自分の部屋に戻った後も、アンジェリークは指を唇に置く。 何度もなぞる度に、彼女は唇を震わせる。 まだ唇に感触が残ってる・・・。 甘くて、少し、冷たくて・・・。 アンジェリークはキスのことを思い出すだけで震えた。 アリオスにキスをされるのは、全くイヤではなかった。 それどころか、キスの余韻に酔いしれてしまっている。 アリオスの言葉が耳元に蘇った。 「また逢おう・・・。今度はちゃんと”デート”しようぜ? 日曜日にデートしようぜ? 近くまで迎えに行く」 その言葉を反芻するたびに、胸のドキドキが収まらない。 アンジェリークは少しだけ、婚約者へのことを思うと胸が痛かったが、その痛みよりも、”アリオスに逢いたい”という心は強く、その欲望には勝てない。 初めて出逢ったときから・・・、気になっていたから・・・ もっと逢いたくて、もっと声が聴きたいから・・・ アンジェリークは日曜日に着ていく服を考えながら、幸せな気分になる。 まだ”恋”としての自覚はない。 だが、確実にアンジェリークの心の中で、恋は育ちつつあった。 ”レイチェルと遊びに行く”------- アンジェリークはそう嘘を吐いて、アリオスが待つ家の近くにある児童公園に向かった。 早く逢いたくて、思わず走ってしまう。 公園の前には、既に、シルバーメタリックのスポーツカーが止まっていた。 アンジェリークは、彼女によく似合う薄いクリーム色のワンピースを跳ねさせながら、走ってやってくる。 「アリオスさんっ!」 一生懸命手を振る彼女に、アリオスも目を細めずにはいられない。 「おい、そんなに走るとこけ・・・」 言う暇もなく、アンジェリークは何もないところに躓いてしまう。 「おっと」 もう、アンジェリークを助けるのに離れたとばかりに、アリオスは彼女を腕だけで庇う。 「あ、有難うございます・・・」 「クッ、おまえもっとちゃんと歩く練習しねえとな?」 ニヤリとからかうような笑みを浮かべられて、アンジェリークは真っ赤になって、少しだけ拗ねる。 「ちゃんと歩いてるつもりです!!」 「どうだかな? まあ、今日は俺がちゃんとささえておいてやるよ」 「あっ…!!」 甘い声を上げるのと同時に、アンジェリークの華奢な腰を当然のように引き寄せられる。 アリオスの力強い腕に、彼女は息を乱した。 胸がドキドキして堪らない。 「ほら行くぜ?」 「あ、はい」 当然のようにアリオスは助手席を開けてくれる。 そこに乗り込むと、彼も続いて乗り込んできた。 車はゆっくりと公園を後にし、道路に出る。 家から遠ざかったところで、アンジェリークはほっと息を吐いた。 「どうした?」 「・・・うん、家に嘘吐いて出てきたから…」 「そうか…」 アリオスは彼女をチラリと見つめ、一瞬、決意を秘めたような表情をした。 「あの、アリオスさん?」 「おい、俺の名前を呼ぶ時は、敬称はつけるな。ただのアリオスでいい。敬語もダメだぜ?」 「はい・・・。 じゃあアリオス、どこに行くの?」 「おまえの好きそうなところ」 彼はそれだけしか教えてくれなくて、アンジェリークは更にアリオスに訊く。 「ねえ、 それだけだったら判らないわ? どこ?」 「ヒミツ!」 「もうケチ〜!!!」 少し頬を膨らます彼女が可愛くて、アリオスは終始楽しそうに顔に笑みを浮かべている。 彼がここまで表情を豊かにするのは珍しく、アンジェリークが傍にいるからと言っても良かった。 車は、うきうきとするアンジェリークを乗せて、目的地に向かった------- 車が着いたところは、アルカディアを見渡すことが出来る丘だった。 「来いよ?」 「うん」 さりげなく手を差し伸べられて、アリオスと手をしっかりと繋ぎあう。 車を駐車した場所から、更に30分ほど歩く。 丘を更に歩いていくと、紅葉がちらほらと見える。 「紅葉の季節に来たら、すごく綺麗でしょうね?」 「また連れて行ってやるよ?」 「うん!!」 約束。 心に大きな約束を秘めて、アンジェリークはしっかりと頷いた。 「もう少しだぜ? アンジェ」 「うん!!」 丘を登りきり、視界が広がってくる。 そこはアルカディアの街が一望でき、爽快だった。 「凄い!! 何てステキなの!!」 アリオスと手を繋いでいることも忘れて、アンジェリークは感激の余りぶんぶんと手を振る。 「俺のとっておきの場所だ。何かあったとき、ここによく来るんだ」 「アリオスのとっておきの場所・・・」 そう思うと、また景色も格別なものに映る。 「おれもおまえもここに暮らしている。 自分の町を見るとやっぱり落ち着くな。 夜、ここにきて夜景を見ていると、力がでてくる」 「アリオス…」 アリオスはアンジェリークから手を離すと、優しく背中から抱き締める。 「あっ…」 「おまえのこと、もっと知りたい…」 「私も・・・、アリオス」 彼が抱き締めてくれた腕を、アンジェリークはぎゅっと掴んだ。 しっかりと絡み合った腕は、ふたりの情熱を表しているかのようだ。 ふたりは、しっかりと抱き合ったまま、丘の芝生に腰を掛けた。 「アリオス、アリオスは普段は何をしているの?」 「俺? 俺はシルバーアクセサリーのデザインと販売をする小さな会社をやってる。 あいつらの手は一切借りてねえ。自力でここまできた」 アリオスの言葉は力強く逞しいと、アンジェリークは思い、更に彼に心を預ける。 「今度、アリオスが作ったアクセサリーを買いたいな」 「また、見せてやるよ?」 「うん!!」 アンジェリークは素直な笑顔をアリオスに向ける。 真っ直ぐとした瞳は、いつもに増して光を増している。 その光に、アリオスは強く惹かれた。 「アンジェ・・・」 唇が近づく。 一度目よりも素直に目を閉じることが出来る。 甘いキスは、アンジェリークの心も全て奪い尽くす。 二度目のキスは、甘くて、そして少しの大人の味がした・・・ 丘でのデートを楽しみ、また手を繋いで坂を降りていく。 このままずっと時間が止まったら良いのに・・・ 切なさを感じながら、アンジェリークは夕陽に涙が滲みそうになった。 車に乗り込むと、不意にアリオスに小さな袋を投げられた。 「ほら、これやるよ?」 「有難う」 袋はかしゃかしゃと音がする。 アンジェリークは何かと思いながら、袋を開けた。 「あ・・・・」 そこには、天使の羽根と卵をモチーフにしたシルバーのネックレスが、お揃いのイヤリングとともに入っている。 「アリオス…!」 嬉しくてアンジェリークは言葉がでない。 「それやるよ? 新作作ってて、失敗したやつだけどな?」 「うん、有難う…!!」 そんな言葉が嘘なことぐらいアンジェリークには判る。 彼女は泣きそうになって、それを何とか堪える。 「大事に、大事にするね?」 「バカ、泣くな・・・」 少し照れくさそうにアリオスはすると、アンジェリークの頬をそっと触れる。 彼は涙を唇で拭った後、再びキスをする。 3度目のキスは、今まで出一番切なくて、甘く、温かいものだった------- |
コメント 『愛した人には決まった相手がいた」シリーズです。 今度はアンジェに決まった相手がいた場合です。 「夏の嵐」をエンドレスにかけながら、書きました。 うお〜!! 「夏の嵐」サイコー!!! アリオス、成田さんスキー(笑) こんな気分で書きました(笑) |