「おい、玄関に突っ立ってねえで、中に入れよ」 「はい」 アンジェリークが少し他人行儀に返事をしたのが、アリオスにはほんの少し癪に触る。 「ほら、とっとと上がる」 「あ、うん」 アリオスに促される形で、アンジェリークはダイニングに入っていった。 彼もその後に続く。 しかし…。10年か…。 大きくなったもんだよな…。 小学生だったガキがこんなにな…。 俺もジジィになるわけだ・・・ アリオスは、アンジェリークの背中を見つめながら、少し感慨に浸りきっていた。 「こんばんは、アンジェちゃん」 「こんばんは!」 アリオスの両親に穏やかな微笑みで挨拶をした後、アンジェリークは風呂敷包みを紐解く。 「お母さんから、”散らし寿司”です」 「まあ、いつも有り難う」 ぱたぱたと小気味良く働くアリオスの母を、アンジェリークは自然の流れで手伝う。 いつもそうしているから、気取ったポーズを取るような雰囲気が一切なかった。 しかし・・・。 あのガキがな…。 アリオスはじっと観察すると同時に、アンジェリークを見つめずにいられない。 アイツから目を離せねえなんて・・・。 「うわあ〜! おばさんのラムシチュー!! 楽しみ〜!!」 キッチンから出る歓声に、アリオスは喉を鳴らす。 こういうとこは変わってねえんだよな? アリオスは苦笑すると同時に、少しだけほっとした。 それは、もう何かに機が吐いていたからかもしれなかった。 その次にはお約束の悲鳴が聞こえる。 「あつっ!」 アリオスはその声に、思わずキッチンを覗きこんだ。 するとアンジェリークが冷水で手を冷やしているのが見える。 「ったく、おまえは相変わらずだな?」 少し苛々しながら近づくと、アンジェリークが振り返りながら半分べそをかいていた。 「アリオスお兄ちゃん」 「ちゃんと薬塗らなきゃならねえだろ。来いっ」 アリオスはほんの少し怒ったように手首を持つと、リビングに連れていく。 「座ってろ。ちゃんと薬は塗らねえとな。ったく、そそっかしさはまんまだな」 「アリオスお兄ちゃんの意地悪〜」 救急箱から火傷薬をだし、アリオスはほんのり赤くなったアンジェリークの手の甲に塗ってやった。 その部分だけがやけに熱くて、アンジェリークは胸が甘く痛む。 「ほら、終わりだ。気をつけろよ?」 栗色の髪をくしゃりと撫でられる。 それは10年前によくアリオスがしてくれた仕草だった。 アンジェリークの胸の奥に小さな切なさが込み上げてくる。 アリオス、もう私はあの時の子供じゃないのよ? ねえ? 「さてと、メシを食うぜ? 行くぜ」 「あ、うんっ!」 ぱたぱたとアリオスの後に着いてくるアンジェリークは、妙に愛らしい。 大きくなったと思っても、まだまだガキだな? アリオスは妙にほっとした気分になっていた。 今日は、アリオスが帰ってきたからと、食卓は豪華だ。 ラムシチュー、サラダ、魚のグリル、魚介のマリネ、散らし寿司が所狭しと並んでいた。 食事も楽しみだが、やはりアリオスがアンジェリークにとっては一番。いつもは切なく見つめていた彼の席も、今日はちゃんと座ってくれている。 それが何よりも幸せだった。 微笑みながら、アンジェリークはじっとアリオスを見つめる。 いつもいなくて哀しかったその場所にアリオスがいる。 しかも以前よりもかなり素敵になって・・・。 ホント、カッコよくなったな・・・。アリオスお兄ちゃん・・・。 年齢をへるにつれて素敵になっている・・・。 アンジェリークはごちそうを食べることよりも、アリオスを見つめ、想いを巡らせることでいっぱいだ。 食ヌ進まないアンジェリークに、アリオスは心配する。 「どうした? 食わねえのか? だからいつまでたっても棒きれみてえなんだよ」 「ゆっくり食べてる。大丈夫」 アンジェリークは小さな頃と同じように、一生懸命食事を取り始めた。 前と一緒だな・・・。 食べなかったら心配してくれて・・・。 「零すなよ?」 「もう7歳じゃないもの」 彼女の言葉に、アリオスも思わず笑ってしまう。 「だな。おまえはもっと食って、ちったあ太れ」 アンジェリークは笑うと、「これで充分なの」とおどけてみせた。 「ねぇ、アリオスお兄ちゃんはいつまで実家にいるの?」 「一週間。もうマンション借りてあるしな。ゆっくり休んで、来週から仕事再開だ」 「そうなんだ」 本当はもっと聞きたいことがあるのだが、聞き出せない。 28歳での突然の帰国。 これは何を意味するか、想像できないアンジェリークではない。 アリオスお兄ちゃんだったらモテるだろうし、きっと彼女だっている。 結婚したい相手もいるかもしれないもの・・・。 昔から、私なんか恋愛対象じゃなかったもんね・・・。 判ってるけど、辛い・・・。 アンジェリークが少し沈んでいるのを感じ、アリオスは、顔を覗きこむ。 「アンジェ、大丈夫か?」 「うん! もりもり食べる!」 アンジェリークはわざと元気そうに笑うと、食事を一生懸命食べ始めた。 「なら、いいが」 彼は意味深に笑うと、グラスのウォッカを飲み干した。 不意に、電話が鳴り、母親が慌ててでる。 「はい? あ、少々お待ち下さいませ」 母親はダイニングに戻り、アリオスを呼んだ。 「アリオス、ジョアンナさんから電話」 「ああ」 アリオスは箸を置くと、電話口に立った。 「ジョアンナ?」 「あ、アリオスと一緒に帰ってきた弁護士さん」 「ふーん」 返事をしながら、アンジェリークは内心気が気ではなかった。 一緒に帰ってきたって・・・。 彼女なのかな・・、やっぱり・・・ アリオスは直ぐに席に戻ってきたが、特に何も言わずに食事を再開する。 彼と電話の主のことがきがきでならず、アンジェリークは結局、味気ない食事をすることとなった。 食事を終えて、アンジェリークはいつものように自主的に片付け始める。 いつものことなので、本当に空気のようにアリオスの母親を手伝っていた。 「いつも悪いわね」 「いいえ。いつも美味しいものをご馳走になっているのはこちらですから」 自然に手伝っているアンジェリ0区が、アリオスにはやけに輝いて見える。 小さな時から、よく片付けに参加していたが、今もかわらずにやっているのが、アリオスは嬉しかった。 アンジェリークは自分の家のお重を風呂敷に包むと、アリオスの母にお礼を言う。 「ご馳走様でした!」 「こちらこそ、いつも有難うって、お母様に言って置いてね?」 「はいっ!」 アンジェリークはついでにひょいと、アリオスの父親がテレビを見ているリビングにも顔を出した。 「じゃあ、おじさん、ご馳走様でした!!」 「ああ、有難う」 アンジェリークが玄関先に向かうと、アリオスが待っていてくれている。 「アリオスお兄ちゃん・・・」 「送る」 アリオスはアンジェリークを見るなり、簡潔に口を開いた。 「-----直ぐ近くよ」 「おまえも年頃だからな?」 「有難う…」 アリオスの気遣いが嬉しくて、アンジェリークは素直に応じることにした。 ゆっくりと歩いて、アンジェリークの家まで向かう。 歩いても30秒ほどの距離だが、その時間を楽しむかのように歩く。 「今日は、サンキュ。色々気を遣わしちまった見てえで、悪かったな?」 「ううん、大丈夫よ。私も久しぶりに会えて、嬉しかった」 「俺もな」 そこでアンジェリークの家に着く。 まことに、隣であることを恨むのは、この瞬間しかない。 「おまえに久しぶりに会えて楽しかったぜ? もうこっちにいるから、またどっかに連れて行ってやるよ」 「ホント!!!」 途端に少し曇りがちだったアンジェリークの表情が、明るいものに変わった。 「クッ、現金だな? 約束な?」 アリオスはそう言いながら笑うと、昔と同じように、小指を出した。 「指きりげんまんだろ?」 「-----うん」 子供の頃と同じように、アンジェリークも小指を出して指きりげんまんをする。 「やくそくね?」 「ああ」 小指と小指が離れたときに、胸がきゅっと締め付けられるような、切ない痛みを感じた。 「じゃあな? 見ててやるから、安心して家に入れ? お休み」 「おやすみなさい」 和の佇まいのアンジェリークの家に彼女が入るまで、アリオスが見ててくれる。 何度か振り返りながら、アンジェリークは自分の家に入っていった------ |
tawagoto… 幼馴染です。 次回から恋はゆっくりとすすみます〜。 |