やっぱり、アリオス先生、完璧に教えてる・・・。 こんな先生になりたいと思うより、この人に習いたいって、私、思ってる・・・。 「アリオス先生! 質問!」 「ああ、待ってろ」 群がる生徒をいったん制すると、アリオスはアンジェリークを見た。 「先、準備室帰っててくれ」 「はい」 冷たくあしらわれたようで、アンジェリークは少し痛い。 アリオスはやはり、その容姿と、授業の判り易さに、生徒から絶大な人気があるせいか、毎休み時間は、かなりの生徒に囲まれてしまうのだ。 そのせいか、若いアンジェリークには手厳しい意見が多く、一部の生徒たちはいつも彼女を半ば無視する。 ”オバサン”と言って。 まっすぐと数学準備室の前まで向かったものの、何だか気持ちがもやもやして中に入れず、彼女は廊下の窓に凭れかかって、大きな溜め息を吐いた。 「おい、悩みか?」 振り返ると、そこにはアリオスの隣のクラスの担任で、人気を二分している英語教師オスカーが立っていた。 「オスカー先生・・・」 「どうした? 何か悩みことか? お嬢ちゃん、何でもこのオスカーに言ってみなさい」 少し暗い面持ちのアンジェリークに、オスカーは本領発揮して明るく軽く言ってくれる。 それに誘われるかのようにして、彼女は少しだけ笑った。 「私って・・・、人望ないのかなって・・・」 ぽつりと呟くと、アンジェリークは窓の外を見た。 「それは違うと思うぞ」 「先生・・・」 顔を見たアンジェリークに、オスカーは優しい笑みを浮かべる。 「確かに、生徒たちは手厳しい。だが、それはお嬢ちゃんに対する”嫉妬”さ」 「”嫉妬”?」 「ああ。お嬢ちゃんが若くて可愛いからだ。生徒たちは、”後からきたのに、私たちのアリオス先生を一人占めして!”って、思ってるはずだ」 少しびっくりしたように、アンジェリークはオスカーを見上げる。 「嫉妬? そんな・・・」 「頑張れば判ってくれるからな?」 「はい」 ぽんと気合いを入れるかのように背中を叩かれて、アンジェリークは少し元気になったような気がした。 「おい」 低い声で声を掛けられて、アンジェリークは振り返る。 「アリオス先生」 「オスカーの野郎は何だと言ってた?」 あからさまにアリオスは不機嫌そうに呟く。 「元気がなさそうだと、少し励まして下さいました」 先程、アンジェリークが少し元気がなかったので、早めに生徒たちの相手をするのを終わらせてきたのだ。 この昼休みの間に、彼女の悩みを聞いてやり、元気を出させようと思った。 だが、その役を、あっさりとオスカーに持っていかれてしまった。 トンビに油揚げをさらわれた気分である。 彼は益々不機嫌になると、そのまま準備室に入っていく。 「浮かれてねえで、さっさと部屋に入って昼メシを食っちまえ」 いつもより冷たい彼に、アンジェリークは戸惑いを覚えながら部屋に入り、また、沈みこんでしまった。 「コレット」 「はい」 「明日から授業の一部とホームルームをしてもらうからな」 その言葉に、アンジェリークは戸惑う。 「・・・私・・・本当に出来るんでしょうか・・・」 自信がない彼女は、震える声で言うと、不安げにアリオスを見上た。 その大きな瞳は、明らかに彼に縋っている。 「・・・先生みたいにやる自信がない・・・」 「・・・おまえ、そんなんで、教師は出来ねえぞ? 何のために今まで俺についてきた」 きつい論旨が、アンジェリークの胸を鋭く抉ってくる。 彼女は、唇を噛み締めた後、俯いたまましばらく顔を上げなかった。 私・・・。 負け犬だ・・・ アリオス先生の言うとおりだ。 アンジェリークは、こみ上げてきた涙をぐっと堪えると、顔を彼に向ける。 「頑張ります・・・・! 精一杯・・・」 「それでこそ、コレットだぜ」 ほんの少しアリオスは笑うと、アンジェリークの肩を軽く叩く。 指先から溢れてくる温かさを感じて、アンジェリークは、勇気が沸いてくるような気がする。 頑張ろう・・・。 頑張れば先生誉めてくれる・・・? アンジェリークは、少しずつ、自分の"思い"に気付き始めた。 -------------------------- 一日目は、上手く行った。 だが、二日目はアリオスが、午後から大学部から請われた研究資料を持って外出してしまったために、アンジェリークが一人でSHRを行うことになった。 教室に入り、クラス委員が起立例の号令をかけた瞬間、一分の生とはアンジェリークを無視して立ち上がらなかった。 アリオスがいないからである。 ・・・・どういうこと・・・!? 気を取り直して、アンジェリークは息を吸い込んでから言う。 「はいではSHRを行います」 その瞬間、号令を無視した生徒たちは、そのまま教室を出て行ってしまった。 一部の生徒たちから顰蹙の眼差しを受けているが、彼女たちは平気のようである。 アンジェリークは悔しかった。 自分よりも年sタの少女たちに、こうも馬鹿にされることが。 だが、ここで騒げば、自分がめけと判断し冷静にことを進めた。 「では、連絡ですが、アリオス先生からのご連絡で、こちらの懇談希望調査票を記入の上、一週間後までに提出してください。いない方の分は机に入れておいて下さい」 アンジェリークは、気力を絞り込んで、プリントを配り、円滑に進めようと努力する。 「はい、では連絡は以上です!」 凛とした声で言うと、クラス委員は号令を駆け、何とか今日のSHRは終わった。 アンジェリークは、そのまま、数学準備室へと向い、悔し涙を流した---- ------------------------- 翌日も、アリオスはSHRのときに席を外したため、アンジェリークは一人で行うことになった。 教室に入ると、彼女の顔を見るなり、また、同じ生徒たちは挨拶をおこなわず、勝手に、教室から出て行ってしまう ・・・また・・・ アンジェリークはそのまま、SHRを今日も何とか冷静に続けて終え、掃除の監督も何とかこなして、数学準備室へと向かう。 「失礼します・・・」 ドアをあけた瞬間顔を上げると、そこにはアリオスが立っていた。 彼は少し厳しい顔をして、じっと彼女を見ている。 「----コレット」 怒られるかと思い、アンジェリークは身体をびくりとさせた。 だが---- 「よく頑張ったな?」 優しくそう囁くと、アリオスはその腕の中に華奢な彼女の身体を抱き寄せる。 その温かさが心地よくて、安堵感を与えてもらって、アンジェリークは、堪えたものを一気に吐き出すかのように声を殺して泣いた。 夕方の日差しが二人を照らしていた---- |
コメント
59000番を踏まれた朝倉瑞杞様のリクエストで、
「実習生コレットと指導教官アリオス」です。
今回のアリオスさんは、仕事には少し硬派な感じをイメージしてみました・・・。
生徒といえども、女です。
嫉妬は恐いかな?(笑)