アリオスは、しばらく、血を分けたわが子を見つめている。 目が離せない。元気そうな薔薇色の頬をした子供は、アリオスを不思議そうに見ている。 「レウ゛ィアス!!」 アンジェリークが、坂を血相を変えて下りてきた。その表情は、何所から見ても、母のそれそのものだった。 「もうしわけございませんでした」 深々と他人行儀に頭を下げた後、彼女はバギーカーを覗き込む。 「レウ゛ィアス、大丈夫だった?」 「ママ〜! じょぶ!」 「うん、よかった」 優しく微笑むアンジェリークの横顔は、とても清らかで美しく、アリオスには映った。 「ほら、レウ゛ィアス、おじさんに”有り難う”は?」 ”おじさん”----- その言葉は、アリオスの心の傷を抉ってしまう。その言葉の響は、自分が、この血のつながりから隔離をされたようで辛い。 「おじ、あーと!!」 笑顔で挨拶をしてくる愛らしい子供が、アリオスには眩しい。 同時に、わが子をきちんと躾しているアンジェリークに、どこか畏敬の念を抱かずにはいられない。 「もうしわけありませんでした!」 頭をきちんと下げ、アンジェリークはバギーカーを押して行こうとした。 「待ってくれ!」 アリオスは、如何しても彼女を引き止めたくて、力づくでバギーカーを止める。 「話が聞きたい・・・。意味は判っているな?」 意味などわからない母親がこの世にいるだろうか。 黄金と翡翠の対をなす瞳に捕らえられ、アンジェリークは、頷くことしか出来ない。 昔から、この眼差しに弱いと思いながら。 「----俺に、バギーを引かせてくれねえか?」 沈黙があった。が。 「・・・どうぞ」 彼女はすっと横に身体をどかせて、彼にバギーカーを差し出してくれる。 素直にアンジェリークが応じてくれるのが、アリオスは嬉しい。 わが子が乗るバギーカー。 彼にとって、それを押すことが、何よりもの幸福だった。 この光景は、誰の目にも”幸せな家族”として映り、振り返るものも少なくない。 アンジェリークは、何度もちらりとアリオスの横顔を見つめる。 何度、夢に見た光景だろうか。 親子三人で、こうして散歩をすることを。 今、図らずも実現し、アンジェリークは、幸せを感じてしまう。 でも、これは”うたかたの夢”なのよ、アンジェ・・・。 触れた瞬間消えてしまう・・・。 私たち親子と、アリオスは、住む世界があまりにも違い過ぎているから・・・。 「車をそこに停めている。それに乗って、乳幼児にも楽しめるレストランに行こう」 アンジェリークはただ頷くだけ。 彼にはきちんと話をしてあげたほうがいいだろうと、冷静に考えるしかなかった。 そのためには立ち話も何だと思った。 車に乗る際も、アリオスはごく自然に助手席のドアを開ける。 「あ、私たちは後ろに乗ります」 「何故?」 彼女の言葉に、アリオスは、少し不機嫌に眉根を寄せた。 「この席は、私やレウ゛ィアスが乗るべき場所じゃない・・・」 「勝手にしろ」 アリオスは怒ったように言うと、助手席のドアを閉じてしまう。 アンジェリークは、少し俯くと、レウ゛ィアスを後ろの席に座らせてから、バギーを畳む。 「あの、バギーカーをトランクに入れさせてもらえませんか?」 アンジェリークの遠慮がちな言葉に、アリオスは少しだけいらだちを覚えながら、車から出た。 「中に入れてやる」 「有り難うございます・・・」 アリオスはアンジェリークの手からバギーカーを貰い、それをトランクに入れる。 その時に住所が書かれたタグが揺れる。 ”アルカディア第二母子ハウス”。 それだけで、彼女が、未婚の母であることが判る。 たったひとりで・・・。だからか・・・。 彼は、彼女の頑張りが、ひどく心に響くのを感じた。 運転席に乗り込むと、アリオスは、エンジンを掛ける。 ちゃんと言わなければ・・・。 記憶がすっぽりと抜け落ちていることを・・・。 おまえにとって・・・、俺は、何も言わずに立ち去った最低の男だろう・・・。 おまえを妊娠させて、捨てた事実は、覆らないんだからな・・・。 「ママ〜!動きゅ! でんちゃっ!!」 「違うわよ、レウ゛ィアス、車。この間動物園に行ったときレイチェルおねえちゃんに買ってもらった絵本にあったでしょ? ブーブよ」 「ブーブ、らっく、でんちゃっ!」 きゃっきゃっとあどけない声を上げながら、レウ゛ィアスが喜んでいるのを、アリオスはとても嬉しく感じてしまう。 子供の声は、こんなに安らぐんだな・・・。 初めて知った・・・。 「レウ゛ィアス、ちょっと”しー”ね? おじさんにご迷惑だから」 「あい。おじ、ごめん」 小さな謝る声にアリオスは苦笑する。 「かまわねえよ。最高の音だぜ」 優しい声で、アリオスが言ってくれたので、アンジェリークは少しびっくりした。 「有難うございます…」 「当たり前のことだから、礼なんかいらねえよ」 アリオスは後ろにいる親子が、愛しくて堪らない。このまま家に連れて帰りたい衝動に駆られた。 車は、郊外の小さなレストランの駐車場に停まり、アリオスが外に出て、ドアを開けてくれる。 まるで、それが当たり前のように、彼は流れる動作で行う。 「ほら、行くぞ?」 「はい」 アンジェリークは先に自分が出たあと、レヴィアスを外に下ろしてやる。 「さあ、レヴィ行こうか?」 「うん!」 よちよちと母親の手に引かれて、一生懸命歩く子供が愛しくて堪らなくて、アリオスは思わず彼女に尋く。 「アンジェリーク、レヴィアスと手を繋いで構わねえか?」 「いいわ」 アンジェリークはしっかりと頷くと、レヴィアスに優しく微笑んだ。 「レヴィアス、おじちゃまが手を繋ぎたいって。三人で手を繋ごうね!」 「うん!!」 二コリとレヴィアスがアリオスに笑いかける。 その笑顔が、余りにも可愛くて、アリオスは胸を突かれる想いだった。 少しだけ震える手を、アリオスが差し出すと、レヴィアスは嬉しそうに小さな小さな柔らかな手を絡めてきてくれる。 その温かさは、アリオスがかつて感じたことのない、柔らかな温かさだった---- 親子のふれあいを邪魔することなんて出来ない…。 この光景を胸にしまっておこう…。 私がこの世から消えてなくなる日の為に… |
コメント
「愛の劇場第5弾」です。
今回は、べたにメロドラマの題材です。
次回から急展開に物語りは進んでいきます。
がんばらなくっちゃね〜
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