ONLY YOU

4

 いつものように三つ編みで、アンジェリークは朝支度をする。
 昨日のことを思い出すと、胸の奥が甘く痛むのを感じる。
 学校に行く途中、アリオスの家を見上げる。
 かつては彼の部屋だった場所を見つめ、溜め息を吐いた。
 戻ってきてくれたのは嬉しいが、気がかりは昨日の電話の主だ。

 やっぱり10年も離れていたら、アリオスはかなりの数の女の人と付き合ってるだろうし・・・。

「アンジェ!」
 ぱたぱたと走ってきたレイチェルに、アンジェリークは肩をぽんと叩かれた。
「おはよう、レイチェル」
「何か、元気ないよ、何かあった?」
 しょんぽりとしている親友に、レイチェルは心配そうに眉根を寄せた。
「うん、アリオスがね、私の初恋の人が帰って来たんだけど・・・、それが・・・」
 ごにょごにょと言葉を濁すアンジェリークに、レイチェルはピンときた。
「女がいたの?」
「恐らく・・・」
 少し俯く彼女に、レイチェルもまた切なそうにする。
 アンジェリークの純粋な心根を知っているからこそ、辛く思えてしまう。
「まだ決まったわけじゃないんだしさ。いつものアンジェらしく、純粋に突進していけば、きっと判って貰えるって!」
 力強い親友の言葉というのは安心する。
「そうね。頑張ってみなくっちゃ判らないもんね」
 少し笑ったアンジェリークには、もう悲壮感はなかった。

 放課後まっすぐ家に戻ると、母親が何やらを作っていった。
「ただいま、お母さん」
「良い栗が手に入ったから、栗羊羹作ったのよ。お隣りに持っていって頂戴」
「うん!」
 これでまたお隣りに行く理由が見つかり、アンジェリークは嬉しくて笑ってしまう。
「早速、きがえて行ってらっしゃい!」
 母親に後押しをされる形でアンジェリークはお隣りに向かった。
 インターフォンを鳴らすと、アリオスの母親がすぐに玄関ドアを開けてくれる。
「こんにちは〜」
 いそいそと中に入って行くと、玄関先に高い黒ヒールが置いてあるのが見えた。
「どなたかお見えにになっているんですか?」
「ええ。アリオスの仕事仲間のジョアンナさんが来てるのよ。合同弁護の訴訟の打ち合わせだとか」

 一緒に仕事しているのね・・・。
 羨ましいな・・・。

 アンジェリークはしょんぼりとしながら、羊羹を差し出す。
「お母さんからです。栗羊羹」
「あがってってちょうだい」
「あ、いいです。渡しにきただけだし、うるさいから迷惑になっちゃうし」
 アンジェリークは、何とか笑うと頭を下げて、出ていこうとした。
「アンジェか?」
 リビングから出てきたアリオスに声をかけられる。
「アリオスお兄ちゃん!」
「一段落ついたからお茶の用意を頼もうと思ったんだが、おまえもどうだ?」
「丁度、この羊羹もあるしね」
 ふたりに引き止められると、アンジェリークも断り難い。
「じゃあちょっとだけ」
 そう言うと遠慮がちに、アンジェリークはアリオスの家に上がった。
 さりげなく、アリオスの母に着いてキッチンに入り、手伝いをする。
 ほうじ茶を淹れ、栗羊羹を返し紙の上に置いて、和菓子用の楊枝を添えた。
 アリオスの母親と一緒に、アンジェリークがリビングに向かうと、そこにはゴージャスな金髪の美女が座っていた。
「こんにちは、愛らしい方ね? アリオスの妹?」
「まあそんな感じだな。ジョアンナ、こちらはアンジェリーク。うちの隣に住んでる」
「よろしく、アンジェリーク」
 満面の笑みを浮かべた後、アンジェリークはぎこちない笑顔をジョアンナに向けた。
「はじめまして、ジョアンナ」
 軽く会釈をした後、アンジェリークはお茶のセッティングをした。
「さあ、みんなでお茶をしましょう」
 アリオスの母親の号令で、お茶の時間が始まった。
「あっ、美味しい!」
 最初に声を上げたのは、アリオスの母親。
「栗を甘露煮したものを中に入れてるんです」
 アンジェリークは楽しそうに話しながら、自分も美味しそうに頬張る。
 堅い表情が、和らいだ表情になるが、それはアリオスの知っているアンジェリークの表情だった。
 それがとても可愛く思えて、アリオスは微笑む。
 その瞬間、ジョアンナの表情が厳しいものになった。
「甘いものは、相変わらず好きなんだな?」
「手作りだから、美味しいの」
 本当に味わって食べているアンジェリークの幸せな顔は、先程まで厳しい話をしていたアリオスの心を癒してくれた。
 それがジョアンナには至極気に入らない。
「アリオス、そろそろ時間じゃない? レストランの予約に遅れるわ?」
 隣にいたジョアンナがアリオスの腕をわざとらしく掴んだ。
 それを見るなり、アンジェリークの表情は曇る。
 だがロコルにならないように、何とか作り笑いをした。
 アリオスは時計を見ると、しょうがないとばかりに立ち上がる。
「しょうがねえな。行くぜ
 じゃあな? アンジェ、またな?」
「うん、またね」
 立ち上がるとアリオスはジョアンナとリビングから出ていく。
 更にアンジェリークは肩を落とし、切なげに溜め息を吐いた。
「後で食べるわ。こんなに美味しいのに」
「うん、そうね、おばさん」
 アリオスとジョアンナが出て行くまでの時間稼ぎに、アンジェリークはお茶の後片付けを手伝った。
「ごめんねアンジェちゃん」
「いいえ、構いません」
 彼女は何とか笑って仕事を済ませると、アリオスの母親に頭を下げた。
「じゃあおばさん、私はこれで」
「ご馳走様って、お母さんに言っておいてね?」
「はい」
 アンジェリークは家にそのまま帰ると、夕食も食べずに、部屋にこもりきった。
 胸が痛くて何も喉に通りやしない。

 何でこんなに苦しいんだろ…。
 何でこんなに辛いんだろう…。

 泣きながらベッドにもぐりこみ、そのまま眠りに落ちた-------


 アンジェリークは母親の用事で、外出をしていた。
 アンサンブルの着物を着て届け物をした後、家に帰る途中だ。
「よお、帰りか」
「アリオスお兄ちゃん…」
 道端でばったりと逢い、アンジェリークは少し気まずそうに少し目線を逸らせた。
「お遣いか?」
「うん…」
「お茶でも飲まないか?」
 アンジェリークは少し困ったような表情をして、アリオスを見る。
「いいの?」
「ああ。この間のお詫びだ。甘いもんでもご馳走してやるよ?」
「ホント!!」
 途端にアンジェリークの表情が明るいそれになる。
 アリオスが好きなそれだ。
「ケーキが美味い店に連れて行ってやるよ」
「嬉しい」
 明るく笑いながらアンジェリークは、アリオスに着いて行く。
「きゃあっ!」
 明るくスキップをしていると、アンジェリークは足を取られてしまう。
「おっと」
 彼女をアリオスは支えて、転げないようにしてやる。
「大丈夫か?」
「うん…」
 真っ赤になりながら、アンジェリークはアリオスに軽く頭を下げた。
「ほら、おまえは、相変わらずだな」
 それだけを言うと、アリオスはアンジェリークの手をしっかりと握る。
「あ…」
「これだったらこけねえからな?」
「…うん…」
 アンジェリークは恥かしそうにしながら、上目遣いで見る。

 もっとキツク握っていいよ?


tawagoto…

幼馴染です。
頑張れアンジェ

マエ モドル ツギ