アリオスはしっかりとアンジェリークの手を握り締める。 「アンジェ、おまえと一緒になるために、ちゃんと縁談も断った。いつでも一緒にやれる」 アンジェリークの瞼は何度か動くものの、それ以上の反応はない。 多くの器具が付けられた状態の彼女の触れることが出来る場所を、アリオスは一生懸命さすってやった。 生きて欲しい。 ただそれだけの望みを託して、アリオスは、細くなった躰をさすってやった。 レイチェルとエルンストは、レウ゛ィアスを連れて、アルウ゛ィースの総合病院に向かう。 アンジェリークから託された荷物を一緒に車に運び込む。 レイチェルとエルンストの心は決まっていた。 たとえ短い間でも、親子は一緒にいるものだと。 レウ゛ィアスはどこに行くのか本能で悟ったのか、先ほどあったむずがりも無くなった。 小さくても判っているのだ。 今から父親と母親のいる場所に行くことを。 車は一路病院へと向かう。 その間、母親が心を込めて作ったぬいぐるみを、レウ゛ィアスはぎゅっと握り締めていた。 病院に着いてすぐに、受付に言うと、すぐに部屋を教えてくれる。 ふたりはレウ゛ィアスの手を引いて、アンジェリークのいる病室へと向かった。 この病院で親子水入らずの生活をしていたせいか、レウ゛ィアスは、どこか嬉しそうに見える。 集中治療室に入るなり、レウ゛ィアスは直ぐにに視界に入った父親に向かって駈けていく。 「ぱぱ!」 「レウ゛ィアス」 抱きついてきた我子を、アリオスはしっかりと抱き上げた。 「久し振りね、アリオス」 「ああ。アンジェが来られねえと、言いにきてくれた以来だな」 「そうだね」 やはり、”アンジェリークを捨てた男”としてのイメージがあるせいか、レイチェルの表情はどこか強張っている。 「レヴィアス、ままは少しねんねしてるが、また目を覚ますからな」 「まま、ねんね」 子供心にやはり不安なのか、レヴィアスは父親のシャツの裾を握り締めたまま離さない。 「大丈夫だ、レヴィアス」 「あい」 レヴィアスは恐る恐る、器具がいっぱい着いた状態の母親を見る。 「アンジェ、みんな来てくれたぜ? レウ゛ィアスもちゃんとそばにいる」 「まま」 アリオスはレウ゛ィアスを膝の上に座らせると、ふたりでアンジェリークの手を握り締めた。 「アンジェ、おまえは十分生きて行けるから、まだまだ元気でいける・・・」 アリオスとレウ゛ィアスの一生懸命さが、レイチェルの涙を誘う。 アンジェ、こんなにみんなから愛されてるんだよ? 生きなきゃ! だって、アナタとアリオス、レウ゛ィアスは立派な家族だよ? そのふたりを置いて逝っちゃだめだよ!! だからガンバって!! 遠くから見つめながら、レイチェルはアンジェリークにエールを送る。 アナタたちは凄い絆のある親子だよ・・・。 ワタシとエルンストは入り切れない・・・。 「んんっ・・・」 アンジェリークは少しずつ反応を始める。 アリオスとレウ゛ィアスの手を少し握り締めた。 「アンジェ・・・!」 「まま!!」 お互いにしっかりと手を握り合う。 主治医のジュリアスがアンジェリークを診にくる。 「少し、下がっていた血圧が上がってきました。もっと声を掛けたりしてあげて下さい」 「ああ」 親子ふたりで声をさらに掛けて、アンジェリークの手を握り締めた。 「まま、またおいちごはん作って」 「約束したじゃねえか! 今度、おまえが作るメシをみんなで食べるって」 ぴくり。 アンジェリークの瞼が更に動く。 ゆっくりと開いた青緑色の瞳には、アリオスとレウ゛ィアスを映していた。 「アンジェ!!!!」 「まま!!!!」 二人の愛する男は、もうなきそうになりながらアンジェリークを見つめている。 私のかけがえのない二人だわ・・・ アンジェリークの病状を、傍で逐一チェックしていたジュリアスの表情が、ほっとしたものに変わった 「自発的に呼吸を始めました」 ジュリアスは機敏にアンジェリークに近づいて行く。 自発的に呼吸を始めたアンジェリークは、酸素マスクを息でくもらせる。 「アリオス・・・。レウ゛ィアス・・・」 ジュリアスは、アンジェリークが自発的に呼吸をしていることを、もう一度確かめてから、酸素マスクを外した。 「危機は脱したみたいです」 軽く言うと、ジュリアスは頭を下げて病室の入り口で待機する。 「アリオス・・・、どうして・・・」 「後でいっぱい話してやるから、今は休め・・・。ゆっくり休めば良くなるから」 「うん・・・。レウ゛ィアスもあまり遅くまで起きてたらダメよ・・・」 それだけを言うと、アンジェリークは再び目を閉じた。 柔らかな眠りに、アリオスはほっとする。 「アリオス、私たち行くわ。レウ゛ィアスは置いていくから。またあか合ったら携帯教えとくから、そっちに連絡頂戴」 「ああ。有り難う」 レイチェルが手帳のページを破り、走り書きしたものをアリオスに渡した。 「荷物の中に、アルバムがあるから。アナタはそれを見なくっちゃダメよ。アンジェがどんなに息子を愛して、育てたかが判るから・・・」 「ああ」 アリオスは力強く頷き、まっすぐな瞳でレイチェルを見る。 それを見れば、アリオスのアンジェリークへの愛情が判った。 「では、我々はこれで」 エルンストがペコリと頭を下げて、レイチェルと一緒に病室を後にする。 「ばいばい」 レヴィアスは父親に抱かれながら、レイチェルとエルンストに小さな手で何度も”ばいばい”とする。 アンジェ、レヴィアス、アリオス…。 絶対に幸せになるのよ? 幸せにならなかったら、ワタシが許さないんだから・・・ |