考え事をしていたセイランに、演奏を終ったばかりのベース担当のオスカーは声を掛ける。
「ああ、オスカー。ねえ、顔の広い君なら、良いピアニストの心当たりはないかな…」
 その一言で、オスカーは、彼がどれほどのレベルを求めているかぴんとくる。
「ピアノねえ…。どうせ、おまえのことだから凄くレベルの高い奴を求めているんだろうが…、まあ、いないことはないんだが…」
 オスカーは語尾を濁す。
「だったら僕の紹介してくれないか?」
「できれば良いんだが…」
 そう言いながら、オスカーは時計を見た。
「あ、すまん。コンサートマスターのジュリアスさんに呼ばれてるから、俺はコレで!」
 慌てて立ち去るオスカーに、セイランは怪訝そうに見つめた。

 怪しいなあ…



「ピアノを何とかしなきゃな・・・」
 調光室の中で、セイランは、明かりの落ちたステージをじっと見つめていた。
 すると、明かりの落ちたステージに、栗色の髪をした少女がやって来て、アカペラでうたの練習を始めた。

 コーラスガールのアンジェリーク・コレットか…。
 音楽学校の生徒らしいが、歌姫アンジェリーク・リモージュとはまた違った、いい雰囲気を持った声だ。
 二人の声はリラックスできる…。
 今度の、小さな劇場のオペラは、彼女にしようかな?

 すうっと深呼吸をしながら、セイランは目を瞑り、その声に聞き入る。
 今日のストレスや疲れが癒されていくような気が彼にはした。
 不意に、その声とともに、鋭くも美しい、抜き身のような音が聞こえてきた。

 この音…!!

 セイランは、全身が粟立つような気がする。
 彼は椅子から立ち上がり、慌ててステージへと降りていく。

 この音なら、僕の変わりは充分に務まるし、音に重みが出る…!!!

 慌ててホールに戻ると、そこには銀の髪の青年が、煙草を口にくわえながら、少女の為だけにピアノを弾いている。
 その異色の瞳は笑っていて、本当に楽しそうだ。

 どこかで…。
 あっ!!

 セイランははっとする。
 彼は、調光室にいるアリオスだった。
 いつも煙草をくわえながら、真面目なのか不真面目なのか判らないような仕事をする男である。
 その彼がこんなに繊細で綺麗な音を奏でるとは、セイランは内心驚いていた。
「あ・・・、ちょっと!」
 声をかけた瞬間、二人はピ足りと演奏を止めた。
「どうしたんですか? セイラン先生…」
 大きな瞳でアンジェリークはセイランを不思議そうに見つめ、その行方を見守っている。
「アリオス!」
「あ〜?」
 彼は機嫌を悪そうに立ち上がった。
「きみはいつも彼女の伴奏をしてやっているのかい?」
「夫が妻の練習に付き合って何が悪いんだよ」
 益々不機嫌になるアリオスに、セイランは驚愕の眼差しを送る。
「夫婦って…」
「あ、私たち結婚してて、子供もいるんですよ?」
 はにかみながら答えるアンジェリークに、これには益々セイランは驚かずに入られない。
「練習は終わりだ、アンジェ、行くぜ?」
「あ、アリオス!」
 立ち去ろうとする彼を、セイランは何とか引きとめようと、追いかけてゆく。
「あ、アリオス!」
 セイランの鋭い声に、アリオスは振り返る。
「何だ?」
「今度のオペラでピアノを弾いてくれないか!?」
 一瞬、アリオスは固まる。
 アンジェリークは不安げな眼差しを夫に向けている。
「・・・やだね・・・」
「アリオス!」
 アリオスはそっけなく言うと、そのままアンジェリークの手を引っ張って、ステージを降りていく。
「あ、アリオスってば!」
 アンジェリークは戸惑いながら、セイランに一礼をして、そのまま彼についていく。

 アリオス…。
 僕は諦めないよ!
 このオペラは、素晴らしいものにしたい!
 そのためにもね…

 セイランは、明日からギリギリまで彼を説得に当たろうと心に決めるのであった----  

コメント

帰蝶様へのプレゼント創作で、「オーケストラものでオールキャラ、セイランが活躍!」です。
セイランとオールキャラは描いたことがないんですが、頑張って描きますね〜!
ただ、やっぱり私の頭は「アリ・アン」で支配されているようで(笑)
出さずにいられなかったです〜。
次回以降はいっぱいキャラを出して、活躍させますね!