ONLY YOU

1

 小さい頃、私には”皇子様”がいました。
 物心がついてからは、いつも彼の後をついていったのを覚えています。
 11も年の離れた彼は、いつも”妹”として接してくれていました。
 本当に大好きな、私の永遠の”皇子様”-------

 夢を見ていました・・・。
 子供の頃の夢を------
 どうして今見たのか、それは判りません。
 とても懐かしい、甘い砂糖菓子のような夢。
 神様…。
 どうかこの夢にもう少し揺られていたい…。
 夢を見せてください…。

 私が、まだランドセルを背負っていた頃。
 まだまだ真っ赤なランドセルは大きくて、まだまだ逆に背負われていた頃-------

「アリオスお兄ちゃん!」
 まだぴかびかのランドセルをかたかたと揺らして、アンジェリークは必死になって駈けてきた。
 アリオスは内心”来たな?”と思いながら、妹のように慈しんでいる少女を待ち構える。
 お約束通り、腕の中に飛び込んできた少女を、アリオスはしっかりと腕の中で支えて、抱き上げた。
「アンジェ」
 アンジェリークは今にも泣きそうな切ない表情で、アリオスを見つめている。
「ねぇ、アリオスお兄ちゃんが遠くに行っちゃうってホント!?」
 嘘だと言ってくれと、大きな青緑の瞳がアリオスを捕らえていた。
「ああ。俺は遠い国に勉強に行くんだ。少しの間帰って来れない」
 小さな天使はアリオスの腕の中で小さくなり、しょんぼりとうなだれている。
「いつ帰ってくるの? いつからアンジェと一緒に遊んでくれるの!?」
 必死になって縋ってくる幼子を、アリオスは慈しむように抱き締めた。
「いつか、帰ってくるから・・・。それまで、ちゃんと待っていてくれ」
「うん、約束! 絶対に帰ってきて! 待ってるから」
 大きな瞳に溜まる涙を、アンジェリークは我慢しながら、アリオスの唇にそっと自分の唇をつけた。
 約束のキス-------
 アリオスは最初は驚いたが、少女の可愛らしい行為に、優しく笑って囁いた。
「約束な?」

 今は眩しくて、宝石のような甘い思い出-------



「ごめんなさい・・・、私・・・」
 アンジェリークは相手の少年に丁重に断りを入れると、頭を下げた。
「俺も言ってスッキリした。サンキュ」
 少年は気まずくならずに、爽やかに礼を言ってくれると、その場を走って立ち去った。

 ごめんなさい・・・。

 心の中で、何度目になるか判らない謝罪をアンジェリークはした。
 先程から、ずっと彼女を見守っていた親友レイチェルがすっと木の影から出てくる。
「レイチェル、有り難う」
「今日の彼もポイント高かったよ〜」
 レイチェルはいかにも残念そうに言うが、アンジェリークは動じない。
「うん、そうね」
 いつものように素っ気ない反応に、レイチェルは溜め息を吐いた。
「ねぇ、彼のどこがダメだったの?」
「どこって・・・」
 突っ込んで聞かれると、アンジェリークは答えに窮してしまう。
「いつまでも”皇子様”を待ってちゃだめよ! そうだからいつまでたっても”ねんねちゃん”なんて陰口を叩かれるのよ!」
「・・・こ、これでもキスぐらいしたことがあるんだから!」
 親友の勢いに押されて言ってしまったものの、その発言が逆にレイチェルをびっくりさせてしまった。
「嘘っ!」
「・・・小学校1年の時・・・」
 この一言に、レイチェルは呆れたように溜め息を吐いた。
「小学校1年! それって、犬とするようなものじゃない!」
「そんなのと一緒にしないでよ」
 少し拗ねるようにアンジェリークは言うと、ぶらぶらと歩き出す。
「アナタってさ、モテるくせに、男の人と付き合わないじゃない? 皇子様をまだ待ってるの?」
「ただ、好みじゃないだけだもん・・・」
 段々アンジェリークの声は小さくなり、少し尻つぼみになる。
 アンジェリークが人一倍ドリームの強いのを知っているレイチェルは再び溜め息を吐いた。
「そんなことばっかり言ってると行き遅れるよ!」
「いいもん〜」
 いつもレイチェルに言われたら、こう返すことにしている。
「ったく・・・」
 レイチェルはしょうがないとばかりに苦笑いすると、親友の肩をぽんと叩いた。

 今日は、不思議とアリオスお兄ちゃんを思い出す・・・。
 今朝あんな夢を見たから・・・?
 あの頃の、私の”皇子様”だったお兄ちゃん。

 ------あれから10年。
小学生だったアンジェリークが高校生になり、あの時高校生だったアリオスは、海外の大学院を卒業し、そのまま国際弁護士になって、かの地に居を構えてしまった。
 時々噂しか聞かなくなった幼馴染の彼のことについて、アンジェリークが知っているのはこれぐらいだ。

 10年でおとなりのお兄ちゃんと、差が随分ついちゃったな・・・。

「じゃあ、アンジェ、またね?」
 何時の間にか、レイチェルと分かれるいつもの場所に来ていたらしい。
 声を掛けられてアンジェリークははっとした。
「あ、うん・・・、またね、レイチェル」
 慌ててレイチェルに手を振った後、アンジェリークは独りになって、どこか切なくなる。
 今日は随分とノスタルジックな感傷に浸る日だと感じながら、アンジェリークは家路に着いた。


 家に帰ると、母親がぱたぱたと食事の準備に明け暮れていた。
「あ、アンジェ、いいところに帰ってきたわ! ちらし寿司を作っているから、手伝って頂戴」
「うん」
 部屋に鞄を置いて手早く着替えた後、、アンジェリークはキッチンにいく。
 アンジェリークの母は料理上手で有名で、彼女もその腕を受け継ぐベく、いつも母親の手伝いをしていた。
「お母さん?」
「寿司飯を冷ましてちょうだい」
「はい」
 母がごはんを切るように混ぜ、アンジェリークはうちわで手早く冷ましす。
 その後は、具材を切っていく。
 母親譲りの包丁裁きも、随分と上手くなっている。
「これだったらお嫁にももう行けるわね?」
「もう、お母さんのバカ…」
 恥かしそうにする娘を、アンジェリークの母は目を細めて見つめていた-------

小さな重箱二段に渡って寿司を母親に綺麗に入れるように言われて、アンジェリークは一生懸命詰めた。
「じゃあそれをお隣りさんに持っていって頂戴」
「はい」
 いつもお隣に行くのは慣れている。
 海外に行ったまま、全く里帰りをしない息子アリオスがいない寂しさを、アンジェリークとの時間で隣夫婦は紛らわしており、そのせいか、よく家に呼ばれていたから。
 ふろしきにお重を包み込むと大切なもののように腕に抱えて持って行く。
「いってらっしゃい」
 娘を送り出した後、母親はふっと優しそうに微笑んだ。

 アンジェ、遠い昔になくしたものが、今、戻ってきたのよ?

 いつものように隣に家に行くと、アンジェリークはインターホンを押す。
「はい?」
「アンジェリークです。母からのお届けものを届に来ました」
「待ってね!」
 いつも優しいアルヴィース夫人の声がした後、ドアがゆっくりと開く。
 その瞬間--------
 アンジェリークは時間が止まったかと思った------
「久しぶりだな? アンジェ」

 アリオスお兄ちゃん!!!


tawagoto…

また懲りもせず…。
やってしまいました。
なんだか可愛いアリコレ書きたかったんです…。
ははは・・・。
あかんな、ワシ・・・

モドル ツギ