LULUBY IN BLUE

chapter10


「また逢ったな?」
「こんにちは」
 昨日と同じ時間に海岸に行くと、そこには昨日助けてくれた栗色の髪の少女がいた。
「ここに今の時間に行けば逢えるような気がしてな? アンジェリーク」
 陶磁器のように白いアンジェリークの肌が、照れたように紅に染まる。その姿もまたとても愛らしい。
「昨日はサンキュ、助かった」
 繊細でまるで幼い人形のような彼女の顔が嬉しそうな笑顔で輝いた。
「よかったです」
 少女は確かに笑ってはいる。
 だがその笑顔はどこか寂しげで、アリオスの心に重くのしかかっていた。

 おまえの眼差しはいつも遠くを見ている…。
 何故だ…?

「なあ、一緒に散歩でもしねえか?」
「喜んで!」
 無邪気に笑っているのに。
 午後の柔らかな日差しが彼女を美しく照らしていて、空は抜けるように青いのに。
 肝心のアンジェリークの瞳は、遠くをまっすぐと捉え憂いを帯び、どこか空虚だった。
 ふたりは、岩場を歩きながら、波に戯れたりして、散歩を楽しむ。
「ここは本当に綺麗なところだな」
「でしょ!? 子供の頃からの自慢のひとつ。だけどもっと綺麗な場所もあるんです」
 自慢げに笑う彼女を、アリオスは目を細めて愛しげに見つめた。
 彼女からは”一生懸命生きている”という温かさが溢れ、それが心を癒してくれるのをアリオスは感・ずにはいられない。
「その自慢の場所に俺を連れていってくれよ? エレミアのもっといいところを知りてえからな」
「朝早いですよ?」
 くすくすと笑うアンジェリークは、すっかりアリオスを”朝寝坊”だと決めてかかっているようだ。
「俺だって朝はちゃんと起きられるぜ? だから約束しようぜ?」
 じっと大きな青緑の瞳を覗き込まれ、彼女は胸をどきりとさせる。
 アリオスさん・・・。次の瞬間、胸を高まらせるあまりにアンジェリークは、足下を滑らせてしまった。
「きゃあっ!」
 悲鳴を上げて一秒も経たずに、アンジェリークはアリオスの逞しい腕に包み込まれていた。
「あっ、有り難うございます・・・」
「今度は俺がおまえを助ける番だからな?」
「あっ」
 放してもらえると思っていたのだが、逆に腕に力を込められてしまう。
「約束しようぜ? 今度、とっておきの場所に俺を連れていってくれるって」
「アリオスさん・・・」
 アンジェリークは明らかに戸惑っているようだった。
 だがアリオスはこのままにしたくなくて、アンジェリークを包み込む腕にさらに力を込める。
 しっかりと抱きしめているような格好になった。
「約束してくれるまで放さねえ」
「アリオスさん…」
 嬉しかった。
 心の底から嬉しかった。
 今日ここにいるのも、本当は彼に逢えるかもしれないとどこか期待をしてきたのが本当だから。
 だが-----
 如何しても近い未来に待っていることを考えると、一歩が踏み出せない。
「アンジェリーク、俺がイヤか?」
 彼女は頭を強く振る。
「だったら何故なんだ?」
 温かな腕(かいな)が彼女を大きく包み込んでくれる。
 心地よい温かさ。
 それが彼女から全ての逡巡を打ち破った。

 この男性は直ぐにここからいなくなる…。
 私のことで彼が傷つくことはないもの…。
 だったら、私-----

 決意を固めたかのように、アンジェリークは一度だけ目を深く閉じた後、アリオスを澄んだ青緑の眼差しで見上げる。
「------判りました…。約束をいたしましょう・・・」
 今は彼が与えてくれるこの大きな温もりに縋ってみたかった。
「約束な?」
「はい」
 ようやく笑って頷いてくれた彼女に、アリオスは心の奥底から喜びが込み上げてくるのを感じる。
「------だったら、約束の証だ…」
 気がついた時には、既に彼の唇は近くまで来ている。
「あっ…」
 息を吸い込んだ瞬間、アリオスの唇は、アンジェリークのそれに触れていた。
「ん・・・・っ!!」
 深くて甘いキス。
 それがアンジェリークにとっては初めてのキスだった。
 短い間触れたキス。
 それなのに、アンジェリークの思考回路は、甘い痺れのせいでちゃんと動いてはくれない。
 ただ、潤んだ澄んだ青緑の眼差しが、つややかに光っていた。
「約束だ」
「・・・はい」
 初々しいアンジェリークの反応に、アリオスは放したくなくて、ぎゅっと抱きしめたままだ。
「アリオスさん…」
「これから毎日会いてえ。この時間、この場所で…。あんたと逢っていたらすげー楽しいから」
「…私も凄く楽しいわ…」
 はにかんだように言う彼女がとても愛しい。
 その笑顔に先ほどの影はない。
 彼は少しほっとすると、アンジェリークの繊細な顎を持ち上げた。
「おまえの男になりたい」
「アリオスさん…」
「もう”さん”はいらねえからな…」
 彼はそういうと、アンジェリークに唇を近づけていく。
 先ほどの初めてのキスとは違って、アンジェリークはぎこちないが、何とか目を閉じることが出来る。
「これからずっと一緒だ」
「アリオス…」
 しっとりと深く二人の唇が重なった。
 海には夕日が沈み始め、紅の輝きは、二人のシルエットを美しく照らす。
 夢のようなひと時の始まりであった------

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 アリオスははっと気がついた。

 そうだ…。
 あの日から俺とアンジェは毎日会うようになった・・・。
 俺が記憶を取り戻すあの日まで------

コメント

「愛の劇場第5弾」です。
今回は、べたにメロドラマの題材です。
今回からは過去編です。
数回の予定で、これが終われば、物語は動きます〜




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