LULUBY IN BLUE

chapter16


「一緒に暮らそう・・・。親子で家族で暮らせるように、アパートも買った・・・」
「アリオス・・・」
 ぎゅっと抱き締めたまま放そうとしないアリオスに、アンジェリークは身動ぎをする。
「仕事・・・、いかなくっちゃ・・・」
「アンジェ・・・!」
 更にアリオスの抱擁はきつくなり、アンジェリークは喘いだ。
「ねえ、アリオス、あなたも風邪をひくわ? 私は今から仕事にいかなくっちゃいけないから、また、お話する時間は作るから・・・」
 落ち着いた優しい声に諭され、彼は仕方なしに抱擁を解く。
「連絡方法は・・・」
「うちには電話がありませんから、そちらに電話をお掛けします」
「判った」
 アリオスはポケットにある手帳の一ページを破り捨て、そこに万年筆で携帯電話の番号を書き写した。
「有り難う」
 差し出されたメモを丁寧に受け取り、彼女は頭を下げる。
「車まで傘を差していくわ」
「会社まで送る」
 アリオスはアンジェリークの手を引いて、車へと連れていった。
 彼女を助手席に乗せると、運転席に座りたまたま置きっ放しにしていたタオルで軽く髪を拭く。
「家に帰ったらちゃんと着替えて下さいね?」
「ああ。最寄りの駅はどこだ?」
「エンジェル卸売市場前」
「オッケ」
 車は駅まで緩やかに走る。社内では特にふたりは会話を交わさなかった。
 だが、そこにはもう張り詰めた空気はなく、穏やかさの含んだ空気が流れていた。
 深い愛情でお互いを思いあっているからこそ、敢えて話などしない。
 アリオスが上手く渋滞を避けてくれたせいか、車はスムーズにアンジェリークの仕事場に着いた。
「有り難うございました」
「アンジェ」
 車から出ようとして、呼び止められる。
「気が向けばいつでも来てくれ」
 アリオスはただそれだけを言うと、小さな掌に封筒を置く。
「電話を待ってる」
 彼はそれだけを言うと、車のドアを閉じて走り去った。
 車を見送った後、アンジェリークは封筒を開けてみる。
 そこには地図とカードキーが入れられていた。
 ”いつでも親子三人で暮らせるようにしてある。レウ゛ィアスとふたりでいつでも来てくれ”
 最後の字は涙で滲んで見ることが適わない。

 アリオス・・・。
 私が健康な女なら喜んでこれを受けるでしょう・・・。
 だけど、私は健康ではないもの・・・。
 命もあまりない・・・。
 そんな状態ではあなたに申し訳がないから。

 カードキーを見つめ、アンジェリークは苦しさの余りに咽び泣いた。

 アリオス・・・。今でもあなたを愛しているのよ・・・!



  その夜は仕事を早めに終えたために、アンジェリークは、かなりの疲れを感じながら、身体を引きずるようにして寮に戻った。
 最近、かなり身体が思うようにいかなくなっている。
 食べるためとは言え、子供のために働きづめだったアンジェリークの身体は限界にきつつあった。

 ホテルの仕事はそろそろ辞めないといけない・・・。
 今はもう立っていることがやっとだから・・・。

 保育室でレウ゛ィアスを引き取った後手を引いて部屋に戻る。
 今までなら、すぐに食事を作っていたが、今はそれすら少し休憩をしなければ出来なくなっていた。
「マーマ?」
 しばらく座りながらアンジェリークがひと息をついていると、レウ゛ィアスが心配そうに顔を覗きこんできた。
「大丈夫よ、レウ゛ィアス。それよりおなか空いた?」
 母親に笑いかけられると、彼は素直に頷く。
 その愛らしさが、アンジェリークの疲れを和らげてくれた。
「じゃあまんま作るから食べようね!」
 明るく笑う母親にレウ゛ィアスはくっついて離れない。
 小さな子供なりに、大好きな母親が、届かないところに逝ってしまうような予感がしていたからだ。
 食事をふたりでいつものようにしながらも、レウ゛ィアスはアンジェリークに甘えるのを止めなかった。
「マーマ」
 いつもなら自分の小さな椅子に座る彼が、今日に限ってはアンジェリークの膝に乗って離れない。
「あまえたさんね? レウ゛ィアスは?」
「マーマ!」
 この温かさがアンジェリークには切なくてたまらないものになった。

 私の病気が、私の力で直せるのであったら、どれだけ良かったか・・・。
 孤児である私が受けられる医療には限界があったから…

「お片付けをしたら、ママとちゃぷちゃぷに入って、ねんねしようね!」
「ちゃぷっ!」
 レイチェルから貰ったラバーダッキーを持ってきて、早速彼はお風呂に入る気満々である。
「まーまー」
待ってて?」
 足をまとわりつく愛しいわが子にアンジェリークは笑いかけた。
 その瞬間。
「--------!!!!」
 目の前が真っ黒になり、キッチンで息を乱しながら崩れ落ちる。
 胸が異常に苦しく全身が小刻みに震える。
「まままま〜!!!!!」
 泣きながら心配する息子を何とか震える手を伸ばして、彼女は抱き寄せた。
「大丈夫よレヴィアス、大丈夫だからね、ママ…」
 まるで自分に言い聞かせるかのように、アンジェリークは息子を抱きしめた。

 来るべき時がきたのかもしれない・・・


 翌日、工場の仕事を終え、ホテルの仕事は休んだ。
 アンジェリークは一旦母子寮に戻り、レヴィアスを連れてアリオスの行ったアパートに訪ねることにする。

 一度だけ・・・、一度だけ見ておきたいの…

 電車に乗ることが出来たせいか、レヴィアスはすっかりご機嫌になっている。
「ママ―でんちゃっ!!」
「そうね電車ね?」
 息子が喜ぶ姿に目を細めながら、彼女は息子の小さな手をしっかりと握り締めた。
 後何度手を取ってやることが出来るかわからない小さな手…。
 彼女にとってはかけがいのないものである。
 最寄の駅を折り、息子の手を引いて、地図だけを頼りにアパートに向かう。
 アパートはやはり予想した通りの高級アパートで玄関口からオートロックのセキュリティが強いもであったが、カードキーがあったお陰でアンジェリークは簡単に通ることが出来た。
 エレベーターで最上階まで上がり、彼女はそこに一部屋しかないことに気がついた。

 ペントハウス…

 カードキーでセキュリティを解除する。
 ドアを開ける瞬間、アンジェリークは胸が高まるのを感じずにはいられなかった。
 ドアを思い切った開けた。
 そこにはアリオスが待っていてくれた-------
「お帰りアンジェリーク」  

コメント

「愛の劇場第5弾」です。
今回は、べたにメロドラマの題材です。
明るくなるといいですねえ。



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