「あなたの担当は、アリオス先生になりますから、しっかりついて頑張ってくださいね〜」 「はいっ!」 教頭のルヴァに、アンジェリークは、実習担当であるアリオスのいる数学準備室に連れていかれるようとしていた。 アリオス先生って恐いのかな・・・ アンジェリークは数学教師志望で、現在は教育学部の三回生である。 今日から二週間、スモルニィ学院高等部で教育実習に当たるのだ。 「あ〜、ここですよ〜」 彼女が高校時代と同様、とてものんびりとしている。 ルヴァがノックをしている間、アンジェリークは背筋を伸ばした。 「あ〜、アリオス、ルヴァです」 「ドウゾ」 とてもいい声だが、どこか厭世的のある響きがドアの向こうからする。 どんな先生なのかしら・・・ 期待は・・・アンジェリークも乙女なので少しはするが、それよりも不安のほうが彼女の心を大きく締めていた。 ゆっくりと、無機質な数学準備室に足を踏み入れた瞬間、煙草の煙が目にしみた。 「アリオス、煙草を吸うときはちゃんと換気をしてくださいよ〜!」 「あ、すまねえな」 ごほごほとせきをするルヴァの声に反応して、白いシャツの青年が振り向いた。 カッコいい・・・! 銀色の髪と、形の良い神秘的な黄金と翡翠の対をなす宝石のような瞳。 すっと通った鼻筋、薄いが形の良い唇---- これらがアンジェリークの心を一瞬にして鷲掴みにする、少し危険な大人の色香を漂わせている。 煙草を口に咥えたまま、彼は、数学者の専門誌を読みふけっていたようだ。 「アリオス、彼女が、大学部教育学部の実習生、アンジェリーク。コレットです〜。私の教師時代の担任していた生徒なんですよ〜」 アリオスは、すっと立ち上がると、アンジェリークをまじまじと見つめる。 その視線の、艶やかさに、アンジェリークはたじろいでしまい、真っ赤になる。 「あ、あの、アンジェリーク・コレットです。これから二週間、宜しくお願いします!」 「ああ、よろしく」 さらりとアリオスは交わして、余裕をもった笑みをアンジェリークに浮かべている。 「あ〜、もう打ち解けたんですか〜、アリオスは可愛い女の子が好きですからね〜。では、私は、次の仕事にジュリアスに呼ばれていますからね〜、行きますよ〜」 ルヴァは、ニコニコと笑って、数学準備室を出ていった。 アリオスとこの準備室で二人きりになってしまい、アンジェリークは妙に落ち着かない。 「まあ、その辺に座れ」 「あ、はい」 アンジェリークは、近くの椅子に腰をかけ、小さくなる。 「クッ、おまえ、男に免疫ねえのか?」 再び煙草を口に咥えて、アリオスは喉を鳴らして笑う。 「そ、それは・・・」 本当のことのせいか、アンジェリークは言葉が詰まってしまう。 「まあ、ずっと、スモルニィのお嬢様育ちだったらしかたねえけどな ----が」 彼はここで言葉を切ると、真っ直ぐとアンジェリークを見つめた。 先ほどのからかう色など微塵にも見られない。 その眼差しは真摯そのもので、切れるように鋭く光っている。 アンジェリークは、思わず背筋を伸ばした。 「-----俺には、男に免疫がなかろうが、お嬢様育ちだろうが、ここの卒業生であろうが関係ねえ。 これは仕事だ。 ちゃんと責任を持って勉強しろ。 遊び半分で実習を受けてもらったら困るからな」 その身が引き締まる思いだった。 ・・・厳しい アンジェリークの表情も、先ほどのにこやかなものから、厳しさを含んだそれに変わった。 チャイムが鳴る。 アンジェリークには、それが戦闘開始のファンファーレに聴こえてならない。 「時間だ」 「はい」 アリオスが、出席簿と授業の道具を持って外に出、アンジェリークもそれに続く。 「コレット、仕事というのは、手取り足取り指導してもらって覚えるものじゃねえ。 おまえは俺がやるのをしっかり見て、それを吸収して覚えろ。俺からはいちいち何も言わねえ。判らねえことがあったら訊け。だがしょうもないことは訊くな」 「はいっ!」 軽く考えていた教育実習だったが、アリオスの厳しさにアンジェリークは逆に引き締まった思いがする。 がんばるしかないわよね、ファイト! アンジェリークは、持ち前の明るさで、これを乗り切ろうとしていた。 ---------------------------------- アリオスに付いて、アンジェリークは彼の授業をじっと見学していた。 教え方も判りやすく完璧で、そして授業自体が、厳しさの中にも楽しさがある。 飴と鞭がきちんと使い分けられた、メリハリのある授業だった。 アンジェリークは、その様子を見ながら、一生懸命メモなどを取り、その術を盗もうと懸命である。 だから、余りにも一生懸命なものだから、午前中で一端くたくたになった。 授業が終わり、ぐったりとしている彼女に、アリオスは声をかけた。 「疲れただろう?」 「少しだけです」 「まあ、午後は二時間だけだからな? 昼休みに少し息を抜けば集中力も戻る」 「はい」 二人はとりあえず、数学準備室へと行き、そこでお昼を食べることにした。 「先生はインスタントのカレーですか?」 「ああ、俺は一人暮らしだからな、腹に入れば何でもかまわねえ」 「そんなの不健康です!」 アンジェリークはきっぱりというと、アリオスの昼食と自分の昼食を入れ替えた。 「量は少ないかもしれませんが、こっちのほうがよほど健康的です。私も一人暮らしですから、こういったお弁当類には気を使うんです」 凄い勢いに、アリオスは喉を鳴らして笑ってしまう。 「サンキュ、おまえの弁当食うよ」 「明日から二週間ですが、食生活の改善は私がします! 作ってきますからね!」 強い調子で言われると、何だか先ほどとは立場があべこべである。 「お願いする。 -----ただしこれで、成績は変動しねえからな?」 ニヤリと悪戯っぽく笑われて、アンジェリークは真っ赤になった。 「そっ、そんなこと期待してませんよ?」 真っ赤になりながら、またおどおどとした彼女がこの上なく可愛いとアリオスは感じる。 「さ、、せんせいごはん、ごはん!」 「ああ」 アリオスは、先ずそのお弁当に見た目も綺麗になっているのも驚いたが、その味もまた格別で、こちらでも驚いた。 「コレット、おまえ先生志望を止めて弁当屋になってもいいぐらいじゃねえか?」 「ホント! 嬉しいです!!」 彼女は太陽のような微笑を浮かべて本当に嬉しそうに笑った。 煌くような笑顔に、アリオスは思わず心奪われてしまう。 可愛いな・・・。 こう見てると本当に良い笑顔をする・・・ おまえだったら良い教師になれるんじゃねえか・・・ 先生、厳しい人だけれど、どこか温かい・・・。 いいな・・・。 仕事には真摯な態度で、そして、こうやってオフにはとても気さくで・・・。 めりはりがっできる男の人ってとっても素敵だな・・・。 明日から、頑張ってお弁当を作ろう・・・。 二人はまだ、お互いに引かれ始めていることを、気が付かない---- |
コメント
59000番を踏まれた朝倉瑞杞様のリクエストで、
「実習生コレットと指導教官アリオス」です。
今回のアリオスさんは、仕事には少し硬派な感じをイメージしてみました・・・。
といってもどうせ手は出しますが。
頑張れアンジェ!