Happy
Vallentine
Part 1

 チョコレート・・・。
 どうしようかな・・・

 ぶらぶらと、デパートでのヴァレンタインの特設会場でチョコレートを見つめながら、アンジェリークは少し幸せな
気分に浸っていた。
 たくさんのチョコレートショップがひしめき合っており、どれもパッケージが可愛く、また美味しそうに見える。
 期間限定のショップも多く、この時期にしかエンジェル・タウンにこないものもあり、目移りして楽しくなるのも当然
のことで。
 彼女はどのチョコレートを選ぼうかと悩むレベルではなく、もっと根本的な部分で悩んでいた。

 チョコレート、あげても迷惑かな・・・

 彼を好きだという気持ちは、誰にも負けない自信がある。
 だが、告白するとなると、それは別問題なのだ。

 あったこともない人をこんなに好きになるなんて、私はどうかしてる・・・
 私が彼について知っていることといえば・・・
 年が28歳。
 同じエンジェルタウンに住んでいる、アリオスという名前なのか、ハンドルネームなのか、判らない名前だけ・・・

 そこまで考えると、また落ち込んでしまう。
「アンジェ!!」
 急に背中をたたかれて、彼女は驚きのあまり体を跳ね上げさせる。
 そっと振り返ってみると、そこには…。
「レイチェル!!」
 ニヤニヤとなにやら意味深な笑顔を浮かべているレイチェルがいる。
「アンジェもチョコ見に来たんだ〜」
「レイチェルも?」
「もちろんワタシは恋人がいるからねえ! エルンストに!」
 堂々と、だがどこか恋する少女としての華やぎをレイチェルは感じさせる。
 ”エルンスト”と、恋人の名前を口にする彼女が、アンジェリークはこの上なく可愛く感じた。
「エルンストさんってチョコレート大丈夫なの?」
「本当はだめなんだけれど、ヴァレンタインのチョコレートだけは食べてくれるんだ・・・」
 ほんの少し頬を染めるレイチェルに、アンジェリークは思わず微笑みすらもらしてしまう。
「で、アンジェはどうなのよ?」
 にやりと笑われたとたん、今度はアンジェリークが真っ赤に頬を染めた。
「あっ、私は・・・、その・・・」
 アンジェリークは口ごもり、急に気まずそうにうつむく。
 内気な彼女の初々しい反応に、レイチェルは可愛くて思わず目を細めてしまう。
「アナタにそんな表情させるのは誰なのかしらねえ?」
 つんつんと肩を叩かれても、アンジェリークは俯いたままだった。

「微笑ましい高校生がいるな、カイン」
「そうですね。この時期は告白の時期ですから、彼女たちも必死なんでしょう、アリオスさま」
 背の高い銀の髪の青年たちが特設会場に現れたとき、一瞬、そこにいるほとんどの女性たちは彼に注目をした。
 高級のスーツを難なく着こなし、スタイルもよい彼は、銀の髪をわずかに揺らし、翡翠と黄金の魅惑的な眼差しの
持ち主で、そのそばにいる青年もまた姿がよい。
 誰もが夢の国に迷い込んだかのように、うっとりと、彼らを見ている。
 だが二人は、そんなことなど気にせずに、ビジネスの話をしている。
「盛況のようだな、カイン」
「はい。お菓子売り場は、この時期で年間の売上の四割を稼ぎ出しますからね。頑張ってくれていますよ」
「そうだな。今年は、出足も好調のようだし、我がデパートとしても、売り場をサポートしてやらねえとな」
 少女たちはまだ騒いでいた。
「ねえたら、誰なのよ」
「・・・それは・・・」

 言える筈ないわ・・・。
 あったこともないひとだなんて・・・

 アンジェリークがはにかんで中々話さないのが、さらにレイチェル好奇心に火をつけてしまう。
「ねえ、アンジェ!!!」

 アンジェ!?

 その名前に導かれるようにして、アリオスは思わず見知らぬ女子高生に向かって、振り返った。
「あ・・・」
 レイチェルは自分が大声を出したために青年が振り返ったのかと想い、気まずくなる。
「ごめん・・・アンジェ・・・」
「いいのよ」
 アンジェリークは自然に顔をあげた。
 栗色の髪がふわりと宙に舞う。

 まさかこの少女が・・・!!

 アリオスは、少女からしばらく目を離すことが出来ない。
 彼の目に映ったアンジェリークはとても愛らしく、このまま抱きしめてもって帰りたい衝動に駆られてしまう。
 大きな青緑の瞳は穏やかだが、どこか意志の強いところを感じさせる。

 まさか、彼女が”アンジェリーク”・・・
 俺が彼女について知っていることといえば・・・。
 年が17歳。
 同じエンジェルタウンに住んでいる、スモルニィ女学院二年生のアンジェリーク・コレット・・・
 メールでしか、お互いを知らない、メールでさえも俺を癒してくれる女・・・
 年のころも制服も一致する・・・。

「あ・・・・」
 アンジェリークもまた、青年の視線に気がつき、思わず彼を見つめずにいられない。
 見詰め合っていたのは、ほんの一瞬。
 だが、二人には長い時間のように感じた-----

「アリオスさま、時間です」
 カインの声が冷たくもひと時を破った。

 アリオス!?
 まさか・・・!!
 でも、年のころも同じような気がする!!

「ああ」
 アリオスは、仕方なく踵を返すと、歩いていく。

 待って!!!

 アンジェリークは心の中で彼に向かって叫ぶ。
 だが、その精悍な背中が、彼と自分を隔てている壁のように感じていた-----  

コメント

ヴァレンタイン用の連作です。
次回かその次ぐらいで終わりです、はい。