LULUBY IN BLUE

chapter24


 念のためと思い、アリオスは夕方に病院に電話をした。
「戻っていない・・・?」
 やはりと思いながら、その切なさは禁じ得ない。
「何か発作などを起こしてはいないか、心配です。かなり痛みを伴いますから」
 主治医として、心底ジュリアスは心配しているようである。
「痛み・・・」
「我慢強いですから、彼女は・・・」
 今まで発作を起こしても、苦しげなアンジェリークを見たことはなく、アリオスは胸が痛んだ。
「私たちには想像できないほど苦しいです・・・。あの小さな躰でよく頑張ってたと思います」
 あまりアリオスに悲壮感を与えないようにと、ジュリアスは気遣って淡々と話す。
 アリオスはこれ以上話せなかった。
 胸から血が流れて痛い。
「早急に、アンジェリークを探し出して入院をさせてください。いつでも受け入れられるように手配をしておきますから」
「サンキュ。すぐにアンジェを連れて行けるように努力する」
「お待ちしています」
 アリオスはしっかりと頷いた後、電話を切った。
 彼が心あたりのあるのは、もう、彼女の今の住まいである、「母子寮」しかない。
 アンジェリークを掴まえる為なら、何も厭わない。
 まずは母子寮に電話をしてみたが、アンジェリークたちは眠ったという答えが返ってきた。
 やはりと思いながら、とにかく直接行動し、アンジェリークを掴まえることにする。

 もう二度と、この腕から離したくないから・・・。

                     -------------------------

 お風呂に入れ、レヴィアスが寝静まった後、息子の荷物をバッグに詰め込む。
 それと一緒に、生まれてからこの一年間、二人の生活を映したアルバムを詰めてやる。
 彼が20歳になったら、このアルバムを渡すように、レイチェルにはもう伝えてある。
 遠い昔に亡くなった母親のことを、語らなければいけない日が来るだろうから。
 準備を終えると、最後の添い寝とばかりに、アンジェリークは息子をしっかりと抱き締めて、眠りにつく。

 ごめんね・・・。
 こんなママでごめんね…。

 ぐっすりと眠っているレヴィアスの頬に、アンジェリークの涙が零れ落ちた。



 翌日は穏やかに晴れ上がった。
 この日はアンジェリークにとって、深い意味を持つ一日となる。
 息子と過ごす最後の日になるだろうから、朝から美味しい朝食を作ってやった。
 もちろん最後の手料理だから、精一杯の心を込めて作ってやる。
 久し振りに母親が作った美味しいごはんに、レウ゛ィアスはスプーンを持って「ご機嫌さん」だった。
「ままのごはんおいち〜!」
 喜んで食べてくれる息子に目を細めながら、アンジェリークは泣きそうになる。
 もうすぐこの無邪気な笑顔とも逢えなくなってしまうのだ。

 レウ゛ィアス、生まれてきてくれて有り難う・・・。
 あなたがいたから、私はここまで生きてこれたのよ・・・。
 この時間が、止まってくれたらいいのに・・・。

 口の周りをごはんつぶでいっぱいにしながら一生懸命食べるレウ゛ィアスを、くすりと笑いながら見つめる。
 ごはん粒をきれいに取ってやった後、頭を撫でてやった。
「偉いわね、レウ゛ィアス。残さず食べたのね」
「ままのごはんおいちいから」
「じゃあデザートのフルーツヨーグルト食べようね?」
「ぐるぐる!」
 ヨーグルトをゆっくりと食べさせて、アンジェリークは最後の親子水入らずの時間を過ごした。
 いくらこのままでいたいと思っても、時間は待ってはくれない。
「さあ、ごはんを食べたら、おんもに行く支度をしようか?」
「ぱぱ?」
 パパと一緒に行くのかと訊く息子に、胸がいたくなる。
「パパと一緒じゃないのよ? レイチェルお姉ちゃんと一緒なの。エルンストさんも一緒だから」
「レイ!!」
 嬉しそうにレイチェルの名前を上げているので、少しアンジェリークはほっとした。

 食事が終わった後、レウ゛ィアスに母親として最後の着替えをさせてやる。
 一番の晴れ着を着させてやった。
 晴れ着と言っても、普通の基準から見れば、普段着と言ってもよかったが、アンジェリークの経済力ではこれが精一杯であった。

 ごめんね、まま、こんな服しか買ってあげられなくて、ごめんね。
 今度は、もっともっと幸せになれるからね・・・。

 心の中で息子に愛を込めて語りかけながら、アンジェリークは服を着させてあげた。
 レウ゛ィアスは、まさか、今日が母親と過ごせる最後の日だとは気がつかずに、出かけるのが本当に嬉しそうできゃっきゃと喜んでいる。
「レウ゛ィ、今日はいっぱいいっぱい遊ぼうね!!」
「うんっっ!」
 片手で息子の手を引き、片手でまとめた息子の荷物を持ち、レイチェルの待つ外に向かった。
 外に出ると、既に衰弱を始めているアンジェリークのために、レイチェルは車で来てくれた。
 トランクに僅かなレウ゛ィアスの荷物を入れてから、アンジェリークは、車にふたりで乗り込む。
 最後だから、膝にちょこんと座らせて。
「ぶーぶー! ぱぱと同じっ!」
 興奮してはしゃぐ息子に、アンジェリークは胸が切ない。

 あんなに短時間なのに、アリオスはこんなに大きくレウ゛ィアスの心にしっかりと存在している・・・。 
 やっぱり血は争えない・・・。
 ごめんね、レウ゛ィアス。
 ままがもう少し生きられて、孤児じゃなかったら、あなたはぱぱの側にいられたかもしれないのにね・・・。

 車は一路遊園地へと向かう。
 アンジェリークとレウ゛ィアスにとってはふたりで過ごす最後のひとときが、今、始まろうとしていた。

 メリーゴーランド、びっくりハウス、観覧車と、ぶたにくまんのキャラクターショー。
 小さな子供たちが楽しむことが出来るだろうアトラクションを、一通り楽しんだ。
「まま、たのちぃ〜!」
「楽しいわね」
 レストランでの昼食はお子様ランチ。
 アンジェリークには大奮発である。
「おいち〜!」
 ごはんを母親に食べさせてもらい、ご満悦だ。
「でもままのがもっとおいち〜! 今度は、ぱぱといっちょだ!」
 父親であるアリオスのことを、憶せず出すレウ゛ィアスに、アンジェリークはつらかった。
「ぷりんっ!」
 今日は嫌なものがないせいか、綺麗に食べ切った後ぷりんを要求する。
 アンジェリークはプリンを掬って、レウ゛ィアスに食べさせた。
「おいちぃ!!」
「よかったわね」
「うん!!」
 レヴィアスにご飯を食べさせるのもこれが最後。
 アンジェリークは優しい眼差しで息子を見つめながら、食べさせる。
 この姿を見るのがレイチェルは辛くて、何度もトイレに行って泣いた。

 神様…。
 アンジェを助けることは出来ないんですか?



 午後からは動物コーナーに舞台を移す。
 ここでレヴィアスが気に入ったのは、綺麗な銀の毛を持った、希少価値のある狼だった。
「ちれいっ! かっこいい!!!」
 楽しそうに何度も笑いながら、動物を見て回る。
 レヴィアスのアリオスと同じ瞳の色が輝き、それをアンジェリークは心に刻み込む。
 死ぬ瞬間も、息子のことを思い出せるように------

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
 蛍の光が館内に流れ始めた。
「レヴィアス、もうすぐ動物さんもおねんねする時間だから、帰ろうか?」
「あい…」
 ちょっと寂しそうにしながら、レヴィアスは素直にコクリと頷いた。

 アンジェがちゃんと育てたからこそ、こんなに真っ直ぐ育ったんだレヴィアスは…。
 いっぱいママ愛情をもらってたんだね…


 車に乗り込むと、雨がぽつぽつと降り始める。
 ”別れ”の瞬間には、おあつらえ向きの雨だ。
「♪ぶたにくまんはきみさ〜」
 大好きなぶたにくまんのテーマを歌いながら、レヴィアスはアンジェリークの膝の上で踊っていた。
 母子寮にゆっくりと車が近づくと、エルンストの影が見えた。
 その前に車は止まる。
 ”別れ”の時間がやってきた。
 レイチェルは運転席から助手席に移る。
「レヴィアス、まま、レイチェルお姉ちゃんの為に傘持ってくるからまっててね?」
「あい!!」
 アンジェリークは胸がこの身が切り裂かれるような思いで、息子をついにレイチェルに手渡す。

 レヴィアス…。
 新しいパパとママと幸せに暮らしてね?
 ママはお星様になって、あなたを見守っているから…

「アンジェ」
 レイチェルも泣くまいと決めていた。
 ぎゅっとレヴィアスを抱き締めて、アンジェリークに頷いた。
「じゃあ、まま、行ってくるわね?」
「いってらっしゃい」
 もみじの手を振る息子に見送られて、アンジェリークは外に出た。
 それと同じタイミングでエルンストが運転席に乗り込み、直ぐに車を発進させる。
「まま!!!!!!」
 レヴィアスは、車が動いたことでようやく気がついた。
 もう母親にあえないかもしれないことを。
「まま、まま、まま〜!!!!!!!!!!」 
 今まで大人しかったレヴィアスが、大きな声で泣き叫んでレイチェルの腕の中で激しくもがいた。
「レヴィ、今日からワタシままだから」
「イや〜!!!! まま、まま、まま!!!!!」
 泣き叫ぶレヴィアスを、レイチェルはぎゅっと抱き締める。

 アンジェ・・・・!!!!!

 アンジェリークは雨に打たれながら、車を見送っていた。

 レイチェル、エルンストさん…。
 レヴィアスをよろしく頼みます・・・。
 レヴィアス・・・。
 幸せになってね・・・!!!

「・・・っ!!!!」
 不意に眩暈が起こり、目の前が真っ黒になる。
 雨が降りしきる中、雨に包まれるようにして、アンジェリークは深く瞳を閉じる。
 全てをなし終えたから安心したのか、アンジェリーク・コレットはゆっくりと意識を失っていった------

 アリオスが着いたのは一足遅かった。
 母子寮の前に来るなり、倒れたままずぶ濡れになっているアンジェリークが目に入る。
「アンジェ!!!!!」
 慌てて車から降りると、アリオスは直ぐに彼女を抱き上げた。
「アンジェ!!!!」
 何をしても、何も反応しない。
「アンジェ…!!!!!!」
 アリオスは自分がずぶ濡れになるのも構わずに、やせ細ったアンジェリークの躰をしっかりと抱き締め、冷たくなった唇に自分の唇を当てた------

 遅かったのか・・・?

 

コメント

「愛の劇場第5弾」です。
今回は、べたにメロドラマの題材です。
いよいよ後1,2回で完結です!!
頑張ります!!



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