いつものように三つ編みで、アンジェリークは朝支度をする。 昨日のことを思い出すと、胸の奥が甘く痛むのを感じる。 学校に行く途中、アリオスの家を見上げる。 かつては彼の部屋だった場所を見つめ、溜め息を吐いた。 戻ってきてくれたのは嬉しいが、気がかりは昨日の電話の主だ。 やっぱり10年も離れていたら、アリオスはかなりの数の女の人と付き合ってるだろうし・・・。 「アンジェ!」 ぱたぱたと走ってきたレイチェルに、アンジェリークは肩をぽんと叩かれた。 「おはよう、レイチェル」 「何か、元気ないよ、何かあった?」 しょんぽりとしている親友に、レイチェルは心配そうに眉根を寄せた。 「うん、アリオスがね、私の初恋の人が帰って来たんだけど・・・、それが・・・」 ごにょごにょと言葉を濁すアンジェリークに、レイチェルはピンときた。 「女がいたの?」 「恐らく・・・」 少し俯く彼女に、レイチェルもまた切なそうにする。 アンジェリークの純粋な心根を知っているからこそ、辛く思えてしまう。 「まだ決まったわけじゃないんだしさ。いつものアンジェらしく、純粋に突進していけば、きっと判って貰えるって!」 力強い親友の言葉というのは安心する。 「そうね。頑張ってみなくっちゃ判らないもんね」 少し笑ったアンジェリークには、もう悲壮感はなかった。 放課後まっすぐ家に戻ると、母親が何やらを作っていった。 「ただいま、お母さん」 「良い栗が手に入ったから、栗羊羹作ったのよ。お隣りに持っていって頂戴」 「うん!」 これでまたお隣りに行く理由が見つかり、アンジェリークは嬉しくて笑ってしまう。 「早速、きがえて行ってらっしゃい!」 母親に後押しをされる形でアンジェリークはお隣りに向かった。 インターフォンを鳴らすと、アリオスの母親がすぐに玄関ドアを開けてくれる。 「こんにちは〜」 いそいそと中に入って行くと、玄関先に高い黒ヒールが置いてあるのが見えた。 「どなたかお見えにになっているんですか?」 「ええ。アリオスの仕事仲間のジョアンナさんが来てるのよ。合同弁護の訴訟の打ち合わせだとか」 一緒に仕事しているのね・・・。 羨ましいな・・・。 アンジェリークはしょんぼりとしながら、羊羹を差し出す。 「お母さんからです。栗羊羹」 「あがってってちょうだい」 「あ、いいです。渡しにきただけだし、うるさいから迷惑になっちゃうし」 アンジェリークは、何とか笑うと頭を下げて、出ていこうとした。 「アンジェか?」 リビングから出てきたアリオスに声をかけられる。 「アリオスお兄ちゃん!」 「一段落ついたからお茶の用意を頼もうと思ったんだが、おまえもどうだ?」 「丁度、この羊羹もあるしね」 ふたりに引き止められると、アンジェリークも断り難い。 「じゃあちょっとだけ」 そう言うと遠慮がちに、アンジェリークはアリオスの家に上がった。 さりげなく、アリオスの母に着いてキッチンに入り、手伝いをする。 ほうじ茶を淹れ、栗羊羹を返し紙の上に置いて、和菓子用の楊枝を添えた。 アリオスの母親と一緒に、アンジェリークがリビングに向かうと、そこにはゴージャスな金髪の美女が座っていた。 「こんにちは、愛らしい方ね? アリオスの妹?」 「まあそんな感じだな。ジョアンナ、こちらはアンジェリーク。うちの隣に住んでる」 「よろしく、アンジェリーク」 満面の笑みを浮かべた後、アンジェリークはぎこちない笑顔をジョアンナに向けた。 「はじめまして、ジョアンナ」 軽く会釈をした後、アンジェリークはお茶のセッティングをした。 「さあ、みんなでお茶をしましょう」 アリオスの母親の号令で、お茶の時間が始まった。 「あっ、美味しい!」 最初に声を上げたのは、アリオスの母親。 「栗を甘露煮したものを中に入れてるんです」 アンジェリークは楽しそうに話しながら、自分も美味しそうに頬張る。 堅い表情が、和らいだ表情になるが、それはアリオスの知っているアンジェリークの表情だった。 それがとても可愛く思えて、アリオスは微笑む。 その瞬間、ジョアンナの表情が厳しいものになった。 「甘いものは、相変わらず好きなんだな?」 「手作りだから、美味しいの」 本当に味わって食べているアンジェリークの幸せな顔は、先程まで厳しい話をしていたアリオスの心を癒してくれた。 それがジョアンナには至極気に入らない。 「アリオス、そろそろ時間じゃない? レストランの予約に遅れるわ?」 隣にいたジョアンナがアリオスの腕をわざとらしく掴んだ。 それを見るなり、アンジェリークの表情は曇る。 だがロコルにならないように、何とか作り笑いをした。 アリオスは時計を見ると、しょうがないとばかりに立ち上がる。 「しょうがねえな。行くぜ じゃあな? アンジェ、またな?」 「うん、またね」 立ち上がるとアリオスはジョアンナとリビングから出ていく。 更にアンジェリークは肩を落とし、切なげに溜め息を吐いた。 「後で食べるわ。こんなに美味しいのに」 「うん、そうね、おばさん」 アリオスとジョアンナが出て行くまでの時間稼ぎに、アンジェリークはお茶の後片付けを手伝った。 「ごめんねアンジェちゃん」 「いいえ、構いません」 彼女は何とか笑って仕事を済ませると、アリオスの母親に頭を下げた。 「じゃあおばさん、私はこれで」 「ご馳走様って、お母さんに言っておいてね?」 「はい」 アンジェリークは家にそのまま帰ると、夕食も食べずに、部屋にこもりきった。 胸が痛くて何も喉に通りやしない。 何でこんなに苦しいんだろ…。 何でこんなに辛いんだろう…。 泣きながらベッドにもぐりこみ、そのまま眠りに落ちた------- アンジェリークは母親の用事で、外出をしていた。 アンサンブルの着物を着て届け物をした後、家に帰る途中だ。 「よお、帰りか」 「アリオスお兄ちゃん…」 道端でばったりと逢い、アンジェリークは少し気まずそうに少し目線を逸らせた。 「お遣いか?」 「うん…」 「お茶でも飲まないか?」 アンジェリークは少し困ったような表情をして、アリオスを見る。 「いいの?」 「ああ。この間のお詫びだ。甘いもんでもご馳走してやるよ?」 「ホント!!」 途端にアンジェリークの表情が明るいそれになる。 アリオスが好きなそれだ。 「ケーキが美味い店に連れて行ってやるよ」 「嬉しい」 明るく笑いながらアンジェリークは、アリオスに着いて行く。 「きゃあっ!」 明るくスキップをしていると、アンジェリークは足を取られてしまう。 「おっと」 彼女をアリオスは支えて、転げないようにしてやる。 「大丈夫か?」 「うん…」 真っ赤になりながら、アンジェリークはアリオスに軽く頭を下げた。 「ほら、おまえは、相変わらずだな」 それだけを言うと、アリオスはアンジェリークの手をしっかりと握る。 「あ…」 「これだったらこけねえからな?」 「…うん…」 アンジェリークは恥かしそうにしながら、上目遣いで見る。 もっとキツク握っていいよ? |
tawagoto… 幼馴染です。 頑張れアンジェ |