アリオスの言葉を胸に、アンジェリークはもう少し頑張れるような気がした。 自分のバレエダンスを見てくれる男性がいるだけで、アンジェリークは、練習が捗るような気がする あれから、仕事が忙しいのか、アリオスは一向に姿を現さない。 何かあったのかな・・・。 あんなに煙たがっていた存在なのに、いざ、来ないとなると、寂しくなるのが乙女ごころだった。 練習の帰り、アンジェリークはオペラ座のポスターを見つけて、うっとりと溜め息を吐いていた。 やっぱり、素敵だな・・・! こんな風になれたら・・・。 世界一のプリマと絶賛されている、アンナ・スルツカヤの公園は、一番安い席でも10000円もし、学生にしたらとてもじゃないが手が届かない。 公演のビデオで諦めようと、自分に言い聞かせた。 家に帰ると、母親が、頬を紅潮させてを玄関先に出てきた。 「アンジェ、あなたに凄い贈り物がアルウ゛ィース百貨店から来ていますよ!」 その名前を聞いて、今度はアンジェリークが驚いた表情をする。 「アルウ゛ィース!! お母さん、その荷物どこ!?」 「あなたの部屋」 聞いた途端、アンジェリークはぱたぱたと2階に上がっていく。 はやる心を抑えきれない。 部屋にはいると、ベッドの上には、大きなの箱、中ぐらいの箱、ヒールの入るような箱、小さな箱が積み上げられていた。 アリオスさん・・・? 取りあえずは箱をひとつずつ、開けてみることにした。 大きな箱は予想通りドレス。 薄いクリーム色のそれは、上品さと愛らしさが同居している。 オフショルダーのデザインだが、程よい露出度と言っても良い。 ドレスの上には封筒が置かれており、アンジェリークはそれを手にとる。 ”小さなプリマ、アンジェリークへ。 今度の土曜日、それを着てオペラ座に来てくれ。 客席で逢おう。 アリオス” 封筒の中には、オペラ座のボックス席のチケットが入っており、アンジェリークは震える手で、それを手にとる。 見たかった公演の、しかも、一番良い席に誘われたのだ。 有り難う、アリオスさん・・・。 本当に彼には深く感謝せずにはいられないと、アンジェリークは深く思った。 次の中ぐらいの箱を開けてみると、それは上質のストールだった。 薄紅色のそれは、とても上品なものだった。 触り心地も最高のものだ。 段々、お姫様にでもなった気分になる。 次の箱には、やはりヒールが入っていた。 高くもなく低くもない、パールピンクのハイヒール。 そして、小さな箱の中には、パールのネックレスとイヤリング、ドレスと同じ生地で作られた手袋とバッグが入っていた。 どれも名の通ったブランドのものばかりで、アルウ゛ィースの直径の百貨店にどれも入っているものだ。 そのきらびやかさにアンジェリークは心臓の鼓動を高めながら、うっとりと見つめる。 やはりオペラ座のボックス席ともなると、これぐらいの装いをしなければならないのかと、アンジェリークは溜め息を吐いた。 有り難うて、言いたいものの、ちゃんとした連絡先を知らないので、どうしたものかと思案する。 何かお礼できるものはないかな・・・。 ずっと考えてみたものの、なかなか思い付かない。 アリオスは何でも持っていそうなので、考えれば、考えるほど、悩んでしまう。 手作りのものがいいかな・・・。 手作りといっても、バレエレッスンで時間があまり取れないせいか、凝ったものはあまり作れない。だがジンジャークッキーぐらいなら作ることが出来る。 これなら、もし甘いものが嫌いでも食べて貰える。 そうしようかな。 アンジェリークは頷くと、作るのが楽しみになってきた。 アリオスとのバレエ観賞をとても楽しみに思いながら、アンジェリークは日々のレッスンに励んだ。 最近モチベーションが上がっているせいか、ミスもなく進んでいる。 「最近、調子いいじゃん! アンジェ!」 「そうかな」 親友であり将来のプリマ候補のレイチェルですら、舌を巻くほどの上達だ。 これもアリオスとのバレエ観賞の約束の成果に違いないと、アンジェリークは感じていた。 オペラ観賞の当日、朝からアンジェリークはそわそわとして何も手に付かなかった。 レッスンもすんなりと休ませて貰えたので、凄く嬉しかった。 前日に、ジンジャーブレッドマンクッキーを焼き、綺麗に袋に詰め込んだ。 土曜日だったので、家に帰ると、すぐに支度をする。 アンジェリークの学校は私立の名門なので、ちゃんと授業が午前中の3時間はあるのだ。 開場は4時30分。 ドレスを身に纏い、アクセサリーとショールを付ける。 全てが完璧にコーディネートされており、アンジェリークは鏡を確認しながらも、溜め息を吐いた。 母親にもチェックをしてもらい、OK貰うと、いよいよ出撃。 オペラ座までこんなにばっちりと決めているのに、地下鉄で行くのは、少し恥ずかしかった。 オペラ座の開場に十分に間に合い、チケットを見せると、有料の豪華パンフレット手渡される。 戸惑って見ると、「お連れの方頼まれました」と係員に言われ、彼女は納得した。 ここまで気を使って下さっているんだ・・・。 アリオス気持ちに感謝せずにはいられない。 最初にあんな態度をとって島ttのが、少しだけ反省してもいいかと言う気分にすら、なってきた。 更に、席に進んでびっくりする。 もともと良い席だとはある程度予想はついたが、まさか目の前のしかもど真中だとは想像出来なかった。 こんな席に座って見ると、益々緊張する。 まだ隣にはアリオスが来そうになかったので、それまでの間は、せっかくのパンフレットを見ることにした。 やはり、一流のバレエダンサーだ。 写真の中でも、完璧な演技だ。 これを見るだけでも、かなりの勉強になったしばらくじっと待っていたが、アリオスは来ない。 周りの席にはどんどん人が集まってきており、少しばかり不安になる。 お仕事、忙しいのかな・・・。 早く来てほしい・・・! 祈るように指を組み合わせる。 アリオスさん・・・っ! 「間もなく開演5分前です。速やかにご着席頂きますよう、ご案内申し上げます」 ざわつき始めたホール内を、アンジェリークはきょろきょろと不安げに見渡していく。 一つのドアに視線があった時だった。 ドアが開き、長身の青年がホールに入ってくる。 「あっ・・・」 もう視線を離すことは出来ない。 少し着崩したタキシードが、とても素敵に似合っているのはアリオス。 彼はすぐにアンジェリークがこちらを見ていることに気がつき、眼差しに微笑みを滲ませた。 彼が通る度に、通路側の席に座る女性たちは、その艶やかさに視線を奪われている。 だがアリオスはそんなものには目もくれず、アンジェリークだけをまっすぐに見つめた。 彼女もまたうっとりとした眼差しをアリオスだけに向けている。 「すまねえ。ぎりぎりだな」 「開演に間に合ったから・・・」 頬を僅かに紅潮させて、アンジェリークは微笑みながら答えた。 一瞬、深い眼差しで見つめられ、ドキリとする。 「似合っているぜ?」 「有り難う・・・。アリオスさんも」 「そろそろ俺の女になる気になったか?」 少し軽く明るいトーンで言われ、アンジェリークはわざとむくれてみる。 「もう、知りませんっ!」 怒るのと同時に場内が暗くなっていった。 彼女はステージに集中し、舞台に次第に夢中になっていく。 やはり世界一の”エトワール”の舞台は、美しく、全てが計算された完璧な舞台だ。 アンジェリークはそのしぐさひとつずつをも刻み付けようと、夢中になって観賞した。 世界がバレエが演じられている舞台だけになるような、そんな集中の仕方だった。 いつかこんな風になりたいと思いながら、心の中のどこかでは、愛する男性とずっと一緒にいて、子供を育てて賑やかにしている方が、性に合っているような気がする…。 愛する人----- アンジェリークは一瞬だけアリオスの顔を見て、真っ赤になってしまった。 一幕が終わり、30分の休憩に入る。 「ロビーに行って、何か飲むか?」 「はい」 ふたりはロビーで少し休憩することにした。 やはり、バレエ観賞には、上流社会の人々が多く来ているせいか、誰もがアリオスに声をかけてくる。 どこか自分と住む場所が違うような、そんな気後れをアンジェリークは感じた。 「アリオス」 「エリザベート」 その中でも特にゴージャスな美女がやってきて、彼に声を掛けてくる。 視線を感じ、明らかに値ぶみをされているようで、アンジェリークは嫌だった。 そんな彼女の気分を感じ取ったのか、アリオスは小さな手をまるで女に見せつけるように強く繋ぐ。 挨拶で女をあしらった後、アリオスはアンジェリークとドリンクバーに行き、そこで少し休憩した。 その間も、手は握り締められたままだ。 彼女より自分を選んでくれたことが、凄く嬉しい。 頬を赤らめながら、初めてアリオスに手を握り返した。 「行くか?」 「はい」 アリオスと仲良く手を繋いでふたりは、客席に戻った。 二幕が始まったが、手を握り合ったままだ。 特にアンジェリークは嫌がらず、その温かさを心地好く思う。 安心して、バレエを観ることが出来る。 夢中になってバレエを観るアンジェリークの横顔を、アリオスは夢中になって見つめていた。 本当に綺麗な横顔だと思う。 初めて、人が欲しいと思った。 アンジェリークさえいれば、本当に何もいらないとすら思う。 このままさらって行きたい衝動にかられた。 素晴らしい演技に、誰もがスタンディングオベーションでプリマを讃える。 その一瞬だけ、アンジェリークの手がアリオスから離れて、彼は苦笑いした。 カーテンコールも見終わって、アンジェリークは興奮の溜め息を着いた。 「メシ、食いに行くか? 畏まらないが、品のあるイタリアンの店がこの近くにある」 「お任せします」 帰る人々の波に、彼女を守るようにしてアリオスは進む。 手をしっかりと繋ぎ合って、その思いを心に刻み付けた。 アリオスさん、あなたのオンナになってもいいよ・・・? アリオスが連れていってくれたレストランは、とても雰囲気の良い、しかも堅苦しさのないものだった。 「今日は本当にどうも有り難うございました。凄く素敵なバレエでした・・・。 あの、これ・・・、お礼って言葉で言うと、少しヘンですが・・・」 アンジェリークは、バッグから綺麗にラッピングしたジンジャーブレッドマンクッキーを差し出した。 「これ、どうぞ・・・」 彼は受け取ると、いきなり開けて味見をした。 「サンキュ、アンジェリーク。俺、甘いものはニガテだが、このクッキーなら食える、好きな味だ」 「良かった!!」 本当に嬉しそうに笑うアンジェリークを、アリオスはこの場で抱き締めたい衝動に教われた。 食事は、アリオスが頼んでくれた、イタリアンのクリスマス向けのコース。 それは驚くほど美味しく、アンジェリークは堪能した。 「素敵なバレエと素敵な食事なんて、夢みたいです」 「喜んでもらえて嬉しいぜ? それが一番だ」 アンジェリークが本当に喜んでいる顔で、アリオスは十分満足だ。 「・・・何か、お礼をさせて頂きたいんですが・・・」 「その笑顔で十分だ。今はな?」 「でも・・・」 余りにも心苦しくそうにアンジェリークがするものだから、アリオスはふっと優しい微笑みを向ける。 「だったら、俺のためにバレエを踊ってくれねえか? 」 その言葉に、アンジェリークはびっくりし、次の瞬間、最高の笑顔になった------ TO BE CONTINUED |
コメント 135000番のキリ番を踏んでいただいた、桜井吹雪様のリクエストで、 「アリオスは一目惚れ、アンジェはアリオスが大嫌い」です。 少しはアンジェちゃんの心がほぐれたようです。 次回で完結! |