レストランに入り、レウ゛ィアスには子供用の椅子が持って来られた。 「いちゅっ!」 高らかな声を上げて、レウ゛ィアスは、本当に喜んでいる。 「よかったわね、レウ゛ィアス。”皇子様の椅子”よ」 「うん!!」 アンジェリークに椅子に乗せられて、レウ゛ィアスはさらにご機嫌だ。 アンジェリークも椅子に座ったが、何やら落ちつかなさそうだった。 「アンジェリーク、食いたいものを注文してくれ」 「はい・・・」 メニューを渡されて、それを見るなり、自分には不相応の価格に、彼女は戸惑いを隠せない。 「あっ、あの・・・」 「何だ?」 「何もいりません。うちには払えませんから・・・」 少し恥ずかしげに、アンジェリークは俯いた。 「かまわねえ。俺に払わせてくれ。遠慮はするな、最初からそのつもりで誘ったんだからな」 「はい・・・。有り難うございます」 メニューをまずはレウ゛ィアスに見せ、彼に説明をして、選択権を与えている。 「レウ゛ィアスは、この中で何が良いの?」 「パスのミートっ! チョコ!」 「じゃあキッズミールCね」 穏やかな表情をしながら、アンジェリークは、レウ゛ィアスを優しげに見つめている。 その表情が、とても愛らしく、美しいとアリオスは思う。 「おまえは? 良かったら俺と一緒のものにしねえか?」 「はい。そうします」 素直にアンジェリークは頷き、アリオスは、少し嬉しさを感じながら、注文をした。 注文が来る間、アリオスは親子の観察をする。 仲の良い母子。 ふたりが肩を寄せあって一生懸命生きてきたのが、手にとるように判った。 息子にはなるべく可愛いものをと思っているのだろう。 自分のものがいくら色がくすみ出しても、アンジェリークが子供を優先しているのが、アリオスには堪らなく切なかった。 俺の子を産んで、育ててくれているアンジェが、愛しくて堪らない・・・。 これ以上、こいつに苦労は掛けさせたくない。 幸せにしてやりたい・・・。 食事が運ばれてきても、アンジェリークは、レウ゛ィアスの世話を優先し、自分は後回し。 少し食べては息子にという具合だった。 「いっぱいっ!!」 満足そうなレウ゛ィアスの声に、アリオスも目を細める。 「-----アンジェリーク、言わなくちゃならねえことがある」 話を切り出してきたアリオスに、アンジェリークの動きがぴたりと止まった。 真摯な異色の瞳に見つめられて、彼女は、姿勢を正す。 「俺とおまえの接点は、”エレミア”。そこで出会ったことは薄々判る」 アンジェリークの華奢な身体が、ぴくりと動いた。 だが彼女は沈黙を守っている。 「俺たちの接点は二年前。エレミアには、事故後の静養にいったことは判っている…。 俺はクルーザー事故にあって記憶を無くしていた。 -----恐らく、そこで俺たちは出逢って、恋に落ちた」 ”恋に落ちた”----- その言葉がキーワードになり、思い出がさざ波のように押し寄せ、アンジェリークは唇を噛み締める そう・・・。私たちは出会ってすぐに、恋に落ちた・・・。 あの瞬間、私たちは恋にさらわれて、高みまで舞い上がった・・・。 「俺は、今、あの時忘れていた記憶を手にいれている・・・。 だが、それと引き換えに、エレミアで過ごした、大切な記憶を失ってしまった・・・」 衝撃だった。 アンジェリークは大きな瞳を見開いて、涙をいっぱいに溜めている。 心が悲鳴を上げ、息が出来ない。 「うそ・・・」 「だからあのパーティの日、俺はおまえが判らなかった…。だが、心はおまえを思い出していた・・・。 ほおっておくおくことが、出来なかった・・・」 アンジェリークは、ほっとしたのか、哀しいのか判らずに、ただ呆然とアリオスを見つめることしか出来ない。 アリオスの不思議な眼差しが、アンジェリークを捕らえる。 「アンジェ、おまえと子供を面倒みたい・・・」 手をぎゅっと握り締められて、アンジェリークは切なげでいて、どこか翳りのある表情をみせた。 「アリオスさん・・・、あなたがエレミアを去ったのは記憶が戻ったからなの?」 「ああ。仕事のことで頭がいっぱいだった・・・。 エレミアで、自分が三週間もいたのかと思うと、イライラした。何が起こったか、調べもしないでな…」 アリオスは辛そうに話すと、アンジェリークの手を更に強く握り締めた。 「アリオス・・・」 初めて、彼女は彼の名前を敬称なしで呼ぶ。 それが新鮮でアリオスは嬉しかった。 「アンジェ、レウ゛ィアスを実子として認知したい・・・」 ”認知”----- その言葉に、アンジェリークは身体をぴくりと動かす。 あくまで”認知”・・・。 恐らく、アリオスにレウ゛ィアスを託せば、物質的には一番幸せでしょう・・・。 だけど心は? きっと心は孤独になってしまう・・・。 アンジェリークは、苦しげな逡巡の表情をすると、静かに頭を横に振った。 「あなたが、私のことを覚えていらっしゃらない以上は、”認知”をして頂く必要はありません・・・。 身に覚えのないことで、責任は取らないで下さい」 きっぱりとアンジェリークは凛として言うと、アリオスの手から手を外そうとする。 「アンジェリーク…!」 アリオスは、氷の心に触れたかのように、表情を硬くした。 眉根を少しだけ寄せた後、静かに彼女から手を離し、アリオスは椅子から立ち上がる。 「母子寮の近くまで送る」 「・・・はい」 怒っちゃったか・・・。 アリオスには、何も縛られて欲しくないから・・・。 これでいい・・・。 レヴィアスは確かにあなたの子供…。 けれども私が居なくなれば、そのことは永遠に隠しておける…。 レヴィアスはアリオスの目が行かないところに行き、私はいなくなる…。 -----私は、後僅かで消えていくから・・・。 レウ゛ィアスが2歳を迎える日には、もういないから・・・。 アンジェリークは、レウ゛ィアスを椅子から下ろし、手を引こうとした。 「おじ?」 レヴィアスは無邪気にアリオスの手を取ろうとしたが、アリオスは先に行ってしまう。 今この温かさをこの手にとってしまえば、感情を抑えられなくなるのを、アリオスは怖かったからだ。 「おじ…」 レヴィアスはしゅんとすると、母親とともに車に向かってとぼとぼと歩いていった----- 帰りの車の中で、一言も話さなかった。 レヴィアスは、がっかりしたのか、アンジェリークにしがみ付いたまま、アリオスを見ようとはしない。 15分ほどで母子寮前に着くと、アリオスはそこでバギーカーごと下ろしてくれた。 「有難うございました! ご馳走様でした」 「でしたっ!」 アンジェリークは手早くバギーカーを広げると、そこに息子を乗せて、歩き始める。 慇懃に礼をした親子を見送りながら、アリオスは、ある決意を固めていた。 アンジェ…。 おまえが”記憶”が必要だというのなら、俺は必ず取り戻してみせる… それがおまえを取り戻す条件ならば、必ず…!! アリオスは、週末の残りの時間を使い、そのまま旅立つ。 二人の思い出が詰まっているだろう”エレミア”の町へと----- エレミアに着き、その日は、夜遅くだったせいか、別荘でとりあえず眠った---- 翌朝早く、アリオスは海岸を散歩することにした。 朝の海岸の風はとても爽やかで清々しい。 ふと、海岸の岩に座り、語り合っている恋人同士の姿が目に入る。 その姿がどこかなつかしいような気がした。 「・・・うっ・・・!」 その瞬間、アリオスの頭は激しく痛み、彼はその場に崩れ落ちそうになる。 柔らかな声が蘇った。 『アリオス、あなたと居られて私は、とても幸せよ? だけどね、あなたとお別れしなくちゃならないの…』 「なぜだ!!!」 『------わたしね…二十歳まで生きられないの…』 誰が話しているか、顔はもやがかかって見れない。 苛立ちとともに、アリオスはその場に座り込む。 アリオスは、記憶の渦に今、巻き込まれようとしていた----- |
コメント
「愛の劇場第5弾」です。
今回は、べたにメロドラマの題材です。
次回からは過去編です。
お楽しみに〜
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