目の前に立ち、じっとこちらを見ているアリオスに、アンジェリークはなるべく平静を保とうと、背筋を延ばした。 バギーは上にシェードをかけているせいか、覗き込まない限りは判らない。 彼女は、それだけに懸けて、何ごともないかのように、彼の横を通り過ぎる。 まるでぎこちないスローモーションのような気がする。 無視をすればおかしいので、取りあえずは会釈をする。 ただそれだけで、彼女は足早に立ち去ろうとした。 「アンジェリーク!」 魅力的な声で呼び止められ、アンジェリークは身体をびくりとさせる。 「ベビーシッターか?」 「そんなところです」 彼女は素早く話す。レウ゛ィアスの存在を気付かせてはならない。 顔を見てしまえば、だれの子供かが判ってしまう。 それだけは避けたかった。 「急ぎますから・・・」 アンジェリークは、そのまま足早にバギーを押して、立ち去ろうとした。 「仕事はいつ終わる」 「今日の仕事は終わりません」 アンジェリークのきっぱりとした言葉にも、アリオスはひるまない。 「飯食いに行こう。その子が一緒で構わねえから」 「いいえ。仕事中にそんなことをするわけには行きません!」 アンジェリークの口調はきっぱりと少しきつい論旨が含まれている。 取り付く島のない彼女に、アリオスは半ば苛ついてしまう。 「判った。おまえの気持ちは。邪魔してすまなかった」 言葉の端々に冷たさを感じる。 アンジェリークは、胸の奥底を痛めたが、彼にそれを知られたくなくて、一礼をすると、バギーカーを押して、立ち去ろうとした。 「ママ まんまする〜!」 小さな子供の声がバギーカーから聞こえた。 「おうち帰ったらね?」 アンジェリークは、このうえなく優しい声で言うと、母子ハウスに向かって歩き始める。 「ママ、おもちゃっ!」 母親といれる時間が少ないせいか、レウ゛ィアスは一緒だと母親に甘えたがるのだ。 「はい。どうぞ」 笑って彼女が差し出したのは、手作りのぬいぐるみだった。 使い古されている様は、とてもお気に入りのように思える。 アリオスは、アンジェリークが熱心に子供の世話をしているのが好ましくて、それをずっと見てみたい衝動に駆られた。 そのせいか動けない。 「レウ゛ィアス、”ちいさなくもさん”歌おうか?」 さらに大きな子供の笑い声が聞こえ、アリオスは温かな声に導かれながら、その後ろを歩いていく 子供とアンジェリークの歌声は周りの空気を優しくしていた。 「あんまーん」 子供映画大会の看板を指してご機嫌だ。 「そうね”あんまんまん”ね」 母親に褒められて、レウ゛ィアスはご満悦のようか、使い古した母親のお手製”ぶたにくまん”の縫いぐるみを、遠くに投げてしまった。 「まーん!!」 「レウ゛ィアス!」 アンジェリークが慌てて取りに行こうとすると、縫いぐるみはアリオスの足下に転がり落ち、彼が拾い上げる。 縫いぐるみには、ちゃんと名前の札が付けてあり”レウ゛ィアス・コレット”と書かれていた。 そういうことか・・・。 子供までいたのか・・・。 アリオスは、正直言ってショックだった。夫と子供がいるとは、思わなかったのだ。 だがそれが自分の全くの勘違いであることを、彼は気づかない。 「ベビーシッターじゃなかったんだな?」 「返して下さい」 アンジェリークはムキになりながら、少し怒った顔で、彼に手を差し出した。 アリオスも不機嫌になりながら、それアンジェリークの掌に置く。 その瞬間、アリオスは目を見開いた。レウ゛ィアスを乗せたバギーカーが坂を滑り出したのだ。 「危ない!」 口よりも早く、アリオスは飛び出していた。 彼は銀の髪を揺らしながら、必死になって、バギーを追う。 どうしてこんなに夢中になるとは判らない。 ただアリオス必死になって子供を助けたかった。 「ママーっ!!!」 わが子が叫ぶ声が聞こえる。 アンジェリークも必死になって走るが、間に合いそうにない。 アリオスが近付いたところでぐっとバギーに手を延ばした。 バギーは静かに止まる。 息を荒げながら、アンジェリークは涙が出そうになる。 血を分けた父親がわが子を助けたのだ。 これが親子の絆と、彼女は感じずにはいられない。 彼の髪は、乱れていて、それを直すよりも前に、まず、バギーカーの中の子供を確認する。 アンジェリークは背筋が凍る思いがした。 今、目の前に繰り広げられているのは、紛れもなく親子の対面。 切っても切れない”血”の絆が、二人を対面させる。 心のなかで否定しながらも、どこか待ち望んでいた光景。 「おい、大丈夫か!?」 シェードの下の子供を覗き込んだ瞬間、アリオスに口では言い表せないほどの衝撃を感じた。 「・・・・!!!!!!」 髪の色以外は、俺の分身と言ってもいいほど、似ている・・・。 黄金と翡翠のオッドアイは、アルウ゛ィース家の正統なる血筋の証しだ・・・。 「おじ?」 笑いながら小首を傾げるレウ゛ィアスを、アリオスはじっと見つめることしか出来ない。 間違いない…。 ------俺の子供だ。 |
コメント
「愛の劇場第5弾」です。
今回は、べたにメロドラマの題材です。
親子対面です
アリオスは記憶を思い出すのかねえ・・・
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