もう二度と放さないように、アリオスは愛すべき母子を抱き締めた。 その温かさにおぼれながら、彼女は躰を彼に預ける。 「ずっとここにいろ。三人で暮らしていこう」 素直に返事をすることがアンジェリークには出来ない。 自分の残された時間のことを考えると、戸惑うのであった。 「アリオス、あなたには未来を見て生きてほしい」 「未来なら見ている・・・! おまえと俺とレウ゛ィアスと三人の未来だ。俺の未来はおまえたち三人がいる未来だ」 身動ぎをしようとすると、アリオスが逆に強く抱き締める。 「アンジェ、どこにも行くな・・・。愛している、俺を幸せにしてくれ・・・」 「アリオス・・・」 強く抱き締めてくる彼の熱が、アンジェリークの心をゆっくりと癒してくれる。 「ママ、ちゅいた〜」 不意にレヴィアスを声を上げた。 両親の間で小さくなっている息子を、ふたりはふっと笑って見つめる。 「何だ腹が減ったのかレウ゛ィアス」 「ちゅいた」 こくりと愛らしく頷くわが子にアリオスは手を差し延べる。 「いいか?」 「どうぞ抱っこしてあげて?」 アリオスはしっかり頷くと、息子を抱っこした。 「パパが美味いものデリバリーしてやるから」 「パパ?」 レウ゛ィアスは意味が判らなくて、小首を傾げる。 彼はまだ小さいこともあるが、何よりもずっと父親が存在しない”母子寮”にいたのだ。 当然そのような概念は生まれてからなかった。 「おまえのお父さんだ、レウ゛ィアス」 意味は判らないが、それはとても良いことのように思え、彼は笑った。 「アンジェ、レウ゛ィアスは何が好きなんだ?」 「ミートソースのパスタ」 「じゃあそれをみんなのぶん注文しよう」 アリオスは片時もレウ゛ィアスを放したくはないらしく、電話注文の間も息子を抱っこしている。 幸せな光景に目を細目ながら、アンジェリークは力なく椅子に座った。 今まで以上に体調が悪そうにみえる彼女が、アリオスには気がかりになる。 母親が力なく座っているのを見ると、レウ゛ィアスもその雰囲気で母親が大変そうなのが判った。 「ママ・・・」 「アンジェ」 二人の愛する男達が心配そうに覗き込むのが愛しくて、アンジェリークは穏やかな笑みを浮かべた 「大丈夫、少し疲れてるだけ」 「顔色が凄く悪いぞ?」 アリオスは鋭いまなざしをアンジェリークに向け、覗き込むように彼女を見つめた。 「少し横になれ。ベッドもあるから」 「うん・・・」 抱き上げて、アンジェリークを寝室に運ぶ。 心配そうにレウ゛ィアスが足下にまとわりついている。 アリオスは顔をしかめた。 あまりにもアンジェリークが軽く、消えそうだったから。 「デリバリー来たら呼んでやるから」 「うん」 レウ゛ィアスはベッドから離れようとせず、母親にしがみついている。 「ママ」 「パパじゃだめなのか?」 「ママ!」 ぎゅっとしがみついて、彼は離れようとしない。 「レウ゛ィはふわふわのベッドが初めてで嬉しいのね?」 柔らかくアンジェリークは微笑んで、優しく声をかけた。 「今夜は泊まってけよ」 アリオスはぎゅっと小さな手を握り、視線を逸らさずに言う。 「寮だからそれは出来ないわ。ちゃんと届を出さないと、泊まれないの」 「ややこしいんだな」 「だって母子寮だから。門限にも間に合うように帰らないといけないし」 淡々と話すアンジェリークに少し落胆しながら、アリオスは頬に触れた。 「一緒に暮らそう」 アンジェリークは切なげな表情を浮かべながらも黙っていた。 「即答しなくてもかまわねえ。その気になったら返事をしてくれたらいい」 アリオスはそれだけ言って、アリオスは名刺を差し出した。 「ここが俺のオフィスだ。おまえが来ればいつでも通すように言っておく」 「有り難う」 彼女は弱々しい微笑みを向けると、名刺を受け取り深く頷く。 不意に玄関のチャイムが鳴った。 「レウ゛ィアス、ミートスパが来たぞ。パパと一緒に取りに行くぞ」 「行くっ!」 親子ふたりは仲良く玄関に向かい、確認してからオートロックを解除する。 その後を、アンジェリークは感慨深げに着いていった。 高級店からのデリバリーのようで、テーブルの上にはミートパスタ、美味しそうなサラダが並んでいる。 その上、レウ゛ィアスの前には小さな楽しそうな玩具がおまけで置いてある。 「レウ゛ィアス、パパと一緒に食べるぞ?」 アリオスはそう言うと、子供用の椅子を持ってきてくれた。 「どうしたの?」 「レウ゛ィアスのために買った。大切な俺の息子のために」 彼は小さなレウ゛ィアスの身体を抱いて椅子の上に座らせてやる。 「俺が食べさせてやっていいか?」 「うん、食べさせてやって」 アンジェリークは頷いて笑う。 アリオスはそれが嬉しくて、釣られるように笑った。 アンジェリークは久し振りにゆったりと食事を楽しむ。 アリオスに食べさせて貰って非常にごきげんなレウ゛ィアスに、アンジェリークは目を細めた。 「美味いか? レウ゛ィアス」 「おいち! ぱぱっかわりっ!」 口の周りをミートソースでいっぱいにしながら、食べる姿が可愛くて仕方ない。 「子供って、こんなに可愛かったんだな・・・。実の子供だと特にな・・・」 息子の愛らしさに目を細め、彼は感慨深く言う。 「ぱぱっ、かわりっ!」 「おまえ元気いっぱいだな?」 笑いながら楽しそうにアリオスは息子の世話をしている。 アンジェリークは透明感のある微笑みで見守り、清らかな光が帯びていた。 アリオスは、アンジェリークの透明感のある美しさに、胸を深く突かれる。 俺にはわかる…。 アンジェリークは逝こうとしている…。 命があいつの躰から流れていくのを、俺は止めてやりたい・・・!! アリオスはこのまま時間が止まればと強く願わずにはいられかった。 だが儚くも短い時間は過ぎていく。 結局、アンジェリークとレヴィアスを母子寮に送り届ける時間となった。 帰りの車の中、レヴィアスは、今日デリバリーで貰ったおもちゃをしっかりと握り締めて、アンジェリークの腕の中で眠っていた。 二人は何も話はしなかったが、一緒にいるだけでよかった。 言葉はなくても、二人はお互いを思いあっていた。 車が無常にも母子寮に着く。 アリオスは二人を放したくなく、重い面持ちになる。 「------アンジェ…。 一緒に暮らすことを考えてくれ・・・。 …結婚してくれ…」 結婚…!!! アンジェリークはアリオスをただ見つめることしか出来なかった----- |
コメント
「愛の劇場第5弾」です。
今回は、べたにメロドラマの題材です。
次回次々回あたりで物語りは大きく動きます。
「愛の劇場」シリーズ
最長記録更新しますなあ。
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