アンジェリークは嬉しさの余り、アリオスばかりを見つめ、にんまりと笑っている。 アリオスはといえば、表情のなく僅かに眉を動かして答えるだけだ。 「今回、君達に手助けをしてもらう訴訟は、少し困難なケースの殺人事件だ」 これを聞いた瞬間、アンジェリークから愛らしい笑顔が消えた。 「依頼人は、フィットネスビジネスで大成功を納めている、ロザリア・デ・カタルヘナ」 「知ってるわ! 私、彼女のメソッドで、3キロ痩せたのよ! リバウンドなし!」 アンジェリークは、知っているとばかりに、笑顔で声を上げた。 アルミスは咳払いをした後、一瞬だけアンジェリークを見て続ける。 「今回は、そのロザリアに富豪である夫殺害容疑がかけられている。富豪とは昨年結婚をしたのだが、30歳という年の差からか、財産目当ての犯行ではないかと言われている」 「それはないわ! 彼女はフィットネスの女王なのよ! 名門の出だし、お金はあるわ」 アンジェリークは立ち上がると、憤然とした眼差しをなぜかアルミスに向けた。 「------依頼人を信じるのは結構だが…、その人の話はちゃんと聞きなさい」 「はい」 アルミスに制されて、彼女は躰を小さくさせる。 「----殺意は否定をしているものの、彼女のアリバイがはっきりしない。何度訊いても、それだけは言えないの一点張りだ。そうなると、なかなかこちらとしても、疑いをはらすこと難しくなる。 そこで、君達の手助けを借りて、何とかしたいと思うのだ。 -----頑張ってくれるな」 これには誰もが頷き、その中でも一際、アンジェリークの頷きは大きかった。 私がロザリアさんを助けてあげなくっちゃ!! 「では接見に向うから、各自着いてきなさい」 アンジェリークたちはぞろぞろと、遠足のように着いていく。 アリオスが運転する車にアルミスやティムカと一緒に乗り込んで、拘置所に向う。 アンジェリークは瞳を、一際輝かせていた。 「おとなしめにな」 「はい」 車から降りる際に、そっとアリオスが声を掛けてくれたので、アンジェリークは彼にだけ花のような笑みを浮かべる。 流石に拘置所に来ると、アンジェリークの表情もひき締まった。 ドアが開き、優雅にもロザリアが接見室に入ってくると、その美しさにアンジェリークもレイチェルも呆然とした。 「今日はたくさんいるのね」 ロザリアは皮肉げに僅かに眉を上げると、貴婦人のように口角を僅かに上げた。 「これは私のロースクールの生徒と、うちの事務所のアリオスとエルンストです。弁護団としてあなたの訴訟を担当させて頂きます」 彼らが深々と礼をしたが、流石にロザリアは笑わない。 「学生さんの手を借りるのね。よろしくね」 アンジェリークは深く頷くと、立ち上がる。 「あら、あなたどこかで?」 見覚えのある顔だったので、ロザリアは小首を傾げてアンジェリークを見た。 「私、あなたのメソッドで、リバウンドなしに痩せられたんです! お教室にも通っていました! あなたは、美と健康で人々を幸せにするんだもの。そんなあなたが、人殺しなんか出来るはずがないわ! 私は”無罪”を深く信じるわ!」 確信としたアンジェリークの言葉に、ロザリアはようやく微笑んだ。 「あなたは頼りになりそうね。弁護料ばかり高い弁護士は、願い下げだもの」 ちらりと一瞬だけ、ロザリアはアルミスを見る。 「それで、ご主人が殺されていた時のアリバイは言う気になられましたか?」 アルミスは探るようにロザリアを見た。 ふたりは本当に腹の探り合いの雰囲気があった。 「いいえ。言うわけには参りませんわ。絶対に。ですが、私は主人は殺しておりませんから!」 きっぱりと言うロザリアは潔く凛としていたので、アンジェリークは拍手を送りたくなる。 「このままだと、あなたは有罪になります。正直にお話いただけませんか?」 アルミスは探るようにロザリアに問いかけた。 「それを何とかするのが、弁護士でしょ!?」 ロザリアのストレートな言葉には、アンジェリークは全く一理あるとばかりに、ついつい頷いてしまう。 「教授!」 すっかりロザリアに感化されてしまったアンジェリークは、力強く立ち上がった。 その勢いに誰もが圧倒される。 「私たちは依頼人の方を信じて、良い方向に持っていくのが仕事だと思うんです。だから、ひとつの可能性がなくなっても、他に可能性を探せばいいと思うし、それが弁護士だと思うのです!」 これにはあのレイチェルも深く頷く。 「ワタシもそう思います」 初めてだった。 レイチェルが同意してくれたのが嬉しくて、思わず微笑んでしまう。 「弁護士とはそうあるべきだそうでしょう、教授」 アリオスはきっぱりと言うと、真っ直ぐアンジェリークを見つめた。 それが彼女は嬉しくて堪らない。 ふたりの女生徒の言葉は、ロザリアを十分に満足させることが出来るものであった。 「あなたたちなら、任せられそうだわ」 彼女は嬉しそうに頷き、アンジェリークたちも無意識に手を取り合って喜ぶ。 ロザリアは、不意に、時計を見た。 「あっ、もう接見の時間がもうすぐ終わるわ。じゃあそういうことで、皆さんよろしくお願いします」 ロザリアはアンジェリークとレイチェルに笑いかけた後、颯爽と去っていく。 ふたりの女子生徒はすっかり依頼人に心酔していた。 接見終了後、事務所に戻り、会議が持たれた。 「やはり、アリバイがないと拙いのではないのか? アンジェリーク、レイチェル」 アルミスはjわざと落ち着いた風に威厳に満ちた声で訊いたが、ふたりの女生徒は、それにうろたえることなく冷静だった。 「-----再び聞き出してみる価値はあるかもしれませんが、それよりも他の手立ても考えないといけないと思います。無実の彼女が、どうしても隠したいというには、よほどの事情があっただろうと推測されます」 レイチェルは力強く言い、その声はハリがあり説得力がある。 「だが、アリバイは大事だよ、レイチェル」 シャルルは重い腰を上げるかのように呟くが、レイチェルとアンジェリークに睨まれて、小さくなってしまう。 「シャルルの言う通りだと思わないか? 現に被告人は弁護人に対して、言いたくないと言っている。これだと弁護しようがない。弁護人を信頼してもらえないなら、手の施しようがない。有罪確定だ」 アルミスはどうしようもないとばかりに、首を振る。 これに反論するのは、今度はアンジェリーク。 「ですが、教授! 私たち弁護人が信じないと、誰が信じるんですか!?」 アンジェリークは理解出来ないとばかりに、教授を見た。 「この論議はそこまでだ。まずアリバイを聞き出す。それだけだ」 強く言うと、アルミスは少し苛立ちながら、音を立てて机の上で資料を神経質にも揃えた。 「------アンジェリークと、レイチェル。全員分のお茶を用意してくれ」 「はい」 ふたりは追い出されるような形で、しぶしぶパントリーに行かざるをえなかった。 ふたりはパントリーに入るなり、顔を見合わせる。 「何なのよあれ」 レイチェルはかなり立腹のようで、頭の上から湯気を立てるようにして怒っている。 「ホント。あんな先生だなんて、がっかり」 アンジェリークも幻滅とばかりに、肩を落としていた。 初めて意見が一致したとばかりに、ふたりは顔を見合わせて笑い合うと、手早くコーヒーの準備をしてオフィスに向かう。 すると、アルミスは勝手に訴訟の話をしており、彼女たちは益々腹立たしく感じるのであった。 「今回の司法実習だが、アリオスはアンジェリークを、エルンストはレイチェルの面倒を見てくれ。男子生徒は私が見る」 要は私たちを半人前にみられているんだ…。 それが悔しい…。 コーヒーを飲んだ後は、訴訟についての簡単なレクチャーがあり、その日は暮れた。 疲れきった躰を引きずって事務所のアルビルを出ると、そこにはアリオスが待っていた。 「送って行ってやるよ、寮まで」 「有り難う」 アンジェリークは素直にアリオスに甘えて、車に乗り込む。 彼はごくごく自然に車のドアを開けてくれ、アンジェリークにはそれがとても嬉しかった。 「アプセット?」 「大丈夫」 ゆらゆらと心地の良い車のゆれに、彼女は安心して身を任せる。 疲れていて何も話せなくても、アンジェリークにはアリオスの存在だけでも心地が良かった。 「どうもありがとうございました」 「おい」 車から降りようとして、不意に、アリオスに呼び止められる。 「何?」 「今日の勢いで、突っ走っていけよ?」 アリオス…! アリオスの言葉が何よりも嬉しくて堪らない。 アンジェリークは満面の笑顔を浮かべると、大きく彼に頷き返す。 「うん、絶対に、頑張るわ!」 「そのいきだ。おまえ、弁護士に会ってるから、そのまま勉強して頑張れよ」 「はいっ!」 少し油断していたかもしれなかった。 不意に引き寄せられると、一瞬、柔らかな頬に唇を感じる。 気がついたときには、もう離されていた。 「また明日な?」 「・・・はい…」 アンジェリークは、大きな瞳を大きく見開きながら、うっとりと彼を見つめることしか出来ない。 キスをされた頬を手で包み込みながら、アンジェリークはアリオスの車が走り去るのを、ただ見つめることしか出来なかった-------- TO BE CONTINUED… |
コメント 可愛い恋愛小説を書きたくて、連載開始です。 宜しくお願いします〜。 胸が大きいだけで振られてしまった、アンジェリークの奮戦記。 いよいよ訴訟です。 アンジェリークがここから大活躍予定ですので、 お楽しみに(笑) |