LULUBY IN BLUE

chapter14


 カティスの所から帰る途中、アリオスはもう頭の中が真っ白になるような気がした。
 アンジェリークのことしか考えられない------
 ようやく、彼女がなぜあれほどかたくなであったかが、判るような気がした。
 自分が今まで奥深くに閉じ込め、気付こうとしなかった記憶と現実が、今、交差し、いたたまれない気分になる。
 彼女があれほどレウ゛ィアスの存在を隠そうとし、かたくなだった理由が今なら理解できた。
 取りあえずは別荘に戻り、アリオスはベッドの上に座り込む。
 まだ幼さを残していたアンジェリークの笑顔、その肌の熱さなどを思い出す度に、魂が抉られるような苦痛を感じた。
「あと一年は生きられない・・・」
 カティスの言葉を力なく低い声で反芻する。

 どうしてもアンジェ、おまえを幸せにしたい・・・。
 おまえを幸せに出来れば、俺も幸せなのに・・・。
 おまえさえいれば、何もいらないのに・・・!!

 不意に電話が鳴り、アリオスは苛立たしげにそれに出た。
「はい」
「アリオス、私です」
「姉さんか」
 かたくなな硬い声。
 それはアリオスの腹違いの姉フェリシティのそれだった。
 誰よりもアルウ゛ィースの家訓を守りたがり、その階級を重んじるアリオスの姉である。
「アリオス、明日はハルモニア銀行のローズ様との約束が入っております。ハルモニア家なら、うちと比べると多少は落ちるかもしれませんが、申し分ない家柄です。明日までにお戻りになって、きちんとしたお付き合いをなさいませ」
 事務的な声にアリオスは少し苛立ちを覚えてしまう。

 どうしてあんたはいつもこうなんだ・・・。

「明日には帰るが、明日は勘弁してくれ…。
 疲れてるからな」
 姉の声を聞くだけで、アリオスは更に疲れを感じていた。
「いけませんわ! あなたはアルヴィースの跡取なのです! 総帥です! きちんと義務を果たさなければなりません!!」
「関係ねえ」
「アリオス!」
 少しヒステリックな姉に、アリオスは無言で電話を切ると溜め息を吐いた。

 あんたの世界には、愛情だとかそんなことは関係ねえんだよな・・・。
 アンジェの世界には愛が溢れ、俺を満たしてくれると言うのに・・・。
 俺の心も身体も満たせる女はこの世に一人しかいない…。
 アンジェだけだ…

 アリオスは深い溜め息を吐くと、煙草を口に銜えて、宙を眺める。

 アンジェとレウ゛ィアスに逢いたい・・・!
 あいつらは、俺にとってはかけがいのない愛する者たちだ・・・。
 アンジェ・・・!!
 逢いたい!! 逢いたくてたまらねえ!!

 アリオスは思い立ったようにベッドから立ち上がると、戸締まりをきちんとし、アルカディアに戻るべく愛車に乗り込んだ。

 とにかく逢いたい!
 だが、おまえはこんな俺を許してくれるのか!?
 アンジェ、許してくれ・・・。


 ハイウェイを飛ばし、アリオスはアルカディアに三時間ほどで帰ってくることができた。
 だが、アンジェリークのことを考えると足が向かない。

 あいつはきっと許してはくれねえだろう・・・。
 それでもかまわねえ、そばにいてさえくれれば・・・。

 アリオスはやるせない思いを抱きながら、母子寮の近くまで車を走らせた。
 夕闇の中、車から母子寮の明かりを見つめる。
 どこがアンジェリークとレウ゛ィアスの部屋かは判らないが、温かさを感じてしまう。

 アンジェ、おまえをもう離したくはない・・・。
 そばにいてくれ、あの頃のように・・・。

 どこからか、小さな歌声が響いてきた。
 優しい声で、とても落ち着くのと同時に甘い感覚を覚える。
 バギーカーの音が聞こえバックミラーを見つめた。
 するとそこにはアンジェリークとバギーカーの中でゆったりと眠るレウ゛ィアスが映っている。
 優しい母親の奏でるリズムに安心しきっているようだ。
「アンジェ!!」
 アリオスは堪らず車から降り、アンジェリークの前に立った。
「アリオスさん・・・」
 銀の髪を乱し目の前に立つアリオスに、アンジェリーくは辛そうな声で切なく名前を呼ぶ。
「-----全部思い出した…」
「そう…」
 アンジェリークの表情が、ほんの一瞬泣き笑いのような表情を浮かべた。
 切なさと苦しさ。
 それらが錯綜としアンジェリークは、苦しそうに表情を向ける。
 だが、アリオスは諦めたくはなかった。
 息を吸うとアリオスはアンジェリークの華奢な肩をぐっと抱いた。
「アンジェ、ずっとそばにいてくれ。エレミアにいた頃のように…」
 魂の底から絞り出された声に、アンジェリークは心を揺さぶられる。
「・・・私…」
 心がちぎれてしまうのではないかと思うほど切ない。

 あなたに残りの時間を全て預けられればいいのに…
 そう出来ればどれほど楽か…

 このまま彼に全てを預けたい。
 だがアンジェリークの心にはあの戒めの言葉が蘇った。

『どこの馬の骨かも判らないあなたと、アルヴィース家の跡取のアリオスが何かあろうはずも在りません!!
 あのことあなたはすむ世界が違います!
 大体、あなたのような薄汚い貧乏な小娘にアリオスがなびく筈もありません!!!』

 アリオスが海岸に来なくなったときに、不安になって、彼の家に行ったら、もういないと言われ、お姉さんに追い返された…。
 あの時思い知らされた。
 あなたとはすむ世界が違うのだと…。

 アンジェリークは全ての感情を振り切るかのように目を閉じた。

 アリオス…
 あなたには未来がある。
 そして私には、あなたの未来にいる資格も時間もないのだから…

「-----ご存知のように私にはもう余り時間が残されていません」
 余りにも淡々に話す彼女に、アリオスは息が詰まりそうになる。
「あなたへの感情も、もうありません。
 最後の日々はレヴィアスと親子で二人で過ごします。
 だからもう、これ以上私に構わないで下さい!」
 声は震えていた。
 だがアンジェリークは感情を表に出さないように頑なに冷たく言い放つ。
「アンジェリーク…」
 彼女は、アリオスの腕を振り払うように身体を動かすと、バギーを引いて足早にたち去っていく。
 アリオスは、負い目がある以上、これ以上彼女を捕まえていることは出来やしなかった。

 これ以上あなたには嫌な思いをして欲しくない…

 そんなアンジェリークの心も、今、呆然としているアリオスには届かない。
 月だけが、2人の行く末を案じるかのように、鈍色に輝いていた------ 

コメント

「愛の劇場第5弾」です。
今回は、べたにメロドラマの題材です。
ようやく現在編です。
間もなく物語りは大きく動きます!!




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