アンジェリークはいつしか泣き疲れたように、アリオスの腕の中で寝息を立て始めた。 幼さを残した寝顔に、アリオスはそっとキスをしたあと、主治医に内線で、今の状況を伝えると、彼は直ぐに様子を見に来てくれる。 眠っているアンジェリークの姿を見て、主治医は複雑な表情をした。 「-----記憶喪失ですか…。これはまだ、ちゃんと解明されていない部分がありましてね・・・。明日、思い出すかもしれないし、10年後かもしれない…。ゆっくりと見守ってあげることが必要です…」 「はい」 アリオスはアンジェリークの頬をそっと撫でながら、じっと彼女を見守る。 「今夜は一日、こいつに家族でついていてかまいませんか?」 「判りました。その手配をしましょう」 「すみません」 アリオスの眼差しを見るだけで、深い愛情がわかる。 どこか幸せな気分になりながら、主治医は頷いてくれた。 一日だけの入院だが、直ぐに準備を整えてくれる。 付添い用のベッドをふたつ入れれば、それだけで病室はいっぱいになる。 準備を整えた後、アリオスはふたりの子供を迎えに行く。 「すみません、ご迷惑をおかけしました」 「ぱぱ!!」 絵本を読んでもらっていた二人の子供は、アリオスの姿を見つけるなり直ぐに駆け寄ってくる。 いつもはママっ子であるエリスも、今日は父親にくっついて離れない。 両手に子供の手をつないで、アリオスはアンジェリークの眠る病室に戻る。 「ままは…」 先程までは、我慢をしていたのだろう。 エリスは不安そうに父親を見つめ、なきそうな表情になっている。 「ままは今寝ている…」 「…ままはぱぱのこと、”おじちゃん”って言ってた…」 レヴィアスは、母親の変化を敏感に感じ取っていた。 「・・・まま、どうなっちゃうの…」 エリスは責任を感じているのかしょんぼりとしている。 「大丈夫だ、エリス…。ママはちゃんと、またおまえたちを抱きしめてくれるから…」 「うん」 双子の幼い兄弟は、父親の温もりに包まれながら、何とか頷いた。 病室に戻ると、ベッドが置かれていたので、二人はびっくりした。 「今夜は、ママと一緒にここで泊まるからな。明日はみんなで帰ろう」 「うん」 ふたりは眠る母親の表情を見て、切なくも胸をひきつらせる。 「まま〜!!!」 再び泣き出した幼子を、アリオスはぎゅっと抱きしめてやった。 「又、ママは笑ってくれるから・・・な?」 「まま〜!!」 ふたりは父親の温もりに、少しほっとしたのか、徐々に泣き止む。 「何か、欲しいか?」 「まま…」 「ままはまた明日逢えるから・・・」 ふたりの子供を抱きしめた後、ベッドに寝かしてやった。 「今日はぱぱも一緒に寝て!!」 ふたりの子供は、簡易ベッドに寝かせると、隣に来るようにと、ベッドを叩く。 「ああ、一緒に寝ような」 ふたりの間に入るようにして、アリオスがベッドに入ると、子供たちは安心したように溜息を吐いた。 「おやすみ、レヴィアス、エリス」 ふたりの幼子を抱きしめて、アリオスは目を閉じる。 長い一日が終わった-------- 早朝、朝日の光で、アンジェリークは目を覚ました。 頭が重くてぼんやりする。 「おはよう、アンジェ」 「おはよう…アリオス…」 何とか”叔父さん”という言葉を飲み込んで、彼女は何とか微笑む。 「子供たちは?」 「まだ寝てる…」 「…ん…」 アリオスに頬をそっと触れられて、アンジェリークは深く瞳を閉じた。 「…あなたと結婚したことや・・・、この子達を産んだ事を思い出せないなんて・・・。 だけど・・・、あなたたちをふ深く愛してることは判るの…」 「アンジェ…」 アリオスは深い微笑を浮かべると、アンジェリークをそっと抱き寄せる。 一瞬、キスしようとして、アリオスは戸惑う。 「ゆっくり思い出していこう」 「うん…」 アリオスの心の温かさがとても嬉しくてしょうがない。 アンジェリークは深く頷きながら、彼をどうしようもなく愛している自分を感じていた。 「ねえ、私たちはいつ結婚したの?」 「おまえが高校二年のときだ・・・。偶然…おれとおまえが血が繋がっていないことをおまえに知られて、それがきっかけ出会いを確かめられた」 「うん…」 その記憶のないアンジェリークには辛いことだが、『アリオスと結婚している』という事実自体出、それはなんとなく判っていた。 「この子達はいつ…」 「おまえが高校3年のときだ。ふたりとも俺と同じ日に生まれた。今は3歳・・・。したがっておまえも大学3年だ」 「うん」 子供を見ていると、思い出せない自分が辛い。 ふたりとも・・・。 ママ、早く思い出すからね? 待っていてね? 「…まま…。まま?」 最初に目覚めたのは、エリスだった。 「そうよ、ままよ。エリス、いらっしゃい?」 「まま!!」 アンジェリークが手を伸ばせば、幼子のエリスが膝の上に勢いよく乗ってくる。 「…ん。まま!!」 今度はレヴィアスの番だ。 「レヴィアスもいらっしゃい?」 「まま!!」 ふたりは、アンジェリークの腕の中に納まって本当に嬉しそうだった。 「まま、おなかすいた〜」 ふたりの子供たちが甘えた声で言うので、アンジェリークは優しい母としての微笑を浮かべる。 「アリオス、どうにかなるかな? 私もお腹空いたし…」 「ああ。待ってろ? わがまま聞いてもらうからな?」 アリオスは内線をして朝食を注文し、その間アンジェリークは子供たちと戯れていた。 朝食も住み、検査でもアンジェリークは異常が見られないところから、退院ということになった。 子供たちは”ママ”を取り戻したということで、すっかりご機嫌になってしまっている。 だが、アリオスはちがう。 子供たちはまだ3歳ということで、母親が自分たちを産んだ事を覚えていないということを感じてはいないが、アリオスは女子高生に記憶上戻ってしまったアンジェリークを、どう扱うか、戸惑いを覚えていた。 再びいつもの日々に表面上は戻った。 アンジェリークは、丁度大学の休みに当たっていたこともあり、子供たちとスキンシップを図っている。 だが、アリオスとの間は微妙な関係になっていた。 アリオスとは同じベッドで眠るものの、ただ抱き合うだけで、それ以上のことはない。 彼が気を使っていたのである。 女子高生に戻ったアンジェリークに、結婚生活をいきなり初めても驚くかもしれないと思ったからだ。 毎日のように愛し合っていただけに、アリオスにとってはかなり辛い選択だったが、彼女のためを思えばのことだった。 だがアンジェリークには少し辛かった。 しかし、そうしているうちに、アリオスは、どのように彼女の接していいか、迷ってしまっていた。 だが、そのような関係が続くうちに、お互いに辛くもなってくる。 アリオスはそれが堪らなくなってくる。 仕事が終わり家に着くと、アンジェリークは楽しそうに子供たちと戯れていた。 「アンジェ」 「お帰りなさい、アリオス」 彼の姿を見つけると、アンジェリークは嬉しそうに子供たちと駆け寄ってくる。 その笑顔を見ると、愛しくて堪らなくなり、彼はずっと思っていたことを彼女に告げる。 「明日、デートしよう」 「はい・・・」 アンジェリークもつられて返事をする。 ふたりは、どこか、初めての恋のような、そんな初々しい、甘さを感じていた------ |
コメント 150000番のキリ番を踏まれた、みやび様のリクエストで 「ラブ通」Vol9の表紙のシーンを交えながら、 「Where〜」シリーズの一家の登場です。 次回に表紙のシーンを入れたいと思っています。 がんばるにゃん〜 |