ONLY YOU


 アリオスの母親とてきぱき片付けると、やはり効率と手際が良く、午前中だけできちんと片付けが終わってしまった。
 同じ頃、アリオスとジョアンナ組も書斎の片付けは済んでしまったようだ。
 キッチンを片付けている間も、時折、ジョアンナの笑い声が聞こえて、アンジェリークは嫌だった。
 アンジェリークとアリオスの母親が、キッチンで一息吐いていると、アリオスとジョアンナが姿を表した。
「俺、ジョアンナ送ってくるから、ゆっくりしててくれ? 帰ってきたら、キッチンの様子を教えてくれ」
 彼はそれだけを言い残すと、さっさと行ってしまう。
 その素っ気無さが、アンジェリークには痛かった。

 お弁当・・・、無駄になっちゃったかな・・・。
 アリオスはきっとジョアンナさんと食べてくるだろうし。

 少し暗い気分になりながら、アンジェリークはベッドルームに行き、荷物を取ってくると、それを綺麗に拭いたダイニングテーブルに並べる。
「おばさん、お弁当作ってきたから、一緒に食べよう。ひとりじゃ随分余ってしまうから・・・」
「じゃあいただくわ」
 お茶と味噌汁のセットもして、ふたりで食べ始めることにした。
「アリオスはいいの?」
「ジョアンナさんとお昼を食べてくるでしょうから」
 さりげなさを装ったが、アンジェリークの表情が曇っているのが明白だった。
「美味しいわ、アンジェちゃん。これだったら、もう、いつでもお嫁さんに行けるわね!」
 この一言には、アンジェリークははにかんで真っ赤になってしまう。
 話ながら、ふたりで穏やかな昼食となった。

 30分ほどして、アリオスが帰ってきた。「ただいま」言いながらキッチンに入ってくると、食卓に広げられているお弁当を見る。
「あっ、片付けるね。汚したところは片付けるから・・・」
 アリオスのために沢山作ったのが、明らかに判る。
「俺の分は?」
 嬉しい一言に、アンジェリークの手はぴたりと止まる。
「あ、はい、すぐに準備するね!」
 先程まで沈んでいた彼女の表情が一気に晴れ上がった。
 味噌汁とお茶を用意してアリオスの前に置き、箸と小皿も添える。
「とても美味しく出来てるわよ、アリオス」
 彼の母は笑いながら立ち上がると、自分の食べた後を綺麗に片付け、そのままキッチンを出た。
「本当に美味いぜ。おまえももっと食えよ」
「うん」
 ようやく食欲が出たのか、アンジェリークはたっぷりと食べ始める。
「アリオス、アンジェちゃん、私はこれで」
 彼の母親はすっかり身支度を整えてキッチンにやってきた。
「あ、私も・・・」
 立ち上がろうとして、アンジェリークはアリオスに制される。
「おまえ、予定でもあるのか?」
「ないけど・・・、ここにいたら迷惑かなって」
 遠慮がちに言うアンジェリークは、お伺いを立てるように見つめた。
「ゆっくりしていけよ?」
「うん、じゃあそうする」
 頷くと、アリオスの母も、満足そうに笑う。
「じゃあね、アリオス、アンジェちゃん」
「はい、また」
 挨拶を済ませると、彼の母親は嬉しそうに帰っていった。
「メシ食ったらちょっと休憩して、チョコレート飲みに行くか? ついでに、夕飯食っていけよ」
「うん、嬉しい」
 ようやくいつものアンジェリークの笑顔が出て、アリオスは優しく微笑まずにはいられない。
「おまえはそうやって笑っているのが一番だぜ?」
「・・・うん・・・」
 恥ずかしくて、俯く姿の彼女が可愛くてしょうがなかった。
「おまえ、料理上手いな」
「お母さんに習ったけど、これ以外に取り得なくって・・・」
 やはりこういった素直な愛らしさが、アリオスには可愛くて堪らない。
「良いとりえだぜ? 少なくても俺にはな?」
「ありがと」
 そう思えると何だか元気が出てくるから不思議だ。
 先程までは少し哀しくなっていてあまり食べられなかったが、今、急に食欲が出てきて嬉しい。
「私も食べよう」
「ああ。一緒に食おうぜ?」
 アリオスは何度も美味しいと言ってくれ、残さず食べてくれたので、作ったかいがあると心から思える。

 食べ終わった後、アンジェリークはがらを綺麗に片付け、アリオスもそれを手伝ってやった。
「片付けも終わったし、少し、一服するか」
 アリオスはそう言うと、煙草を取り出し、口に運ぶ。
 ライターに照らされるアリオスの横顔が、とても精悍に見える。素敵だと思う反面、寂しくも感じた。
「おまえは、煙草の匂いが嫌だとか言わねえんだな」
「アリオスお兄ちゃんは特別」
 くすりと笑う彼女に、アリオスもまた笑顔になった。
「おまえに部屋の中、案内してやるよ」
 煙草を灰皿に押さえ付けると、アリオスは椅子から立ち上がった。
「うん! お願い!」
 部屋を案内してくれるとは、とても嬉しいと感じながら、アンジェリークは椅子から飛び上がる。
「じゃあまずはリビングだ」
 リビングは快適な空間だった。
 床には床暖房、ご機嫌なカウチソファ、ホームシアターセットに、立派なコンポ、本棚もあり、快適な寛ぎ空間になっている。
「床暖房ってとっても気持ち良い〜」
「気にいったか?」
「うん! とっても素敵!」
 何度かアンジェリークは頷いて、ばたばたと足を動かして寝転がったりする。
「おい、次、行くぞ?」
「はい」
 次に連れて行って貰ったのは、書斎だ。
 立派な机と、スペックが良さそうなパソコン。
 そして、立派な本棚には、法律に関する分厚い本や判例集なども置いてある。
 業界雑誌などもびっしりとあり、これでは整理に時間がかかっただろう。
「何だか、アリオスお兄ちゃんの聖域みたい・・・」
「まぁ、俺の飯の種だからな」
 コクリとアンジェリークは頷いたが、自分の知らないアリオスを見せつけられたようで、何だか嫌だった。
「次は寝室」
 先程も中に入ったから知っていたが、改めて荷物のない場所を見ると、広く、無駄なものがないせいかアリオスの雰囲気にぴったりだ。
「この部屋は、今のところは客間だな」
 何も使っていない部屋も見せてくれたが、それがかえってアンジェリークの胸を苦しくさせる。
 アリオス、この部屋をどうしてわざと開けているのか。
 そのことを考えると、泣きたくなった。ジョアンナ用の書斎と考えればつじつまが合う。
 それ以外に思い付かなくて、彼女は苦しかった。

 アリオスの新しい住まいの紹介が終わる頃には、少しアンジェリークの元気がなくなり、つとめて明るく笑う。
「じゃあ、次はチョコレート飲みに行くぜ? 支度しろ?」
「うん!」
 割烹着を脱いできちんと身支度をすると、アリオスとふたり、彼のマンションの裏手にある公園に向かった。

「ここで良くチョコレートを飲んだな?」
「そうね! 凄い楽しい思い出」
 幼い頃のようにスタンドでふたりはチョコレートを買う。
 アリオスはビター、アンジェリークのチョコレートにはマシュマロが入っている。
「昔と同じね」
 ふたりは温かなほっとチョコレートを持って、ベンチに座る。
 そのベンチも昔と同じベンチだ。
「美味しい〜、やっぱり、この公園のチョコレートは美味しい〜!!!」
 猫舌のアンジェリーク歯、子供の頃と同じように、何度も冷ましながら飲んでいる。

 子供の頃のまま、素直に育ったんだな…。
 アンジェ…。
 俺は、おまえがこんなに綺麗に育って、少し苦しい・・・。
 おまえをただのチビとして見れなくなっちまったから…。

「ホント美味しい!!」
 ぷは〜と子供の頃と同じように満足な息を吐きながら、アンジェリークはアリオスに顔を上げる。
 すると、彼女の口の周りには、見事に、チョコレートの型が着いていた。
「クッアンジェ、おい、着いてるぜ、口」
「え!? ホント」
 慌てて口の周りを手で拭おうとする彼女を見て、アリオスはフッと甘い微笑を浮かべる。
「俺が取ってやるよ?」
「え…?」
 息を呑む間もなかった。
 親指が唇を捉えたと気付いた瞬間、唇が重なってくる。

 アリオス…!!!

 チョコレートよりも甘いキスが唇に振り降りた-------


tawagoto…

幼馴染です。
ようやくKissです。
まだまだ波乱あり〜。

マエ モドル ツギ