「落ち着いたか?」 「はい・・・」 「見ててくれたんですね・・・」 「まあな・・・」 学校からの帰り、アンジェリークは、初めてアリオスに誘われて、小さな食堂にきていた。 温かい雰囲気で、アンジェリークは、少し気持ちが和んでくるのを感じた。 「何か食うか?」 「先生のお勧めは?」 今夜は、アリオスに従いたい気分だ。 「あ、俺はいつも”晩飯セット”だ。栄養のバランスが良いからな」 「じゃあ私もそれで」 少し笑うと、アリオスはすぐに注文してくれた。 「先生、私・・・、教師に向いてないのかな・・・」 ぽつりと言う彼女は、まだ引きずっている。 「自信をなくしちゃおしまいだぜ?」 アリオスの言葉は、いつも真を突いている。 アンジェリークは頷くと、その言葉を十分に噛み締める。 「有り難うございます。また、諦めずに頑張ってみます」 いつも前向きでいられるのが、自分にとって唯一の出来ることだから、アンジェリークはそうしようと心に誓う。 「そうだな・・・」 アリオスは、前向きな彼女に、深く優しい微笑みを送った。 「数学科はまだましだからな? いろいろと。国語科や社会科はもっと大変みたいだしな?」 「大変?」 「お互いの主義主張がぶつかりあう」 アンジェリークは驚いたように目を丸くする。 「主義主張?」 「まあ、教科の特性だな。数学のように一辺倒な理論を教えているわけではないからな。互いの、主観が入る。それを押しつけられる実習生が、毎年たくさんいるぜ」 アリオスの言葉は、アンジェリークにとっては未知の世界のように思える。 彼女は、少し安堵の表情を浮かべて、アリオスを見た。 「まあ、俺が実習担当で良かっただろ?」 「はいっ!」 アンジェリークは、もちろん即答だった。 「クッ、サンキュ」 そのタイミングが余りにも早かったので、アリオスは吹き出してしまった。 その瞬間、アンジェリークは真っ赤になり、可愛らしくも、顔を隠してしまう。 「本当におまえは可愛い女だよ」 益々顔を赤らめるアンジェリークであった。 注文したものが運ばれてきて、二人はそれを美味しそうに食べる。 「おまえの弁当ほどじゃねえが、美味いだろ?」 また、アンジェリーク照れてしまう。 本当に楽しくて、心までが暖まる。アンジェリークは、心の奥底にあるどす黒い感情が浄化され、ストレスが飛んでいくことを感じていた。 すっかり気分が良くなった後、アンジェリークは、アリオスに家まで送ってもらった。 「コレット、おまえは、一人暮らしが長いのか?」 「はい、高校生の頃からです。親が海外赴任なものですから」 「そうか。だから弁当も美味いんだな」 アリオスが、納得するように頷けば、アンジェリークは、恥ずかしそうにする。 「おまえ、良い嫁さんになるぜ?」 ニヤリと微笑まれて、アンジェリークは、本当に茹で蛸のように真っ赤になる。 「・・・そんな人いないです・・・」 少しアリオスは、嬉しそうに笑うと、アンジェリークを一瞬だけ見つめる。 「可愛いな、おまえ」 「もう、からかわないで下さいっ!」 照れたような拗ねたような表情が可愛くて、彼は笑った。 「あ、このアパートです」 「もう着いたのか?」 「もう・・・」 余りにも楽しくて、アリオスもアンジェリークも名残惜しくて声を上げる。 「ったく、おまえといると時間が過ぎるのが早いな」 アリオスは少し口角を上げ、残念そうにぽつりと囁く。 「着いたな」 車は静かにアパートの前に止まった。 「有り難うございました」 アンジェリークはシートベルトを外すと、彼に丁重に礼を言い、車から出ようとした。 「おい、コレット」 アリオスは、アンジェリークの腕をしっかりと掴むと、出ようとしていた彼女の体を、車に押し戻す。 「コレット、明日からまた、上手く行くように、おまじないをしてやるよ?」 「本当ですか?」 アンジェリークの瞳に、期待が溢れ出る。 「ああ、とっておきのだ・・・」 そのまま、アリオスの唇が近付いてくる。 アンジェリークの瞳が、徐々に閉じられ、閉じ切ったときに、アリオスの唇が重なった。 それはとても深いもので、最初は甘く優しかったが、段々と官能的になってゆく。 舌で口腔内を巧みに愛撫をされ、上顎を舌先で刺激をされると、彼女は僅かに震えた。 ようやく、唇が離されると、アンジェリークはアリオスの腕の中で崩れ落ちる。 「あ・・・」 「おまじない終了」 「あ、有り難うございました」 まだ頭がぼんやりとしている。何だか夢見心地だ。 何とか体を起こして、アンジェリークは、車から降りる。 「あ、りがとうございました!」 「またな?」 アリオスに見送られて、アンジェリークは車から出て、ふらふらとアパートへと向かう。 唇を押さえながら、心臓が飛び出てしまいそうだ。 頑張れるかもしれない・・・。 先生から"おまじない"をしてもらったから・・・ アンジェリークは、甘くてとても熱い想いに満たされながら、勇気が沸いてくるような気がした---- ---------------------------- 次の日から、アンジェリークは、どんなことがあっても前向きで、しっかりとジッしゅんをこなしてゆくようになった。 その熱意が伝わっていったのか、HRを彼女が担当しても、でていく生徒がなくなった。 これはアリオス先生のお蔭かな・・・ アリオスに見守られてやる授業は、生徒たちにも大変評判が良く、アンジェリークの評判は高まっていった。 生徒たちも、渋々ながらも、アンジェリークの存在を認めてくれだした。 そして---- 実習の仕上げになり、評価をつけられる授業の日となった。 今日はたくさんの教師が見に来る大切な授業だ。 「先生、頑張ってきます!」 「ああ、しっかりやれ?」 アンジェリークは、ふと、アリオスを上目遣いで見つめる。 「先生・・・」 少し恥ずかしそうに見つめる彼女に、アリオスはその瞳を覗き込む。 「何だ?」 「"おまじない"してください・・・?」 途端にアリオス表情は笑顔になる。 「オッケ」 彼は顎を持ち上げると、優しくついばむようなキスをした。 「濃いのは"ごほうび"な?」 「はい・・・」 恥ずかしそうに、だが嬉しそうにアンジェリークは頷いた後、姿勢をただし、彼女は数学準備室を出て行く。 「頑張れよ!」 「はいっ!」 アンジェリークは行く。 戦いの場へと----- 授業は、多数の教師が見学の元、始まった。 その中には、アンジェリークの恩師のルヴァも、勿論担当のアリオスもいる。 頑張ろう・・・!! 先生に心を込めて・・・ アンジェリークは、授業を開始した---- 一生懸命授業をするアンジェリークを、アリオスは一瞬たりとも目を逸らさずに、見つめていた。 良くここまでがんばったな・・・。 おまえはもう立派に教師を務めることができる・・・。 太鼓判を押すぜ? 「以上で今日の授業を終了します!」 その声と同時に、クラス委員が起立礼の号令をかける。 一瞬アリオスとアンジェリークの目が合い、二人は目配せをしあった。 互いに笑みが零れる。 アンジェリークは仕事を足り終えた充実感の含んだ、本当に良い笑顔だった---- 授業が終わった後、判定会議があり、アンジェリークは、数学準備室でアリオスの帰りを待っていた。 時計を見ながら気持ちが逸る。 ドアがゆっくりと開き、アリオスが中に入ってきた。 「先生!」 アンジェリークは立ち上がると、アリオスをじっと見つめる。 「どうでしたか?」 「ああ。全くもめなかったから早く終わった」 アリオスはそこまで言うと、少し残念そうな笑顔を浮かべた。 「成績はAだ。 そうじゃなかったら、俺の嫁さんにって言う所だったがな?」 先生のお嫁さん・・・! 成績が良かったという事実は、アンジェリークにはもうどうでも良かった。 「・・・先生、それ本当なの?」 「えっ、成績の件か?」 「"お嫁さんの件”・・・」 消え入るような声で、アンジェリークは、アリオスに恥ずかしそうに言う。 「本気だって言ったら?」 その瞬間、アンジェリークはアリオスに抱き付いていた。 「アンジェリーク!」 あまりにもの大胆な彼女の行動に、アリオスは最初はめんを食らったが、その後直ぐに、彼は彼女に応えるかのように抱きしめる。 「アンジェって呼んで?」 「アンジェ」 甘く名前を呼ばれて、彼女は満足そうに溜息を吐いた。 「----アンジェ、愛してる・・・」 耳朶を甘く噛まれながら、情熱的に囁かれて、アンジェリークは、嬉しさのあまり泣き笑いをする。 「私が先に言おうと思ってた・・・」 「バカ、おまえにこういう事は先を越されたくねえんだよ」 キスをしながら、アリオスは少し照れくさそうに囁く。 「・・・ん・・・私も愛してるわ・・・」 この瞬間から、二人は教官と実習生ではなく、ただの男と女になる。 何度もキスを交し合って、二人は、甘い愛を語り合う。 ジッ旬が結びつけた恋が、大輪の花を咲かせるのは、もう直ぐ近くまで来ている---- |
コメント
59000番を踏まれた朝倉瑞杞様のリクエストで、
「実習生コレットと指導教官アリオス」です。
ようやく大団円です。
アリオスさんにとって今回の実習は花嫁探しになったようですな。
朝倉様。
毎回こんなんですみません・・・