翌晩、アリオスは、アンジェリークを雇っているホテルのオーナーであるチャーリーと飲みにいった。 「すまねえな」 「自分には借りがあるから仕方無いわ」 困ったようにチャーリーは溜め息を吐くと、アリオスに封筒を差し出す。 「しかしまあ、ひとりの女にそんなに拘るなんて、珍しいことやな」 アリオスは相変わらず表情を変えない。 「まあ・・・、ええわ。あの子、むっちゃええ子らしいわ。よう働くし・・・。ただな?」 「ただ?」 「身体があんまり丈夫やないらしいわ。それでも休まず来てるらしい。昼間も働いてな」 チャーリーは溜め息を吐くと、琥珀色の液体に、視線を落とす。 「その訳は誰もしらんかったが、どうも男がおるらしいで? 紐らしいって噂やけどな」 アリオスの表情が僅かに強張る。 「そんなきつい顔すんな。あくまで噂やさかいな」 アリオスは、変な男にひっかかっているのなら、彼女を救い出したいとすら思ってしまう。 他の男のもんじゃねえか!? どうして俺はそこまで拘る!? 「・・・ほんまのところはどうか判らん。あの子は何も話さへんらしいからな」 アリオスはじっと封筒に視線を落とす。 「サンキュ。すまなかった」 アリオスは封筒を指で弾いて礼を言うと、席を立った。 お金だけを置き、彼は足早に行ってしまう。 まだ何も口がつけられていないバーボンにチャーリーは苦笑した。 おまえ、ほんまにあの子に惚れてんねんな・・・。 アリオスは車ですぐさま自宅に戻り、部屋に入って、早速、書類をひもといた。 そこには、アンジェリークの履歴書のコピーが入っている。 彼女がまだ十七だということに、アリオスは、今更ながらに驚いた。 地元の中学を出た後、十か月ほどのブランクを経てスモルニィ市に来ているのが判った。 履歴書は今から十か月前に書かれている。 彼女の出身地にアリオスは目を見張った。”エレミア”。 その言葉を見た瞬間、アリオスは鼓動が激しくなるのを感じる。 そこには、彼の所有する別荘があり、二年前の事故の後、そこで療養していたのだ。 俺はこの療養中に記憶を思い出した・・。 だが療養中の記憶は一切覚えてはいない・・・ 消えてしまい、誰も教えてはくれなかった…。 アリオスは、美しい別荘地として知られる海辺の町の光景を思い出す。 昨日、アンジェリークと自分が歩いたものと風景が重なった。 「うっ・・・!」 が、その瞬間、彼の頭に激痛が走った。 イメージが明るくなるにつれて、アリオスは息が苦しくなるのを感じる。 明るくはにかんだ笑い声。 愛らしく、今よりまだずっと幼い彼女のイメージが浮かんだ。 華奢であまり身体が丈夫ではないが、一生懸命生きていたイメージに重なる。 ・・・まさか、俺はエレミアで療養中に逢ったんじゃ・・・。 アリオスは、そう思うと、頭痛がする。 俺たちの鍵を握るのは・・・、エレミア・・・。 あいつに逢って、確かめたい。 アリオスは、彼女に逢いたくて堪らない衝動に駆られた。 -------------------------- 仕事を済ませた後、アリオスは、アンジェリークを待ち伏せするために、再び、従業員出入り口の前にいた。 我ながらしつこいよな・・・。 「アリオスじゃない?」 声を掛けられると、そこには遊びで抱いたことのある、派手ないでたちの女がいた。 「おまえ・・・」 「久し振りね? こんなところで誰か待っているの?」 女は艶やかに笑うと、アリオスにゆっくりと笑い掛けた。 「野暮用だ」 不意に通用口が開く。 アンジェリークが出てきて、一瞬彼の姿を捕らえた。 彼女はほんの少し目を見開くと、アリオスに一礼をして足早に立ち去る。 「アンジェリーク!」 アリオスはその後を追いかける。 「アンジェリーク」 後ろから声が聞こえてくるのが判るが、彼女は逃げるように足を早く進める。 「待ってくれ!」 ぐいっと腕を掴んで、ようやく彼女は止まってくれた。 「何のご用ですか?」 明らかに冷たい声だった。感情もない、無気質なもの。 「少しだけ聞いてくれ」 彼の真摯さに、アンジェリークは頷き、聞く姿勢をとってくれた。 「おまえは、エレミア出身らしいが…」 アンジェリークはただ頷くだけ。 「そこには俺の家の別荘がある。 やっぱり俺たちはそこで逢ったんだな、恐らく…。 おまえに毎日会いたい…。 そうすれば思い出せるような気がする…」 アンジェリークは暫く無言だった。 彼女は、僅かに目を伏せると、アリオスに疲れきった声で呟く。 「ごめんなさい。それは出来ないです。 今日も家で待っている歩違いますから、急ぎます…」 アンジェリークは足早に立ち去っていく。 アリオスは心の奥底からどす黒い嫉妬心が湧いてくるのを感じる。 彼はアンジェリークの華奢な体を掴んで立ち止まらせた。 「おい、それは男なのか!?」 「そうです。私の命よりも大切な人です!」 アンジェリークはきっぱりといったため、彼は思わず手を離してしまう。 傷ついたような苦しげな顔をして。 男の人には違いないわ・・・。 レヴィアスは… 「アンジェリーク!!!」 彼の手を払い、彼女は既に駅に向かって駆け出している。 アリオスは、切ない思いでそれを見送るしかなかった----- -------------------------- 日曜日になった。 アリオスは、ただ住所だけを頼りに、アンジェリークの自宅付近を歩いていた。 おまえをくたくたになるまで働かせる男を俺は絶対に許さない…。 何所からか、可愛らしい子供の笑い声が聞こえてきた。 それはバギーカーの音とともに大きくなっていく。 「レヴィアス、今日は晴れて嬉しいわね!」 「ママ!! 晴れ〜」 その声にアリオスはその場に立ち尽くす。 彼の視界に、ポニーテールを揺らしながら、古びたバギーカーを引くアンジェリークの姿が飛び込んできた。 「♪お散歩お散歩嬉しいな〜」 「れしいな〜!!」 歌を歌いながら、アンジェリークは母子寮までの坂道を上がりきった。 「・・・・!!!!」 アリオスの姿を見つけ、彼女は固まる。 「アンジェリーク…」 彼は、ようやく、アンジェリークが、あの身体ではたらなければならない理由が、ようやく、判ったような気がした----- |
コメント
「愛の劇場第5弾」です。
今回は、べたにメロドラマの題材です。
次回は、いよいよ親子対面です。
BACK TOP NEXT