モノクロームが一瞬にして鮮やかなカラーになった----- あの人が再び私の目の前に現れた。 大企業グループの総帥となって。 アンジェリークは、自分の前方にいる、青年をまじまじと見詰めた。 タキシードを身に纏い、艶やかな銀の髪をなびかせながら、美しい女性を同伴して、談笑している。 「アルヴィース財閥のアリオス様とハルモニア銀行のローズ様よ? 仲がよろしいわね? ご結婚も間近かしら」 話し声にアンジェリークは敏感に反応した。 あなたが突然私の元をを去ってから二年…。 この2年間…。 あなたを忘れたことはなかったのよ、アリオス…。 ------------------------------- 2年前----- あの春の初め、私はまだ高校一年生だった。 アンジェリークはその日、春の海で波に戯れながら、犬と遊んでいた。 「おい、このあたりに隠れる場所はねえか?」 突然後ろから声をかけられ振り向くと、そこには銀の髪をした長身の背の高い青年が立っている。 彼はとても艶やかな整った容貌をしており、アンジェリークは思わず見とれてしまった。 「あ、あの、隠れる場所って…」 「姉貴に追われてる。 ったく、俺がまだ復帰出来ねえの知ってて、ごちゃごちゃいいやがるんだからな」 青年の言葉に、アンジェリークはくすりと笑うと、しっかりと頷く。 「いいわ。こっちに来てください。私のとっておきの場所なの」 屈託なくアンジェリークは言うと、青年を海岸の大きな木の近くに連れて行った。 そこは死角になっており、中々見つけることが出来ない、”かくれんぼ”には最適の場所である。 「アリオス!! アリオス!! どこにいるの!!!」 女性の大きな声が遠くから聞こえてきて、アンジェリークは身体をびくりとさせる。 青年と共に身体を小さくさせて、女性がそのまま立ち去っていくのを待っている。 少しスリリングな展開に、アンジェリークも息を潜める。 「全く! どこに行ったのかしら! お医者様が来るというのに!!」 女性は半ば癇癪を起こすような声をだすと、そのまま踵を返して、海岸を後にした。 「…行ったか…」 「うん…」 アンジェリークは、ひょいっと顔を樹から出し、女性が行ったことを確認する。 「大丈夫、行ったわ!!」 二コリと彼女が笑った瞬間、青年はアンジェリークの唇を奪った。 「…んっ!!!」 深く唇を奪われて、アンジェリークの思考は真っ白になってしまう。 舌で巧みに口腔内を犯され、上あごを舌先で舐められると、彼女は身体が痺れる感覚を覚えた。 「あっ…」 「おまえ、可愛いな? 名前は…」 ぼんやりと頭の芯がしているのを感じながら、アンジェリークは青年をうっとりと見つめる。 「アンジェリーク…」 「アンジェリーク…。天使か…。良い名前だな? 俺はアリオスだ。この先のエンジェルヒルズの別荘で今は住んでる」 「エンジェル・ヒルズ? あのお金持ちばかりの?」 アリオスは、アンジェリークを抱きしめると、腕に力を込める。 「お医者様が来てるんでしょ? 行かなくていいの?」 「構わねえよ。どうせ、俺をやつらは治すことなんて、出来やしねえんだからな」 少し皮肉げな声で彼は言いながら、アンジェリークを離そうとはしなかった。 「・・・どこか・・・悪いの?」 アンジェリークは心に深い痛みを感じながら、潤んだ大きな瞳でアリオスを見つめる。 澄んだ、綺麗な眼差しで。 「-----ここだな」 アリオスは顔をしかめると頭を指差した。 いつもなら言葉を濁してしまうのに、この少女の前だと素直になれるのはなぜだろうか。 「…頭?」 「ああ。記憶がすっぽりと抜けてて、思い出せねえ…」 苦しげに彼は言うと、縋るように彼女の柔らかな肢体を抱きしめた。 「アリオス…?」 「不思議だな…。おまえとこうしていると、安らいだ気持ちでいられる…」 ------------------------------- あの瞬間、私はあなたに恋に落ちた。 どうしようもないほどにあなたを愛してしまった…。 あなたと過ごした春の日々で、私に、命を授かり、あなたはそれを知ることなく立ち去ってしまった。 黙って…。 何度も、何度も夢見たわ・・・。 あなたが私を迎えに来てくれて、子供と一緒に幸せなささやかな家庭を築けると、信じてた・・・。 それが”おとぎ話”の延長だと思ったのはつい最近。 なのに、今ごろになって、あなたが目の前に現れるなんて・・・ 「アンジェリーク、お客様がお待ちよ」 背後からメイド頭に声をかけられて、彼女ははっと遠い日から帰ってきた。 いけない仕事中だった・・・! 彼女は背筋を伸ばすと、トレーに乗せたカクテルをアリオスに向かって持っていく。 気づいて。 早く気づいて・・・。 私はここにいるから… 心臓がうねりを上げている。 期待を胸に、心臓が圧迫されるのではないかと思う。 落ち着け・・・、私の心臓!!! 「カクテルです…」 「サンキュ」 彼は見向きもせずにただアンジェリークからカクテルを受け取り、何の反応もしない。 アリオス…? 切なげに彼女は祈るように彼の精悍な背中を見つめ、それに応えるかのようにアリオスが振り返った。 「そんなところにぼっとされても困るんだがな…?」 ・・・・!!!!!! アリオスの言葉が胸に突き刺さり、アンジェリークは心臓が止まるのではないかとさえ思う。 やっぱり、彼にとっては私は記憶の奥底にもない女なんだ… 「し、失礼いたしました…」 気分が優れずくらくらするのが判る。 アンジェリークは何とかそれを踏ん張ると、震えた声で言い、アリオスに頭を深々と下げた。 やっぱり住む世界が違う人だったのよ、アンジェ・・・ 踵を返そうとした瞬間、彼女は不意に意識が暗転するのを感じる。 その先にはもう、深い闇しかなかった----- 「おいっ!!」 アリオスは、咄嗟に、倒れこんだメイドを無意識に抱えた。 華奢で今にも消えてしまいそうなあどけなさを残したメイドの姿にはっとする。 どこかで・・・。 この温かさをどこかで感じたことが・・・ 彼は掌にある、柔らかな温もりをこのまま離したくない衝動に駆られていた------ |
コメント
「愛の劇場第5弾」です。
今回は、べたにメロドラマの題材です。
アンジェリークはアリオスの子供の未婚の母です。
今回もまた頑張っていきますので、よろしくお願いします。
胸の奥がきゅっとなるような創作を書いていきますので、よろしくお願いします。
今回のアリオスさんは大企業の総帥。
二人の子供は次回に(笑)
アンジェリークがどういう状況にあるか、今後じっくりと・・・
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