LULUBY IN BLUE

chapter13


 記憶が戻った瞬間から、言いようのない罪悪感と後悔が胸を突く。
 あれほど愛していた少女を何故あんなにも簡単に忘れ去ることが出来たのか。
 アリオスは胸の底がきりきりと痛んだ。
 しかも、相手にはもう余り時間が残されてはいない。
 あの虚弱な身体で子供を産み、働き詰めることで子供を養っていた彼女に、どう言えばいいのか判らなかった。
 認知すらも彼女は求めなかった。
 それがアリオスにとっては、苦しく哀しい事実となってのしかかる。

 今度こそ幸せにしてやりたい-----
 俺の妻として子供として二人を-----
 -----たとえ残された時間がどれぐらいだろうと、俺は諦めない…。
 たとえ神に逆らったとしても…。


 アリオスは、戻った記憶を頼りに、アンジェリークと遠い親戚であるカティスを尋ねてみることにした。
 カティスが営む船会社の事務所前に立つと、流石に緊迫感が身体を襲う。
 相手が自分のことをよく思っていないことは明白だからだ。
 アリオスは、深呼吸をすると、事務所の中に一歩足を踏み入れた。
 受付でカティスに逢いたい旨と名刺を渡すと、それから一時間以上待たされた。
 その間、アリオスはアンジェリークのことしか考えられなかった。

 あいつのことが知りたい・・・。
 この二年の間に何が起こったのか・・・。

 ドアが開く音がして、アリオスは顔を上げた。
「お待たせしました。さあ、どうぞ」
 決してアリオスを歓迎の雰囲気で迎えているわけではなく、むしろその逆だった。
 険悪さを内側に隠しているのが表ににじみでている。
「有り難うございます」
 社長室に通され、アリオスは部屋に入った途端、小さな素朴な壺が目に入った。
 エレミアの民芸品のようで、かつてアリオスがアンジェリークと語り合った海岸や、アルカディアの入り江も描かれている。
 壺を見入っているアリオスに、カティスは僅かに口角を上げ皮肉げに笑った。
 部屋中に硬質な緊張感が漂っている。
「ご要件は」
「アンジェリークのことで訊きたいことがある」
「-----今更」
 カティスはきたかと思い、態度を硬化させる。
 いつものアリオスなら、冷静を保つことは出来ても、いらだちを漲らせる。
 だが今日の彼は違った。
 アンジェリークは、彼にとって最重要案件だ。
 自分が記憶喪失だったこと。
 記憶が戻った後も、アンジェリークに再会するまではエレミアでの記憶が抜け落ちていた話を、丁寧に根気良くカティスにした。
「こんなことをした俺が、許されるとは思っちゃいない。
 手を差し延べられなかったあの二年間に、アンジェリークに何が起こったか知りたい・・・!」
 魂の奥から絞り出されるような声だった。
 しばらくカティスは沈黙をした後、口を開く。
「あの子の”時間”についてはご存じか?」
 アリオスは頷いた。
「そうか・・・」
 カティスは溜め息を吐く。それが全てを表している。
「二十歳までは生きられないと言われたと・・・」
「確かに・・・。あの子は二十歳まで生きられない状況は変わらない」
 苦しげに言うと、カティスはソファに腰掛けた。
「アンジェリークが妊娠してからの話を聞かせて頂ければ・・・」
 空虚な眼差しでカティスは空ろに笑う。
「そうだな。おまえさんには訊く権利がある」
 言葉を切って、カティスは宙を見つめると、アリオスを見た。
「-----アンジェリークの妊娠が判った時、誰もが父親が誰かの検討は付いた。
 私やアンジェリークの主治医で育ての親のハート氏がしなければならないことは、アンジェリークに子供を諦めさせることだった。
 あの身体である以上は、身体に負担をかけさせない為には、中絶をさせなければならなかった。
出産はアンジェリークには”死”に等しかったからだ。
 だがアンジェリークは拒絶した。
 子供の父親の名は明かさなかったが、せっかく授かった命を殺したくないと言って・・・。
 心のどこかでは、親子で一緒に暮らせることを夢見ていたみたいだと、レイチェルは言っていた。
 つまり、あんたを待っていたんだ、ずっと・・・。いつも海岸で同じ時間に散歩していたのもきっと…」
 胸の奥が強くわし掴みにされたように、アリオスは激しい痛みを感じる。

 もし時間を戻せるならば、アンジェリークを抱き締めて、俺の元に連れて帰るのに・・・。

 苦しげに唇を噛むアリオスに、カティスもまた胸がいたかった。
「アンジェリークは中絶を拒否し、我々もアンジェリークのの子供への想いに折れ、出産を許可した。
 ハイリスクな上に、子供も小学校に行くまでは見届けてやれないかもしれない・・・。
 だがアンジェリークは、賢明に子供を産むために努力し、臨月を迎えた。
 しかし、あまりあの子の体調が優れないために、結局出産日までは入院になった。
 いざ陣痛を迎えたが、アンジェリークの出産は難産を極め、命と引き換えのレベルのものだった。
 一時は、アンジェリークだけを生かす方向で処置も取られた・・・。
 最後は無事に自然分娩でなんとかレウ゛ィアスを産んだが、命は削られた」
 アリオスのこめかみが僅かにぴくりと動く。

 アンジェ・・・!!

「出産後の状態も思わしくないにも関わらず、アンジェリークは誰にも迷惑を掛けたくないと、福祉の充実しているアルカディア市へと引っ越していった。親子で生きていくと言ってね。当然私たちは止めたが、アンジェリークは頑固で、働きながら育てるといってね。
 丁度、ハート氏の愛娘でアンジェリークの親友のレイチェルがアルカディアに進学することもあったので、彼女をお目付け役にして、アンジェリークを行かせた。
 当然私たちは止めたが、アンジェリークは頑固で、働きながら育てると言って出ていった」
 そこまで話し終えると、カティスは置いてある先程の壺をアリオスの前に置いた。
「これはアンジェリークが、”自分の遺灰入れ”と置いていったものだ・・・」
 カティス真っ直ぐとアリオスを見つめ穏やかに話す。
「出産で命を削り、子育てで命を削ったんだあのこは。ただでさえ僅かしかない命を、子供の為に…。
 ------アリオスさん、アンジェリークはあと一年は生きられない」
 背筋に冷たいものが流れ落ち、他の感情が凍り付くのを、アリオスは感じた-----

アンジェ・・・!!!!

コメント

「愛の劇場第5弾」です。
今回は、べたにメロドラマの題材です。
遺灰のエピソードは書きたかったので書きました。
果たして二人はどぷなんるのでしょうか。
暗いな…。




  BACK     TOP     NEXT