LULUBY IN BLUE

chapter23


 アリオスと一緒にいた女性・・・。
 再会した時にも彼女と一緒だった・・・。
 婚約者がいるものね・・・。
 彼女との方がお似合いだもの…

 エレベーターで下まで折りきった後、アンジェリークは慌ててビルから立ち去る。
 レヴィアスはまだまだ小さいので、抱っこして、退散する。
 外泊許可しか出ていないのに、無理をして駅まで走る。
 夏の暑さと、アンジェリークにとっては激しい運動が効いたのか、駅につく頃にはぐったりと顔色をなくしていた。
「まま?」
 息が荒くなっている母親の腕から下ろされて、レヴィアスは心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫…、ままは平気だからね?」
「・・・まま…」
 このまま駅のホームにいれば、アリオスに見つかるかもしれない------
 切なく思うと、アンジェリークは最後の力を振り絞って電車に飛び乗った------

 さよなら、アリオス…。
 最後に夢を見せてくれて有難う…。

 電車に乗り込むなり、決別の涙が彼女の頬を伝った--------

 その頃、アリオスは必死になってアンジェリークを追い駆けていく。
 タイミングが悪くエレベーターが使えずに、彼の苛々は頂点に達していた。
 彼には判る。
 このチャンスを逃せば、彼女を二度とこの腕に抱くことは叶わないと。
 そして------
 ひょっとして、もう生きて出会えることすらないかもしれないことを・・・。

 アンジェリーク…!!
 愛してる…!! 愛してる…!!!
 お願いだ、もう一度俺にチャンスをくれ…!!!

 スーツを乱して彼は1階まで降りると、直ぐにインフォメーションの女性に声をかける。
「おい、今、この前を、栗色の髪をした女性と子供が通らなかったか?」
「ええ。つい先ほど通られましたけれど?」
 社長の余りにもの慌てぶりに、受付嬢もたじたじとなり困惑しているようだ。
「どっちに行った?」
「駅のほうに」
「サンキュ!!」
 彼はスーツを乱したまま、そのまま駅に向かって走り抜ける。

 間に合ってくれ…!!!

 彼は全速力で駅まで走りぬく。
 駅に着くと息も吐かずに、駅の構内でアンジェリークとレヴィアスを探し回る。
 だが、オフィス街の賑やかな駅は人も多く、その上広い。
 中々見つけるには至難の技だ。
 アリスは思い切って、改札の近くにいた駅員に声をかけた。
「すみません、今この改札を、栗色の髪の若い女性と、黒髪の俺にそっくりな子供を見ませんでしたか?」
 駅員はほんの一瞬アリオスをじっと見詰めると、その後にはしたり顔で大きく頷いた。
「ああ。覚えていますよ。女性の方と子供さんなら、先程出た電車に飛び乗っていかれました。
 女性の方は、随分と顔色がお悪いようでしたがねえ・・・」
「……!!!!」

 一足遅かったのか…

 ショックだった。
 絶望感が躰を包み込み、アリオスは呆然と改札を意つめることしか出来ない。

 諦めたくない、アンジェ…!!!
 俺は、絶対お前を幸せにする・・・。
 だから、もう一度だけでいいから、俺にチャンスをくれ…!!!!

                         -----------------------

 今日の夕方に病院に戻るように言われたが、アンジェリークは戻れなかった。
 アリオスの息の掛かったところには、もう行けないと判断したからである。
 彼には相応しい相手がいるのだ。
 こんな自分が傍にいては、かえって迷惑が掛かるだけだと、自身に言い聞かせた
 その上、母子ハウスに到着するなり、発作を起こし倒れたのである。
「…っ!!!」
 そのまま暫く彼女は意識を朦朧とさせた。
「まま、まま!!!」
 何度かレヴィアスが泣きながら揺すったが、アンジェリークは反応を見せず、彼は泣きながら何度も母親の名前を呼び続ける。
「…んんっ」
 暫くして、ようやくアンジェリークは反応し、レヴィアスは涙目で母親を見た。
「まま…?」
「ままは大丈夫だから・・・、ね?」
 アンジェリークは微笑むと、優しくレヴィアスの頬を撫でる。
「まま…」
 ぎゅっと母親に抱きついてくる我が子の温かさを彼女は心に刻み付けると、穏やかな悟ったような表情をしていた。

 ついに、来るべき日が来たのかもしれない・・・。
 …私は、恐らくもう直ぐ死ぬでしょう…。
 最初から、予定通りだったのよ・・・。
 計画が実行する日が来たのだから・・・。

「レヴィアス、まま、ちょっと電話するからね? 向こうで静かにしていてね?」
「あい」
 素直にレヴィアスは頷き、おもちゃ箱から古びた壊れかけのミニカーをだして、遊び始める。
 アンジェリークはその様子を確認した後、電話を手に取ると、先ずは、母の従妹であるカティスの所に電話をかけた。
「カティス叔父さん、アンジェです」
「アンジェ…」
 電話の向こうのカティスは一瞬息を呑み、同時に時が来たのだということを悟る。
「計画通りに、明後日、そちらに向かいます…。
 私一人だから…。
 息子はちゃんと明日、里親に出すので、心配しなくていいです・・・」
「アンジェ・・・」
 とうとうこの日がきてしまった。
 カティスは胸に楔が打ちつけられるのを堪えながら、何とか受け応えをする。
「判った…。待っているからな?」
「-----うん、有難う…。じゃあ、宜しくね」
「ああ」
 カティスへの電話を切った後、少しだけ深呼吸をする。
 その後、今度はレイチェルに電話をかけた。
「レイチェル、アンジェ…」
「アンジェ!! 久しぶり!!」
 電話の前の親友は屈託のない声で答えてくれる。
 この声を聴くと、元気が出る。
 ほんの少しだけアンジェリークは笑った。
「で、どうしたの?」
「------例の事、実行する時がやってきたみたいだから…」
 次の瞬間、レイチェルもまた電話の前で息を呑み、更に彼女は嗚咽を洩らし始めた。
「アンジェ・・・」
「明日、あなたとエルンストさんと、私とレヴィアスで会えないかな? レヴィアスに、新しいお父さんとお母さんと引き合わせなくっちゃね?」
「アンジェ…!!!!!」
「きっと直ぐ、あなたが本当のお母さんだと思うようになるわ・・・。
 あの子はまだ1歳になったばかりだし、私のことは忘れてしまうでしょう…。
 そのほうがいいかもしれないし・・・」
 淡々と話すアンジェリークに、レイチェルは言葉が見つからない。
 嗚咽ばかりで、話せなくなってしまっている。
「明日ね、レヴィアス連れて、大好きな動物園と遊園地コーナーにね…」
 ここまで話したところで、アンジェリークは再び息を荒くし始め、意苦しくなる。
「アンジェ!! アンジェ!!!!」
 レイチェルが必死にアンジェリークの名前を呼び、何とかその声で彼女は踏ん張る。
「・・・大丈夫だから、でね、そこに連れて行ってあげようと思うの・・・」
「アンジェ…、ワタシもいくよ!!」
「うん、有難う…」
 早く電話を切らなければならない。
 アンジェリークとレイチェルはお互いにそう判断する。
「明日・・・、9時にうちに来てもらえる・・・? 5時にエルンストさんには母子寮前で待っているように言っておいて…」
「うん、うん」
「そう、よかった・・・」
 アンジェリークは力なく返事をすると、大きな息を一つ吐いた。
「じゃあ、明日ね?」
「うん、アンジェ…」
 電話を切って安心したのか、アンジェリークは再び発作に見舞われ目を深く閉じる。

 私の仕事は、後は、立派に死ぬことだけだから…

  

コメント

「愛の劇場第5弾」です。
今回は、べたにメロドラマの題材です。
書くと心が洗われる物語です。
わしの節操のないとこはともかくとして(笑)
「愛の劇場」シリーズ
最長記録更新中。
これから少しくらいシーン突入。
清々しいラストにしたいと思っています。



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