LULUBY IN BLUE

chapter12


 お互いの温かさに包まれ合い、ふたりは牧歌的な時間を過ごす。
 景色を共に眺めたり、波と戯れたり。ピクニックシートを敷いて、ふたりはそこに腰を下ろしていた。
「綺麗なうえに、凄く空気が澄んでるな?」
「でしょう! ここは”理想郷”って名前がぴったりなの」
 少し自慢げに笑う彼女を、アリオスは優しく包み込む。
「あっ・・・」
「俺にはおまえのほうが綺麗だけどな?」
「アリオス・・・」
 アリオスの広い胸に凭れながら、しばらくアンジェリークはじっとしていた。
 今日は薄曇りで、日がそんなに当たらないせいか、二人以外の誰もこの場所にはいなかった。まるで時間がそこだけ別に流れているようだ。
「腹減ったな?」
 アリオスの言葉に、アンジェリークはくすりと笑う。
「じゃあランチにしましょう?」
「だな」
 シートの上にランチを並べる。
 どれもアンジェリークが心を込めて作ったものだ。
「ちゃんとお手拭きも持ってきたから、それを使ってね」
 くすくすと笑ってお手拭きを渡すアンジェリークに、アリオスも微笑んで受け取った。
 楽しいランチタイムが今始まる。
「おまえなかなか料理が上手いな?」
「有り難う。お手伝いの賜物なの」
 アンジェリークは本当に嬉しそうに笑い、はしゃいでいた。
 自分で作ったものを美味しいといい、ご機嫌のようだ。
「なあ、さっきの船のヤローは・・・」
「カティスさんは、私の唯一の肉親なの。亡くなったママの従弟なの」
 自慢げに屈託なく言うアンジェリークに、アリオスは少しだけカティスに羨望を感じる。
「おまえは両親はいないのか?」
「うん・・・。小さいときから、お医者様のお宅でお世話になってるの。皆さん良い方で、特に同じ世代のレイチェルは、大の仲良しなの!」
 アリオスは、アンジェリークが曇りない笑顔で応えているせいもあり、上手く行っているのだと感じた
 だが、そんな彼女だからこそ、全てで守ってやりたかった。
「アンジェ」
 華奢な身体をぐっと抱き締め、アリオスは離さないようにする。
「アリオス・・・」
「おまえどこが悪いんだ? おまえのためなら何でもしてやる・・・。
 これからも一緒に生きていこう。俺のとこに来い」
 胸に彼の言葉が染み入り、涙が溢れる。
 心から嬉しかった。
 そうしたかった。
 だが現実はそうはいかないのだ。

 私にもっと時間があればよかったのに・・・。

 シートの上に、静かに寝かされる。
 愛と情熱の溢れた眼差しで見つめられて、アンジェリークの心が潤む。
 美しい場所が思い出の場所になるように、ふたりはしっかりと抱き合った。
 ワンピースのファスナーを下ろされてもアンジェリークは抵抗しなかった。
「綺麗だな、おまえは・・・」
「アリオスも綺麗・・・」
 二人は、深い愛情を込め合って愛し合う。
 互いの身体に触れ、慈しみ合い、ありたけの愛をぶつけ合った。
「ずっと一緒にいような・・・?」
「アリオスっ・・・」
 この日、アンジェリークはアリオスと結ばれ、ふたりの間に輝かしい命が誕生した------

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 翌日、アリオスはいつものようにいつもの場所でアンジェリークを待っていた。
 だが、現れたのは金髪の美少女だった。
「アナタ、アリオスさん?」
 頷くと、少女は強張りのある冷たい表情でアリオスを見る。
「ワタシ、レイチェル。アンジェの遣いで来たの」
「アンジェは?」
 アリオスの表情もまた強張りをみせ眉根を寄せた。
「熱出してるから今日は外出出来ないの。明日には来るそうだから」
 ”明日は来る”------
 その言葉に、アリオスが心からほっとしたのは言うまでもない。
「これあのコから預かってきた手紙。今日はごめんって言ってた」
「サンキュ」
 渡された手紙の封筒の色は、アンジェリークらしくさくら色で、こんなことすらにも和んでしまう。
「アンジェの身体はどうなんだ?」
「明日には平気よ」
「そうか」
 心からほっとした後、アリオスは僅かに笑う。
「じゃあ、確かに渡したから」
「サンキュ!」
 金の髪の少女が走っていくのを見送った後、アリオスは封筒に視線を落とし、早速見た。

 アリオスへ。
 今日は行けなくてごめんなさい。
 本当は行きたかったんだけど、身体が思うように動かないので、大事を取ることにしました。
 本当はあなたと逢っていっぱい話したかったの。
 昨日は本当にどうも有り難う。
 あんな楽しい日はなかったわ。
 今までで一番の思い出です。
 どうも有り難う。
 明日はちゃんと行くね?
  アンジェリーク-----

 彼女らしい柔らかな筆跡に、アリオスは笑みさえ零す。

 明日はちゃんと言わなきゃな・・・。
 おまえを生涯離すことはないと・・・。

 アリオスはポケットに入れた指輪ケースを出すと、それを満足そうに見つめていた-----

                   -----------------------------

 翌日。
 いつもの時間、いつもの場所にアンジェリークは現れた。
 更にはかなげな美しさが加わり、アリオスは見惚れてしまう。
「アンジェ、身体は平気か?」
「うん大丈夫よ?」
 いつもと変わらない顔色と笑顔にアリオスは安心したように笑い、アンジェリークの小さな手を握り締めた。
「今日は話がある。岩場にいかねえか?」
「うん」
 二人は岩場まで手をしっかりとつなぎ散歩を楽しむ。
 岩場に着くと、レディファースト宜しくアンジェリークを座らせてから、アリオスが座った。
「アンジェ、これからも一緒にいような?」
 このタイミングで約束の指輪を渡そうとする。
 だが、アンジェリークは今までで一番寂しそうに微笑むと、涙を浮かべてアリオスを見つめた。
「アリオス、あなたと居られて私は、とても幸せよ?
 だけどね、あなたとお別れしなくちゃならないの…」
 アンジェリークの声が震えている。
 あまりにもの突然のことで、アリオスは、らしくなく取り乱してしまう。
「なぜだ!!!」

 アリオス-----
 取り乱すほど私を思ってくれることを私はどれほど嬉しいと思っているか…

 アンジェリークは覚悟を決めると、澄んだ潤んだ眼差しでアリオスを穏やかに見た。
「------わたしね…二十歳まで生きられないの…」
「………!!!!!」
 衝撃の告白だった。
 アリオスはその場で頭をハンマーで殴られたような衝撃を感じる。
 目の前が真っ暗になってしまい、アリオスは暫く放心状態になってしまう。
「-----昨日もね、本当は発作が起こったから来れなかったの…。
 あなたは、健康な女性と付き合うべきよ…」
 最後の声は、涙で震えている。
「バカ!!」
 ぎゅっとアリオスはアンジェリークの華奢な体を強く抱きすくめた。
「あっ…」
 甘く喘ぐアンジェリークの吐息が響き渡る。
「俺、おまえを諦めたくない!! 諦められねえ!!
 おまえが病気だろうとそんなことは関係ねえ!! 
 一緒に戦ってやる!! 病気なんかこの俺が何とかしてやる!!!!
 愛してる!!! 俺はおまえじゃなきゃダメなんだ!!!」
「・・・アリオス」
 彼の声が最後は震えているのが判る。
 腕を通じてアリオスの温かさが身体に染み渡ってくる。

 あなたの命が私の身体に流れ込んでくる…。
 こんなにあなたに愛されて・・・。
 私もこんなに愛している…

「一緒に生きていこう…」
「有難う、アリオス…、うん、うん…!!」
 泣いて頷く彼女の涙を舌先で舐め取ったあと、アリオスはポケットから指輪のケースを取り出した。
「アリオス…」
 そのケースを見るなり、アンジェリークは大きな瞳から再び涙をこぼす。
 嬉しくて、堪らない。
「ッたく、泣き虫だなおまえ…」
 苦笑するアリオスに、アンジェリークは上目遣いで見た。
「だって…」
 すっと細い彼女の左手を取り、アリオスは指輪を、薬指にそっとはめる。
「約束だ…。
 ずっと一緒だって言う…」
「アリオス…」
 指輪をはめられた瞬間のアンジェリークの表情は、華やぎと美しさが同居した素晴らしいものだった
 今までで一番美しい彼女がそこにいた-----
「有難う-----一生大切にするね?」

                   -----------------------------

 -----全て思い出した…!!!
 どうして俺はこの表情を忘れてしまったっだろうか。
 今までで一番美しかったアンジェ。
 結局、俺は翌日、エレミアでの記憶を引き換えに、それ以外の記憶を全て思い出した。
 そして------
 アルカディアの街に帰り、アンジェリークを冷たくも捨てていった-----
 記憶とともに。
 お腹の中に自分の子供を身篭った、小さく、そして残された時間のない少女がいることを、俺はこのとき知らなかった。
 記憶とともに抹殺したのだ------

コメント

「愛の劇場第5弾」です。
今回は、べたにメロドラマの題材です。
今回からは過去編です。
次回はエレミア編です。




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