ONLY YOU


 国に帰る朝、珍しくも”夢”を見た------
 ここに来る直前の夢だ。隣の家に住んでいたガキ、アンジェリークが泣きながら俺に縋ってくる。
 俺よりも11も小さくて、いつもちょこまかとしていたあいつだ。
 あの時も、真っ赤なランドセルに逆に背負われていた。
「いつ帰って来るの? いつ遊んでくれるの!?」
 直ぐに帰ってくるといえば、それは嘘になる。
 俺はあの時、アンジェリークには嘘を吐きたくはなかった。
 それはなぜだか今でも判らない。
 俺の本当に気持ちを察してか、大きな瞳を潤ませて、アンジェリークは俺にキスをしてきた。
 乳臭い子供のキス。
 小さい頃から隣のよしみで、よく遊んでやって、お菓子で餌づけをしておいたから、きっと親しく思ってたんだろう。
 俺は、単にガキの相手が苦手だから、最初はああやって餌づけて、俺が女と一緒にいるのの口止めをしたりした。
 あいつは俺によく懐いてくれたから、その相手は嫌じゃなかったし、楽しかったな・・・。
 あれから10年か・・・。
 きっと進歩なしだな、あいつは・・・。


 アリオスは目をゆっくりと開けると、窓のシェードを少しだけ上げた。
 朝日が眩しく、少し目を眇める。
 飛行機は母国に差し掛かっていた。
 後少しで、10年ぶりの帰郷が実現する。
 今回の帰国は、仕事の本拠地を母国に移すためだ。
 母国で起こる訴訟の弁護が多くなり、それに対応するための帰国だった。
 無事に飛行機は着陸し、アリオスはタラップから母国に降り立つ。
 変わらぬ風景に、笑みを浮かべるのと同時に、懐かしさを禁じ得なかった。

 タクシーでまずは実家に向かう。
 事務所近くにすでにマンションを借り、引っ越しも済ませている。
 が、母親のたっての希望で、休暇がてら1週間だけ実家で過ごすことになっていた。
 朝早かったせいか、父親にもちゃんと会うことが出来、家族との再会を果たしたものの、元来のクールさからか、さらりとしたものだった。
「俺、少し寝る」
「ゆっくりとなさい」
 アリオスは二階の自分の部屋に戻ると、ベッドに入り目を閉じる。
 遠くには朝の通学の様子が聞こえる。
「レイチェル〜! おはよう!」
 一際元気な声は、別に煩わしいものとは感じず、心地好く感じる。
 もちろんその声は、成長したアンジェリークの声。
 それに気付かず、子守歌にして、アリオスはぐっすりと眠りに落ちた。


 昼頃に起きていくと、母親が昼食の支度をしていた。
「御飯できてるわよ」
「サンキュ」
 久し振りにダイニングテーブルに着くと、アリオスは新聞をまず読む。
「アリオス、お隣りのアンジェちゃん覚えてる?」
「ああ。あのチビだろ?」
 アリオスは飛行機で見た夢を思い出しながら、少し懐かしげに答えた。
「あなたの後ばっかりついて歩いていたあの子も、もう17なのよ。綺麗になっちゃって、逢ったらびっくりするわよ!」
「びっくりね・・・」
 アリオスは半信半疑に返事をする。
 確かに、アンジェリークはとても愛らしくて、将来有望を思わせる子供だった。
 だが7歳からの10年だ。
 劇的に変化を遂げていく時期のせいか、素直にそれを聞くことは出来ない。

 おふくろはとなりのおばさんと仲がいいからな・・・。
 どう育っていてもよく言うだろうからな・・・。
 話半分に聞いておくか・・・。

「アンジェちゃんはね、今、スモルニィ女学院の高等部の2年生なのよ」
 アリオスは母親の話に頷きつつ、アンジェリークへの「期待」などこれっぽちもなかった。


 食事の後、アリオスは久々にゆったりした後、散歩に出ることにする。
 10年間で街の様子がどれほど変わっていたか、見ておきたかったからだ。
 ぶらぶらと歩いていると、丁度帰宅途中のスモルニィの生徒たちにぶつかった。

 ここにあのちびもいるかもしれねえな?

 アリオスは好奇心から、その集団と一緒に、家まで戻ることにする。

 どれもしょんべん臭いガキばっかりだぜ・・・。
 あいつも相変わらずなんだろうな?

「アンジェリーク」
 誰かが話すその名前を聞いて、アリオスははっとする。
 アンジェリークと呼ばれた少女を目で追うなり、アリオスは絶句した。
 栗色の髪は確かにそうだが、そこにいたのは、アリオスの記憶の中にある面影とは、あまりにもかけ離れた少女だった。

 レスラーか・・・?
 まさか、10年であんなに変わるとは・・・。
 まさかな・・・。

 人違いだったとはつい知らず、レスリング部の主将のアンジェリークをアリオスは「そうかもしれない」と思ってしまっていた。

 家に戻り、夕方までは、少しだけ優雅に仕事をした。
 夕食の時間になり、仕事をひと段落つけてダイニングに行くと、母親が色々と準備をしている。
 食卓の準備が一人多い。
「誰か来るのか?」
「それはアンジェちゃんの分よ。久し振りだし、一緒にごはんでもと思って。お隣りさんが、散らし寿司を作って下さったから、それを持ってきてくれるのよ」
 母親はいかにも嬉しそうにし、アリオスは少し溜め息を吐く。

 昔から、おふくろの夢は判ってるけどな?
 あいつと俺が結婚して、この近くに住む・・・。
 絵空事のような気がするんだがな?

 アリオスがテーブルにつこうとすると、玄関のインターホンが鳴った。
 アリオス母親はそれを素早く取る。
「はい?」
「アンジェリークです。散らし寿司届に来ました」
 先ほど聞いた”アンジェリーク”の声とは違って、甘く愛らしい声が聞こえる。
 子供の頃とあまり変わらない可愛い声だ。

 別人・・・?

「アリオス、アンジェちゃんが来たから、ドアを開けてあげて・お母さん手が離せないから」
「ああ」
 母に言われてアリオスは玄関に向かった。
「はい」
 ドアを開けた瞬間、目の前に立っていた少女は、あまりにも愛らしく、アリオスは瞬時に心奪われてしまう

 大きな瞳と栗色の髪。
 記憶の中の少女がそのまま大きくなったようだった。

 やっぱり人違いだったか…!!

 それが妙に嬉しいアリオスである。

「久しぶりだな? アンジェ」
「アリオスお兄ちゃん」
 ふたりは暫くの間、惹かれあうかのようにじっと見つめあっていた------

tawagoto…

アリオスさん間違ってはいけません(笑)
まあ10年ぶりの再会。
ありえますが(笑)

マエ モドル ツギ