LULUBY IN BLUE

chapter4


 アンジェリークは呆然と、アリオスを見ることしか出来ない。
「なんて顔しやがる・・・。俺はここで友達を待ってるだけだぜ?」
 アリオスはアンジェリークを観察するようにじっと見つめている。
 その眼差しから、悔しいが逃れることが出来なくて、アンジェリークは僅かに俯く。
「・・・だから嫌いなのよ、お金持ちは・・・」
 心の奥底から呻くような声をかすかに上げた。
 輝く青緑の大きな瞳は、冷たい炎をアリオスに向かって放っている。

 そう大嫌い。
 お金があるからそれをかさにして、やりたい放題、誰の気持ちも考えないで・・・。
 あなたもそうだわ、アリオス…。

 聞こえないだろうと思っていた。
 だが。
「なぜ、嫌いなんだ?」
 その声が、余りにも感情が入っていて、アリオスは眉を潜めた。
「お客様には関係ございません。失礼しました」
 頭を慇懃に下げると、アンジェリークは何ごともないように、部屋から出ようとした。
 だが平静を装うのはかなり大変で、彼女は持つトレーを僅かに震わせる。
「待て」
 呼び止められて、彼女は身体をびくりとさせてから立ち止った。
「何かご注文でしょうか?」
 冷たく訊かれ、アリオスは苦笑する。
「もう少し柔らかな笑顔とか浮かべられねえのか? それじゃあ接客する意味はねえぜ?」

 あなたじゃなかったら、出来るのよ、アリオス…

 喉まででかかった言葉をアンジェリークは飲み込み、アリオスに向き直る。
「ご注文はおありにならないようですね? では、お客様、失礼致します」
 にこりとアンジェリークは営業スマイルを向けると、一礼をして部屋を後にした。

 ったく、取り付くしまもなしか・・・。

 アリオスはカクテルをテーブルに置くと、苦しげに目を閉じる。

 あの目・・・。
 冷たさを装った情熱的な眼差しだった・・・・
 どうして俺にだけ、あんな反抗的な態度をとるんだ・・・?
 アンジェリーク・コレット…

 ドアの外に出た瞬間、アンジェリークは大きな溜め息を吐く。

 危なかった・・・。
 あのまなざしで見つめられると、私はふらふらとあの夏と同じように、彼に引き込まれてしまう・・・。
 今度そんなことがあったら、私は立ち直れないから・・・。
 私の世界に再びアリオスいれてはいけない・・・。

 何とか給仕室に行くと、もう次のものが用意されていた。
「これ、お願いね」
「はい・・・」
 次はオードブルだ。

 アンジェ、今さえ頑張れば、いいから。
 後三時間、頑張ればいいから・・・。

 アンジェリークは、小さなレウ゛ィアスの笑顔だけを思い浮かべ、気力で姿勢を正した。

 レヴィのためなら、頑張れるもの…。

 オードブルを手に持つと、再び、アリオスが待つ部屋へと向かう。
「失礼致します」
 アンジェリークは、凛とした声で中に入ると、光景が変質しているのに驚く。
 そこには何人もの人物が集まっており、アンジェリークは面を食らった。
「あ、有り難うな〜」
 人好きしそうな青年が笑顔で応対してくれて、アンジェリークは不思議そうに見ている。
「あ、せやな」
 アンジェリークの表情に、青年が気がついたのか、頷いた。
「アリオスはもう帰ったで、話は済んだ言うてな」
「そうですか…」
 ほっとしたような少し残念な気がする、複雑な気分だった。
 アンジェリークは、そのままてきぱきと仕事をこなす。
 気を使ってくれたのか、彼女は安心して仕事をこなすことが出来た。


 今日はきっちりと仕事をこなし、アンジェリークは疲れた身体をひきづるようにして従業員出入り口から出た。
 その瞬間、目の前に現れた影に、彼女は息を呑む。
 アリオスが待っていた。
「アリオスさん・・・」
「しつこいと思ってるだろ? 少しだけ、話したい。駅までで構わねえから」
 アリオスの真摯なまなざしに、アンジェリークは戸惑いながらも頷いた。
「サンキュ」
 彼は深い微笑を浮かべると、ごく自然にアンジェリークの傍らに立つ。
 それはかつて、よく二人で海辺を散歩したときに、彼が歩いていたのと同じ側だった。
 直ぐにでも、その時のことを思い出す自分が、アンジェリークは切ない。
「すまねえな…、どうしても訊きたいことがあった。直ぐに終わる」
「はい…」
 彼が傍にいるというだけで、彼女は甘い思いに心をかき乱される。

 早く離れたほうがいいのはわかっているのに・・・。
 私は…

「こうして並んで歩いてると、昔にもこんなことがあったんじゃねえかって思っちまう…」
 アンジェリークは声に出しては答えなかった。
 そうしてしまえば、踏みとどまっている彼への感情が、一気に爆発してしまいそうで、怖かったから。

 こうして、二人でいつも歩いていたのよ。
 夕方に、柔らかな日差しを浴びながら、二人で手を繋いで海岸を歩いてた…。
 あのときの風の匂いやさわやかさを、私は忘れていない・・・

「なあ」
 アリオスの歩みがぴたりと止まり、アンジェリークに向き直る。
 その異色の眼差しは、真摯で、とても真っ直ぐな光を要している。
「----俺たちは、どこかで逢った事があるんじゃねえか?」
 率直な彼の質問に、アンジェリークは、ただ彼を見つめることしか出来なかった----

コメント

「愛の劇場第5弾」です。
今回は、べたにメロドラマの題材です。
これから物語りは徐々に進展していきます。
アリオスさんの頑張りぶりに期待してくださいませ!!




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