ONLY YOU


 カフェに向かう道々を、しっかりと手を握られて引っ張られた。
 ふたりの様子を、誰もが理想のカップルだと思うせいか、じっと見つめている人々もいる。
「こける癖はガキの頃と変わらねえな、おまえ」
「だって・・・」
 恥ずかしそうに俯くアンジェリークを、アリオスは笑いながら更にしっかりと小さな手を握り締めた。
「俯いてばっかいるとまたこけるぞ!?」
「うん・・・、でもアリオスお兄ちゃんが助けてくれるんでしょ? だから、平気」
「ったく・・・」
 呆れたように呟きつつも、アリオスの目は笑っていた。
 同時に、手が更にしっかりと握り締められる。

 いつまでも、アリオスにとってはこどもなのかな、私・・・。

 子供の頃と違って、彼に手を握られるという行為だけで、甘い緊張が走る。
 近くのカフェに着くまで、アリオスはアンジェリークの手を涼しい顔をして握り締め続けた。

 カフェに着き、席に着いてようやく手を放す。
「これで、こけなくて済んだだろ?」
「うん・・・」
 恥ずかしさの余り、アンジェリークは頬をほんのりと赤く染め上げた。
「何飲む?」
「カフェオレ」
「オッケ」
 アリオスはすぐにカフェオレとクッキーを注文してくれる。
 甘いものが好きなのも覚えていてくれたのが、嬉しい。
「ここのクッキー美味いらしいから」
「うん」
 アリオスがクッキーが美味だと教えてくれたことを、帰国直後の彼がいったい誰から聞いたのか、アンジェリークは気になって仕方がなかった。

 やっぱり、ジョアンナさんかな・・・。

「着物、似合ってるぜ?」
「有り難う。こんなに、子供っぽいけど」
「そんなことねえよ」
 アリオスの真摯な眼差しに、アンジェリークは少し照れくさそうな笑いを浮かべながら、表情を輝かせていた。
 飲み物が運ばれてくる間、アリオスはアンジェリークを目で追わずにはいられない。

 ガキだと思ってたのにな、こっちがはっとさせられる表情を、時々しやがる・・・。
 妙な気分になっちまう・・・。

 注文のものがやってくると、アンジェリークはにんまりと満足そうに、まるで子供のように笑った。
「なあ、おまえ、エレミア公園のマシュマロ入りのホットチョコレート好きだったよな? 今でもそうか?」
「うん! すご〜く好きよ!! そろそろ公園のスタンドに登場する頃だから、そろそろ、また飲みにいかなくっちゃ!」
 子供の頃から変わっていない愛らしさ。
 アリオスはアンジェリークの愛らしさに、どこか甘い感覚を覚えずにはいられない。
「今度俺が連れてってやるよ。昔見てえにな?」
「ホントに!」
 純粋に喜んで笑う姿が、アリオスにとっては、宝物のように思えて仕方がなかった。
「アンジェ」
「何?」
「着物、本当に似合ってるぜ?」
 面と向かって再び言われて、彼女は目を丸くした後、真っ赤になる。
「あ、有り難う・・・」
 スプーンでくるくるとコーヒーカップの中を回す姿は、とても愛らしくて、同時に、女としての色香が程よく漂ってきた。

 10年前と重なりあうあどけない姿があると思えば、思い切り大人の女のそれの時もある・・・。
 17ってのは割り切れない何かがあるのかもしれないな・・・。

「明日には、マンションに引っ越しちゃうのよね?」
「ああ。そのつもりだ。仕事も忙しくなってくるからな」
 アリオスの言葉でそれを聞くと、どこか切なくなるのはなぜだろう。

 行かないで・・・。
 それがダメなのは判ってる。
 だったら、お手伝いぐらいは出来ないかな?

「たまには、こっちに遊びに来てね?」
 小首を傾げて”お願い”をする姿は、どこか子供の頃を思い出させた。
「ああ。約束する」
「良かった!」
 にんまりとした笑顔は、本当に可愛らしくて堪らない。
「ほら、とっとと飲んじまえ。冷めたら美味くねえからな?」
「うん」
 へへへと照れくさそうに笑うと、アンジェリークはカップに口づけた。
「猫舌の私には丁度いいの」
 アリオスは眉を少し上げると、優しい微笑みを浮かべる。
「おまえらしいな」
 アンジェリークはその笑顔に釣られ、今なら大丈夫とばかりにアリオスに迫った。
「ねぇ! 明日のお引っ越し、手伝いに行って良い?」
 突然のアンジェリークの一言に、アリオスは驚くこともなく、僅かに口角を上げる。
「いいぜ? ただし仕事はいっぱいあるぜ?」
「うん! いっぱい手伝う!」
 元気いっぱいに応えてきたアンジェリークが、アリオスには可愛くて仕方がなかった。
「じゃあな。明日は頼むぜ? 朝、起こしに行くからな?」
「うん! 任せといて!」
 アリオスとはカフェでさよならをした。アリオスに逢えたことが、アンジェリークにとっては少し気分を楽にしてくれる。

 アリオス、いつもステキだな・・・。

 うっとりとアンジェリークはその後ろ姿を見つめていた-----

 明日はガンバって、アリオスの役にたたなくっちゃ!

 早速、古風にも室内用の箒とハタキを金物屋で購入し、家に帰って可愛いレースの割烹着と三角巾、ぞうきんふきんなどを用意し、明日に備えることにした。
 アリオスの引っ越しを手伝うのが楽しくてたまらない。
 ふたりきりの作業------
 それを想像するだけで、アンジェリークはぎゃーっと叫びたくなった。

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 妙に引っ越しが楽しみで、彼女はぎりぎりまで興奮して寝付けなかった。
 朝、いつもよりも早めに準備にかかっていく。
「張り切ってるわね!」
 母親の言葉に、アンジェリークは嬉しそうに頷いた。
 大好きな男性の手伝いが出来るということが、非常に彼女にとっては嬉しいことだ。
「お母さん、やっぱりこういう時って、お弁当を持っていったほうがいいよね? 一応、おかずになる食材は買ってあるんだけど・・・」
「そうね。美味しいのを作ってあげなくっちゃね?」
「うん!!」
 母親の言葉に後押しされる形で、アンジェリークはお弁当を作り始める。
 定番の出汁巻、ブロッコリーのサラダ、アスパラベーコン、生姜醤油で軽く味付けをしたチキン、鱈と茸の包み焼きをおかずに、おにぎりはしゃけ、かつおの定番と中身のないものを用意。デザートは梨だ。
 これらを手早く作って使い捨てのケースに詰め込めば完成。
「出来た〜」
「これだったら、きっと喜んでくれるわよ!」
 娘が一生懸命作った料理を、母親は嬉しそうに見つめた。
「ホントに?」
「ええ」
 母親の太鼓判にアンジェリークはさらに嬉しそうに笑う。
 その後、なめこの味噌汁を保温容器に入れて準備完了。
 大荷物にわらわらしながら、アンジェリークはアリオスのマンションに向かった------

 教えられた場所は、随分と立派なところで、少し気後れしてしまう。

 国際弁護士だもんね・・・。
 しかも一流だもん・・・。

 アンジェリークはアリオスの部屋の番号を押し、どきどきとする。
「はい?」
 魅力的な声が聞こえ、彼女の気分は更に高まった。
 その声が誰かはもう判っていたから。
「アンジェリークです」
「サンキュ、今、開ける」
 その途端にロックが解除されたので、アンジェリークはマンションのホールに入った。
 そこからエレベーターでアリオスの部屋のあるフロアに向かう。
 ドアの前に来るともう一度インターホンを押した。
「はい」
 出てきたのはジョアンナ。
 きりりとした姿に、アンジェリークは言葉を失ってしまう。
「こんにちは、アンジェリークさん。お手伝いに来て下さって有り難う。中に入って下さい」
 まるでアリオスの妻のように勝ち誇った笑みを浮かぶのが、アンジェリークには癪に触った。

 妻みたいなふりをして、私の大好きな人に近づかないで・・・。

「アンジェ、よく来てくれたな」
 すぐにアリオスが来てくれ、アンジェリークに手を差し延べる。
「いっぱい道具とかを持ってきてくれたんだな・・・? サンキュ」
 アリオスはさりげなく荷物を持ってくれると、そのまま寝室に向かった。
「ここが一番片付いてるからな」
「うん」
 とは言うものの、場所が場所なだけに、アンジェリークは赤面せずにはいられない。
 荷物を置くと、少し大きめの女性用のバッグを見つけ、アンジェリークはひどく切なくなる。
「俺とジョアンナは書斎を片付けてるから、おまえはおふくろとキッチン周りを片付けておいてくれ」
「うん」
 邪魔するなと聞こえるような気すらして、アンジェリークは益々落ち込んだ。
 彼女は割烹着を着込んで、箒とハタキを持ってキッチンに向かう。
「あら、アンジェゃん!」
「おばさん、こんにちは! 手伝うね」
 力ない笑顔で答えると、アンジェリークは黙々と片付けをはじめる。
 心が痛んでしょうがなかった-------


tawagoto…

幼馴染です。
頑張れアンジェ

マエ モドル ツギ