念のためと思い、アリオスは夕方に病院に電話をした。 「戻っていない・・・?」 やはりと思いながら、その切なさは禁じ得ない。 「何か発作などを起こしてはいないか、心配です。かなり痛みを伴いますから」 主治医として、心底ジュリアスは心配しているようである。 「痛み・・・」 「我慢強いですから、彼女は・・・」 今まで発作を起こしても、苦しげなアンジェリークを見たことはなく、アリオスは胸が痛んだ。 「私たちには想像できないほど苦しいです・・・。あの小さな躰でよく頑張ってたと思います」 あまりアリオスに悲壮感を与えないようにと、ジュリアスは気遣って淡々と話す。 アリオスはこれ以上話せなかった。 胸から血が流れて痛い。 「早急に、アンジェリークを探し出して入院をさせてください。いつでも受け入れられるように手配をしておきますから」 「サンキュ。すぐにアンジェを連れて行けるように努力する」 「お待ちしています」 アリオスはしっかりと頷いた後、電話を切った。 彼が心あたりのあるのは、もう、彼女の今の住まいである、「母子寮」しかない。 アンジェリークを掴まえる為なら、何も厭わない。 まずは母子寮に電話をしてみたが、アンジェリークたちは眠ったという答えが返ってきた。 やはりと思いながら、とにかく直接行動し、アンジェリークを掴まえることにする。 もう二度と、この腕から離したくないから・・・。 ------------------------- お風呂に入れ、レヴィアスが寝静まった後、息子の荷物をバッグに詰め込む。 それと一緒に、生まれてからこの一年間、二人の生活を映したアルバムを詰めてやる。 彼が20歳になったら、このアルバムを渡すように、レイチェルにはもう伝えてある。 遠い昔に亡くなった母親のことを、語らなければいけない日が来るだろうから。 準備を終えると、最後の添い寝とばかりに、アンジェリークは息子をしっかりと抱き締めて、眠りにつく。 ごめんね・・・。 こんなママでごめんね…。 ぐっすりと眠っているレヴィアスの頬に、アンジェリークの涙が零れ落ちた。 翌日は穏やかに晴れ上がった。 この日はアンジェリークにとって、深い意味を持つ一日となる。 息子と過ごす最後の日になるだろうから、朝から美味しい朝食を作ってやった。 もちろん最後の手料理だから、精一杯の心を込めて作ってやる。 久し振りに母親が作った美味しいごはんに、レウ゛ィアスはスプーンを持って「ご機嫌さん」だった。 「ままのごはんおいち〜!」 喜んで食べてくれる息子に目を細めながら、アンジェリークは泣きそうになる。 もうすぐこの無邪気な笑顔とも逢えなくなってしまうのだ。 レウ゛ィアス、生まれてきてくれて有り難う・・・。 あなたがいたから、私はここまで生きてこれたのよ・・・。 この時間が、止まってくれたらいいのに・・・。 口の周りをごはんつぶでいっぱいにしながら一生懸命食べるレウ゛ィアスを、くすりと笑いながら見つめる。 ごはん粒をきれいに取ってやった後、頭を撫でてやった。 「偉いわね、レウ゛ィアス。残さず食べたのね」 「ままのごはんおいちいから」 「じゃあデザートのフルーツヨーグルト食べようね?」 「ぐるぐる!」 ヨーグルトをゆっくりと食べさせて、アンジェリークは最後の親子水入らずの時間を過ごした。 いくらこのままでいたいと思っても、時間は待ってはくれない。 「さあ、ごはんを食べたら、おんもに行く支度をしようか?」 「ぱぱ?」 パパと一緒に行くのかと訊く息子に、胸がいたくなる。 「パパと一緒じゃないのよ? レイチェルお姉ちゃんと一緒なの。エルンストさんも一緒だから」 「レイ!!」 嬉しそうにレイチェルの名前を上げているので、少しアンジェリークはほっとした。 食事が終わった後、レウ゛ィアスに母親として最後の着替えをさせてやる。 一番の晴れ着を着させてやった。 晴れ着と言っても、普通の基準から見れば、普段着と言ってもよかったが、アンジェリークの経済力ではこれが精一杯であった。 ごめんね、まま、こんな服しか買ってあげられなくて、ごめんね。 今度は、もっともっと幸せになれるからね・・・。 心の中で息子に愛を込めて語りかけながら、アンジェリークは服を着させてあげた。 レウ゛ィアスは、まさか、今日が母親と過ごせる最後の日だとは気がつかずに、出かけるのが本当に嬉しそうできゃっきゃと喜んでいる。 「レウ゛ィ、今日はいっぱいいっぱい遊ぼうね!!」 「うんっっ!」 片手で息子の手を引き、片手でまとめた息子の荷物を持ち、レイチェルの待つ外に向かった。 外に出ると、既に衰弱を始めているアンジェリークのために、レイチェルは車で来てくれた。 トランクに僅かなレウ゛ィアスの荷物を入れてから、アンジェリークは、車にふたりで乗り込む。 最後だから、膝にちょこんと座らせて。 「ぶーぶー! ぱぱと同じっ!」 興奮してはしゃぐ息子に、アンジェリークは胸が切ない。 あんなに短時間なのに、アリオスはこんなに大きくレウ゛ィアスの心にしっかりと存在している・・・。 やっぱり血は争えない・・・。 ごめんね、レウ゛ィアス。 ままがもう少し生きられて、孤児じゃなかったら、あなたはぱぱの側にいられたかもしれないのにね・・・。 車は一路遊園地へと向かう。 アンジェリークとレウ゛ィアスにとってはふたりで過ごす最後のひとときが、今、始まろうとしていた。 メリーゴーランド、びっくりハウス、観覧車と、ぶたにくまんのキャラクターショー。 小さな子供たちが楽しむことが出来るだろうアトラクションを、一通り楽しんだ。 「まま、たのちぃ〜!」 「楽しいわね」 レストランでの昼食はお子様ランチ。 アンジェリークには大奮発である。 「おいち〜!」 ごはんを母親に食べさせてもらい、ご満悦だ。 「でもままのがもっとおいち〜! 今度は、ぱぱといっちょだ!」 父親であるアリオスのことを、憶せず出すレウ゛ィアスに、アンジェリークはつらかった。 「ぷりんっ!」 今日は嫌なものがないせいか、綺麗に食べ切った後ぷりんを要求する。 アンジェリークはプリンを掬って、レウ゛ィアスに食べさせた。 「おいちぃ!!」 「よかったわね」 「うん!!」 レヴィアスにご飯を食べさせるのもこれが最後。 アンジェリークは優しい眼差しで息子を見つめながら、食べさせる。 この姿を見るのがレイチェルは辛くて、何度もトイレに行って泣いた。 神様…。 アンジェを助けることは出来ないんですか? 午後からは動物コーナーに舞台を移す。 ここでレヴィアスが気に入ったのは、綺麗な銀の毛を持った、希少価値のある狼だった。 「ちれいっ! かっこいい!!!」 楽しそうに何度も笑いながら、動物を見て回る。 レヴィアスのアリオスと同じ瞳の色が輝き、それをアンジェリークは心に刻み込む。 死ぬ瞬間も、息子のことを思い出せるように------ 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。 蛍の光が館内に流れ始めた。 「レヴィアス、もうすぐ動物さんもおねんねする時間だから、帰ろうか?」 「あい…」 ちょっと寂しそうにしながら、レヴィアスは素直にコクリと頷いた。 アンジェがちゃんと育てたからこそ、こんなに真っ直ぐ育ったんだレヴィアスは…。 いっぱいママ愛情をもらってたんだね… 車に乗り込むと、雨がぽつぽつと降り始める。 ”別れ”の瞬間には、おあつらえ向きの雨だ。 「♪ぶたにくまんはきみさ〜」 大好きなぶたにくまんのテーマを歌いながら、レヴィアスはアンジェリークの膝の上で踊っていた。 母子寮にゆっくりと車が近づくと、エルンストの影が見えた。 その前に車は止まる。 ”別れ”の時間がやってきた。 レイチェルは運転席から助手席に移る。 「レヴィアス、まま、レイチェルお姉ちゃんの為に傘持ってくるからまっててね?」 「あい!!」 アンジェリークは胸がこの身が切り裂かれるような思いで、息子をついにレイチェルに手渡す。 レヴィアス…。 新しいパパとママと幸せに暮らしてね? ママはお星様になって、あなたを見守っているから… 「アンジェ」 レイチェルも泣くまいと決めていた。 ぎゅっとレヴィアスを抱き締めて、アンジェリークに頷いた。 「じゃあ、まま、行ってくるわね?」 「いってらっしゃい」 もみじの手を振る息子に見送られて、アンジェリークは外に出た。 それと同じタイミングでエルンストが運転席に乗り込み、直ぐに車を発進させる。 「まま!!!!!!」 レヴィアスは、車が動いたことでようやく気がついた。 もう母親にあえないかもしれないことを。 「まま、まま、まま〜!!!!!!!!!!」 今まで大人しかったレヴィアスが、大きな声で泣き叫んでレイチェルの腕の中で激しくもがいた。 「レヴィ、今日からワタシままだから」 「イや〜!!!! まま、まま、まま!!!!!」 泣き叫ぶレヴィアスを、レイチェルはぎゅっと抱き締める。 アンジェ・・・・!!!!! アンジェリークは雨に打たれながら、車を見送っていた。 レイチェル、エルンストさん…。 レヴィアスをよろしく頼みます・・・。 レヴィアス・・・。 幸せになってね・・・!!! 「・・・っ!!!!」 不意に眩暈が起こり、目の前が真っ黒になる。 雨が降りしきる中、雨に包まれるようにして、アンジェリークは深く瞳を閉じる。 全てをなし終えたから安心したのか、アンジェリーク・コレットはゆっくりと意識を失っていった------ アリオスが着いたのは一足遅かった。 母子寮の前に来るなり、倒れたままずぶ濡れになっているアンジェリークが目に入る。 「アンジェ!!!!!」 慌てて車から降りると、アリオスは直ぐに彼女を抱き上げた。 「アンジェ!!!!」 何をしても、何も反応しない。 「アンジェ…!!!!!!」 アリオスは自分がずぶ濡れになるのも構わずに、やせ細ったアンジェリークの躰をしっかりと抱き締め、冷たくなった唇に自分の唇を当てた------ 遅かったのか・・・? |
コメント
「愛の劇場第5弾」です。
今回は、べたにメロドラマの題材です。
いよいよ後1,2回で完結です!!
頑張ります!!
BACK TOP NEXT