LULUBY IN BLUE

chapter9


 レストランに入り、レウ゛ィアスには子供用の椅子が持って来られた。
「いちゅっ!」
 高らかな声を上げて、レウ゛ィアスは、本当に喜んでいる。
「よかったわね、レウ゛ィアス。”皇子様の椅子”よ」
「うん!!」
 アンジェリークに椅子に乗せられて、レウ゛ィアスはさらにご機嫌だ。
 アンジェリークも椅子に座ったが、何やら落ちつかなさそうだった。
「アンジェリーク、食いたいものを注文してくれ」
「はい・・・」
 メニューを渡されて、それを見るなり、自分には不相応の価格に、彼女は戸惑いを隠せない。
「あっ、あの・・・」
「何だ?」
「何もいりません。うちには払えませんから・・・」
 少し恥ずかしげに、アンジェリークは俯いた。
「かまわねえ。俺に払わせてくれ。遠慮はするな、最初からそのつもりで誘ったんだからな」
「はい・・・。有り難うございます」
 メニューをまずはレウ゛ィアスに見せ、彼に説明をして、選択権を与えている。
「レウ゛ィアスは、この中で何が良いの?」
「パスのミートっ! チョコ!」
「じゃあキッズミールCね」
 穏やかな表情をしながら、アンジェリークは、レウ゛ィアスを優しげに見つめている。
 その表情が、とても愛らしく、美しいとアリオスは思う。
「おまえは? 良かったら俺と一緒のものにしねえか?」
「はい。そうします」
 素直にアンジェリークは頷き、アリオスは、少し嬉しさを感じながら、注文をした。

 注文が来る間、アリオスは親子の観察をする。
 仲の良い母子。
 ふたりが肩を寄せあって一生懸命生きてきたのが、手にとるように判った。
 息子にはなるべく可愛いものをと思っているのだろう。
 自分のものがいくら色がくすみ出しても、アンジェリークが子供を優先しているのが、アリオスには堪らなく切なかった。

 俺の子を産んで、育ててくれているアンジェが、愛しくて堪らない・・・。
 これ以上、こいつに苦労は掛けさせたくない。
 幸せにしてやりたい・・・。

 食事が運ばれてきても、アンジェリークは、レウ゛ィアスの世話を優先し、自分は後回し。
 少し食べては息子にという具合だった。
「いっぱいっ!!」
 満足そうなレウ゛ィアスの声に、アリオスも目を細める。
「-----アンジェリーク、言わなくちゃならねえことがある」
 話を切り出してきたアリオスに、アンジェリークの動きがぴたりと止まった。
 真摯な異色の瞳に見つめられて、彼女は、姿勢を正す。
「俺とおまえの接点は、”エレミア”。そこで出会ったことは薄々判る」
 アンジェリークの華奢な身体が、ぴくりと動いた。
 だが彼女は沈黙を守っている。
「俺たちの接点は二年前。エレミアには、事故後の静養にいったことは判っている…。
 俺はクルーザー事故にあって記憶を無くしていた。
 -----恐らく、そこで俺たちは出逢って、恋に落ちた」
 ”恋に落ちた”-----
 その言葉がキーワードになり、思い出がさざ波のように押し寄せ、アンジェリークは唇を噛み締める

 そう・・・。私たちは出会ってすぐに、恋に落ちた・・・。
 あの瞬間、私たちは恋にさらわれて、高みまで舞い上がった・・・。

「俺は、今、あの時忘れていた記憶を手にいれている・・・。
だが、それと引き換えに、エレミアで過ごした、大切な記憶を失ってしまった・・・」
 衝撃だった。
 アンジェリークは大きな瞳を見開いて、涙をいっぱいに溜めている。
 心が悲鳴を上げ、息が出来ない。
「うそ・・・」
「だからあのパーティの日、俺はおまえが判らなかった…。だが、心はおまえを思い出していた・・・。
ほおっておくおくことが、出来なかった・・・」
 アンジェリークは、ほっとしたのか、哀しいのか判らずに、ただ呆然とアリオスを見つめることしか出来ない。
 アリオスの不思議な眼差しが、アンジェリークを捕らえる。
「アンジェ、おまえと子供を面倒みたい・・・」
 手をぎゅっと握り締められて、アンジェリークは切なげでいて、どこか翳りのある表情をみせた。
「アリオスさん・・・、あなたがエレミアを去ったのは記憶が戻ったからなの?」
「ああ。仕事のことで頭がいっぱいだった・・・。
 エレミアで、自分が三週間もいたのかと思うと、イライラした。何が起こったか、調べもしないでな…」
 アリオスは辛そうに話すと、アンジェリークの手を更に強く握り締めた。
「アリオス・・・」
 初めて、彼女は彼の名前を敬称なしで呼ぶ。
 それが新鮮でアリオスは嬉しかった。
「アンジェ、レウ゛ィアスを実子として認知したい・・・」
 ”認知”-----
 その言葉に、アンジェリークは身体をぴくりと動かす。

 あくまで”認知”・・・。
 恐らく、アリオスにレウ゛ィアスを託せば、物質的には一番幸せでしょう・・・。
 だけど心は?
 きっと心は孤独になってしまう・・・。

 アンジェリークは、苦しげな逡巡の表情をすると、静かに頭を横に振った。
「あなたが、私のことを覚えていらっしゃらない以上は、”認知”をして頂く必要はありません・・・。
 身に覚えのないことで、責任は取らないで下さい」
 きっぱりとアンジェリークは凛として言うと、アリオスの手から手を外そうとする。
「アンジェリーク…!」
 アリオスは、氷の心に触れたかのように、表情を硬くした。
 眉根を少しだけ寄せた後、静かに彼女から手を離し、アリオスは椅子から立ち上がる。
「母子寮の近くまで送る」
「・・・はい」

 怒っちゃったか・・・。
 アリオスには、何も縛られて欲しくないから・・・。
 これでいい・・・。
 レヴィアスは確かにあなたの子供…。
 けれども私が居なくなれば、そのことは永遠に隠しておける…。
 レヴィアスはアリオスの目が行かないところに行き、私はいなくなる…。
 -----私は、後僅かで消えていくから・・・。
 レウ゛ィアスが2歳を迎える日には、もういないから・・・。

 アンジェリークは、レウ゛ィアスを椅子から下ろし、手を引こうとした。
「おじ?」
 レヴィアスは無邪気にアリオスの手を取ろうとしたが、アリオスは先に行ってしまう。
 今この温かさをこの手にとってしまえば、感情を抑えられなくなるのを、アリオスは怖かったからだ。
「おじ…」
 レヴィアスはしゅんとすると、母親とともに車に向かってとぼとぼと歩いていった-----

 帰りの車の中で、一言も話さなかった。
 レヴィアスは、がっかりしたのか、アンジェリークにしがみ付いたまま、アリオスを見ようとはしない。
 15分ほどで母子寮前に着くと、アリオスはそこでバギーカーごと下ろしてくれた。
「有難うございました! ご馳走様でした」
「でしたっ!」
 アンジェリークは手早くバギーカーを広げると、そこに息子を乗せて、歩き始める。
 慇懃に礼をした親子を見送りながら、アリオスは、ある決意を固めていた。

 アンジェ…。
 おまえが”記憶”が必要だというのなら、俺は必ず取り戻してみせる…
 それがおまえを取り戻す条件ならば、必ず…!!

 アリオスは、週末の残りの時間を使い、そのまま旅立つ。
 二人の思い出が詰まっているだろう”エレミア”の町へと-----



 エレミアに着き、その日は、夜遅くだったせいか、別荘でとりあえず眠った----

 翌朝早く、アリオスは海岸を散歩することにした。
 朝の海岸の風はとても爽やかで清々しい。
 ふと、海岸の岩に座り、語り合っている恋人同士の姿が目に入る。
 その姿がどこかなつかしいような気がした。
「・・・うっ・・・!」
 その瞬間、アリオスの頭は激しく痛み、彼はその場に崩れ落ちそうになる。
 柔らかな声が蘇った。

『アリオス、あなたと居られて私は、とても幸せよ?
 だけどね、あなたとお別れしなくちゃならないの…』
「なぜだ!!!」
『------わたしね…二十歳まで生きられないの…』


 誰が話しているか、顔はもやがかかって見れない。
 苛立ちとともに、アリオスはその場に座り込む。
 アリオスは、記憶の渦に今、巻き込まれようとしていた-----

コメント

「愛の劇場第5弾」です。
今回は、べたにメロドラマの題材です。
次回からは過去編です。
お楽しみに〜




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