LULUBY IN BLUE

chapter2


 アリオスは、自ら率先して、アンジェリークを医務室に運び、ベッドに寝かせた。
「有り難うございました、アリオス様。少し寝かせた後、帰らせますので」
 メイド頭は丁重に礼を述べたが、アリオスはある意味、それには満足しなかった。
「医者を呼んでやれ、費用は俺が持つ」
 有無言わせないアリオスの口調に、メイド頭も勢いに押される。
「畏まりました」
 一礼をしてから、彼女は医師を呼びにいった。
「アリオス様、パーティに戻らなければ・・・」
 秘書であるカインが気を遣い、アリオスに耳打ちをする。
「判っている。が、目が覚めるまではいてやりてえんだ」
「畏まりました」
 カインは敢えて何も訊かず微笑むだけ。
 そのきめ細かい気遣いが、アリオスがキーファーより尊重するゆえんであった。
「ローズ様のご機嫌を取ってきます」
「頼んだ」
 フッと優しい微笑みで返事をした後、カインはパーティ会場に戻る。

 あの栗色の髪の少女は、どこかで・・・。

 アリオスには、どうしてこの少女に拘るのかが判らなかった。

 この唇も、鼻も、瞳も、俺の魂には刻み付けられているのに、誰かが思い出せない・・・。

「失礼します」
 ノックの音がしたのと同時に、医者が無気質に入ってきた。
「頼んだ」
「はい」
 医師は機敏に往診バッグから聴診機を取り出すと、アンジェリークの胸元を開け、宛てる。

 何だろう・・・

 冷たい感触を胸に感じ、呻き声を上げた。
「具合は!?」
「よくこんな状態で仕事をしていますよ・・・。身体がかなり衰弱している」
 自分の頭上で囁かれる声に、大きな目をゆっくりと開ける。医者が自分を診察するのが判る。
「やめて下さい!」
 アンジェリークは、はっとして飛び起きると、医師をびっくりさせた。
「すみません。大丈夫ですから」
 アンジェリークは、全く顔色がなかったが、唖然とする医師を尻目に、服を直している。
 その様子を、アリオスは苛立たしげに見ている。
「おい、誰が見てもあんたが具合が悪そうなのは明白だ。素直に診察を受けろ」
 気がつくと、アリオスの鋭いまなざしがアンジェリークを突き刺した。
 目を合わしたくはなかった。
 以前はあんなに魅力的だと思った彼の異色の瞳が、今は鋭く切り裂く刃のように思える。
「本当に大丈夫ですから」
 強引にベッドから降りようとしたアンジェリークを、アリオスは肩を押さえて踏み止どまらせようとする
「止めるんだ」
「・・・お、お客様にはとても感謝しています、ですが、戻らないと」
 とても他人行儀な彼女に、アリオスは苛立たせてしまう。
 彼女がそうするのは、ごく普通のことでしかしないにも関わらずである。
「大丈夫ですから」
 立ち上がったものの、少しふらりとしてしまう。
「やっぱり無理だ。嫌だったら家に送ってやる」
「お客様にそんなことをさせる訳には行かないですから・・・」
 余りにも意思の固い彼女に、アリオスは溜め息を吐くと、ポケットからタクシーチケットを出して、差し出す。
「あんた、頑固だって言われたことはねえか?」
 眉根を寄せ、アリオスは冷たいまなざしを彼女に向けた。
「言われます。それでここまで来たんです」
 対抗するかのように、アンジェリークも冷たく言いはなった。

 子供を育てるにはそうするしかなかったもの・・・

「・・・憐れみはいりません・・・」
 アンジェリークは、背筋を延ばすと、アリオスに深々と頭を垂れた。
「・・・仕事に戻ります・・・」

 お願いだから、アリオス、そんなに私に優しくしないで・・・。
 夢を見てしまうから・・・。

「おい、待て!」
 ぐっと華奢な腕を掴まれ、アンジェリークは狼狽する。
「メイド頭、こいつの働く時間を俺が買う」
「止めて下さい!」
 見つめ合う二人の間に冷たい固まった時間がある。
「アンジェリーク、その身体では無理よ。今日はアリオス様に甘えなさい」
 メイド頭に言われるとアンジェリークは弱い。
 彼女は俯くと、仕方なしに頷いた。
「金よりも自分の身体のことを考えろ。それが基本だ。その年で金にしがみつくのは早い」
 アリオスの言葉はアンジェリークには痛い。

 親子ふたりが暮らすためだもの・・・。
 あの子は、私の命よりも大事な子だから・・・。

 だが、それをぐっと堪え、彼女は深々と頭を下げた。
「有り難うございます。お言葉に甘えさせて頂きます」
「これで帰れ」
 差し出されたタクシー券に、アンジェリークは頭を振る。
「ちゃんと帰れますから。有り難うございます」
 丁重に礼を言うと、アンジェリークはドアに向かった。
「では失礼致します」
 頭を深々と下げ、アンジェリークはその場を辞す。
 アリオスは片時も逸らさず彼女の姿を見つめた。

 なぜ、あんなにあの女に俺は拘る・・・。
 あんなに華奢なあいつなのに、精一杯頑張ってるのが痛々しかっただけか?
  いや・・・。
 二年前から俺の夢に出てくる、栗色の髪の天使に似ているからだ・・・。
 面影も、まなざしも・・・。



 アンジェリークはロッカールームに入ると、手早く着替えた。
 いつもは三時間、夜九時まで仕事をするが、今日は二時間で済み、少しほっとしたのも事実だった
 明日休みで、疲れがたまっていたからだ。
 朝は八時から五時まで働き、夜もしっかり働く。
 休みは週に一回にしている。
 そうしなければ、親子二人で食べては行けなかった。
 シングルマザーの福祉が充実しているアルカディアに越したのも、親子で生きていくためであった。
 今は、母子ハウスに入居し、格安で子供を預けられ、ハウスに住むことができる。
 シングルマザー用の福祉をフル活用し、彼女は誰にも頼らず生きている。

 タクシーなんか利用したら、アリオスに知られてしまう・・・。
 それだけは避けたいから・・・。

 私服に着替え、タイムカードを押した後、アンジェリークは、ホテルの裏口から出た。
「待ってた」
 艶やかな声が聞こえ、アンジェリークははっとする。そこにはアリオスがおり、彼は厳しい顔をして、彼女を待ち受けている。
「やっぱり送る」
「申し訳ございませんが、私は一人で帰りたいんです。スーパーとか行かないといけませんから」
 アンジェリークはそれだけ応えると、颯爽と彼の前を通り過ぎた。

 これは骨が折れるな・・・。

 フッと笑い、アリオスはアンジェリークを見送る。

 なぜ俺はあんなにアンジェリークに拘るなんて、どうかしている・・・



 アンジェリークは、そのまま電車に乗って帰宅し、途中スーパーによって夕食を買い求めた。
 何時も遅めに行くと割引があり、それが慎ましい家計のアンジェリークには助かる。
 今日も、割引や特価ものを購入してから、母子ハウスの託児所に真っ先に訪れた。
「こんばんは! コレットです」
「レヴィアスくん、良かったわね! ママがいつもより早く帰ってきたわよ!」
 保母に言われて、よたよたとしながら、とても嬉しそうにレヴィアスは駈けて来る。
「ママ〜」
「レヴィ!」
 アンジェリークは、駈けて来る我が子をしっかりと抱きしめると、その温もりを呼吸した。

 この温もりがあるから、私は、今生きていける…。
 この子がいればこそ、頑張れるもの…。
 アリオスが私にくれた唯一の温もりだから・・・


コメント

「愛の劇場第5弾」です。
今回は、べたにメロドラマの題材です。
アンジェリークはアリオスの子供の未婚の母です。
これから二人はどうなるのでしょう。
母は強しです。



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