In The Sky

2


 自分の部屋に戻った後も、アンジェリークは指を唇に置く。
 何度もなぞる度に、彼女は唇を震わせる。

 まだ唇に感触が残ってる・・・。
 甘くて、少し、冷たくて・・・。

 アンジェリークはキスのことを思い出すだけで震えた。
 アリオスにキスをされるのは、全くイヤではなかった。
 それどころか、キスの余韻に酔いしれてしまっている。
 アリオスの言葉が耳元に蘇った。

「また逢おう・・・。今度はちゃんと”デート”しようぜ?
 日曜日にデートしようぜ? 近くまで迎えに行く」

 その言葉を反芻するたびに、胸のドキドキが収まらない。
 アンジェリークは少しだけ、婚約者へのことを思うと胸が痛かったが、その痛みよりも、”アリオスに逢いたい”という心は強く、その欲望には勝てない。

 初めて出逢ったときから・・・、気になっていたから・・・
 もっと逢いたくて、もっと声が聴きたいから・・・

 アンジェリークは日曜日に着ていく服を考えながら、幸せな気分になる。
 まだ”恋”としての自覚はない。
 だが、確実にアンジェリークの心の中で、恋は育ちつつあった。


 ”レイチェルと遊びに行く”-------
 アンジェリークはそう嘘を吐いて、アリオスが待つ家の近くにある児童公園に向かった。
 早く逢いたくて、思わず走ってしまう。
 公園の前には、既に、シルバーメタリックのスポーツカーが止まっていた。
 アンジェリークは、彼女によく似合う薄いクリーム色のワンピースを跳ねさせながら、走ってやってくる。
「アリオスさんっ!」
 一生懸命手を振る彼女に、アリオスも目を細めずにはいられない。
「おい、そんなに走るとこけ・・・」
 言う暇もなく、アンジェリークは何もないところに躓いてしまう。
「おっと」
 もう、アンジェリークを助けるのに離れたとばかりに、アリオスは彼女を腕だけで庇う。
「あ、有難うございます・・・」
「クッ、おまえもっとちゃんと歩く練習しねえとな?」
 ニヤリとからかうような笑みを浮かべられて、アンジェリークは真っ赤になって、少しだけ拗ねる。
「ちゃんと歩いてるつもりです!!」
「どうだかな? まあ、今日は俺がちゃんとささえておいてやるよ」
「あっ…!!」
 甘い声を上げるのと同時に、アンジェリークの華奢な腰を当然のように引き寄せられる。
 アリオスの力強い腕に、彼女は息を乱した。
 胸がドキドキして堪らない。
「ほら行くぜ?」
「あ、はい」
 当然のようにアリオスは助手席を開けてくれる。
 そこに乗り込むと、彼も続いて乗り込んできた。
 車はゆっくりと公園を後にし、道路に出る。
 家から遠ざかったところで、アンジェリークはほっと息を吐いた。
「どうした?」
「・・・うん、家に嘘吐いて出てきたから…」
「そうか…」
 アリオスは彼女をチラリと見つめ、一瞬、決意を秘めたような表情をした。
「あの、アリオスさん?」
「おい、俺の名前を呼ぶ時は、敬称はつけるな。ただのアリオスでいい。敬語もダメだぜ?」
「はい・・・。
 じゃあアリオス、どこに行くの?」
「おまえの好きそうなところ」
 彼はそれだけしか教えてくれなくて、アンジェリークは更にアリオスに訊く。
「ねえ、 それだけだったら判らないわ? どこ?」
「ヒミツ!」
「もうケチ〜!!!」
 少し頬を膨らます彼女が可愛くて、アリオスは終始楽しそうに顔に笑みを浮かべている。
 彼がここまで表情を豊かにするのは珍しく、アンジェリークが傍にいるからと言っても良かった。
 車は、うきうきとするアンジェリークを乗せて、目的地に向かった-------


 車が着いたところは、アルカディアを見渡すことが出来る丘だった。
「来いよ?」
「うん」
 さりげなく手を差し伸べられて、アリオスと手をしっかりと繋ぎあう。
 車を駐車した場所から、更に30分ほど歩く。
 丘を更に歩いていくと、紅葉がちらほらと見える。
「紅葉の季節に来たら、すごく綺麗でしょうね?」
「また連れて行ってやるよ?」
「うん!!」
 約束。
 心に大きな約束を秘めて、アンジェリークはしっかりと頷いた。
「もう少しだぜ? アンジェ」
「うん!!」
 丘を登りきり、視界が広がってくる。
 そこはアルカディアの街が一望でき、爽快だった。
「凄い!! 何てステキなの!!」
 アリオスと手を繋いでいることも忘れて、アンジェリークは感激の余りぶんぶんと手を振る。
「俺のとっておきの場所だ。何かあったとき、ここによく来るんだ」
「アリオスのとっておきの場所・・・」
 そう思うと、また景色も格別なものに映る。
「おれもおまえもここに暮らしている。
 自分の町を見るとやっぱり落ち着くな。
 夜、ここにきて夜景を見ていると、力がでてくる」
「アリオス…」
 アリオスはアンジェリークから手を離すと、優しく背中から抱き締める。
「あっ…」
「おまえのこと、もっと知りたい…」
「私も・・・、アリオス」
 彼が抱き締めてくれた腕を、アンジェリークはぎゅっと掴んだ。
 しっかりと絡み合った腕は、ふたりの情熱を表しているかのようだ。
 ふたりは、しっかりと抱き合ったまま、丘の芝生に腰を掛けた。
「アリオス、アリオスは普段は何をしているの?」
「俺? 俺はシルバーアクセサリーのデザインと販売をする小さな会社をやってる。
 あいつらの手は一切借りてねえ。自力でここまできた」
 アリオスの言葉は力強く逞しいと、アンジェリークは思い、更に彼に心を預ける。
「今度、アリオスが作ったアクセサリーを買いたいな」
「また、見せてやるよ?」
「うん!!」
 アンジェリークは素直な笑顔をアリオスに向ける。
 真っ直ぐとした瞳は、いつもに増して光を増している。
 その光に、アリオスは強く惹かれた。
「アンジェ・・・」
 唇が近づく。
 一度目よりも素直に目を閉じることが出来る。
 甘いキスは、アンジェリークの心も全て奪い尽くす。

 二度目のキスは、甘くて、そして少しの大人の味がした・・・


 丘でのデートを楽しみ、また手を繋いで坂を降りていく。

 このままずっと時間が止まったら良いのに・・・

 切なさを感じながら、アンジェリークは夕陽に涙が滲みそうになった。
 車に乗り込むと、不意にアリオスに小さな袋を投げられた。
「ほら、これやるよ?」
「有難う」
 袋はかしゃかしゃと音がする。
 アンジェリークは何かと思いながら、袋を開けた。
「あ・・・・」
 そこには、天使の羽根と卵をモチーフにしたシルバーのネックレスが、お揃いのイヤリングとともに入っている。
「アリオス…!」
 嬉しくてアンジェリークは言葉がでない。
「それやるよ? 新作作ってて、失敗したやつだけどな?」
「うん、有難う…!!」
 そんな言葉が嘘なことぐらいアンジェリークには判る。
 彼女は泣きそうになって、それを何とか堪える。
「大事に、大事にするね?」
「バカ、泣くな・・・」
 少し照れくさそうにアリオスはすると、アンジェリークの頬をそっと触れる。
 彼は涙を唇で拭った後、再びキスをする。
 3度目のキスは、今まで出一番切なくて、甘く、温かいものだった-------

コメント

『愛した人には決まった相手がいた」シリーズです。
今度はアンジェに決まった相手がいた場合です。
 「夏の嵐」をエンドレスにかけながら、書きました。
うお〜!!
「夏の嵐」サイコー!!!
 アリオス、成田さんスキー(笑)
こんな気分で書きました(笑)

マエ モドル ツギ