私が、社長付秘書…!? どうしよう…
掲示板を見ながら、アンジェリークがおろおろしていると、ポンと誰かに優しく肩を叩かれた。
「カイン部長!!」
振り返ると、彼女の部の長であるカインが、穏やかな微笑を浮かべて立っていた。
「あの…、これはどうして…」
大抜擢だというのにもかかわらず、彼女はすっかり戸惑い、萎縮してしまっている。
助けてくれといわんばかりの視線を彼に向けている。
その縋るような眼差しが、余りにも真っ直ぐな光を湛えているのに、カインは思わず小さく苦笑した。
確かに…、アンジェリークはアリオス様がお好きなタイプだ…。
「部長?」
不安げに揺れるアンジェリークの声が、彼の夢想を破る。
「ああ。とにかく、午後から、秘書課のロザリア女史がうちの部に迎えに来るから、午前中は荷物などの整理をしておきなさい」
「あの…」
「大丈夫、あなたなら務まりますよ、秘書の仕事も」
穏やかに微笑まれ、優しく言われてしまうと、アンジェリークは二の句を繋げることは出来なかった。本当は、"私なんか務まらない"と言いたかったのに。
「期待してますよ、社長も…」
カインは再びアンジェリークの肩を叩くと、そのままエレヴェーターに乗って行ってしまった。 その後姿を見つめながら、アンジェリークは困惑の溜め息を漏らす。
もちろん、"社長秘書”という大出世に、先輩たちの嫉妬を帯びた冷たい視線を感じていたからだった。
社長、お会いした事はないけれども、いったいどういう方なのだろう・・・。
かなりやり手で、若く、カッコいいって言う噂を聞いたことがある。
秘書課のお姉さま方が目の色を変えて社長の秘書になりたがっているから、秘書は置かないと聞いていたのに・・・。
どうしてなんだろう。
嫉妬する、先輩や同僚達の目線が痛い。
アンジェリークはうなだれるようにして掲示板を後にした。
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昼休み、心が晴れぬまま、アンジェリークはいつものように公園へと外出する。
机の片付けと異動への挨拶も済み、特にカインからは仕事を与えられることもなく、お茶汲みなどをして、昼休みまでの時間を過ごしていた。
その間も、やはり、同僚やお姉さま方の視線が痛い。
「あら、社長秘書様が外出されるわ」
厭味に逃げるようにして、彼女は公園へと急いだ。
「よお、待ってたぜ?」
いつもの特等の席には、アリオスが既に座って待っていた。
銀色の髪を、艶やかに初夏の風に揺らし、甘さの滲んだ憎らしいほどの笑顔を、アンジェリークに向けている。
その笑顔見るだけで、先ほどの嫌なことが、総て癒されるような気が、彼女はした。
「こんにちは!! アリオスさん」
思わず、初夏の陽射しを思わせるような笑みが零れ、彼の心をすっと和ませる。
彼らは、無意識に、互いの心を癒しあっていた。
「お弁当、作ってきました、はいどうぞ」
彼女のそれとは違って、大きめな折箱に入れられたお弁当を、あたりまえの用に差し出す。
「サンキュ」
アリオスはそれを嬉しそうに受け取ると、膝の上に置いた。
「俺はお茶とお絞りを買っておいた」
「有難うございます」
それらを受け取って、アンジェリークは昨日と同じように彼の隣にちょこんと腰を降ろす。
昨日と同じように二人は手をお絞りで拭いた後、手を合わせていっしょに頂きますをした。
ただ昨日と違っていることは、お互いに見つめあい、微笑み合っていることだった。
「美味い、やっぱり、アンジェリーク、おまえさんは料理の才能あるぜ?」
夢中になって舌鼓を打ちながら、彼はさも感心するかのように甘い声で呟く。
「有難うございます…、ほかに才能があったらな・・・、私…」
急に憂いを含んだ表情になりうつむいた彼女を、彼は怪訝に思った。
彼女の表情と同じように、空が俄かに曇ってゆく。
「どうした? 急に。俺でよければ話し相手になってやるぜ?」
彼の優しい申し出が、アンジェリークには堪らなく嬉しかった。
言った所で解決にならないことは判ってはいるが、この美しい青年に話を聞いてもらうことによって、少しは気がまぎれるのではないかと、彼女は思う。
そしてなによりも、kレハ自信をなくした自分に勇気をくれそうな気がした。
彼女は、一瞬、縋るような表情をアリオスに向け、寂しげな笑みを浮かべると、ポツリ、ポツリと離し始めた。
「私が新入社員なことはご存知だと思いますが、今日付けで、何故か社長秘書に抜擢されてしまって…」
「そいつはすげえじゃねえか!」
本当は、自分がわがままを言って任命したのだが、そんな事を今の時点では言えなくて、アリオスはわざとらしくならないように、感心するよう気をつけた。
「…有難う…」
儚げな微笑を浮かべられて、アリオスに心の奥はきりきりと痛む。
何故にそれだけ"社長秘書”を拒むのだろうかと。
「----私、そんな大役ちゃんと勤められるかどうか自信がないんです。会社に入ったばかりだし、先輩を差し置いてそんな・・・。服だって、秘書らしいのも持ってないし…」
少女の華奢な体が、益々頼りなく見えて、アリオスは彼女を抱きすくめたくなる衝動に駆られた。
なんとしてでも彼女に自信を持たせてやりたいと、彼は思った。
「----おまえさんなら、出来ると判断されたからじゃねーのか?」
黄金と翡翠が対をなす深い感情が湛えられた不思議な瞳が、彼女に優しく語りかけ、包み込んでくれている。
その瞳に何だか守られるような気がして、心が徐々に自信を取り戻していくことが、彼女は感じた。
アリオスもまた、彼女の表情が明るくなってきたことを直に感じ、ふっと微笑を浮かべると、 踏み込むように彼女を見つめる。
「やってみろよ? それでダメだったら仕方ないが、やる前からそれじゃあ、うまくいくこともうまくいかないぜ?」
彼の言葉は、彼女の心に降ってきて、そのまま明るくもやを取りさらってくれる。
そうよね…!! アリオスさんの言う通りだわ。やってみなければ、判らないもの!!
「有難うございます!! お蔭でやる気が断然出てきました」
アンジェリークの表情は、彼が人目で気に入った、あの向日葵のような、総ての人を明るく和ませる笑顔になり、彼を心から安心させた。
「そうだぜ? そのいきだアンジェリーク」
「はい!! あ〜、何だかすっきりした!! 聞いてくれて有難うございます」
「どういたしまして」
少し恥じらいだような表情をアリオスに向け、それがまた彼を魅了せずにはいられない。
「さ〜て、元気が出てきたところでお弁当を食べなきゃ!!」
明るさを帯びた初夏の陽射しを浴びながら、二人はお弁当をぱくつく。
幸せな、幸せな、ランチタイムだった----
すっかりお弁当も食べ終わり、またタイムリミットとなった。
「ごちそうさん」
「いいえ、あの、アリオスさん・…」
何がせがむように、アンジェリークは彼を見つめる。
「なんだ?」
「また…、お弁当を作ってきますから、ここで一緒にランチをしてくださいませんか?」
はにかむように可愛らしい笑顔を向けられ、見つめられると、アリオスは堪らなく彼女が愛らしく思えた。
「もちろん。おまえさんさえよければ」
「ホントですか!! じゃあ、明日もお弁当を作ってきます!! あ、そろそろ時間だ」
時計を見ながら、彼女はにっこりと微笑む。
「じゃあ、また明日!!」
嬉しそうに彼女は彼に手を振ると、そのまま公園を駈けて行く。
彼女の姿を、目を細めて眺めながら、アリオスは瞳に零れ落ちた前髪をかきあげる。
「----明日からは、毎日会えるぜ? アンジェリーク」
彼はそう囁くと、思い出したように携帯を取り出し、かけ始めた。
「ああ。ロザリアか。ついでといっちゃあ、何だが…、頼まれて欲しいことがあるんだが…」
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「あら、待っていたわ、コレットさん。早速だけど、出かけてもらいますよ?」
「え?」
会社に戻ると、既に秘書課長のロザリアが艶やかな笑顔を浮かべて待っており、アンジェリークをびっくりさせた。
「出かけるとは、どちらにですか?」
「いいから、荷物は社長室に預かっておきましたから、そのまま社用車で出かけますわよ」
「あ…、待ってください!!」
結局のところロザリアの妖艶な笑顔に誤魔化されてしまい、何も聞く間もなく、彼女は車に乗せられた。
行き先も聞かされず、車は走り出した。
「コレットさん」
「はい」
凛としたロザリアのよく通る声が響き、彼女はその身を竦ませる。
「緊張しないで。今日は、秘書になるための準備と、初仕事のための準備をしてもらうから、ね?」
「はい」
ロザリアの艶やかな温かい笑みの後には、夢のような出来事が待っていた。
先ずデパートに連れてゆかれ、秘書に合うスーツを5点選び抜かれた。
どれも大変高価なもので、アンジェリークはその値段を見て益々萎縮する。
「あ…、あの…、どれも私には手が届きません…」
「大丈夫。今日の買い物や、その他は、総て会社持ちだから、安心して?」
そういわれると、アンジェリークは少しは安心したが、逆に気が引けてしまった。
次に待っていたのは、バッグと靴。これは、フォーマル用と仕事用に分けられ、夫々4点が購入された。
「----今からは、今日の仕事の準備」
「今日の仕事?」
「ええ、あなたの初仕事は、社長について、"ウォン財閥”のパーティに出ること。これは、ビジネスなパーティだから、秘書も同伴だから」
そんなことになっているとはと、アンジェリークは呆然としていた。
顔色が、恐ろしさで蒼ざめる。
「そんな…、私、パーティなんて、無理です…!!」
「大丈夫だって!! 社長がちゃんとしてくれるから」
そう言われると、益々緊張するアンジェリークだった。
次に連れて行かれたのはフォーマルドレスのコーナー。
そこで彼女にと、ワインレッドの少し胸が空いてはいるが清楚に見える高級なドレスが選ばれ、バッグ、靴と購入された。
今度は、ヘアとエステが一緒になっているところで、髪がセットされ、フェイシャルエステがされる。そこで、ドレスにも着替えさせられた。
「次が最後よ」
息もつく暇もなく、最後に連れて行かれたのは、高級化粧品のコーナーだった。アンジェリークはそこでメイクを施され、さらには、彼女に合う化粧品の一式が購入された。
「はい、おしまい。時間がないから会社に戻るわよ」
そのまま車に乗せられ、ホッと息を吐くと、もう会社に戻っていた。
ここまでで、既に5時30分になっていた。
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「さあ、社長がお待ちよ」
アンジェリークが連れて行かれたのは社長室。今、まさにそのドアの前に来ていた。
社長ってどんな方なんだろう…。私なんかにこんなにしてくれて、お会いしたら、うんと御礼を言わなくっちゃ----
「社長、失礼します」
ロザリアがノックをし、アンジェリークの緊張が否が応でも高まる。
「入れ!!」
艶やかな低い魅力的な声だ。
まだ若いが、力強さがある。
この声どこかで----
「失礼します」
「失礼します」
ロザリアの後にアンジェリークが部屋に入ると、社長はゆっくりと振り返る----
西日に当たる完璧なその男性(ひと)に、アンジェリークは声にならない声を上げた。
「アリオスさん…」
TO BE CONTINUED
JE TE VEUX
(U)

コメント
「実業家アリオス」の2回目です。今回はキリが悪くて、長くなってしまいました。
アリオスがカッコよくなるように努力しますので、宜しくお願いしますね。
