アンジェリークは、切ない思いを噛締めながら、ただじっとアリオスを見つめている。 「-----どうしてそう思ったの?」 「脳裏にあんたと歩いた映像が浮かんでは消える…。不思議なことにな…」 アリオスは、少し自嘲気味に笑うと、指先で頭をぽんと叩く。 「あんたとは、逢って間もないって言うのにな…。おかしな話だぜ?」 銀の髪をかきあげながら、アリオスは眉根を寄せる。 その表情は、かつてアンジェリークが見た彼のものと同じであった。 あの時のあなたは、事故で記憶を無くしていた・・・。 苦しそうだった・・・。 あなたの苦しみを少しでも取ってあげたくて、私は、あなたを一生懸命愛した…。 あなたもそれに応えてくれた・・・。 だけどそれは、あなたにとっては、きっと忘れたい過去なのかもしれない… 「-----あんたは、知ってるんだろ? 俺のことを? だからあの時俺をじっと見つめたんだろ?」 アンジェリークは答えられなかった。 答えたい。 だが、今の彼にとって、そのことは言ってはいけない禁忌なことのようにも思えてしまう。 言ってしまえば、レヴィアスのことも全て話さなければならなくなる。 そして、自分の体のことも。 「知らねえのか?」 アンジェリークは軽く頷く。 これが”嘘”だとわかってはいても、そうするしか他に方法はないように思えたのだ。 「…そうか」 アリオスは、素直にそう答えたものの、どこか腑に落ちなかった。 何か隠しているだろ!? アンジェリーク…。 どうして、俺に言えない…。 「何とか自力で思い出してみる」 アリオスはきっぱりと言い、アンジェリークはその間俯くことしか出来やしなかった。 不意にアンジェリークの顔を見つめる。 彼女は顔色が余りよくなく、生気が感じられないように見えた。 「おい」 「あっ…」 突然、彼に顎を持ち上げられて、アンジェリークは甘い痛みが全身に駆け抜けるのを感じる。 「この間と比べても、顔色の悪さは変わらねえじゃねえか!? 良くなっている兆候は見えねえ? どうしてこんなに働くことに拘る!? アルバイトだったら、うちでいいのを探してやる。毎日働かなくても、今と同じ給料が出るように」 萌えるような眼差しで見つめてくる彼を、アンジェリークはつい視線をそらせてしまう。 「・・・今の職場が好きですから」 訥々と話し、やんわりと否定する彼女に、アリオスは再び苛立ちを覚えた。 「どうして金に拘る! 体が資本だろ!?」 「-----生活をしていくのに必要な場合は働かなくっちゃいけませんから!」 苛立ちを覚えるアリオスの言葉に、アンジェリークは一瞬だけ睨みつけると、そのまますたすたと早歩きを始める。 「おい、待て!」 アリオスが手を伸ばした瞬間、アンジェリークは不意に体がぐらりと来るのを感じた。 「・・・!!」 「アンジェリーク!!!」 アリオスはその腕でそのまま彼女の身体を掴み、受け止める。 「おい! 大丈夫か!?」 アンジェリークは何とか意識を取り戻し、何事も無かったかのように彼を見た。 その眼差しが持つ意志は強い。 「大丈夫ですから…。私のことは気になさらないで下さい」 息が明らかに荒い彼女を帰すわけには行かず、アリオスは腕に力を込めて、行こうとする彼女を引き止める。 「送る」 「いいですから…!」 アンジェリークが腕の中で身動ぎをするものだから、アリオスは思わず手を離した。 その隙にアンジェリークは走り出し、駅へと向かって行く。 あなたに何も知られてはいけないから…。 あなたに迷惑もかけたくないの…。 あなたの未来を、私のことで壊したくないから…!! アンジェリークの大きな瞳には涙が光、切ない思いを抱えながら、臍を噛む。 「アンジェリーク…!!」 アリオスは、彼女を見送ることしか出来ず、近くに落ちていたコーヒーの空き缶を思い切り蹴飛ばした----- ------------------------------- その夜、アリオスは、また夢を見た。 アンジェリークと海辺を散歩し、その後に愛し合う夢を---- 「アリオス…、愛してるわ…」 「いいのか? その身体で、俺を受け入れるのは辛いんじゃねえか?」 「大丈夫よ? あなたなら…」 白い二人だけの小さな部屋で、しっかりと愛し合う。 彼女はとても清らかで、柔らかく、温かい。 その感触がとてもリアルで、彼はそれを離したくないとすら思う。 彼女を抱きしめ、自分のものにした瞬間、儚い笑顔とともに、アンジェリークは消え、アリオスは、それと同時に目を覚ました。 「アンジェリーク…」 彼は最早あの栗色の髪の少女以外のことは考えられなかった。 朝一番に、チャーリーに頼んで、アンジェリークのことを調べてもらわなきゃならねえな・・・ その頃、アンジェリークは、ようやく眠った息子の頬を優しく撫で付けていた。 体の状態が日に日におかしくなってる…。 恐らく私に残されている時間は、あとわずか…。 無理してこの子を産んだけど、それで後悔なんてしていない・・・ 「レヴィアス…。 あなたは、大きくなってもママを覚えていてくれるかしら? あなたといれる限り、ママは頑張るからね? ママはお星様になっても、ずっとあなたを見守っているから…」 アンジェリークは、わが子をぎゅっと抱きしめると、その温もりを自らの腕に刻み付けた------ |
コメント
「愛の劇場第5弾」です。
今回は、べたにメロドラマの題材です。
ここからようやく本題に入っていきます。
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