「結婚…」 アンジェリークはアリオスの言葉を反芻する。 ただ驚いたような眼差しを、彼に向けずにはいられなかった。 「------そうだ…。結婚してくれ…。頼む…」 アリオスはレヴィアスを抱いているアンジェリークをそのまま包み込んで離さない。 「おまえとレヴィアスがいなければ、…俺は何を糧に生きていけばいい?」 低いアリオスの声はどこか切羽埋まっていて、彼女の胸を切なくさせた。 「アリオス…。 わたしがあなたのそばにいられるのは、本当に後わずかなのよ? このまま、レヴィアスをあなたに残していくことになるのよ? あなたに負担をかけることは出来ないわ…」 切なくも辛い自分の胸のうちをアンジェリークはアリオスに言う。 「そんなこと気にしねえ」 アリオスはぴしゃりと言い放つと、更にアンジェリークを強く抱きすくめた。 「レヴィアスが…」 「あ、すまん」 少しだけアリオスは力を緩めるが、それでも彼女を放そうとはしない。 「アンジェ…。もっと前向きに考えてくれ…!!! おまえはずっと生きるんだ…!! 俺とレヴィアスと一緒に…。親子で仲良く暮らすんだ。 どんな医者にだってかからせてやる…!!! おまえを失いたくない…!!!」 「アリオス…!!!」 アリオスは激しかった。 情熱的な感情をぶつけ、彼は真摯な眼差しを彼女にぶつける。 「考えてくれ…」 「うん…」 アリオスは頬にキスをすると、アンジェリークの華奢な肩を抱いた。 「この週末、一緒にすごさねえか? 親子三人で…。 一泊二日で海を見に行こう。 返事はそれが終わってからでかまわねえから…」 「うん…、三人で過ごしましょう…」 アリオスの情熱と思いに負け、アンジェリークはコクリと頷いた。 その返事をして、ようやくアリオスは安心したように身体を離す。 「土曜日は迎えにくるから。朝8時にここで」 「うん、判ったわ」 ようやくアンジェリークは車から出ると、アリオスに頭を下げ母子寮に向かって歩き出す。 おまえを絶対に離さない…。 もう二度と離したくないから…。 -------------------------------- 翌日、アンジェリークはとうとうホテルの仕事を辞めた。 アリオスと一緒に過ごす覚悟が出来たのではなく、もう体力的に限界が来ていたからだ。 今行っている会社も週休二日にしてもらい、アンジェリークはこまごまとした準備を開始し始める。 彼の傍にいるための準備ではなく、”死後”の準備であった。 この週末をアリオスと過ごすために、アンジェリークは寮に外泊届を出し、最後の”休日”を満喫することにきめていた。 「レヴィアス、明日から海よ?」 「海?」 レヴィアスは海辺のエレミアで生まれたが、”海”自身を見たことはなく、愛らしく頭を捻っている。 「海はねすごく大きいの。あなたが生まれたエレミアにも海はあるのよ?」 「おっちい?」 「うん。いっぱい水もあるのよ?」 「ちゃぷちゃぷ?」 「ちゃぷちゃぷよりも大きいわね」 嬉しそうにレヴィアスは笑い、母親にラバーダッキーを持ってくる。 「一緒!!」 「あひるちゃんも一緒ね? レヴィアスのリュックに入れておこうね?」 「あい!!」 息子の本当に楽しそうな表情にアンジェリークは目を細めながら、準備を進めていった----- 最初で最後の親子旅行、楽しもうね? レヴィアス… 翌朝、二人は準備をして約束の場所に行くと、既に、アリオスが車の前で待っていてくれた。 今日はおしゃれをしようと思って、あまりない洋服からアンジェリークはブルーのワンピースを選んでそれを着、レヴィアスはバーゲンで買った夏の一張羅を着せている。 「おはよう、アンジェ、レヴィアス」 「おはよう…」 見つめてくれるアリオスが余りにも素敵で、アンジェリークは思わず頬を染めて赤らめる。 「レヴィアス」 彼は息子を愛しげに抱き上げると、自分と同じ瞳をじっと覗き込む。 「覚えているか?」 「ぱぱ!!」 即答してくれる息子に、彼は親ばか宜しく目を細め、その頬を擦り付けた。 「今日はぶーぶーで遠いところに行くからな?」 「大きいちゃぷ!」 「そうだ。海に行くぞ」 アリオスは先ずレヴィアスを後方に備え付けたチャイルドシートに』座らせて、しっかりとシートベルトをする。 「皇子の椅子だ、レヴィアス。これで遊んでおいてくれ」 「あい!!」 アリオスはレヴィアスのために買った布製の車のおもちゃを持たせ、頬のキスした後ドアを閉めた。 「アンジェ、荷物は?」 「うん、これだけ」 小さな荷物を受け取ると、アリオスはそれをトランクの中に入れてくれる。 そこには彼の荷物のほかに、おもちゃがたくさん入っていて、アンジェリークは思わず苦笑いした。 「おまえは俺の隣だ」 「はい」 二人は車に乗り込むと、出発する。 まるで初めてのデートのような気分になり、ふたりともどこか初々しい雰囲気を漂わせている。 緊張しちまうな・・・。 アンジェとはすでに子供までいるのに…、妙な気分だ…。 恋をし始めて間もないガキみたいに、心臓がばくばくいいやがる…。 なんだかとても新鮮・・・。 あのエレミアにいたときと、おんなじ気持ちになるなんて…。 私…。 再びアリオスに恋し始めている…。 もっともっと深く…、恋をしているような気がする…。 幸せそうな親子を乗せた車は、一路海に向かっていた------- アリオスがアンジェリークの身体を気遣って、車で1時間半ほどで着くリゾート地を選んでくれた。 「うわ〜!! まま!! ぱぱ!!」 眼下に広がり始めた初めての海を、レヴィアスは歓声を上げて見つめる。 車の窓にはエメラルドグリーンの海が広がり、レヴィアスは瞳を輝かせつつ、興奮していた。 「レヴィアス、海はママの瞳と同じで澄んでて綺麗だろ?」 「うん!!!」 「二人とも…」 アンジェリークは嬉しいのやら恥かしいのやら困ってしまい、真っ赤になって俯いてしまう始末であった。 車は静かに美しいリゾートホテルに到着した。 「少し休憩したら、海を見に行こう」 「うん…」 大荷物をボーイに任せて、親子三人は部屋に向かう。 もちろん三人が止まるのはスィートルーム。 中に入るなり、その豪華さにアンジェリークは唖然としてしまう。 「わーい!!」 こんな広い部屋は初めての成果、レヴィアスはアリオスの腕の中をすり抜けて走り回り始める。 「俺たちの記念すべき初めての旅行だ…。これぐらいの贅沢はかまわねえだろ?」 「アリオス…」 背後からぎゅっと抱き締められて、アンジェリークの胸は切なく痛んだ。 「ベッドは、三人分だが、俺たちはダブルベッドだ。 三人で川の字で寝るのは俺の夢だからな?」 「うん…」 神様…。 私に最後の夢を見せてください・・・ 切なくも甘い休日が、今、幕をあけた------- |
コメント
「愛の劇場第5弾」です。
今回は、べたにメロドラマの題材です。
書くと心が洗われる物語です。
わしの節操のないとこはともかくとして(笑)
「愛の劇場」シリーズ
最長記録更新中。
番外編として、二人の『エレミア』での恋の物語を考えています。
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