Happy
Vallentine
Part 3

 やっぱり、私となんか会いたくないよね・・・?
 アリオスさん・・・

 毎日、メールを送るものの、彼は一向に返してくれなくなってから久しい。
 カレンダーを見れば、もうすぐヴァレンタインデーだ。
 13日に赤丸がしてあるが、それを見るだけでなんだか切なくなり、空しくもなる。
 彼に逢うためにと取って置きのワンピースを準備しておいたが、それも空振りになるようだ。
 ワンピースをなぞってみる。
 アリオスへの想いが溢れてきて、泣けてくるのはなぜだろうか。
 今夜もアンジェリークはアリオスにメールを送り、日々の出来事などを書く。
 書かずにはいられなかった。
 彼と一方的でもつながっていたかった。
 
 あきらめ悪いわね、アンジェ・・・

 彼女は何度も自分に言い聞かせたが、止めることなど出来やしない。
 また、切ない夜がふけていった。


 そのころ、アリオスもまたパソコンの前で悶々としていた。
 ウォッカを片手に、アンジェリークが送ってくれたメールを読みながら、心の奥がチクリと痛む。

 おまえはどうしてそんなに優しい・・・?

 彼は何度もアンジェリークにメールを打ち、送信しようとするが、躊躇って出来ない。
 これもどうしようもない嫉妬からくるものであることを、彼は判っていた。
 アンジェリークへの恋心がどうしようもないほど高まり、アリオスは、らしくもなく、胸の痛みを感じる。
 ふと、目線がカレンダーに行く。
 13日にはちゃんと印が打ってある。
 それがとても嬉しかったのは、いつだっただろうか。
 13日はもう目前に迫っている。

  どうしろっていうんだ!?

 今夜もまた、アリオスの酒量は増すのであった。



 とうとう12日になった。
 アンジェリークは一瞬迷ったものの、結局、アリオスへのヴァレンタインチョコレートを作ることにした。
 キッチンに立ち、彼女は、アリオスへの想いをこめて、チョコレートを作る。
 あったことはないかもしれない。
 だが、彼への想いは人一倍強いことを、自分自身でも判っているつもりだ。
 だからこそ。
 その強く深い想いをこのチョコレートに込める。

 このチョコレートを渡せば、私の恋は終わってしまうかもしれない・・・。
 だけど、この想いを最初で最後かもしれないこのチャンスに伝えたいから・・・

 アンジェリークは、一生懸命チョコレートを作り上げ、冷やして固まらせるために冷蔵庫に入れる。

 うまく固まりますように・・・!

 しばらくして確かめてみると、チョコレートは見事に固まっていた。
 きれいにハート型のトリュフがいくつも出来ている。
「きれいに出来たわ!」
 メールでアリオスが酒好きであることを知っていたので、リキュールをたっぷり入れてある。
「味見は・・・、やめとこかな・・・。よぱらったら困るし・・・」
 このチョコレートが、アリオスの元に届くことを願いながら、きれいにラッピングをする。

 どうか・・・。
 アリオスさんに逢えますように・・・

 アンジェリークは、明日に向けて祈りを捧げるのであった。



 2月13日。
 その日、アンジェリークはお洒落をして、アリオスとの約束の場所である、レストラン”プチ・ブランシュ”
に来ていた。
 白いワンピースを身にまとい、天使にすら見える。
 名乗るのは少し緊張した。
 アリオスが予約をキャンセルしているかもしれないと、心の奥でよぎったからだ。
「アンジェリークですけど・・・」
「はい。お待ちしておりました」
 係りの者がそう言ってくれたので、アンジェリークは少しだけほっとして、緊張を解いた。
 案内された席は、申し分のない場所だった。
 幻想的な美しい庭を眺めうことが出来る上に、遠くには夜景を見ることも出来る。
 最高の場所を用意してくれたのだと、嬉しくなる。
 膝に置いた、アリオスへのプレゼントであるチョコレートを、アンジェリークはぎゅっと握り締めた。

 お願い・・・!
 アリオスさん!
 早く来てください!


 約束の時間から30分が過ぎ、雲行きが怪しくなってきた。
 誰かの気配があるたびに、アンジェリークは期待に胸を膨らませて見るが、どれも空振りに終わる。

 アリオスさん・・・

 待ち始めてから2時間が経ち、一緒に入ってきた者たちは次々に席を立っている。
 時間も、もうすぐ九時になろうとしていた。

 終わったわ・・・

 九時の寺宝を知らせるホールの鐘の音とともに、アンジェリークの大きな瞳から涙が一筋零れ落ちる。
 彼女は静かに立ち上がると、椅子にチョコレートを置き、そのまま静かに席から去る。
「・・・すみません・・・、リザーブ料とかはいりますか? あいにく、お財布にはあまりお金がなくって・・・」
「かまいませんよ? お嬢さん」
 支配人らしき者が優しく言ってくれたので、アンジェリークは少し微笑んで頭を下げた。
「有難うござました」
 それだけ言うと、彼女はレストランから出て行く。
 その背中がとてもさびしく、支配人は胸が痛んだ。
「すみません、支配人。先ほどのお客様がこれをお忘れに・・・」
 ホール係が持ってきたのは、アンジェリークがアリオスのために作ったチョコレートの箱だった。
 ちゃんと箱にはカードがあり、彼はそれを見た。

 アリオスさんへ。
 今まで有難うございました。
 今日こられなかったのは、あなたのお返事だと思います。
 有難うございました。
 これからはもうご迷惑をかけませんから、安心してくださいね?
 メールももう送りませんが、これだけは言わせてください。

 あなたが大好きです。
 チョコレート心を込めて作りました。
 だけど捨ててください・・・こんなの。

 さようなら。
 アンジェリーク

 先ほど彼女が書き上げたのだろう内容になっている。
 支配人は、慌ててアリオスにこれを見せに、オーナー室に向かった。



 アリオスは、今夜、約束どおりにレストランには来ていた。
 だが、彼は彼女のもとには行かず、ずっとオーナー室にいて、モニターで彼女を観察していたのだ。
 やっぱりあの少女だったと、確信を込めて。
「アリオス様!!」
 支配人が慌てて入ってきたので、アリオスは何事かと眉根を寄せる。
「何だ?」
「これを」
 支配人は黙ってアンジェリークが置いていったチョコレートの箱を差し出す。

 アンジェリーク・・・

 ひどい仕打ちをしたと心の中で少し、痛みを覚えながら、アリオスは箱を受け取る。
 そこにはカードがあり、アリオスはそれに目を通した。

 アンジェリーク!!!!

 アリオスの顔色は急に変わり、彼は慌てて、オーナー室から出て行く。
「アンジェリークはいつ出た!」
「5分ほど前です!」
「サンキュ」
 アリオスは、アンジェリークが作ったチョコレートの箱を持ったまま、彼女を追いかけるために、外に出た。

 俺が変な誤解をしたばかりに、おまえを傷つけちまった!!

 駅に向かってアリオスはすぐさま車を走らせる。
 天使を捕まえるために----- 



 アンジェリークはとぼとぼと駅までの道のりを歩いていた。
 ショーウィンドーのヴァレンタインの装飾が恨めしく思える。

 神様は私に告白のチャンスも与えてくれなかった・・・


 見つけた!!

 アリオスは、すぐさま車のスピードを下げると、アンジェリークの横に着き、クラクションを何度か鳴らした。
 アンジェリークはぴたりと歩くのを止め、振り向いた。
 彼はそれをチャンスとばかりに、シルバーメタリックのスポーツカーから降りる。
 アンジェリークは動けなかった。
 その姿をじっと見つめている。
 銀の髪の青年。
 予想通りだった。
「アンジェリーク」
 チョコレートを見せると、アンジェリークはたまらなくなって俯いてしまう。
「・・・やっぱりあなたがアリオスさんだったんだ・・・」
「このチョコレートもらっていいか?」
「こんなのいらないでしょう・・・」
 緊張が切れたのか、アンジェリークはぽろぽろと涙をこぼし始める。
 絶対に、この涙は見られたくなかった。
「すまなかった・・・・。
 俺、おまえが、うちで手作りチョコレートの材料を買ってるのを見て、恋人に作ってやるものかと思って…」
「アリオスさん・・・?」
 アンジェリークは顔を上げ、涙でくしゃくしゃの顔を思わず彼に見せる。
「・・・それホント・・・?」
「ああ」
 即答したアリオスに、アンジェリークは、体をカタカタと震わせはじめる。
 喜びが全身にあふれ出てしまう。
「愛してる。
 お前の気持ち貰っていいか?」
 アリオスの真摯な眼差しが、彼女の潤んだ瞳に誠実な愛にあふれた光を送っている。

 信じる?
 信じられる?

 迷う心の前に、アンジェリークはもう彼に手を差し伸べていた。
「大好き・・・」
 小さな声でささやかれた彼女の声をアリオスは聞き逃さない。
「アンジェ!」
 しっかりと細い体をアリオスは抱きしめると、力をこめて離さない。
「アリオス・・・」
 アリオスは優しく笑うと、アンジェリークのあごを持ち上げ、そのまま唇に近づけていく。
「愛してる・・・」
 彼から深い口付けを受け、アンジェリークの頬に涙が光る。

 神様。
 アンジェに一日早いヴァレンタインが来ました・・・。
 暖めていた私の恋が、実りました・・・・

  

コメント

ヴァレンタイン用の連作です。
ようやく終わりました。
最初は配布にしようと思いましたが、こんなへぼいのは
誰も要らないでしょうからやめました(笑)