アンジェリークは呆然と、アリオスを見ることしか出来ない。 「なんて顔しやがる・・・。俺はここで友達を待ってるだけだぜ?」 アリオスはアンジェリークを観察するようにじっと見つめている。 その眼差しから、悔しいが逃れることが出来なくて、アンジェリークは僅かに俯く。 「・・・だから嫌いなのよ、お金持ちは・・・」 心の奥底から呻くような声をかすかに上げた。 輝く青緑の大きな瞳は、冷たい炎をアリオスに向かって放っている。 そう大嫌い。 お金があるからそれをかさにして、やりたい放題、誰の気持ちも考えないで・・・。 あなたもそうだわ、アリオス…。 聞こえないだろうと思っていた。 だが。 「なぜ、嫌いなんだ?」 その声が、余りにも感情が入っていて、アリオスは眉を潜めた。 「お客様には関係ございません。失礼しました」 頭を慇懃に下げると、アンジェリークは何ごともないように、部屋から出ようとした。 だが平静を装うのはかなり大変で、彼女は持つトレーを僅かに震わせる。 「待て」 呼び止められて、彼女は身体をびくりとさせてから立ち止った。 「何かご注文でしょうか?」 冷たく訊かれ、アリオスは苦笑する。 「もう少し柔らかな笑顔とか浮かべられねえのか? それじゃあ接客する意味はねえぜ?」 あなたじゃなかったら、出来るのよ、アリオス… 喉まででかかった言葉をアンジェリークは飲み込み、アリオスに向き直る。 「ご注文はおありにならないようですね? では、お客様、失礼致します」 にこりとアンジェリークは営業スマイルを向けると、一礼をして部屋を後にした。 ったく、取り付くしまもなしか・・・。 アリオスはカクテルをテーブルに置くと、苦しげに目を閉じる。 あの目・・・。 冷たさを装った情熱的な眼差しだった・・・・ どうして俺にだけ、あんな反抗的な態度をとるんだ・・・? アンジェリーク・コレット… ドアの外に出た瞬間、アンジェリークは大きな溜め息を吐く。 危なかった・・・。 あのまなざしで見つめられると、私はふらふらとあの夏と同じように、彼に引き込まれてしまう・・・。 今度そんなことがあったら、私は立ち直れないから・・・。 私の世界に再びアリオスいれてはいけない・・・。 何とか給仕室に行くと、もう次のものが用意されていた。 「これ、お願いね」 「はい・・・」 次はオードブルだ。 アンジェ、今さえ頑張れば、いいから。 後三時間、頑張ればいいから・・・。 アンジェリークは、小さなレウ゛ィアスの笑顔だけを思い浮かべ、気力で姿勢を正した。 レヴィのためなら、頑張れるもの…。 オードブルを手に持つと、再び、アリオスが待つ部屋へと向かう。 「失礼致します」 アンジェリークは、凛とした声で中に入ると、光景が変質しているのに驚く。 そこには何人もの人物が集まっており、アンジェリークは面を食らった。 「あ、有り難うな〜」 人好きしそうな青年が笑顔で応対してくれて、アンジェリークは不思議そうに見ている。 「あ、せやな」 アンジェリークの表情に、青年が気がついたのか、頷いた。 「アリオスはもう帰ったで、話は済んだ言うてな」 「そうですか…」 ほっとしたような少し残念な気がする、複雑な気分だった。 アンジェリークは、そのままてきぱきと仕事をこなす。 気を使ってくれたのか、彼女は安心して仕事をこなすことが出来た。 今日はきっちりと仕事をこなし、アンジェリークは疲れた身体をひきづるようにして従業員出入り口から出た。 その瞬間、目の前に現れた影に、彼女は息を呑む。 アリオスが待っていた。 「アリオスさん・・・」 「しつこいと思ってるだろ? 少しだけ、話したい。駅までで構わねえから」 アリオスの真摯なまなざしに、アンジェリークは戸惑いながらも頷いた。 「サンキュ」 彼は深い微笑を浮かべると、ごく自然にアンジェリークの傍らに立つ。 それはかつて、よく二人で海辺を散歩したときに、彼が歩いていたのと同じ側だった。 直ぐにでも、その時のことを思い出す自分が、アンジェリークは切ない。 「すまねえな…、どうしても訊きたいことがあった。直ぐに終わる」 「はい…」 彼が傍にいるというだけで、彼女は甘い思いに心をかき乱される。 早く離れたほうがいいのはわかっているのに・・・。 私は… 「こうして並んで歩いてると、昔にもこんなことがあったんじゃねえかって思っちまう…」 アンジェリークは声に出しては答えなかった。 そうしてしまえば、踏みとどまっている彼への感情が、一気に爆発してしまいそうで、怖かったから。 こうして、二人でいつも歩いていたのよ。 夕方に、柔らかな日差しを浴びながら、二人で手を繋いで海岸を歩いてた…。 あのときの風の匂いやさわやかさを、私は忘れていない・・・ 「なあ」 アリオスの歩みがぴたりと止まり、アンジェリークに向き直る。 その異色の眼差しは、真摯で、とても真っ直ぐな光を要している。 「----俺たちは、どこかで逢った事があるんじゃねえか?」 率直な彼の質問に、アンジェリークは、ただ彼を見つめることしか出来なかった---- |
コメント
「愛の劇場第5弾」です。
今回は、べたにメロドラマの題材です。
これから物語りは徐々に進展していきます。
アリオスさんの頑張りぶりに期待してくださいませ!!
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