LULUBY IN BLUE

chapter7


 目の前に立ち、じっとこちらを見ているアリオスに、アンジェリークはなるべく平静を保とうと、背筋を延ばした。
 バギーは上にシェードをかけているせいか、覗き込まない限りは判らない。
 彼女は、それだけに懸けて、何ごともないかのように、彼の横を通り過ぎる。
 まるでぎこちないスローモーションのような気がする。
 無視をすればおかしいので、取りあえずは会釈をする。
 ただそれだけで、彼女は足早に立ち去ろうとした。
「アンジェリーク!」
 魅力的な声で呼び止められ、アンジェリークは身体をびくりとさせる。
「ベビーシッターか?」
「そんなところです」
 彼女は素早く話す。レウ゛ィアスの存在を気付かせてはならない。
 顔を見てしまえば、だれの子供かが判ってしまう。
 それだけは避けたかった。
「急ぎますから・・・」
 アンジェリークは、そのまま足早にバギーを押して、立ち去ろうとした。
「仕事はいつ終わる」
「今日の仕事は終わりません」
 アンジェリークのきっぱりとした言葉にも、アリオスはひるまない。
「飯食いに行こう。その子が一緒で構わねえから」
「いいえ。仕事中にそんなことをするわけには行きません!」
 アンジェリークの口調はきっぱりと少しきつい論旨が含まれている。
 取り付く島のない彼女に、アリオスは半ば苛ついてしまう。
「判った。おまえの気持ちは。邪魔してすまなかった」
 言葉の端々に冷たさを感じる。
 アンジェリークは、胸の奥底を痛めたが、彼にそれを知られたくなくて、一礼をすると、バギーカーを押して、立ち去ろうとした。
「ママ まんまする〜!」
 小さな子供の声がバギーカーから聞こえた。
「おうち帰ったらね?」
 アンジェリークは、このうえなく優しい声で言うと、母子ハウスに向かって歩き始める。
「ママ、おもちゃっ!」
 母親といれる時間が少ないせいか、レウ゛ィアスは一緒だと母親に甘えたがるのだ。
「はい。どうぞ」
 笑って彼女が差し出したのは、手作りのぬいぐるみだった。
 使い古されている様は、とてもお気に入りのように思える。
 アリオスは、アンジェリークが熱心に子供の世話をしているのが好ましくて、それをずっと見てみたい衝動に駆られた。
 そのせいか動けない。
「レウ゛ィアス、”ちいさなくもさん”歌おうか?」
 さらに大きな子供の笑い声が聞こえ、アリオスは温かな声に導かれながら、その後ろを歩いていく
 子供とアンジェリークの歌声は周りの空気を優しくしていた。
「あんまーん」
 子供映画大会の看板を指してご機嫌だ。
「そうね”あんまんまん”ね」
 母親に褒められて、レウ゛ィアスはご満悦のようか、使い古した母親のお手製”ぶたにくまん”の縫いぐるみを、遠くに投げてしまった。
「まーん!!」
「レウ゛ィアス!」
 アンジェリークが慌てて取りに行こうとすると、縫いぐるみはアリオスの足下に転がり落ち、彼が拾い上げる。
 縫いぐるみには、ちゃんと名前の札が付けてあり”レウ゛ィアス・コレット”と書かれていた。

 そういうことか・・・。
 子供までいたのか・・・。

 アリオスは、正直言ってショックだった。夫と子供がいるとは、思わなかったのだ。
 だがそれが自分の全くの勘違いであることを、彼は気づかない。
「ベビーシッターじゃなかったんだな?」
「返して下さい」
 アンジェリークはムキになりながら、少し怒った顔で、彼に手を差し出した。
 アリオスも不機嫌になりながら、それアンジェリークの掌に置く。
 その瞬間、アリオスは目を見開いた。レウ゛ィアスを乗せたバギーカーが坂を滑り出したのだ。
「危ない!」
 口よりも早く、アリオスは飛び出していた。
 彼は銀の髪を揺らしながら、必死になって、バギーを追う。
 どうしてこんなに夢中になるとは判らない。
 ただアリオス必死になって子供を助けたかった。
「ママーっ!!!」
 わが子が叫ぶ声が聞こえる。
 アンジェリークも必死になって走るが、間に合いそうにない。
 アリオスが近付いたところでぐっとバギーに手を延ばした。
 バギーは静かに止まる。
 息を荒げながら、アンジェリークは涙が出そうになる。
 血を分けた父親がわが子を助けたのだ。
 これが親子の絆と、彼女は感じずにはいられない。
 彼の髪は、乱れていて、それを直すよりも前に、まず、バギーカーの中の子供を確認する。
 アンジェリークは背筋が凍る思いがした。
 今、目の前に繰り広げられているのは、紛れもなく親子の対面。
 切っても切れない”血”の絆が、二人を対面させる。
 心のなかで否定しながらも、どこか待ち望んでいた光景。
「おい、大丈夫か!?」
 シェードの下の子供を覗き込んだ瞬間、アリオスに口では言い表せないほどの衝撃を感じた。
「・・・・!!!!!!」

 髪の色以外は、俺の分身と言ってもいいほど、似ている・・・。
 黄金と翡翠のオッドアイは、アルウ゛ィース家の正統なる血筋の証しだ・・・。

「おじ?」
 笑いながら小首を傾げるレウ゛ィアスを、アリオスはじっと見つめることしか出来ない。

 間違いない…。
 ------俺の子供だ。


コメント

「愛の劇場第5弾」です。
今回は、べたにメロドラマの題材です。
親子対面です
アリオスは記憶を思い出すのかねえ・・・




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