Happy
Vallentine
Part 2

 鼓動がどうしようもないほど激しさを増している。
 アンジェリークは、酸欠の余り、くらくらしそうになった。
 アリオスの精悍な背中を見送った後、アンジェリークはレイチェルを見る。
「私・・・、帰るわ・・・」
「えっ!?」
 レイチェルが返事をしている暇を与えず、アンジェリークは走っていってしまった。


 家に帰ると、アンジェリークはパソコンを立ち上げた。
 大切にしているアリオスからのメールを、彼女は宝物を見るかのように見つめる。
 彼とメールのやり取りを始めたのは、半年前。
 アンジェリークが、市主催の童話コンテストで特別賞を取り、それを読んだ主催者側にいたアリオスが、
賞の発表の前にメールをくれたのである。
 感想と評価のメールを。
 嬉しくて、アンジェリークは、丁寧に返事を書き、そこから交流が始まったのだ。

 あなたにウ゛ァレンタインに逢いたいと言ったら、逢ってくれますか?

 こころの奥にあるアリオスの残像を抱き締めながら、彼女は画面をなぞる。
 思いを込めて、アンジェリークはアリオスにメールを書く。

 一度お逢いしたい・・・。

 胸を高まらせながら、アンジェリークは、送信ボタンを押した。




 今日のこが、この童話を書いたアンジェリークなのなら、あれ以上に雰囲気がぴったりなコもいねえな・・・。
 温かな童謡を書くにはぴったりじゃねえか・・・。

 疲れきって仕事から帰ってきても、アリオスは不思議な幸福感に包まれていた。
 今日、自らが所有するデパートで見かけた栗色の髪の少女。
 温かなその雰囲気は、アリオスの気持ちを癒してくれる。
 彼は口許に笑みすら浮かべながら、日課であるパソコンの前に腰を下ろした。
 もちろん、メールをチェックするために。
 やはり、少女から今日もメールが来ていた。
 早速、どんなメールよりも、真っ先にそれを開け、読み始める。

 こんばんは! アリオスさん。
 今日は学校の帰りに、デパートに寄って、チョコレートを見てきました。
 沢山あって、目移りしそうです。
 私は、冷やかしでしたが、デパートで逢った友達は、真剣なようです。
 彼女には、十才以上離れた恋人がいて、その彼のために一生懸命のようでした。
 ウ゛ァレンタインの日には、デートをするみたいです。
 私は、自分のためにチョコレートを明日買いに行こうと思います。
 チョコレート大好きなんです。
 甘い味は疲れを癒してくれます。
 ・・・私、やはり、一度アリオスさんにお逢いしたいと思います。
 ウ゛ァレンタインの前日なんて、ダメですか?
 お返事お待ちしています。
 アンジェリーク。

 ひかえめな彼女らしいメールに、アリオスは笑みを浮かべてしまう。
 早速アリオスは返事を書くことにした。
 アンジェリーク、メールを有り難う。
 ウ゛ァレンタインの前日に逢おう。
 場所は・・・

 そこまで書きかけて、考える。

 おまえが安全で待てるような・・・。

 アリオスは立ち上がると、電話を手にとった。
 素早く電話を掛ける相手は、所有するチャペル型の人気レストラン。
 もちろんオーナーしか知らない特別回線を繋いで。
「俺だ。ちょっとわがままを訊いてくれ? ウ゛ァレンタインの前日だが、窓辺の木が見える席をリザーブしておいてくれ。
 そこに、”アンジェリーク・コレット”と名乗る少女が来たら、通してやってくれ」
「かしこまりました」
 電話が終わると、アリオスはメールの続きを書いた。

 場所は、ホワイトフェザーにある”プチ・ブランシュ”で、六時半に。
 名前を名乗れば、席に通してくれるはずだ。
 俺からのプレゼントだと思ってくれ。
 では楽しみにしている。アリオス。

 ここまで打ち終えると、アリオスは送信した。




 翌日の朝、アンジェリークはメールを受け取った。

 よかった・・・! 逢って下さるんだ!!

 メールを読むと、とても幸せな気分になり、アンジェリークは、何度も跳ね上がった。


 その日はとても気分が良くて、何をするのも嬉しく思える。
 見るものが全て薔薇色に染まるような気すらする。
 今日もデパートに行き、奥の手作りチョコレートグッズに、目の色を変えながら、アンジェリークは楽しげに選んだ。
 大好きな人のために材料を選ぶのはなんと楽しいのだろうかと思う。
「これかな・・・?」
 アンジェリークが幸せそうな顔をして、チョコレートを選んでいる姿を、アリオスは影から見つめていた。

 だから、ウ゛ァレンタインの前日だと寄越したのか!?
 誰にそのチョコレートを渡すんだ!?
 誰だ!

  アリオスは、まさか自分のために、アンジェリークがチョコレートを渡すとは思いもせず、激しい嫉妬の炎を燃やす。
 こんなことは、アリオスにとっては初めてのことであった-----
 彼は嫉妬に狂いそのまま場を後にしてしまった。

 手作り用のと、自分用のチョコレートを買ってきて、アンジェリークはご満悦だ。
 アリオスさんに渡すの楽しみ・・・。

 夢を描き、想像力を膨らませながら、アンジェリークはアリオスを思う。
 彼女はこのとき知らなかった。
 本の些細な誤解が生じてしまったことを----



 この日、アンジェリークはいつものようにアリオスにメールを書いた。

 アリオスさん、こんばんは!!
 素晴らしいお返事をどうもありがとうございました!!
 すごく嬉しいです!!
 素敵なお店を選んでくださって有難うございます。
 私がどれほど興奮しているか、お分かりになりますか!?
 早くお会いしたいです!!
 おしゃれ頑張りますね!!
 今日はデパートでチョコレートを買いました。
 自分の分ですが、とっても美味しかったです。
 また買いに行きます。
 すごくお会いするのが楽しみです。
 それまではお互いに風邪をひかないにようにしましょうね。
 アンジェリーク。


 アンジェリークはいつものように首を長くして返事を待つ。
 だがこの日から、アリオスからは返事が送られなくなった------

コメント

ヴァレンタイン用の連作です。
明日こそは!!
終わります!!