LULUBY IN BLUE

chapter6


 翌晩、アリオスは、アンジェリークを雇っているホテルのオーナーであるチャーリーと飲みにいった。
「すまねえな」
「自分には借りがあるから仕方無いわ」
 困ったようにチャーリーは溜め息を吐くと、アリオスに封筒を差し出す。
「しかしまあ、ひとりの女にそんなに拘るなんて、珍しいことやな」
 アリオスは相変わらず表情を変えない。
「まあ・・・、ええわ。あの子、むっちゃええ子らしいわ。よう働くし・・・。ただな?」
「ただ?」
「身体があんまり丈夫やないらしいわ。それでも休まず来てるらしい。昼間も働いてな」
 チャーリーは溜め息を吐くと、琥珀色の液体に、視線を落とす。
「その訳は誰もしらんかったが、どうも男がおるらしいで? 紐らしいって噂やけどな」
 アリオスの表情が僅かに強張る。
「そんなきつい顔すんな。あくまで噂やさかいな」
 アリオスは、変な男にひっかかっているのなら、彼女を救い出したいとすら思ってしまう。

 他の男のもんじゃねえか!?
  どうして俺はそこまで拘る!?

「・・・ほんまのところはどうか判らん。あの子は何も話さへんらしいからな」
 アリオスはじっと封筒に視線を落とす。
「サンキュ。すまなかった」
 アリオスは封筒を指で弾いて礼を言うと、席を立った。
 お金だけを置き、彼は足早に行ってしまう。
 まだ何も口がつけられていないバーボンにチャーリーは苦笑した。

 おまえ、ほんまにあの子に惚れてんねんな・・・。


 アリオスは車ですぐさま自宅に戻り、部屋に入って、早速、書類をひもといた。
 そこには、アンジェリークの履歴書のコピーが入っている。
 彼女がまだ十七だということに、アリオスは、今更ながらに驚いた。
 地元の中学を出た後、十か月ほどのブランクを経てスモルニィ市に来ているのが判った。
 履歴書は今から十か月前に書かれている。
 彼女の出身地にアリオスは目を見張った。”エレミア”。
 その言葉を見た瞬間、アリオスは鼓動が激しくなるのを感じる。
 そこには、彼の所有する別荘があり、二年前の事故の後、そこで療養していたのだ。

 俺はこの療養中に記憶を思い出した・・。
 だが療養中の記憶は一切覚えてはいない・・・
 消えてしまい、誰も教えてはくれなかった…。

 アリオスは、美しい別荘地として知られる海辺の町の光景を思い出す。
 昨日、アンジェリークと自分が歩いたものと風景が重なった。
「うっ・・・!」
 が、その瞬間、彼の頭に激痛が走った。
 イメージが明るくなるにつれて、アリオスは息が苦しくなるのを感じる。
 明るくはにかんだ笑い声。
 愛らしく、今よりまだずっと幼い彼女のイメージが浮かんだ。
 華奢であまり身体が丈夫ではないが、一生懸命生きていたイメージに重なる。

 ・・・まさか、俺はエレミアで療養中に逢ったんじゃ・・・。

 アリオスは、そう思うと、頭痛がする。

 俺たちの鍵を握るのは・・・、エレミア・・・。
 あいつに逢って、確かめたい。

 アリオスは、彼女に逢いたくて堪らない衝動に駆られた。

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 仕事を済ませた後、アリオスは、アンジェリークを待ち伏せするために、再び、従業員出入り口の前にいた。

 我ながらしつこいよな・・・。

「アリオスじゃない?」
 声を掛けられると、そこには遊びで抱いたことのある、派手ないでたちの女がいた。
「おまえ・・・」
「久し振りね? こんなところで誰か待っているの?」
 女は艶やかに笑うと、アリオスにゆっくりと笑い掛けた。
「野暮用だ」
 不意に通用口が開く。
 アンジェリークが出てきて、一瞬彼の姿を捕らえた。
 彼女はほんの少し目を見開くと、アリオスに一礼をして足早に立ち去る。
「アンジェリーク!」
 アリオスはその後を追いかける。
「アンジェリーク」
 後ろから声が聞こえてくるのが判るが、彼女は逃げるように足を早く進める。
「待ってくれ!」
 ぐいっと腕を掴んで、ようやく彼女は止まってくれた。
「何のご用ですか?」
 明らかに冷たい声だった。感情もない、無気質なもの。
「少しだけ聞いてくれ」
 彼の真摯さに、アンジェリークは頷き、聞く姿勢をとってくれた。
「おまえは、エレミア出身らしいが…」
 アンジェリークはただ頷くだけ。
「そこには俺の家の別荘がある。
 やっぱり俺たちはそこで逢ったんだな、恐らく…。
 おまえに毎日会いたい…。
 そうすれば思い出せるような気がする…」
 アンジェリークは暫く無言だった。
 彼女は、僅かに目を伏せると、アリオスに疲れきった声で呟く。
「ごめんなさい。それは出来ないです。
 今日も家で待っている歩違いますから、急ぎます…」
 アンジェリークは足早に立ち去っていく。
 アリオスは心の奥底からどす黒い嫉妬心が湧いてくるのを感じる。
 彼はアンジェリークの華奢な体を掴んで立ち止まらせた。
「おい、それは男なのか!?」
「そうです。私の命よりも大切な人です!」
 アンジェリークはきっぱりといったため、彼は思わず手を離してしまう。
 傷ついたような苦しげな顔をして。

 男の人には違いないわ・・・。
 レヴィアスは…

「アンジェリーク!!!」
 彼の手を払い、彼女は既に駅に向かって駆け出している。
 アリオスは、切ない思いでそれを見送るしかなかった-----

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 日曜日になった。
 アリオスは、ただ住所だけを頼りに、アンジェリークの自宅付近を歩いていた。

 おまえをくたくたになるまで働かせる男を俺は絶対に許さない…。

 何所からか、可愛らしい子供の笑い声が聞こえてきた。
 それはバギーカーの音とともに大きくなっていく。
「レヴィアス、今日は晴れて嬉しいわね!」
「ママ!! 晴れ〜」
 その声にアリオスはその場に立ち尽くす。
 彼の視界に、ポニーテールを揺らしながら、古びたバギーカーを引くアンジェリークの姿が飛び込んできた。
「♪お散歩お散歩嬉しいな〜」
「れしいな〜!!」
 歌を歌いながら、アンジェリークは母子寮までの坂道を上がりきった。
「・・・・!!!!」
 アリオスの姿を見つけ、彼女は固まる。
「アンジェリーク…」
 彼は、ようやく、アンジェリークが、あの身体ではたらなければならない理由が、ようやく、判ったような気がした-----   

コメント

「愛の劇場第5弾」です。
今回は、べたにメロドラマの題材です。
次回は、いよいよ親子対面です。





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